ドレイヤー&レインボールド・レーシング

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ドレイヤー&レインボールド・レーシング(Dreyer & Reinbold Racing)はインディカー・シリーズに参戦しているアメリカ合衆国のレーシングチーム。 シリーズ1勝を挙げているロビー・ビュールが共同オーナーとして、インディアナポリスBMWインフィニティフォルクスワーゲンのディーラーであるデニス・レインボールドと共にチームを所有している。

2000年 - 2006年[編集]

2000年に設立されて以来、当初は主流であったオーロラ(オールズモビル)だったが、直後にインフィニティにスイッチし、インフィニティがシリーズを撤退するまで同エンジンを使用した数少ないチームの1つで、その後はシボレー、最終的にはホンダにエンジンを変更している。 ビュールが2004年に引退した際、後任にフェリペ・ジャフォーネを起用し、その後はホンダからの財政的な支援のあるロジャー安川を起用した。 2006年は、ホンダからの支援が無くなり、ビュールがチームを運営することが財政的に無理ならやめると一貫して述べていたようにチームの存続が危ぶまれたが、スポンサーが見つかり2000年のシリーズチャンピオンバディ・ラジアーをドライバーとして起用した。

チームの絶頂期であった2001年と2002年にはサラ・フィッシャーのためにセカンドカーを走らせており、また、2006年のインディ500ではアル・アンサーJrがセカンドカーを走らせた。

チームの唯一の勝利は、2000年シーズンの開幕戦であるウォルト・ディズニー・ワールド・スピードウェイで記録された。ビュールは22番グリッドからスタートしての勝利で、しかもチームとしてのデビューウィンであった。 資金不足のチームはトップチームを相手に奮闘したが、2006年はライアン・ブリスコーがウェットコンディションの中ですばらしいスピードを見せたワトキンズ・グレン・インターナショナルで表彰台に登ったのがベストリザルトとなったが、その他は目立った成績はほとんど無かった。

2007年・2008年[編集]

2007年、チームは元フェルナンデス・レーシングのエンジニア2人を迎え、新しいスポンサーを獲得し、2007年1月31日には2004年のインディ500勝者のバディ・ライスとサラ・フィッシャーがドライブすることを発表した。 ライスはまずまずのパフォーマンスを見せ3回のトップ5フィニッシュを含め、ポイントランキング9位でシーズンを終えたが、フィッシャーはしばしばセカンド扱いで平均的ではない機材を与えられどうにかランキング17位となったものの、チームから自分の努力に対する評価が足りないとして、2007年後半チームを去ることを発表した。

ライスがチームに戻った2008年、チームはセカンドカーをミルカ・デュノータウンゼント・ベルでシェアして2台体制で参戦、インディ500では3人全員で参加し、ライスとベルがそれぞれ8位と10位というトップ10でフィニッシュする一方、デュノーは19位でレースを終えた。

2009年[編集]

所属ドライバー[編集]

外部リンク[編集]