フランチェスコ・トッティ

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フランチェスコ・トッティ[1] Football pictogram.svg
KL-2018 (7).jpg
2018年のトッティ
名前
愛称 イル・プリンチペ(王子様)、エル・プポーネ(大きな赤ちゃん)、エル・ビンボ・デ・オロ(ゴールデン・ベイビー)、第8代ローマ王、イル・カピターノ(偉大なるキャプテン)、イル・グラディエーター(偉大なグラディエーター)等[2][3]
ラテン文字 Francesco Totti
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1976-09-27) 1976年9月27日(41歳)[4]
出身地 ローマ
身長 180cm[5][6]
体重 82kg[5]
選手情報
ポジション FW / MF
利き足 右足
ユース
1989-1993 イタリアの旗 ASローマ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1993-2017 イタリアの旗 ASローマ 619 (250)
通算 619 (250)
代表歴
1991-1992 イタリアの旗 イタリアU-16 19 (5)
1993-1995 イタリアの旗 イタリアU-18 14 (7)
1995-1997 イタリアの旗 イタリアU-19 8 (4)
1997 イタリアの旗 イタリアU-21 4 (2)
1998-2006[7] イタリアの旗 イタリア 58 (9)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年6月7日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

フランチェスコ・トッティFrancesco Totti, イタリア語発音: [franˈtʃesko ˈtɔtti], 1976年9月27日 - )は、イタリアラツィオ州ローマ県ローマ出身の元サッカー選手。元イタリア代表。現役時代のポジションフォワード、攻撃的ミッドフィールダー。現在はローマのディレクターを務めている。

約25年間に亘ってASローマでプレーしたワン・クラブ・マンであり、同クラブの歴代通算最多得点(316得点)および歴代通算最多出場(786試合)の記録を持つ。在籍中セリエAを1度、コッパ・イタリアを2度、スーペルコッパ・イタリアーナを2度それぞれ制覇した経験を持ち、後年には同クラブのキャプテンも務めた。セリエAにおける通算得点数は歴代2位の250得点、通算出場数は歴代3位の619試合を記録している。

創造性豊かなプレービジョンと優れた技術、高い得点力で知られたトッティは、ASローマにおける史上最高の選手[8]にして、イタリア史上最も偉大なサッカー選手の一人[9][10][11][12][13][14]であると見なされている。トッティはイタリアサッカー選手協会が主催する、毎年活躍した選手に表彰される賞であるオスカル・デル・カルチョにおいて、セリアA最優秀選手に2回、イタリア人最優秀選手に5回などにそれぞれ選出されている。

サッカーイタリア代表においては2007年7月20日に代表引退を表明までに計58試合に出場し、準優勝となったUEFA EURO 2000、優勝した2006 FIFAワールドカップではそれぞれ大会選定のオールスターチームにも選ばれた。2004年には、ペレが選んだ世界の偉大なサッカー選手100人のリストであるFIFA 100にもノミネートされた[15]。2006年にはイタリア共和国功労勲章を受賞[16]。2011年の国際サッカー歴史統計連盟の発表では、トッティはヨーロッパで最も人気のある選手に認定された[17]

幼少期[編集]

幼少期

1976年9月27日、トッティは父・ロレンツォと母・フィオレッラの下に生まれ、ローマメトロニア門地区で生まれ育った[18]。幼少期のスターは当時のローマのキャプテンだったジュゼッペ・ジャンニーニであり[19]、 幼い頃から恒常的に年上の少年達とサッカーをして遊んでいた[20]。彼の一家は熱烈なローマファンであり、週末には決まって家族でオリンピコへ観戦に訪れていたという。

トッティは8歳の時にフォルティトゥードのユースチームに入団し、その後ズミット・トラステヴェレへの移籍を経てロディジャーニ英語版に移籍した。ユースチームでの活躍はスカウト達の目に留まり、実際にACミランのユースチームからスカウトを受けるも、彼の母親はトッティを故郷に残すためにこれを拒否した。1989年にASローマのユースチームに入団した[21]。ロディジャーニは当初、トッティをローマのライバルチームであるラツィオに売却することを予定していたが、当時ローマのユースチームのコーチであったギルド・ジャンニーニはトッティの両親を説得し、トッティをローマのユースチームに引き入れることに成功した[18]

クラブ経歴[編集]

1993年~1997年[編集]

ユースチームでの3年間のプレーを経て1993年3月28日、トッティはアウェイのブレシア戦でわずか16歳でのトップチームデビューを飾り、2-0での勝利に貢献した[22]カルロ・マッツォーネに監督が交代した翌シーズンから、トッティはセカンドストライカーとして何度か起用され[23]1994年9月4日フォッジャ戦でセリエA初得点を記録した[20][24]。同シーズンの途中からはレギュラーに定着し、その後の3シーズンに掛けて計16得点を獲得、当時の監督マッツォーネからもその才能を称賛された[23][25]

