ライアン・ハンター=レイ
| ライアン・ハンター=レイ Ryan Hunter-Reay |
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|---|---|
2010年インディ500にて
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 生年月日 | 1980年12月17日(32歳) |
| 出身地 | テキサス州ダラス |
| 2013年インディカー・シリーズ | |
| デビュー | 2007年 |
| 所属 | アンドレッティ・オートスポーツ |
| 車番 | 37 |
| 過去所属 | A.J.フォイト・エンタープライズ ヴィジョン・レーシング レイホール・レターマン・レーシング |
| 出走回数 | 30 |
| 優勝回数 | 7 |
| ポールポジション | 1 |
| シリーズ最高順位 | 1st(2010年,2011年,2012年) |
| 過去参加シリーズ | |
| 2003-2005 2002 2000-2001 |
チャンプカー・ワールド・シリーズ アトランティック・チャンピオンシップ バーバー・プロ・シリーズ |
| 受賞 | |
| 1999 2002 2007 2012 |
スキップ・バーバー・ビッグ・スカラーシップ ワールドコム・ライジングスター・アワード インディカー ルーキーオブザイヤー インディ500 ルーキーオブザイヤー インディカー・シリーズチャンピオン |
ライアン・ハンター=レイ (Ryan Hunter-Reay, 1980年12月17日 - ) は、アメリカ合衆国のレーシング・ドライバー。テキサス州ダラス出身。2012年のインディカー・シリーズチャンピオンである。
目次 |
経歴 [編集]
国際カート選手権で6勝を挙げたハンター=レイは、スキップ・バーバー・カーティング・スカラーシップでも勝利しスキップ・バーバー・フォーミュラ・ダッジ・シリーズに参戦した。1998年にはスキップ・バーバー・フォーミュラ・ダッジ・ナショナルチャンピオンシップで勝利し、その後フォーミュラ・ダッジのトップドライバーたちと競り勝って150万ドルの賞金を獲得した。
2000年から2001年までバーバー・ダッジ・プロシリーズに参戦し、2000年にはルーキーオブザイヤーを獲得、2001年には2勝を挙げている。2002年にはチャンプカーへのステップであるアトランティック・チャンピオンシップに参戦、3勝を挙げシリーズ6位、ラップリードやポールポジション、ファステストタイムなどの記録も達成した。これによって彼はワールドコム「ライジングスター」アワードを受賞することとなった。
チャンプカー [編集]
2003年、ハンター=レイはチャンプカー・ワールド・シリーズにアメリカン・スピリット・チーム・ヨハンソンから参戦する。低速のレイナード製シャシーと、3人の異なったエンジニアというハンディキャップを抱えながら、彼はミッドオハイオでフロントローからスタートし3位でフィニッシュしたことと、サーファーズ・パラダイスではレイナード勢予選最上位を得、ウェット/ドライ路面で優勝したことで、多くの人々にその存在を印象づけた。サーファーズ・パラダイスではリスクの高い戦略を選び、ベテラン勢が選択できなかった早期のピットインとスリックタイヤへの換装を行い、何とか事故を起こさずにコースに留まることができた。3度の再スタートを通して、彼はチームメイトで元チャンピオンであるジミー・バッサー、そしてイギリス人レーサーのダレン・マニングを打ち負かした。
2004年、ハンター=レイはハーデス・コンペティションに移籍し、彼はチーム初のポールポジションと勝利をミルウォーキーで挙げた。250周のラップリードはチャンプカー史上1レースにおける最多の記録であった。
2005年はロケットスポーツ・レーシングに移籍するが、前年とは打って変わった成績不振でシーズン終盤には解雇されてしまう。
インディカー [編集]
しばらくアメリカのオープンホイールシリーズから遠ざかったが、2007年に成績不振によりシーズン途中で解雇されたジェフ・シモンズの代役としてインディカー・シリーズにレイホール・レターマン・レーシングからデビューした。この年はフル参戦したルーキーがいなかったこともあり、わずか6戦の参戦ながらルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得。
2008年も同チームに残留し、ワトキンズ・グレンでインディカー初優勝を飾る。ランキング8位。
2009年はレイホールがフル参戦から撤退したため、開幕直前にヴィジョン・レーシングのシートを獲得しインディ500まで参戦。開幕戦でいきなり2位に入る。 その後、インディ500で負傷したヴィトール・メイラの代役としてA.J.フォイト・エンタープライズに移籍し、シーズン終了まで参戦。ランキングは15位にとどまる。
2010年もメイラが復帰するためシートが宙に浮いていたが、一部レースのスポット参戦という契約ながらトップチームアンドレッティ・オートスポーツのシートを得た。開幕戦サンパウロで2位、さらにロングビーチ市街地コースでチームに2年ぶりの優勝をもたらすと、最終的にフル参戦となり、ランキング7位を獲得した。
2011年はアンドレッティ・オートスポーツのレギュラーシートを獲得した。しかしシーズン前半の成績は不振にあえぎ、インディ500は予選落ちとなった(33番手を代行することで出走は出来た)。しかし後半戦では復調し、ニューハンプシャーで優勝、トロントとミッドオハイオで3位を記録した。チャンピオンシップでは、得点こそ下回ったが前年と並ぶ7位を獲得した。
