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サミュエル・エトー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
サミュエル・エトオから転送)
サミュエル・エトー
名前
本名 サミュエル・エトー・フィス
Samuel Eto'o Fils
愛称 黒い宝石、黒豹
ラテン文字 Samuel ETOO
基本情報
国籍 カメルーンの旗 カメルーン
スペインの旗 スペイン
生年月日 (1981-03-10) 1981年3月10日(45歳)
出身地 ドゥアラ
身長 180cm
体重 79kg
選手情報
ポジション FW
利き足 右足
ユース
1992-1996 カメルーンの旗 カジ・スポーツ・アカデミー英語版
1996-1997 スペインの旗 レアル・マドリード
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1997-2000 スペインの旗 レアル・マドリード 3 (0)
1997-1998 スペインの旗 レガネス (loan) 28 (3)
1999 スペインの旗 エスパニョール (loan) 0 (0)
2000 スペインの旗 マジョルカ (loan) 13 (6)
2000-2004 スペインの旗 マジョルカ 120 (48)
2004-2009 スペインの旗 バルセロナ 144 (108)
2009-2011 イタリアの旗 インテル・ミラノ 67 (33)
2011-2013 ロシアの旗 アンジ・マハチカラ 53 (25)
2013-2014 イングランドの旗 チェルシー 21 (9)
2014-2015 イングランドの旗 エヴァートン 14 (3)
2015 イタリアの旗 サンプドリア 18 (2)
2015-2018 トルコの旗 アンタルヤスポル 76 (44)
2018 トルコの旗 コンヤスポル 13 (6)
2018-2019 カタールの旗 カタールSC 18 (6)
通算 588 (293)
代表歴
2000  カメルーン・オリンピック 6 (1)
1997-2014 カメルーンの旗 カメルーン 118 (56)
監督歴
2015-2016 トルコの旗 アンタルヤスポル (暫定)
獲得メダル
男子 サッカー
オリンピック
2000 シドニーサッカー
1. 国内リーグ戦に限る。2018年8月31日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

サミュエル・エトー・フィスSamuel Eto'o Fils, 1981年3月10日 - )は、カメルーンリトラル州ドゥアラ出身の元サッカー選手。元カメルーン代表。ポジションはフォワード

サミュエル・エトオと表記されることもある。フィスは英語の Jr. (ジュニア)に相当するフランス語の添え名である。

カメルーン代表の最多得点記録保持者であり、史上最多の4度のアフリカ年間最優秀選手賞受賞、2度のアフリカネイションズカップ優勝、3度のUEFAチャンピオンズリーグ優勝など数々の栄誉を手にしている。

2021年12月よりカメルーンサッカー連盟会長を務める[1]

経歴

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初期の経歴

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カメルーンのドゥアラ市にあるカジ・スポーツアカデミーの一期生。その後、16歳でレアル・マドリード・カスティージャと契約。しかし、外国人であった為セグンダ・ディビシオンBでは試合に出場できず、成長を妨げないようレンタルされ、CDレガネスRCDエスパニョールRCDマジョルカで過ごした。

2000年のシーズン終了後に、6億6000万円でRCDマジョルカに完全移籍し、2002年にコパ・デル・レイ優勝に導くなど活躍している。

バルセロナ

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バルセロナ時代のエトー

2004-2005シーズンにFCバルセロナに移籍し、リーガ優勝を経験した。

2006年9月のUEFAチャンピオンズリーグ1次リーグ、ヴェルダー・ブレーメン戦で右ひざ半月板を痛め、全治5ヶ月と診断された。自身が「第二の故郷」としているマヨルカ島で療養していたが、2007年2月に復帰し、ゴールも決めている。なお、復帰後の起用法を巡って出場を拒否するなど、トラブルメーカー的な側面も見せた。

2007-08シーズンはティエリ・アンリがバルセロナに加入し、前述のフロントとの衝突などから放出が噂されたが、結局チームに残った。しかし開幕前のインテルナツィオナーレ・ミラノとの親善試合で怪我を負うと、ボージャン・クルキッチの台頭などもあり出場機会が減少。ただし、出場した試合では18試合で16ゴールと抜群の決定力を見せた。また、2007年10月17日にはスペイン国籍を取得し、カメルーンとの二重国籍となった。

