交響曲第39番 (ハイドン)
交響曲第39番ト短調 Hob.I:39は、フランツ・ヨーゼフ・ハイドンが1760年代後半に作曲した交響曲。正確な作曲年代は議論が分かれる。
概要[編集]
この交響曲には自筆原稿が残っておらず、作曲年代は学者によって意見が分かれる。1770年に書かれた筆写譜が残り、エントヴルフ・カタログでは第2ページに現れる。ランドンは1768年ごろの作曲とした[1]。これに対して、本曲に4本のホルンが使われていることから、ゲルラッハやフェーダーらはエステルハージ家に4人のホルン奏者が雇われていた時期から考えて、もっと前の1765年から1766年はじめの作曲とした[2][3]。大崎滋生はホルン4本といっても交響曲第31番のように4本のホルンがすべて同じ管長を持ち、それぞれが名人芸を見せる曲と、本曲のように短調の曲のために異なる管長を必要とした場合では異なるとして、1765年説を疑問としている[4]。
1768年に作曲されたとすれば、この曲はハイドンのいわゆるシュトゥルム・ウント・ドラング期に作曲された、古典派では数少ない短調の交響曲の一つであるということになる(この時期には他に26番、44番、45番、49番、52番が短調)。1765年説を取れば、ハイドンがまだ副楽長であった時代の作品ということになり、シュトゥルム・ウント・ドラング以前の作品になるが、この時代にはやや特殊で成立事情に問題のある交響曲第34番以外は短調の交響曲は書かれていない。
おそらく本曲に影響されて、ト短調による一連の熱情的な交響曲がヴァンハル(2曲)、ヨハン・クリスティアン・バッハ(作品6-6)、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(交響曲第25番 K.183)によって書かれており、とくにヴァンハルとモーツァルトは4本のホルンの使い方でも共通している[3]。ただしヴァンハルの曲はハイドンより前に書かれたかもしれない[4]。
筆写譜の中には終楽章に「嵐の海」(Il mare turbito)という題が書かれたものがある[5]。
編成[編集]
曲の構成[編集]
第1楽章 Allegro assai[編集]
4/4拍子。主題の間に2度の休止が挟まれることで劇的な効果を高めている。同じ動機を元に展開される。展開部は対位法的に絡み合い、更に切迫する。
第2楽章 Andante[編集]
変ホ長調、3/8拍子、ソナタ形式。平行調の下属調をとる調選択はこの時期には珍しい。弦楽器のみになるが、終結を除いて上2声、下2声がユニゾンとなり、曲は全体としてほとんど2声部で進行する。刻むような運動の中で強弱が対比されている。最後に6小節の短いコーダが続く。
第3楽章 Menuet - Trio[編集]
ニ短調とハ短調を経過する主部は、ヴァイオリンとオーボエのユニゾンで淡々と歌われる。トリオは変ロ長調でオーボエとB管ホルンにより朗々と歌われる。
第4楽章 Allegro di molto[編集]
4/4拍子、ソナタ形式。第1主題は内声部の刻みの上を広い音域のアルペッジョで跳躍する。急速なテンポのまま音階や跳躍など多くの要素が凝縮され、劇的に終わる。
脚注[編集]
参考文献[編集]
- 大崎滋生「ナチュラルホルンの時代」『桐生学園大学研究紀要』第35号、2009年、 1-23頁。
- 大宮真琴『新版 ハイドン』音楽之友社〈大作曲家 人と作品〉、1981年。ISBN 4276220025。
- 『ハイドン 交響曲集III(28-40番) OGT 1591』音楽之友社、1982年。(ミニスコア、ランドンによる序文の原文は1965年のもの)
外部リンク[編集]
- 交響曲第39番の楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト。PDFとして無料で入手可能。
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