上野千鶴子

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上野千鶴子(うえの ちづこ、1948年7月12日 - )は、日本の社会学者東京大学教授。 専攻は、マルクス主義フェミニズムに基づくジェンダー理論、女性学家族社会学の他、記号論文化人類学セクシュアリティなど。文学修士。富山県上市町出身。代表著作は『近代家族の成立と終焉』、『家父長制資本制』など。

目次

[編集] 略歴

[編集] 学歴

[編集] 職歴

[編集] 学外における役職

[編集] 経歴と業績

研究者としてのスタートは、構造主義文化人類学と社会科学の境界領域を論じた理論社会学であり、この頃の1970年代の論文は『構造主義の冒険』にまとめられている。1980年にマルクス主義フェミニズムを知り、これの紹介者・研究者となる。『家父長制と資本制 ― マルクス主義フェミニズムの地平』(1990)が代表作。

また、『主婦論争を読む――全記録(1・2)』(1982)の編集など、思想輸入ではない日本の女性問題史の整備にも努め、『美津と千鶴子のこんとんとんからり』(1987)など田中美津に脚光を当てることで1970年代に起きたウーマンリブ運動の再評価を世に働きかけた。

『セクシィ・ギャルの大研究』(1982)では 栗本慎一郎山口昌男が表紙カバーに推薦文を寄せ、 鶴見俊輔などに絶賛され、専門領域である社会学のみならず文化人類学記号論・表象文化論などの方法を駆使しながら、現代の消費社会を論じるフェミニストとして知られるようになる。特に1987年から88年にかけて世論を賑わせたアグネス論争にアグネス・チャン側を擁護する側で参入し、名を馳せた。

1990年代以降も家族建築介護福祉の問題や文学心理学社会心理学など幅広い学問領域について論じている。近代家族論として『近代家族の成立と終焉』(1994)などがあり、またそれから派生する介護問題について『老いる準備 ― 介護することされること』など、積極的な発言を続けている。さらに近代国家論に踏み込んだ『ナショナリズムとジェンダー』(1998)もある。

オーバードクター時代にマーケティング系のシンクタンクで仕事をしていたこともあって、消費社会論の著作も多く、『<私> 探しゲーム ― 欲望私民社会論』(1987)、『セゾンの発想 ― マ-ケットへの訴求』(1991)などがある。

文学論としては、小倉千加子富岡多恵子との鼎談『男流文学論』(1992)が世評を呼んだ他、『上野千鶴子が文学を社会学する』(2000)などがある。現代俳句の実作者であった時期もあり、『黄金郷(エル・ドラド)上野ちづこ句集』(1990)がある。また、現代美術にも造詣があり、著作の表紙カバーにジュディ・シカゴやニキ・ド・サンファルなどの作品を使用した。

このほか、性愛(セクシャリティ)論、市民運動論、学校論など様々な分野での単著・共著・編著が多数。また、論文集『日本のフェミニズム』や『岩波女性学事典』、『岩波講座現代社会学』『社会学文献事典』などの共編集者を務めている。

[編集] 論争と批判

上野千鶴子は、様々な分野で発言して多くの論争に関わり、その挑発的かつ歯切れの良い言動はたびたび批判を受けてきた。「吉本隆明や柄谷行人ら、名だたる男性知識人を片端から言い負かした女性論客」というイメージは、たとえば遥洋子『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』(2000)、上原隆『上野千鶴子なんか怖くない』(1992)や『接近遭遇』(1998)のような対談集で確認することができる。

彼女が関わった代表的な論争は「アグネス論争」であり、いったんアグネス批判派に傾きかけていた論争の流れが、一気に逆向きになるほどの強烈な参入を行った[1]。当初の「大人の空間に子どもを入れるな」という「林・中野」対アグネス・チャン論争は上野の手で「働く母親一般の問題」に発展させられ、様々な分野の論客が参戦する一大論争に発展したのである[2]。この「アグネス論争」での印象や、著作と活字媒体での発言の多さから上野は日本を代表するフェミニストの一人として見られており、上野自身の発言とは関係なくフェミニズム代表者としてフェミニズム反対派からの標的となることが多い[3]

フェミニズム内部の論争では、たとえばエコロジカル・フェミニズムを唱えた青木やよひにたいして、男性優位の文化イデオロギーに過ぎないとして激しい論戦を仕掛けたことなどが有名。いわゆるエコフェミ論争で、上野側の主張は『女は世界を救えるか』(1985)などにまとめられている。