2008-09シーズン、監督に就任したジョゼップ・グアルディオラの意向により一度戦力外通告を受けるが、最終的に残留する形で踏み止まると、10月25日の第8節UDアルメリア戦でバルサ史上最短の23分間でのハットトリックを達成し(この時点で8試合9得点を記録、バルサ在籍中の得点率が1.34試合となり、バルサ歴代2位につく)[2]リオネル・メッシ、アンリとともに世界最強ともいわれる3トップを組むと、自己最多、リーガ2位の30ゴールを記録し、チャンピオンズリーグ決勝のマンチェスター・ユナイテッドFC戦では決勝点を挙げた。3シーズンぶりのリーガ・エスパニョーラ制覇とUEFAチャンピオンズリーグ、さらにはコパ・デル・レイをも制し、スペイン勢史上初の3冠獲得に大きく貢献した。

インテル

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インテルでプレーするエトー(2009年)

2009年7月、ズラタン・イブラヒモビッチとのトレード(エトー+移籍金4600万ユーロ)により、5年契約でインテルナツィオナーレ・ミラノへ移籍。2008-09シーズンセリエA24得点(得点ランキング2位タイ)のディエゴ・ミリートと2トップを組むことになった。8月8日のスーペルコッパ・イタリアーナSSラツィオ戦で移籍後公式戦初出場、初得点を記録すると、セリエAデビューとなった2週間後のASバーリ戦でPKによりセリエA初得点を挙げた。2010年3月16日のUEFAチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦2ndレグチェルシーFC戦では、チームを4シーズンぶりのベスト8へと導く決勝ゴールを挙げた。その後インテルはセリエA、コッパ・イタリア、チャンピオンズリーグを制覇。エトーはヨーロッパのフットボールにおいて、史上初めて異なるふたつのクラブでの三冠、並びに2シーズン連続での三冠を獲得した選手となり、これらはいずれも現在に至るまで唯一の記録である。

2010-11シーズンも好調が続き、UEFAチャンピオンズリーグではグループリーグ6戦で1位の7得点を記録。セリエAでも得点ランクトップを走ったが、11月21日のACキエーヴォ・ヴェローナ戦では相手選手に頭突きをしてしまい、3試合の出場停止処分を受けた[3]FIFAクラブワールドカップ2010では決勝のマゼンベ戦で1ゴール1アシストを記録するなど活躍し、ゴールデンボール(MVP)を獲得した。12月21日にはクラブでの活躍が評価され、4度目のアフリカ年間最優秀選手賞を受賞した。その後はセリエ、チャンピオンズリーグともに得点王こそ逃したものの攻撃の中心として活躍。2011年5月9日のコッパ・イタリア決勝のUSチッタ・ディ・パレルモ戦では2得点を挙げ、インテルの2連覇に貢献。またこの2得点でシーズンの総得点を37とし、バルセロナ時代の2008-09シーズンに記録した自己記録を更新した[4]

アンジ・マハチカラ

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2011年8月24日、ロシアダゲスタン共和国に本拠地を置くFCアンジ・マハチカラに3年契約で移籍した[5]。移籍金は非公表であるが、移籍金2700万ユーロ、年俸は2000万ユーロと伝えられている[6]。その3日後に行われたロシア・プレミアリーグ第22節のFCロストフ戦(2-2)では後半58分から出場して80分に同点ゴールを挙げ[7]、第23節のFCヴォルガ・ニジニ・ノヴゴロド戦では2試合連続となる得点を挙げた[8][9]

チェルシー

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2013年8月、アンジは経営規模の縮小を発表。結果、主力選手の大半が市場に出ることになった。古巣のインテルなどが獲得に動いたが、2013年8月29日、チェルシーFCに1年契約で移籍決定。再びモウリーニョの下でプレーすることになる[10]。背番号は29番。 10月19日のカーディフ・シティFC戦で移籍後初ゴールを挙げると、2014年1月20日のマンチェスター・ユナイテッドFC戦ではハットトリックを達成した[11]

エヴァートン

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2014年8月26日、エヴァートンFCに2年契約で加入した[12]

サンプドリア

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2015年1月24日、UCサンプドリアに移籍した[13]

アンタルヤスポル

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2015年7月1日、スュペル・リグアンタルヤスポルと3年契約を結んだことを発表した[14]。同年12月7日、ユスフ・シムシェク英語版が監督を退任すると、翌2016年1月初頭まで暫定的に選手兼任監督を務め、最初の2試合で2勝を挙げた[15]

コンヤスポル

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2018年1月30日、フリーエージェントでコンヤスポルに加入した。8月3日、クラブと双方合意の上で契約を解除した[16]

