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リゴベール・ソング

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
リゴベール・ソング
名前
本名 リゴベール・ソング・バアナグ
Rigobert Song Bahanag
ラテン文字 Rigobert SONG
基本情報
国籍 カメルーンの旗 カメルーン
フランスの旗 フランス
生年月日 (1976-07-01) 1976年7月1日(49歳)
出身地 ヌカンリコック英語版
身長 183cm
体重 76kg
選手情報
ポジション DF (CB, RB)
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1992-1994 カメルーンの旗 トネール
1994-1998 フランスの旗 メス 123 (3)
1998-1999 イタリアの旗 サレルニターナ 4 (1)
1999-2000 イングランドの旗 リヴァプール 34 (0)
2000-2002 イングランドの旗 ウェストハム 24 (0)
2001-2002 ドイツの旗 ケルン (loan) 16 (0)
2002-2004 フランスの旗 RCランス 63 (3)
2004-2008 トルコの旗 ガラタサライ 104 (4)
2008-2010 トルコの旗 トラブゾンスポル 46 (0)
1992-2010 通算 417 (11)
代表歴
1993-2010[1] カメルーンの旗 カメルーン 137 (4)
監督歴
2012-2015 カメルーンの旗 カメルーン(アシスタント)
2016-2018 カメルーンの旗 カメルーン A'
2018 カメルーンの旗 カメルーン(暫定)
2018-2022 カメルーンの旗 カメルーン U-23
2022-2024 カメルーンの旗 カメルーン
2025- 中央アフリカ共和国の旗 中央アフリカ
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

リゴベール・ソング・バアナグRigobert Song Bahanag, 1976年7月1日 - )は、カメルーンヌカンリコック出身の元同国代表サッカー選手、現サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー(センターバック及び右サイドバック)。現在は中央アフリカ代表の監督を務めている[2]

クラブ歴

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初期

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FCメスでは1996年のクープ・ドゥ・ラ・リーグ優勝に貢献。1998年には、セリエAに昇格したUSサレルニターナ1919へ移籍する。

リヴァプール

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1999年1月、2.7百万ポンドの移籍金でプレミアリーグリヴァプールFCに加入[3]。クラブ初のカメルーン人選手として、アウェーのコヴェントリー・シティFC戦でリーグデビューとなった[4]1999-00シーズンアフリカネイションズカップ参加のため3か月間クラブから離脱するなど、ポジションを確立できなかった。2000年夏にはジェラール・ウリエ監督がシドニー・オリンピックへの派遣を拒否するなど、戦力として数えられていた[5]翌シーズンマルクス・バッベルクリスティアン・ツィーゲらの加入もあり[6]、開幕3か月で4試合の途中出場に止まる。2000年9月23日のサンダーランドAFC戦がレッズでの最後の出場となった。同クラブでは公式戦38試合に出場した。

ウェストハム

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同年11月、ハリー・レドナップ率いるウェストハム・ユナイテッドFCに移籍。先に売却したリオ・ファーディナンドの後釜として、2.5百万ポンドの移籍金で加入した[5]。29日のリーグカップブーリン・グラウンドシェフィールド・ウェンズデイFCを迎えた一戦で移籍後初出場となった。2001-02シーズンよりグレン・ローダー英語版が新監督に就任すると不遇を託ち、11月に1.FCケルン期限付き移籍することとなった[7]。約1年間の在籍で27試合出場無得点。ハマーズでの最終戦は0-5と大敗したエヴァートンFCとのリーグ戦となった[8]

ケルン、RCランス

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2011年11月、ブンデスリーガで下位に喘ぐ1.FCケルンにシーズン終了までのローンで加入[9]。加入後はアフリカネイションズカップ2002での離脱を除き全試合で先発したが、クラブは2部降格となった。2002-03シーズンよりRCランスへ移籍し、フランスへ舞い戻る[10]

トルコ時代

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2004-05シーズンより、スュペル・リグガラタサライSKへ1.5百万米ドルの移籍金で加入する[11]クロアチア代表スティエパン・トマスとセンターバックのコンビを組み強固な守備陣を形成[12]テュルキエ・クパス優勝や翌シーズンのリーグ制覇に貢献した。2007年2月18日に行われたガズィアンテプスポルとの試合中、エリック・ヘーレツ監督と口論となる[13]。後に謝罪したが[14]、出場機会は減少した[15]。2007-08シーズンよりカール=ハインツ・フェルトカンプ英語版が指揮官に就任するとポジションを奪還し、新たにキャプテンに任命される[16]アフリカネイションズカップ2008から戻ると、自身の負傷に加えエムレ・ギュンギョルセルヴェト・チェティンらの台頭によりベンチを温めたが、クラブは16度目のリーグ優勝を達成した。

