エリオ・カストロネベス

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エリオ・カストロネベス
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 1975年5月10日(38歳)
出身地 ブラジルサンパウロ
2013年インディカー・シリーズ
デビュー 2001
所属 ペンスキー・レーシング
車番 3
出走回数 139
優勝回数 19
ポールポジション 32
シリーズ最高順位 2位(2003 & 2008)
過去参加シリーズ
1996-1997
1998-2001
インディ・ライツ
CART
受賞
2001


2002
2009
インディ500 優勝
インディ500 ルーキーオブザイヤー
インディ500 優勝
インディ500 優勝

エリオ・カストロネベスHélio Castroneves1975年5月10日 - )はブラジルレーシングドライバー

目次

経歴 [編集]

ブラジル南部の大都市、サンパウロで生まれる。1998年よりアメリカのトップカテゴリーであるCARTベッテンハウゼン・モータースポーツからデビュー。翌1999年にはホーガン・レーシングに移籍するが、このチームはボディーに大きくチーム名がプリントされるだけの資金難のチームで、チームの戦闘力が劣ることもあり時折光る走りを見せるも中段の成績しか残せなかった。しまいにはシーズン終盤にチームがこのシーズン限りでの撤退を発表、最終戦もメルセデスイルモア)エンジンが派手なエンジンブローを起こしリタイヤ、カストロネベスはこれでシートを失うことになると思われていた。

しかし、そのレースで翌年ペンスキーへの移籍が決まっていたグレッグ・ムーアが指の骨折をおしてレースに出走し結果事故死、カストロネベスはムーアの代わりとして翌年からペンスキーに移籍することとなる。

トップチームのチーム・ペンスキーに所属してからは速さを見せ、CART、2002年より移籍したインディカー・シリーズでもトップドライバーとして活躍し続けている。2001年と2002年の2年連続でインディ500に優勝し、2009年には3度目の優勝を果たした。また2002年の参戦以来2011年を除く全ての年で1勝以上しており、安定した成績を残しているが、未だにシーズンタイトルとは縁がない。

人物 [編集]

スパイダーマン [編集]

2000年のCARTチャンピオンシップシリーズ第7戦デトロイトで初優勝を飾った際に、コースと観客席を隔てる金網によじ登るパフォーマンスを見せたところ、これが観客や関係者に大うけしたことから、それ以後レースで優勝すると必ず「金網登り」を見せるのが恒例となっている(最近ではチームスタッフも一緒になって金網に登っている)。そのため「スパイダーマン」の異名を持ち、観客からは彼が優勝すると「Come On!」と書いたプラカードを掲げて、金網登りを扇動する光景が見られる。

脱税容疑事件 [編集]

2008年10月2日、米検察当局は国内で555万ドルの所得を隠した脱税容疑でカストロネベスを起訴した。ALMS最終戦にポルシェ・RSスパイダーで参戦予定だったカストロネベスはマイアミ連邦裁判所に出廷し自らの無罪を主張したが、有罪の場合は最大で懲役35年の可能性があった。カストロネベスは1000万ドルの保釈金を支払ったが、アメリカ国外への渡航が認められなくなるためオーストラリアサーファーズ・パラダイスで行われるIRLオールスター戦への出場が困難となった。その後逃亡の可能性は低いと判断されたため出場は認められた。裁判の結果次第では2009年のインディカー参戦も危ぶまれたが、第2戦のロングビーチ市街地コースの初日のプラクティス開始の数時間前に無罪判決が出たため、このレースからインディカーに復帰した。

記録 [編集]

