トニー・スチュワート

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トニー・スチュワート

トニー・スチュワートTony Stewart1971年5月20日 - )はアメリカ合衆国インディアナ州コロンバス出身のNASCARドライバー。その豪快なパフォーマンスから日本国内では「NASCAR界の暴れん坊」と紹介される。現地での愛称はラッシュビルロケット、コロンブス彗星、スモークとも。

経歴[編集]

地元のカートレースで頭角を早くから現し、ミゼットシリーズ等を経て1996年インディ・レーシング・リーグ (IRL) に出走しながらNASCARのブッシュシリーズ(現:ネイションワイド・シリーズ)に参戦。その後はIRLで通算3勝を挙げつつも、次第に活動の軸をNASCARに移行する。

最高峰シリーズにステップアップした初年度の1999年はデビューイヤーにもかかわらず幾度もトップ争いを繰り広げデビューしてから25戦目の秋のリッチモンドでデイビー・アリソンが1987年に成し遂げて以来のルーキーによる優勝を遂げる、その後のフェニックスでのレースも制し史上2人目のルーキーシーズン2勝を達成した〔これもアリソン以来〕スチュワートの活躍はこれだけにとどまらずホームステッドマイアミで行われたペンゾイル400でチームメイトのボビーラボンテを従え1-2フィニッシュでシーズン3勝目を飾りルーキーのシーズン最多勝記録を塗り替えることとなった、このシーズンをランキング4位で終えたスチュワートは早くも将来のチャンピオン候補として注目されることとなる。翌2000年はチームメイトのラボンテがチャンピオンを獲得しスチュワートはランキング6位に留まるもののそのラボンテがチャンピオン獲得したをペンゾイル400を2年連続で優勝するのをはじめシーズン最多の6勝を挙げた。2001年は開幕戦のデイトナ500でビッグワンに巻き込まれるスタートとなったものの第11戦リッチモンドでシーズン初優勝を挙げると第16戦ソノマではロードコース初優勝を達成その後第24戦秋のブリストルでは春の同レースでの波紋を投げかける行為を跳ね除けての勝利を獲得しシーズン3勝目を挙げるなどの活躍を見せチャンピオン争いには加われなかったものの終盤の活躍によりランキング2位を獲得した。翌2002年は非常に争いが激しいものとなったルーキーのジミー・ジョンソンやライアン・ニューマンはデビュー戦からすぐさま競争力を発揮し共に一時は選手権をリードする活躍を見せた、そんな中スチュワートの開幕戦をエンジンブローでわずか3周で終えてしまい43位に終ってしまう、その後スチュワートは第4戦アトランタで1勝目をマークしその後得意とするリッチモンドでの第10戦で2勝目を挙げ、徐々にチャンピオン争いに加わっていく、その後第22戦ワトキンスグレンでシーズン3勝目を獲得する、しかし前述のジョンソンやニューマン、ラウシュの若手カート・ブッシュとマット・ケンゼス、さらにはジェフ・ゴードンやマーク・マーティン等のベテラン、そしてスターリン・マーリンの存在によりポイント争いで足踏みしてしまう、スチュワートが初めてランキングトップに立ったのは第30戦タラデガでありその後は不調に陥ったマーリンやジョンソンが脱落していき〔ゴードンもエンジンブローやクラッシュで脱落〕最後の3レースはマーティンとの一騎打ちとなり最終戦で18位フィニッシュを果たし38ポイント差でマーティンを押さえチャンピオンを獲得した。開幕戦を最下位で終えたドライバーがチャンピオンとなるのはNASCAR史上初めてであった。2005年には年間タイトルを獲得。翌2006年度は惜しくもチェイス(プレーオフシリーズ)に残る事が出来ず、初の年間二桁順位に終わる。

2009年にハースレーシングとの共同オーナーとなり、チーム名もスチュワート・ハースレーシングと変更となっている。同時にマシンを壊すと自分の懐に響くからという物もあり、今までのような暴れっぷりは無くなったが、上位で安定した結果を残し、テクニックは未だ健在であることを示す。2011年シーズンは上位入賞はあれど優勝できないレースが続くが、チェイスで5勝をあげ3度目のチャンピオンを獲得した。[1]

戦績[編集]

NASCARシリーズ[編集]

  • 2011年 - スプリントカップ・シリーズ 年間王者 (5勝)
  • 2010年 - スプリントカップ・シリーズ 年間7位(2勝 第25戦アトランタ、第30戦フォンタナ)
  • 2009年 - スプリントカップ・シリーズ 年間6位(4勝 第14戦ポコノ、第18戦デイトナ、第22戦、ワトキンスグレン、第29戦カンザス)
  • 2008年 - スプリントカップ・シリーズ 年間9位(1勝 第30戦、タラデガ)
  • 2007年 - ネクステルカップ 年間6位(3勝 第19戦シカゴランド、第20戦インディアナポリス、第22戦ワトキンスグレン)
  • 2006年 - ネクステルカップ 年間11位(5勝 第6戦マーティンズビル、第18戦デイトナ、第29戦カンザス、第33戦アトランタ、第34戦テキサス)
  • 2005年 - ネクステルカップ 年間王者(5勝)
  • 2004年 - ネクステルカップ 年間6位(2勝)
  • 2003年 - ウィンストンカップ 年間7位(2勝)
  • 2002年 - ウィンストンカップ 年間王者(3勝)
  • 2001年 - ウィンストンカップ 年間2位(3勝)、インディ500参戦(6位)
  • 2000年 - ウィンストンカップ 年間6位(6勝)
  • 1999年 - ウィンストンカップ 年間4位(3勝)、インディ500参戦(9位)

NASCAR以前[編集]

  • 1998年 - IRL 年間3位(2勝)
  • 1997年 - IRL 年間王者(1勝)
  • 1996年 - IRL 年間8位
  • 1994年 - 国内ミゼット選手権 タイトル獲得
  • 1987年 - 世界カート選手権 タイトル獲得

その他[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 最終戦ホームステッド=マイアミカール・エドワーズと同点になったが、優勝回数が多いスチュワートがチャンピオンになった。
  2. ^ en:Tony the Tiger
  3. ^ ルイス・ハミルトンとトニー・スチュワート:Mobil 1 Car Swap(モービル1カー・スワップ) - Mobil1.jp

外部リンク[編集]