2008-09シーズンより、トラブゾンスポルと2年契約を締結[17]。28試合に出場しカードを一切受けなかったが、2009年4月にエルスン・ヤナル英語版が辞任するとポジションを失う[18]。12月に新監督として招聘されたシェノル・ギュネシュの下ではキャプテンを務め[19]、2009-10シーズンのリーグカップを獲得した。同クラブのサポーターからは「Büyük Şef」(偉大なキャプテン)と称された[18]

代表歴

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ギニアとの親善試合(2006年)

1993年にメキシコとの親善試合でカメルーン代表デビュー。以後キープレーヤーとして18年に亘ってプレーし、アンリ・ミシェルにより1994年アメリカ大会に招集されて以降、1998年フランス大会2002年日韓大会2010年南アフリカ大会と、4度のワールドカップに出場した。

17歳当時にアメリカW杯で受けた退場処分は大会最年少記録であり、フランスW杯では大会史上初めて2大会連続でレッドカードを提示される。2つのワールドカップで退場となったのは、他にジネディーヌ・ジダンのみである[20]。また、アメリカW杯でキャプテンを務めたロジェ・ミラとの24年42日というチーム内年齢差は、大会における歴代最大記録である[21]

アフリカネイションズカップでは、キャプテンとして2000年大会から2連覇を達成。計8大会への参加や、5大会でのキャプテン就任、そして35試合連続の出場はいずれも大会歴代最多記録である。

モロッコ代表ナビル・バハ(右)と(2009年)

2008年5月31日のカーボベルデ戦で先制点となる代表初ゴールを挙げ、2-0での勝利に貢献した[22]

2009年にポール・ル・グエンが代表監督に就任すると、サミュエル・エトオにキャプテンの座を譲る。8月12日のオーストリアとの親善試合において、ここ10年間で初めてスタメンを外れた[23]

2010 FIFAワールドカップでは日本との開幕戦でベンチスタートとなり、チームは本田圭佑のゴールにより0-1で敗れる[24]。試合後、自身をはじめ年長の選手は若手主体でチームを構成するル・グエンにメンバーの再考を求めた[25]。しかし続くデンマーク戦でも起用されず1-2で敗戦し、グループリーグ敗退が決定。オランダとのGL最終戦で、ニコラ・ヌクルとの交代で73分からピッチに立ち、W杯4大会出場を達成した[26]。1-2で敗れ大会を終えると、8月1日に代表引退を表明した[27]。代表でのキャップ数は137を数え、カメルーン代表の最多試合出場選手となっている[28]

指導歴

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2015年10月、チャド代表の監督に就任[29]。しかし11月のエジプト戦では不在で[30]、結局国際サッカー連盟に正式承認されることはなかった[31]

2018年にはカメルーン代表の暫定監督を務める[32]。同年10月18日、U-23カメルーン代表の監督に就任することが発表された[2]

2022年3月1日、トニ・コンセイソン英語: Toni Conceiçãoの後任としてカメルーン代表監督への就任が発表された[33]

2025年1月、中央アフリカ代表の監督に就任した。

人物

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既婚であり、2女1男を儲けている[34]。同じくプロサッカー選手のアレクサンドル・ソングは甥。

2016年10月3日、ヤウンデの自宅で脳卒中に倒れ昏睡状態に陥った[35]。翌日には意識を回復すると、フランスの病院に移送される[36]。その後は快方に向かい、12月24日にはレキップのインタビューで経緯を語った[37]

代表歴

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出場大会

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試合数

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  • 国際Aマッチ 135試合 5得点(1993年-2010年)[38]
カメルーン代表国際Aマッチ
出場得点
199310
199450
199520
199650
199770
1998121
199931
2000110
2001100
2002150
200370
2004111
200571
200670
200760
2008121
200970
201060
通算1355

タイトル

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メス
ガラタサライ
トラブゾンスポル
  • テュルキエ・クパス : 2009-10
カメルーン代表