(key)(太字ポールポジション

CARTでの成績 [編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 順位 ポイント
1998 ベッテンハウゼン・レーシング MIA
Ret
MOT
11
LBH
9
NZR
Ret
RIO
Ret
STL
7
MIL
2
DET
12
POR
13
CLE
Ret
TOR
10
MIS
12
MDO
Ret
ROA
Ret
VAN
Ret
LS
Ret
HOU
Ret
SRF
Ret
FON
10
17位 36
1999 ホーガン・レーシング MIA
Ret
MOT
9
LBH
19
NZR
Ret
RIO
Ret
STL
2
MIL
Ret
POR
Ret
CLE
Ret
ROA
Ret
TOR
Ret
MIS
Ret
DET
7
MDO
7
CHI
5
VAN
8
LS
Ret
HOU
Ret
SRF
Ret
FON
Ret
15位 48
2000 チーム・ペンスキー MIA
Ret
LBH
2
RIO
Ret
MOT
13
NZR
Ret
MIL
16
DET
1
POR
7
CLE
Ret
TOR
Ret
MIS
5
CHI
Ret
MDO
1
ROA
9
VAN
Ret
LS
1
STL
9
HOU
5
SRF
6
FON
Ret
7位 129
2001 チーム・ペンスキー MTY
8
LBH
1
TXS
C
NZR
11
MOT
2
MIL
Ret
DET
1
POR
17
CLE
12
TOR
Ret
MIS
8
CHI
7
MDO
1
ROA
7
VAN
18
LAU
12
ROC
4
HOU
5
LS
6
SRF
20
FON
Ret
4位 141
チーム 勝利数 ポイント 順位
1998 ベッテンハウゼン・レーシング 0 36 17位
1999 ホーガン・レーシング 0 48 15位
2000 ペンスキー・レーシング 3 129 7位
2001 ペンスキー・レーシング 3 141 4位

インディカーでの成績 [編集]

カストロネベス、2010年5月
チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 順位 ポイント
2001 チーム・ペンスキー PHX
18
HMS
ATL
INDY
1
TXS
PPIR
RIR
KAN
NSH
KTY
STL
CHI
TX2
24位 64
2002 チーム・ペンスキー HMS
3
PHX
1
FON
5
NZR
5
INDY
1
TXS
4
PPIR
2
RIR
17
KAN
3
NSH
9
MIS
6
KTY
5
STL
2
CHI
4
TX2
2
2位 511
2003 チーム・ペンスキー HMS
3
PHX
2
MOT
22
INDY
2
TXS
7
PPIR
12
RIR
2
KAN
2
NSH
3
MIS
17
STL
1
KTY
5
NZR
1
CHI
20
FON
6
TX2
13
3位 484
2004 チーム・ペンスキー HMS
2
PHX
6
MOT
3
INDY
9
TXS
12
RIR
3
KAN
7
NSH
3
MIL
12
MIS
10
KTY
12
PPIR
6
NZR
5
CHI
10
FON
7
TX2
1
4位 446
2005 チーム・ペンスキー HMS
5
PHX
2
STP
20
MOT
11
INDY
9
TXS
5
RIR
1
KAN
8
NSH
5
MIL
16
MIS
21
KTY
5
PPIR
4
SNM
21
CHI
2
WGL
12
FON
9
6位 440
2006 チーム・ペンスキー HMS
2
STP
1
MOT
1
INDY
25
WGL
7
TXS
1
RIR
10
KAN
6
NSH
5
MIL
14
MIS
1
KTY
3
SNM
5
CHI
4
3位 473
2007 チーム・ペンスキー HMS
9
STP
1
MOT
7
KAN
3
INDY
3
MIL
16
TXS
16
IOW
8
RIR
11
'WGL
18
NSH
6
MDO
3
MIS
17
KTY
9
SNM
2
DET
14
CHI
4
6位 446
2008 チーム・ペンスキー HMS
4
STP
2
MOT1
2
LBH1
DNP
KAN
4
INDY
4
MIL
5
TXS
2
IOW
14
RIR
2
WGL
16
NSH
3
MDO
2
EDM
2
KTY
2
SNM
1
DET
2
CHI
1
SRF2
7
2位 629
2009 チーム・ペンスキー STP3
DNP
LBH
7
KAN
2
INDY
1
MIL
11
TXS
1
IOW
7
RIR
17
WGL
4
TOR
18
EDM
2
KTY
4
MDO
12
SNM
18
CHI
20
MOT
10
HMS
5
4位 433
2010 チーム・ペンスキー SAO
9
STP
4
ALA
1
LBH
7
KAN
4
INDY
9
TXS
20
IOW
2
WGL
9
TOR
24
EDM
10
MDO
3
SNM
5
CHI
6
KTY
1
MOT
1
HMS
5
4位 531
2011 チーム・ペンスキー STP
20
ALA
7
LBH
12
SAO
21
INDY
17
TXS1
10
TXS2
4
MIL
9
IOW
7
TOR
17
EDM
2
MDO
19
NHM
17
SNM
2
BAL
17
MOT
22
KTY
29
LVS
*
11位 312
* レース中止
1 2008年のチャンプカーとIRLの統合で、チャンプカー参戦チームはロングビーチのレースに参加した。一方IRLチームは同じ週末、もてぎでのレースに参加した。チーム・ペンスキーはもてぎのレースに参戦した。
2 シリーズ統合に際してのノンタイトル戦
3 カストロネベスは脱税容疑の裁判のためレースに欠場、代わってウィル・パワーが#3をドライブした。
年数 チーム数 レース数 PP数 勝利数 表彰台
(勝利以外)**
トップ10
(表彰台以外)***
インディ500勝利数 チャンピオン獲得数
11 1 155 32 19 36 63 3 (2001, 2002, 2009) 0
** 表彰台(勝利以外):2位または3位
*** トップ10
(表彰台以外):4位から10位まで