カタールSC

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2018年8月13日、カタールリーグ・1部カタールSCが契約を結んだことを発表した[17][18]。そして翌2019年2月に退団し、同9月に現役の引退を表明[19]

代表

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カメルーン代表でのエトー

1998年のFIFAワールドカップ・フランス大会にはカメルーン代表史上最年少となる17歳3ヶ月で出場した。同年のトヨタカップ2000年のアフリカネイションズカップシドニー五輪を制した。

また、カメルーン代表として2002年日韓ワールドカップで来日した際にサガン鳥栖と試合をして決勝点を奪っている。ワールドカップではグループリーグ第2戦のサウジアラビア戦で決勝点となるゴールを決め勝利に導く。しかし1勝1分1敗の3位でグループリーグ敗退となった。

2006年ワールドカップドイツ大会アフリカ最終予選は、アウェーでコートジボワールに勝利し最終戦を前に首位に立つが、最終戦でエジプトに終盤に追いつかれ、ロスタイムにピエール・ウォメがPKを失敗して引き分けに終わる。最終戦に勝利したコートジボワールに抜かれ本大会出場を逃した(ヤウンデの悲劇)。

2006年のアフリカネイションズカップ・エジプト大会では、準々決勝でワールドカップの最終予選で最後まで出場を争ったコートジボワールPK戦までもつれたが全員成功し2巡目の最初の番でエトーはクロスバーを越えるミスキックをしてしまい、チームはベスト8で敗れた。

2010年ワールドカップ南アフリカ大会ではグループリーグ初戦の日本戦では、チーム事情から本来のポジションとは異なる右サイドでのプレイを余儀なくされ無得点だったが、デンマーク戦とオランダ戦ではゴールを記録した。9月5日のアフリカネイションズカップ2012予選のモーリシャス戦で2得点を挙げ、代表通算100試合出場と50得点を達成した。

2011年11月15日、代表戦出場ボーナスの支払いがないことから、アルジェリア代表との親善試合をボイコットして試合は中止された。これを重く見たカメルーンサッカー連盟は、16日に代表戦15試合の出場停止処分を下したが[20]、エトーは処分が不服であるとして規律委員会に訴え、4試合の出場停止に軽減された[21]

2014年8月27日、代表引退を表明した[22]

2025年3月7日、スポーツ仲裁裁判所は、CAF執行委員会メンバー選挙の候補者リストにサミュエル・エトーの候補資格を復活させるよう命じた[23]

エピソード

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  • 幼い頃に父親に腕時計を買ってもらって以降、腕時計にはこだわりがあり、自らプロデュースも行っている。2010年W杯予選の際は「カメルーンがW杯に出場できたらチームメイト全員に腕時計をプレゼントする」と宣言し、実際に出場決定後、自らのブランドの450万円相当の腕時計を贈った(計1億円に上る[24])。
  • 携帯電話のマニアとして知られており、400台もの携帯を所持している(そのうち14台は別々の国、電話番号で稼働中)[25]。また2012年1月には母国カメルーンで携帯電話会社を設立した[26]

個人成績

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クラブ

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
スペイン リーグ戦 国王杯オープン杯 期間通算
1997-98レガネスセグンダB28321-304
レアル・マドリードプリメーラ1000-10
1998-99エスパニョール0010-10
レアル・マドリード20001030
1999-00マジョルカ13600-136
2000-01281152-3313
2001-0230611-317
2002-039301465-3619
2003-04321720213618
2004-05バルセロナ372510-3825
2005-06342600223628
2006-07191121302412
2007-08181630-2116
2008-09363040-4030
イタリア リーグ戦 イタリア杯オープン杯 期間通算
2009-10インテル9セリエA321221113514
2010-11352145434329
2011-1200001010
ロシア リーグ戦 ロシア杯オープン杯 期間通算
2011-12 (en)アンジ・マハチカラ9ロシア・プレミア221310-2313
2012-13 (en)251032-2812
2013-146200-62
イングランド リーグ戦 FLカップFAカップ 期間通算
2013-14チェルシー29プレミアリーグ2192030269
2014-15エヴァートン1431010163
イタリア リーグ戦 イタリア杯オープン杯 期間通算
2014-15サンプドリア9セリエA1820000182
トルコ リーグ戦 トルコ杯オープン杯 期間通算
2015-16 (en)アンタルヤスポル9スュペル・リグ332210-3422
2016-17281600-2816
2017-18コンヤスポル13610-146
カタール リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
2018-19カタールSC81カタールリーグ16623189
通算スペインプリメーラ 280162251083313175
スペインセグンダB 28321-304
イタリアセリエA 853566649745
ロシアロシア・プレミア 532542-5727
イングランドプレミアリーグ 351240304212
トルコスュペル・リグ 744420-7644
カタールカタールリーグ 16623189
総通算 5712874522173633316