2012年もチームに残留した彼は、セントピーターズバーグで3位、サンパウロで2位を獲得した。インディ500では3番グリッドからスタートしたが、メカニカルトラブルでリタイアに終わった。しかしその後のミルウォーキー、アイオワ、トロントにかけて3連勝を達成した。ミッドオハイオでのリタイア、ソノマでのスピンが響きウィル・パワーに首位を明け渡すが、ボルティモアで4勝目を挙げパワーと17点差にまで迫った。最終戦フォンタナでは4位を獲得、タイトルを争うパワーが序盤のクラッシュによって24位に終わったため3点差で自身初のシリーズチャンピオンを獲得した[1]。
レース成績 [編集]
オープンホイール [編集]
| 年 | シリーズ | チーム | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 順位 | ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2003 | CART | アメリカン・スピリット・チーム・ヨハンソン | STP Ret |
MTY 12 |
LBH 7 |
BRH 16 |
LAU 11 |
MIL Ret |
LS 12 |
POR Ret |
CLE 9 |
TOR 11 |
VAN 6 |
ROA 10 |
MDO 3 |
MTL Ret |
DEN Ret |
MIA 12 |
MXC 11 |
SRF 1 |
FON NH |
14th | 64 |
| 2004 | CCWS | ハーデス | LBH 7 |
MTY 8 |
MIL 1 |
POR 12 |
CLE 11 |
TOR 8 |
VAN 8 |
ROA 4 |
DEN Ret |
MTL Ret |
LS 5 |
LVS 13 |
SRF 5 |
MXC 19 |
9th | 199^ | |||||
| 2005 | CCWS | ロケットスポーツ・レーシング | LBH 13 |
MTY 7 |
MIL Ret |
POR 15 |
CLE Ret |
TOR 6 |
EDM Ret |
SJO Ret |
DEN 6 |
MTL 12 |
LVS 10 |
SRF |
MXC |
15th | 110 | ||||||
| 2007 | IndyCar | レイホール・レターマン・レーシング | HMS |
STP |
MOT |
KAN |
INDY |
MIL |
TXS |
IOW |
RIR |
WGL |
NSH |
MDO 7 |
MIS 6 |
KTY 15 |
SNM Ret |
DET Ret |
CHI 7 |
19th | 119 | ||
| 2008 | IndyCar | レイホール・レターマン・レーシング | HMS 7 |
STP 17 |
MOT1 7 |
LBH1 DNP |
KAN 18 |
INDY 6 |
MIL 15 |
TXS Ret |
IOW 8 |
RIR Ret |
WGL 1 |
NSH Ret |
MDO 10 |
EDM 8 |
KTY 9 |
SNM 18 |
DET 6 |
CHI 9 |
SRF2 3 |
8th | 360 |
| 2009 | IndyCar | ヴィジョン・レーシング | STP 2 |
LBH 11 |
KAN 15 |
INDY Ret |
MIL 12 |
TXS 16 |
15th | 298 | |||||||||||||
| A.J.フォイト・エンタープライズ | IOW Ret |
RIR 15 |
WGL Ret |
TOR 7 |
EDM 17 |
KTY 14 |
MDO 4 |
SNM Ret |
CHI 15 |
MOT Ret |
HMS 13 |
||||||||||||
| 2010 | IndyCar | アンドレッティ・オートスポーツ | SAO 2 |
STP 11 |
ALA 12 |
LBH |
KAN |
INDY |
TXS |
IOW |
WGL |
TOR |
EDM |
MDO |
SNM |
CHI |
KTY |
MOT |
HMS |
7th* | 77 |
- ^ 2004年から新ポイントシステム
- * 現在進行中
- 1 同日開催
- 2 エキシビション・レースのためポイント無し
| 年 | チーム | レース | ポールポジション | 勝利数 | 入賞数 (Non-win) |
トップ10 (Non-podium) |
インディ500 勝利数 |
シリーズタイトル |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | 2 | 39 | 0 | 1 | 2 | 13 | 0 | 0 |
インディ500 成績 [編集]
| 年 | シャシー | エンジン | スタート | フィニッシュ | チーム |
|---|---|---|---|---|---|
| 2008 | ダラーラ | ホンダ | 20 | 6 | レイホール・レターマン・レーシング |
| 2009 | ダラーラ | ホンダ | 32 | 32 | ヴィジョン・レーシング |
| 2010 | ダラーラ | ホンダ | 17 | 18 | アンドレッティ・オートスポーツ |
脚注 [編集]
- ^ アメリカ人ドライバーがタイトルを獲得するのは、2006年のサム・ホーニッシュ・ジュニア以来である
外部リンク [編集]
| スポーツのタイトル | ||
|---|---|---|
| 先代: マルコ・アンドレッティ |
インディカー・シリーズ ルーキーオブザイヤー 2007 |
次代: 武藤英紀 |
| 先代: フィル・ジーブラー |
インディ500 ルーキーオブザイヤー 2008 |
次代: アレックス・タグリアーニ |