インディ500 結果 [編集]

2007年のインディ500、プラクティス
シャシー エンジン スタート フィニッシュ チーム
2001 ダラーラ オールズモビル 11 1 ペンスキー
2002 ダラーラ シボレー 13 1 ペンスキー
2003 ダラーラ トヨタ 1 2 ペンスキー
2004 ダラーラ トヨタ 8 9 ペンスキー
2005 ダラーラ トヨタ 5 9 ペンスキー
2006 ダラーラ ホンダ 2 25 ペンスキー
2007 ダラーラ ホンダ 1 3 ペンスキー
2008 ダラーラ ホンダ 4 4 ペンスキー
2009 ダラーラ ホンダ 1 1 ペンスキー
2010 ダラーラ ホンダ 1 9 ペンスキー
2011 ダラーラ ホンダ 16 17 ペンスキー

2001年から2003年までのカストロネベスの決勝平均順位は1.33であり、3年単位のアベレージフィニッシュとしては歴代最高タイの記録(1970年から72年のアル・アンサーと同率)である。

アメリカン・ル・マン・シリーズ成績 [編集]

チーム クラス シャシー エンジン タイヤ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 順位 ポイント
2007 ペンスキー・レーシング LMP2 ポルシェ・RSスパイダー Evo ポルシェ MR6 3.4L V8 M SEB
5/3
STP LNB TEX UTA LIM MID AME MOS DET PET MON 23位 19
2008 ペンスキー・モータースポーツ・インク LMP2 ポルシェ・RSスパイダー Evo ポルシェ MR6 3.4L V8 M SEB STP LNB UTA LIM MID AME MOS DET PET
4/1
MON
6/4
19位 45

参照 [編集]

外部リンク [編集]

スポーツのタイトル
先代:
ファン・パブロ・モントーヤ
インディ500勝者
2001-2002
次代:
ジル・ド・フェラン
先代:
スコット・ディクソン
インディ500勝者
2009
次代:
ダリオ・フランキッティ
先代:
ファン・パブロ・モントーヤ
インディカー・シリーズ
ルーキー・オブ・ザ・イヤー

2001
次代:
アレックス・バロン
トーマス・シェクター
受賞や功績
先代:
バディ・ラジアー
スコット・ブレイトン・アウォード
2004
次代:
ケニー・ブラック