代表歴

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出場大会

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試合数

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  • 国際Aマッチ 116試合 56得点(1997年-2014年)[27]
カメルーン代表国際Aマッチ
出場得点
199730
199850
199910
200075
200182
2002135
200372
200494
200561
200655
200731
20081111
200995
2010128
201184
201220
201342
201431
通算11656

得点

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#開催日開催地対戦国スコア結果大会
12000年1月28日ガーナの旗アクラコートジボワールの旗 コートジボワール2030アフリカネイションズカップ2000
22000年2月6日アルジェリアの旗 アルジェリア1021
32000年2月10日チュニジアの旗 チュニジア2030アフリカネイションズカップ2000準決勝
42000年2月13日ナイジェリアの旗ラゴスナイジェリアの旗 ナイジェリア0122(PK3-4)アフリカネイションズカップ2000決勝
52000年4月19日カメルーンの旗ヤウンデソマリアの旗 ソマリア30302002 FIFAワールドカップ予選
62001年1月28日トーゴの旗ロメトーゴの旗 トーゴ0102
72001年7月1日カメルーンの旗ヤウンデ1020
82002年1月7日ブルキナファソの旗 ブルキナファソ1031親善試合
92002年1月28日マリ共和国の旗シカソトーゴの旗 トーゴ2030アフリカネイションズカップ2002
102002年3月27日スイスの旗ジュネーヴアルゼンチンの旗 アルゼンチン1122親善試合
112002年5月26日日本の旗神戸市イングランドの旗 イングランド0122
122002年6月6日日本の旗新潟市サウジアラビアの旗 サウジアラビア10102002 FIFAワールドカップ
132003年3月27日チュニジアの旗チュニスマダガスカルの旗 マダガスカル2020チュニス・トーナメント
142003年6月19日フランスの旗サン=ドニブラジルの旗 ブラジル0101FIFAコンフェデレーションズカップ2003
152004年2月8日チュニジアの旗チュニスナイジェリアの旗 ナイジェリア1212アフリカネイションズカップ2004
162004年6月6日カメルーンの旗ヤウンデベナンの旗 ベナン11212006 FIFAワールドカップ予選
172004年7月4日コートジボワールの旗 コートジボワール1020
182004年9月15日エジプトの旗カイロエジプトの旗 エジプト3232
192005年6月4日ベナンの旗コトヌーベナンの旗 ベナン0414
202006年1月21日エジプトの旗カイロアンゴラの旗 アンゴラ1031アフリカネイションズカップ2006
2121
2231
232006年1月25日トーゴの旗 トーゴ1020
242006年1月29日 コンゴ民主共和国2020
252007年6月3日リベリアの旗モンロビアリベリアの旗 リベリア0212アフリカネイションズカップ2008予選
262008年1月22日ガーナの旗クマシエジプトの旗 エジプト3142アフリカネイションズカップ2008
2732
282008年1月26日ザンビアの旗 ザンビア4051
292008年1月30日ガーナの旗タマレスーダンの旗 スーダン1030
3030
312008年5月31日カメルーンの旗ヤウンデカーボベルデの旗 カーボベルデ20202010 FIFAワールドカップ予選
322008年6月8日モーリシャスの旗パンプルムースモーリシャスの旗 モーリシャス0203
332008年6月21日カメルーンの旗ヤウンデタンザニアの旗 タンザニア1021
3421
352008年10月11日モーリシャスの旗 モーリシャス1050
3620
372009年2月11日ギニアの旗 ギニア2131親善試合
3831
392009年9月5日ガボンの旗リーブルヴィルガボンの旗 ガボン02022010 FIFAワールドカップ予選
402009年9月9日カメルーンの旗ヤウンデ2021
412009年11月14日モロッコの旗フェズモロッコの旗 モロッコ0202
422010年1月17日アンゴラの旗ルバンゴザンビアの旗 ザンビア2132アフリカネイションズカップ2010
432010年1月21日アンゴラの旗ベンゲラチュニジアの旗 チュニジア1122
442010年6月19日南アフリカ共和国の旗プレトリアデンマークの旗 デンマーク10122010 FIFAワールドカップ
452010年6月24日南アフリカ共和国の旗ケープタウンオランダの旗 オランダ1112
462010年8月11日ポーランドの旗シュチェチンポーランドの旗 ポーランド0103親善試合
4703
482010年9月4日モーリシャスの旗パンプルムースモーリシャスの旗 モーリシャス0113アフリカネイションズカップ2012予選
4912
502011年9月3日カメルーンの旗ヤウンデモーリシャスの旗 モーリシャス3060
512011年10月7日コンゴ民主共和国の旗キンシャサコンゴ民主共和国の旗 コンゴ民主共和国1123
522011年11月11日モロッコの旗マラケシュスーダンの旗 スーダン3131LGカップ2011
532011年11月13日モロッコの旗 モロッコ0111
542013年3月23日カメルーンの旗ヤウンデトーゴの旗 トーゴ10212014 FIFAワールドカップ予選
5521
562014年6月1日ドイツの旗メンヒェングラートバッハドイツの旗 ドイツ0122親善試合

