スコット・ディクソン
| スコット・ロナルド・ディクソン | |
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インディアナポリス・モーター・スピードウェイでのカーブ・デイ(2009年のインディ500)
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 生年月日 | 1980年7月22日(31歳) |
| 出身地 | |
| 2012年IRLインディカー・シリーズ | |
| デビュー | 2003年 |
| 所属 | チップ・ガナッシ・レーシング |
| 車番 | 9 |
| 出走回数 | 112 |
| 優勝回数 | 21 |
| ポールポジション | 17 |
| ファステストラップ | 21 |
| シリーズ最高順位 | 1位(2003年、2008年) |
| 過去参加シリーズ | |
| 1994年 1995年-1996年 1997年-1998年 1999年-2000年 2001年-2002年 |
ニュージーランドFormula Vee ニュージーランドFormula Ford オーストラリア フォーミュラホルーデン インディライツ CARTチャンプカー |
| 選手権タイトル | |
| 1994年 1995年 1996年 1998年 2000年 2003年 2008年 |
ニュージーランドFormula Vee クラスII ニュージーランドFormula Ford クラスII ニュージーランドFormula Ford クラスI オーストラリアドライバーズチャンピオンシップ インディライツ インディカー・シリーズ インディカー・シリーズ |
| 受賞 | |
| 1999年 2001年 2001年 2003年 2004年 2008年 2008年 2008年 2009年 |
ジム・クラークトロフィー CARTルーキー・オブザイヤー ジム・クラークトロフィー ブルース・マクラーレントロフィー ジム・クラークトロフィー インディ500シリーズチャンピオン ブルース・マクラーレントロフィー ニュージーランド スポーツマン・オブザイヤー ニュージーランド モータースポーツ殿堂入り |
スコット・ディクソン(Scott Dixon, 1980年7月22日 - )はニュージーランド人のカーレーサー。
目次 |
[編集] プロフィール
他のレーシングドライバーと同様にレーシングカートからキャリアをスタート。1994年母国ニュージーランドのフォーミュラ・ビィーでチャンピオン、1998年にはオーストラリアでのフォーミュラ・ホールデンでチャンピオンを獲得し渡米、1999年よりCARTの直下のカテゴリーであったインディ・ライツに参戦。翌2000年には12戦6勝をあげてチャンピオンを獲得した。
2001年にCARTにステップアップ、第3戦ナザレスで記録的な優勝をとげた。この20歳9ヶ月14日での優勝は、CARTは勿論、F1、IRL、NASCARを含めた世界のメジャーレース史上での最年少ウィナー(当時)としての記録である。 しかし、2002年に2001年から所属していたチーム、パックウエスト・レーシングがシーズン途中で撤退となってしまった。シート喪失のピンチとなったが、急遽チップ・ガナッシ・レーシングがサードカーを走らせてディクソンを起用することになり、シーズン途中でトップチームのシートを獲得することとなった。 2003年よりチームと共にIRLへ転向、開幕戦勝利を含めて3勝をあげて参戦初年度からチャンピオンに輝いた。
2004年-2005年 IRLデビューイヤーにチャンピオン獲得したディクソンだったが、その後2年間は一転して不振に陥る。 ディフェンディングチャンピオンとして迎えた2004年開幕戦はリタイヤに終わってしまうが、第2戦で2位、第3戦で5位と安定した成績を残した。ここから本領発揮と思われたが、その後は1度もトップ5フィニッシュできず、結局この年は1勝も出来ず第2戦での2位がベストリザルトとなった。不振の原因としては所属チームのチップ・ガナッシが使用していたトヨタエンジンが、この年のチャンピオンを獲得したトニー・カナーンの所属するアンドレッティ・グリーンレーシングをはじめとするチームが使用するホンダエンジンに対し、劣勢だったことが挙げられる。事実、前年ディクソンとチャンピオンを争い同じトヨタエンジンを使用するチーム・ペンスキーも、この年は2勝しか挙げられず、トヨタユーザーはすべて苦戦は必至だった。さらに、ディクソン等が使用するパノスシャシーが、その他多くのチームが使用しているダラーラシャシーに対して性能が劣っていたことが、エンジンの劣勢に加えディクソンの成績不振に拍車をかけていた。翌2005年も、第15戦までは1度もトップ5フィニッシュできず、チームメイトも次々変わるというチーム内が混乱していた中で、第16戦のワトキンス・グレンで2年ぶりの優勝を成し遂げ、元チャンピオンの貫禄を見せた。
