ジル・ヴィルヌーヴ・サーキット

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Circuit Gilles Villeneuve
Circuit Gilles Villeneuve NAPA 200.JPG
所在地 カナダ・ケベック州モントリオール
標準時 GMT -5
座標 北緯45度30分2.08秒 西経73度31分20.86秒 / 北緯45.5005778度 西経73.5224611度 / 45.5005778; -73.5224611座標: 北緯45度30分2.08秒 西経73度31分20.86秒 / 北緯45.5005778度 西経73.5224611度 / 45.5005778; -73.5224611
収容人数 100,000
所有者 モントリオール市
オープン 1978
旧称 Île Notre-Dame Circuit (1978-1982)
主なイベント FIA フォーミュラ1
カナダグランプリ
NASCAR ネイションワイド・シリーズ
NAPA Auto Parts 200
Île Notre-Dame (Circuit Gilles Villeneuve).svg
コース長 4.361 km (2.71 マイル)
コーナー数 13
レコードタイム 1:13.622 (ブラジルの旗 ルーベンス・バリチェロ, フェラーリ, 2004)
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シルキュイ・ジル・ヴィルヌーヴ: Circuit Gilles Villeneuve, ジル・ヴィルヌーヴ・サーキット)はカナダケベック州モントリオールセント・ローレンス川のノートルダム島にあるサーキット。全長4,361m。

概要[編集]

ノートルダム島は1967年モントリオール万博の会場となった人工島で、セント・ローレンス川の中洲に地下鉄工事で掘った土砂を埋め立てて造成された。その後は公園として利用され、1976年モントリオールオリンピックではボート競技の会場にもなった。モントリオール中心街から地下鉄でアクセスすることができ、レースウィーク以外は市民の憩いの場となっている。島内には公営のモントリオール・カジノ(万博のフランス館)もある。

1978年よりモスポート・パークに代わってF1カナダGPの開催地となり、1987年2009年を除いて毎年開催されている。F1以外ではNASCARネイションワイドシリーズのレースが行われ、以前はWSPCチャンプカーも行われていた。

"Salut Gilles"と書かれたスタートライン

サーキットが建設された当初の名称はその中州の名からサーキット・イル・ノートルダム(Circuit Île Notre-Dame)と呼ばれていたが、1982年に地元ケベック出身のF1ドライバージル・ヴィルヌーヴが事故死したため、業績を讃えてその名を冠することとなった。スタートライン上には"Salut Gilles"(やあ、ジル)とペイントされている。

水と緑に囲まれた美しい環境や、開放的な観客の雰囲気から、当地でのレースを楽しみにするF1関係者は多い。以前はレースウィーク前日に、各チームのメカニックがガレージの不用品で「手漕ぎボート」を造り、ピット裏手にあるオリンピックのボートコースで競争するイベントが毎年催されていた。

コースレイアウト[編集]

ピットヘアピン
最終コーナー出口の「チャンピオンの壁」

公園内の周回道路を利用したコースは、ストレートをヘアピンと5つのシケインでつないだ典型的なストップ・アンド・ゴー・タイプのサーキットで、優れたトラクション性能が要求される。ダウンフォースを削って走るため高速からのブレーキングが難しく、ブレーキパッドの消耗も厳しい。エスケープゾーンが狭いため、コースオフがクラッシュにつながりセーフティカーの出動場面がよく見られる。

当初はスタート・フィニッシュラインやピットがヘアピンコーナーの出口(コース図右側)にあったが、その後反対方向(コース図左側)へ移設された。

コントロールラインを通過し、右に少し振った直後に急減速して1コーナーに侵入する。入り口が非常に狭く、スタート直後は混乱が起こりやすい。「セナ」の名が付けられた2コーナーから右に大きく回り込みながら加速する。3・4コーナーのシケインから7コーナーまではテクニカルセクションが続く。4・5コーナーは左右をコンクリートウォールに囲まれている。

バックストレッチは道幅が狭く、ランオフも非常に狭いエリア。8・9コーナーのシケインを通過し、オールドピットヘアピンを抜けると1km以上の全開区間。以前はヘアピン立ち上がりに高速S字コーナーがあったが、安全面からほぼ直線に近いゆるやかなカーブに改修された。

ストレートエンドにある最終シケインは、F1サーキットの中でも難関として数えられる。減速を誤ると縁石に乗ってマシンが跳ね、コーナー外側のコンクリートウォールにクラッシュしてしまう。過去にはナイジェル・マンセルミハエル・シューマッハデイモン・ヒルジャック・ヴィルヌーヴ歴代F1チャンピオンがここにぶつかってリタイアしており、「チャンピオンの壁Wall of the Champions 」とも呼ばれている。このウォールには「ようこそケベック州へ」とフランス語で書かれた看板がある。

出来事[編集]

  • 1978年のF1初開催時には、ジル・ヴィルヌーヴが自身の初優勝(カナダ人としても初優勝)を達成した。
  • 1982年にはスタートでリカルド・パレッティディディエ・ピローニのマシンに追突し、パレッティが死亡した。
  • 1989年にはティエリー・ブーツェン1995年にはジャン・アレジ2007年にはルイス・ハミルトン、2008年にはロバート・クビサが初優勝を記録した。ブーツェンはF1通算96戦目、アレジは92戦目と、共に遅咲きの初優勝であった。とりわけアレジは、ジルと同じカーナンバー27のフェラーリを駆っての勝利であった。また、クビサは前年同サーキットで大クラッシュして次戦欠場していた。
  • 1990年のスポーツカー世界選手権 (WSPC) のレースでは、マシン床下のダウンフォースによってマンホールの蓋が吸い上げられ宙に舞い、ポルシェ・962を直撃してマシンが炎上した。
  • ハードブレーキ用に冷却対策をした結果、ブレーキダクトのサイズ違反で失格になるケースが何度かあった。2004年のカナダGPでは4台が失格となり、スポット参戦でデビューしたティモ・グロックが繰り上がりで初入賞した。
  • サーキットが公園内にあるため、過去にはコース上に出てきた小動物をレーシングカーが轢いてしまう事故もあった。2007年のカナダGPではアンソニー・デビッドソンウッドチャックと衝突してしまった。
  • 2011年のカナダGPではレース開始前から降りしきる雨により2時間以上の中断を挟んでの、4時間4分というF1史上最長のレースとなった。更に変わりゆくコンディションとコース特性が合わさってアクシデントが多発し、史上最多となる6度のセーフティカー出動が見られた。レースは中盤に接触で最後尾に落ちたジェンソン・バトンが怒涛の追い上げで順位を上げていき、残り5周の時点で2位に浮上。更にはトップを走っていたセバスチャン・ベッテルを最終ラップに抜き去っての優勝という劇的な幕切れとなった。
  • 2013年にはマーシャルがクラッシュ車両撤去中のクレーン車に轢かれ死亡する事故が発生した。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]