タイトル

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クラブ

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RCDマジョルカ
FCバルセロナ
インテルナツィオナーレ・ミラノ

代表

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U-23カメルーン代表
カメルーン代表

個人

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関連項目

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脚注

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  1. エトー氏がカメルーン連盟の会長に就任、元代表のレジェンド”. AFPBB News (2021年12月12日). 2021年12月14日閲覧。
  2. 「TOPIX FILE:エトーが「最短ハットトリック」を達成!!」 『WORLD SOCCER DIGEST No.279』 第14巻第22号、日本スポーツ企画出版社、2008年、81頁。雑誌 29893-11/20
  3. “エトーへの処分が確定 パンデフは古巣相手に不振脱却なるか?”. Livedoorスポーツ. (2010年12月3日)
  4. “バルサ時代の自己記録を塗り替えたエトー「僕はインテルに残る」”. SOCCER KING. (2011年6月1日)
  5. エトーがインテルからアンジへ移籍”. uefa.com. 2012年1月8日閲覧。
  6. “アンジがエトー獲得を発表”. goal.com
  7. “ロシア移籍のエトー、早くもデビュー弾”. goal.com
  8. “Голы Это'О и Роберто Карлоса помогли "Анжи" победить "Волгу"”. championat.com
  9. “Мгновения 23-го тура”. championat.com
  10. “チェルシー、エトー獲得を発表”. Goal
  11. “エトー3発でユナイテッドを粉砕 香川は出番なし”. Goal
  12. “エヴァートン、エトー獲得を正式発表”. Goal
  13. “サンプ、エヴァートンからエトオを獲得…3年半ぶりのセリエA復帰”. soccerking. (2015年1月25日)
  14. Samuel Eto'o joins ambitious Turkish side Antalyaspor”. BBC Sport (2015年7月1日). 2015年11月15日閲覧。
  15. Samuel Eto'o's coaching stint with Antalyaspor ends”. BBC Sport (2016年1月6日). 2017年7月18日閲覧。
  16. “37歳エトー、トルコを去る。新天地候補はフランスかオーストラリア?”. フットボールチャンネル. (2018年8月4日)
  17. “エトーの新天地はカタール、シャビやスナイデルら元同僚と対戦へ”. AFP BB NEWS. (2018年8月14日)
  18. ”黒い宝石”エトーが現役引退へ「これで終わり。新たな挑戦へ向かう」”. SOCCER KING (2019年9月7日). 2019年9月8日閲覧。
  19. “代表戦のストライキをしたエトーが15試合の出場停止処分に”. soccer-king.jp
  20. “エトーの出場停止処分が大幅軽減”. Goal.com
  21. “エトー、カメルーン代表引退を発表”. Goal
  22. Élections de la CAF: la candidature de Samuel Eto'o validée par le Tribunal arbitral du sport”. rfi.fr. 2025年3月8日閲覧。
  23. 「TOPIX FILE:大盤振る舞いを見せたエトー」 『WORLD SOCCER DIGEST No.305』 第15巻第24号、日本スポーツ企画出版社、2009年、81頁。雑誌 29893-12/17
  24. “エトーは携帯マニア? その数なんと400台!”. ライブドアニュース
  25. “エトーが携帯電話会社を設立”. Goal.com
  26. サミュエル・エトー - National-Football-Teams.com

外部リンク

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