2006年 エンジンとシャシーに足を引っ張られた2年間を終えたディクソンにとって、2006年は念願がかなったシーズンとなった。それまで複数のメーカーのコンペティションだったエンジンとシャシーだったが、トヨタが2007年限りでの撤退を表明したところ、それによってディクソンの所属するチップ・ガナッシレーシングやライバルであるチーム・ペンスキーなどのトップチームが次々とホンダエンジンに乗り換えたため、トヨタは1年前倒ししてIRLからの撤退することを決める。これにより、ワンメイク化が1年早まることとなった。そして、チームメイトには前年のチャンピオンのダン・ウェルドンというチャンピオンコンビとなり、チームは磐石の体制となった。そして開幕戦は、予選4位、決勝もチームメイトのダン・ウェルドンが優勝すると自身も5位に入り好調な滑り出しとなる、第2戦はペンスキーのエリオ・カストロネベスが優勝しディクソンは2位を確保する、このレースはコーション中にサム・ホーニッシュJr.とウェルドンが接触するというアクシデントがあった。その後第3戦はトップ争いを展開中にリタイア、第4戦インディアナポリスでは速度違反ペナルティで25位となるが第5戦のIRL初のウエットレースとなったワトキンスグレンと第9戦ナッシュビルで優勝し、最終戦までタイトルを争うことが出来た(ランキングは4位)
2008年 チップ・ガナッシ・レーシングで6回のポールポジションと6回の優勝でシーズンチャンピオンに輝いた。
2009年・2010年もそれぞれタイトル争いには絡んだものの、2009年に加入したチームメイトダリオ・フランキッティに2年連続でタイトルを奪われる結果となっている。
[編集] 経歴年表
- 1994年 ニュージーランドFormula Vee参戦 シリーズチャンピオン
- 1995年 ニュージーランドFormula Ford(クラス2)参戦,13勝 シリーズチャンピオン
- 1996年 ニュージーランドFormula シリーズチャンピオン
- 1997年 オーストラリア フォーミュラホルーデン参戦 シリーズ3位 ルーキーオブザイヤー獲得
- 1998年 オーストラリア フォーミュラホルーデン 5勝 シリーズチャンピオン
- 1999年 インディライツ参戦(チーム:Johansson Motorsports)(マシン:ローラB99/30ビューイック)1勝 シリーズ5位
- 2000年 インディライツ(チーム:パックウエスト レーシング(PacWest Racing))(マシン:ローラB99/30ビューイック)6勝 シリーズチャンピオン
- 2001年 CART参戦(チーム:パックウエスト レーシング(PacWest Racing))(マシン:レイナード01Iトヨタ)1勝〔ナザレス〕 シリーズ8位 ルーキーオブザイヤー獲得
- 2002年 CART(チーム:PWR&チップガナッシ(PWR&ChipGanassi))(マシン:ローラB2/00トヨタ)最高位2位 シリーズ13位
- 2003年 インディカー・シリーズ参戦(チーム:チップガナッシ(ChipGanassi))(マシン:パノスGフォースGF09トヨタ)3勝〔マイアミ、パイクスピーク、リッチモンド〕,5PP シリーズチャンピオン
- 2004年 インディカー・シリーズ(チーム:チップガナッシ)(マシン:パノスGフォースGF09トヨタ)最高位2位 シリーズ10位
- 2005年 インディカー・シリーズ〔チーム・チップ・ガナッシ〕〔マシン・パノスGフォースGF09 トヨタ〕1勝〔ワトキンスグレン〕シリーズ13位
- 2006年 インディカー・シリーズ(チーム:チップガナッシ)2勝 シリーズ4位
- 2007年 インディカー・シリーズ(チーム:チップガナッシ)4勝 シリーズ2位
- 2008年 インディカー・シリーズ(チーム:チップガナッシ)6勝 シリーズチャンピオン
- 2009年 インディカー・シリーズ(チーム:チップガナッシ)5勝 シリーズ2位
- 2010年 インディカー・シリーズ(チーム:チップガナッシ)3勝 シリーズ3位