ジャスティン・ウィルソン

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ジャスティン・ウィルソン
Justin Wilson 2007.jpg
基本情報
国籍 イギリスの旗 イギリス
イングランドの旗 イングランド
出身地 同・シェフィールド
生年月日 1978年7月31日(35歳)
F1での経歴
所属チーム ミナルディ,ジャガー
活動時期 2003
出走回数 16
通算獲得ポイント 1
ポールポジション 0
ファステストラップ 0
F1デビュー戦 2003年オーストラリアGP
初勝利 -
最終勝利 -
最終戦 2003年日本GP
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ジャスティン・ウィルソン(Justin Wilson、1978年7月31日 - )はイギリス(イングランド)、シェフィールド出身のレーシングドライバー。身長191cm、体重88kg。

経歴[編集]

フォーミュラ・ヴォグゾールなどの下位カテゴリーを経て国際F3000に出走し、2001年にはチャンピオンを獲得した。同年にはジョーダン・グランプリのテストにも参加した。

2002年にはミナルディのテストドライバーとなり、翌2003年にはレギュラードライバーの座を得てF1に参戦した。しかし彼は191cmという長身であったため、ミナルディは大きなモノコックを製作する必要があった。

2003年ドイツグランプリ以降は、アントニオ・ピッツォニアの解雇によりジャガー・レーシングに移籍した。同年のアメリカグランプリでは8位に入賞し、初の選手権ポイントを獲得した。

2004年以降は活動の場をアメリカに移し、チャンプカーに参戦。2005年トロントで初勝利し、通算4勝の実績を残す。

2008年からはチャンプカーのインディカーとの統合に伴いインディカーにニューマン・ハース・レーシングから参戦。第16戦デトロイトで初勝利を挙げた。年間ポイントランキングでは11位に入り、ルーキーの中では武藤英紀に次いで2位であった。

2009年はニューマン・ハース・レーシングのシートを失ったが、デイル・コイン・レーシングのシートを獲得し引き続きインディカーに参戦。開幕戦のセント・ピーターズバーグではチームにとって共に最上位である予選2位・決勝3位のリザルトを残すと、第9戦ワトキンス・グレンでは予選2位から逆転で優勝を飾り、チームに旧インディーカー時代から通算で参戦23年目での初優勝をもたらした。年間ポイントランキングでは9位に入った。また、この年の2強チームであったペンスキー・チップガナッシ以外で勝利を挙げた唯一のドライバーであった。

2010年ドレイヤー&レインボールド・レーシングからインディカーに参戦。第2戦のセント・ピーターズバーグと第4戦のロングビーチで2位表彰台を獲得した。また、第10戦のトロントでは自身初のポールポジションを獲得すると、決勝でも優勝争いを展開し最多リードラップを記録したもののレース終盤にスピンをして遅れたこともあり7位フィニッシュにとどまった。結局この年は勝利をあげることは出来ず、年間ポイントランキングは11位だった。

2011年も前年に引き続きドレイヤー&レインボールド・レーシングからインディカーに参戦している。

2012年には古巣デイル・コイン・レーシングに移籍、テキサスでオーバル初優勝を記録した。

ウィルソンは自らのレース活動を支えるための企業であるJustin Wilson plcを設立し、この企業への出資を募ることでレース参戦資金を確保している。これは、多くの新人ドライバーが少数の企業や資産家から直接資金援助を受けていることに対して、独特な手法である。

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