上野の発言が問題になった例として、『マザコン少年の末路――女と男の未来』(1986) で 自閉症や、登校拒否不登校)は母親の過保護が原因であるとしたものがある。しかし自閉症は先天的早期脳障害によるもので環境が原因ではないというのが既に定説であり、上野は自閉症児を持つ親の会などから抗議を受けた。この批判を受け、上野は批判を発した親に面会して全面的に謝罪した上で『マザコン少年の末路――増補版』を出版し、この全編を自己批判本とした上で旧版在庫の絶版処置を行っている。

この他の批判の主なものは斎藤美奈子『文壇アイドル論』(2002)にまとめられている。

[編集] 受賞歴

[編集] 出版

[編集] 単著

  • セクシィ・ギャルの大研究 ―― 女の読み方・読まれ方・読ませ方 (カッパ・サイエンス) (光文社、1982年)
  • 資本制と家事労働 ―― マルクス主義フェミニズムの問題構制 (海鳴社、1985年)
  • 構造主義の冒険 (勁草書房、1985年)
  • 女は世界を救えるか (勁草書房、1986年)
  • 女という快楽 (勁草書房、1986年)
  • マザコン少年の末路 ―― 女と男の未来 (河合文化教育研究所、1986年)
  • <私> 探しゲーム ―― 欲望私民社会論 (筑摩書房、1987年)
  • 女遊び (学陽書房、1988年)
  • 接近遭遇 ―― 上野千鶴子対談集 (勁草書房、1988年)
  • スカートの下の劇場 ―― ひとはどうしてパンティにこだわるのか (河出書房新社、1989年)
  • ミッドナイト・コール (朝日新聞社、1990年)
  • 家父長制と資本制 ―― マルクス主義フェミニズムの地平 (岩波書店、1990年)
  • 性愛論 ―― 対話篇 (河出書房新社、1991年)
  • セゾンの発想 ―― マ-ケットへの訴求 (リブロポート、1991年)
  • うわの空 ―― ドイツその日暮らし (朝日新聞社、1992年)
  • 近代家族の成立と終焉 (岩波書店、1994年)
  • 発情装置 ―― エロスのシナリオ (筑摩書房、1998年)
  • ナショナリズムジェンダー青土社、1998年)
  • ラディカルに語れば… ―― 上野千鶴子対談集 (平凡社、2001年)
  • 上野千鶴子が文学を社会学する (朝日新聞社、2000年)
  • Nationalism and Gender, (Trans Pacific Press, 2005).
  • 家族を容れるハコ 家族を超えるハコ (平凡社、2002年)
  • 差異の政治学 (岩波書店、2002年)
  • サヨナラ、学校化社会 (太郎次郎社、2002年)
  • 国境お構いなし (朝日新聞社、2003年/朝日文庫、2007年)
  • 老いる準備 ―― 介護することされること(学陽書房、2005年)
  • 生き延びるための思想 ―― ジェンダー平等の罠(岩波書店、2006年)
  • おひとりさまの老後(法研、2007年) ISBN 4879546801

[編集] 共著

[編集] 編著

[編集] 共編著

[編集] 訳書

  • バーバラ・シンクレア アメリカ女性学入門(勁草書房、1982年)
  • A・クーン, A・ウォルプ編 マルクス主義フェミニズムの挑戦(勁草書房、1984年)
  • バベット・コール トンデレラ姫物語 (ウイメンズブックストア松香堂、1995年)
  • バベット・コール シンデレ王子の物語 (ウイメンズブックストア松香堂、1995年)
  • ジェフリー・ウィークス セクシュアリティ(河出書房新社、1996年)

[編集] 関連図書

[編集] 脚注

  1. ^ 『「アグネス論争」を読む』JICC出版局、1988年ほか
  2. ^ この結果、フェミニズムの感覚からさほど遠くなかったとされている林真理子中野翠の二人はアンチ・フェミニズムの代表者と見なされることになったが、こうした上野の議論はフェミニストで有名な小倉千加子ガ「論理のすり替え」を指摘したほど強引なものだった。小倉千加子「林真理子論 ―長距離ランナーの栄光と孤独」月刊ASAHI、1991年3月号などを参照のこと
  3. ^ たとえば、林道義『フェミニズムの害毒』1999年

[編集] 外部リンク

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