脚注

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  1. “Rigobert Song Bahanag - Century of International Appearances” (英語). The Rec.Sport.Soccer Statistics Foundation
  2. 1 2 2年前の脳卒中から完全復活! カメルーンの闘将リゴベール・ソング氏が東京五輪目指すU-23チームの監督に”. 超ワールドサッカー (2018年10月19日). 2020年8月29日閲覧。
  3. Ged's £128m spending - in full!”. The Guardian (2004年5月24日). 2020年8月29日閲覧。
  4. Cool Coventry wreck Reds”. BBC Sport (1999年1月30日). 2020年8月29日閲覧。
  5. 1 2 Song completes Hammers move”. BBC Sport (2000年11月28日). 2020年8月29日閲覧。
  6. West Ham go for Anfield's Song at £2.5m”. The Guardian (2000年11月23日). 2020年8月29日閲覧。
  7. Song set for Cologne loan”. Sky Sports. 2020年8月29日閲覧。
  8. Everton thrash West Ham”. BBC Sport (2001年9月29日). 2020年8月29日閲覧。
  9. Kein Beton und keine Power”. taz.ze (2001年11月26日). 2020年8月29日閲覧。
  10. Song goes to Lens”. BBC Sport (2002年6月27日). 2020年8月29日閲覧。
  11. Galatasaray grab Song”. BBC Sport (2004年7月12日). 2020年8月29日閲覧。
  12. ÖZEL RÖPORTAJ”. Goal.com (2019年1月15日). 2020年8月29日閲覧。
  13. Gerets-Song kapıştı”. Milliyet (2007年2月18日). 2020年8月29日閲覧。
  14. Song, Gerets'ten özür diledi”. Hürriyet (2007年2月20日). 2020年8月29日閲覧。
  15. Song:"Gerets'e rağmen yılmadım"”. BeIN Sports (2007年7月21日). 2020年8月29日閲覧。
  16. Şaş'ın pabucu dama atıldı”. Yeni Mesaj (2007年10月15日). 2020年8月29日閲覧。
  17. Song Trabzonspor'da”. İhlas Haber Ajansı (2008年6月24日). 2020年8月29日閲覧。
  18. 1 2 Song gözden düştü”. Hürriyet (2017年5月9日). 2020年8月29日閲覧。
  19. Trabzonspor'un kaptanı Song oldu”. Hürriyet (2009年12月2日). 2020年8月29日閲覧。
  20. WATCH: Rigobert Song makes history in France”. AfricanFootball.com (2020年7月1日). 2020年8月25日閲覧。
  21. Roger Milla: Indomitable Lionheart”. ESPN (2010年3月9日). 2020年8月29日閲覧。
  22. Cameroon take Group 1 lead”. BBC Sport (2008年5月31日). 2020年8月29日閲覧。
  23. Song left out of Cameroon team”. BBC Sport (2009年8月12日). 2020年8月29日閲覧。
  24. World Cup 2010: Japan v Cameroon - as it happened”. The Guardian (2010年7月14日). 2020年8月29日閲覧。
  25. Pressure builds on Paul Le Guen as Cameroon prepare for Denmark”. The Guardian (2010年7月19日). 2020年8月29日閲覧。
  26. World Cup 2010: Cameroon v Holland - as it happened!”. The Guardian (2010年7月24日). 2020年8月29日閲覧。
  27. Cameroon great Rigobert Song quits internationals”. BBC Sport (2010年8月1日). 2020年8月29日閲覧。
  28. Cameroon legend Rigobert Song reveals proudest achievement of his career”. Goal.com (2020年8月15日). 2020年8月29日閲覧。
  29. カメルーンの英雄、リゴベール・ソング氏がチャド代表監督に就任”. 超ワールドサッカー (2015年10月27日). 2020年8月29日閲覧。
  30. Chad stun Egypt in N'Djamena”. AfricanFootball.com (2015年11月14日). 2020年8月29日閲覧。
  31. Warrior Chadians keep clawing”. FIFA.com (2015年12月24日). 2020年8月29日閲覧。
  32. Sven-Goran Eriksson holds talks with Cameroon over coach's job”. AS.com (2018年8月1日). 2020年8月29日閲覧。
  33. 2大会ぶりW杯出場目指すカメルーン代表、ソング氏が監督就任…アルジェリア代表と3月に決戦”. 2022年3月1日閲覧。
  34. Rigobert Song: «L'heure est venue de passer le témoin à une autre génération≫”. Journal du Cameroun.com (2010年8月2日). 2020年8月29日閲覧。
  35. 元カメルーン代表ソング氏、意識不明の重体と仏紙”. 日刊スポーツ (2016年10月3日). 2020年8月29日閲覧。
  36. 元カメルーン代表のソング氏が意識回復、今後はフランスの病院へ”. AFPBB.com (2016年10月5日). 2020年8月29日閲覧。
  37. 「死の淵から戻った」、回復したソング氏が仏紙のインタビューに応じる”. AFPBB.com (2016年12月25日). 2020年8月29日閲覧。
  38. リゴベール・ソング - National-Football-Teams.com

外部リンク

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