1996-97シーズンには監督のマッツォーネが解任され、新たにビアンチが監督に就任するも、チームは12位と低迷した。トッティもビアンチの下で出場機会が減少し、1997年1月にはサンプドリアへのレンタル移籍の寸前にまで至っていたが、当時の会長であったフランコ・センシが土壇場で合意を破談にし、トッティはローマに残留することとなった[20][26]。後にトッティは「(それまでに指導を受けた数多くの監督の中で)ビアンチとだけは反りが合わなかった」と語っている[27]

1997年~1999年[編集]

1997-98シーズンからは新監督にズデネク・ゼーマンが就任し、ゼーマンの下でトッティは左ウイングとして起用されるようになり[20][23]、トッティはフィジカル面でもテクニカル面でも大きな成長を遂げた[28]。またトッティは同シーズンから10番の背番号を与えられ、彼はトッティは4-3-3フォーメーションの利点を生かした縦への突破を見せるなど[29]、チーム内でより大きな役割を担うようになった[20][30]。同シーズンにトッティは1998年2月22日の2-0で勝利したアウェイのナポリ戦で得点を挙げるなど[31]セリエAの全試合で計13得点をマークし[26][32]、チームの4位でのフィニッシュに貢献を果たした[33]。同年のチェザーレ・マルディーニ監督率いる1998 FIFAワールドカップイタリア代表メンバーには招集されなかったが[34]、彼が同シーズンのセリエAで見せたその豊かな創造性と優れた得点力は高い評価を得、トッティはイタリアのサッカー専門誌「グエリン・スポルティーボ」が選出した年間最優秀選手に与えられる賞であるグエリン・ドーロ英語版を受賞した[35]

翌1998-99シーズン、このシーズンからトッティはクラブのシンボルとリーダーとしての認知を得るようになり[20]、そして1998年10月31日、トッティは当時のキャプテンであったアウダイールからキャプテンの座を継承し、わずか22歳の若さでセリエAにおける史上最年少のキャプテンとなった[36]。同年10月29日、トッティは同じ都市のライバルチームであるラツィオを相手に3-3で引き分けた試合で同点ゴールを決めたが、これは彼のローマ・ダービーでの初めてのゴールだった[20][37]。最終的に彼はゼーマンの下での2シーズンで計30得点26アシストを算出し[20]、1998-99シーズンの終了後にはオスカル・デル・カルチョの若手選手賞を受賞した[4]

1999年~2004年[編集]

1999年6月、ASローマ会長のフランコ・センシは監督のゼーマンを解任し、新監督にACミランレアル・マドリードでも指揮を執った元イタリア代表のファビオ・カペッロを招聘した[38]。カペッロの下でローマはトッティを中心としたチーム作りを模索し、トッティはそのパスセンスと創造性の高さを生かすために、3-4-1-2フォーメーションの攻撃的ミッドフィルダーに配置された[39][40][41]。2000年にはセリエA最優秀選手およびセリエA最優秀イタリア人選手に選出され[35][42]、またバロンドールでも14位にランクインした[43]

2000-01シーズンには2-0で勝利した10月1日のホームでのボローニャとの開幕戦で先制点を挙げると[44]12月10日のホームのウディネーゼ戦では強烈なボレーシュートで決勝点をマークし[45]、その後もコンスタントに得点を重ね、ローマはリーグの前半戦を首位で折り返した[46][47]。トッティはシーズンを通してチームの躍進のために重要な役割を担い[48]、そして迎えた最終節の2001年6月18日のホームのパルマ戦、ローマはトッティ、ガブリエル・バティストゥータヴィンツェンツォ・モンテッラの3人のアタッカーが1得点ずつを挙げ3-1で勝利、ローマは悲願の18シーズンぶりのスクデット獲得(リーグ優勝)を決めた[49]。トッティ自身はこのシーズンのセリエAにおいて、自己最多タイの13得点を獲得した[20]。このシーズンの後の2001年、トッティは前年に続き2年連続でのセリエA最優秀イタリア人選手に選出された[42]他、バロンドールの投票ではキャリアハイの5位に入った[43][50]

翌2001-02よりトッティは3-5-2のフォーメーションにおいて、バティストゥータまたは新たに獲得した若手のアントニオ・カッサーノの後方で、フォワードとセカンドストライカーの間の位置で自由にプレーするフリーロールとして起用されるようになった[23]。翌シーズンの2002年9月30日の3-2で勝利したアウェイのブレシア戦では、トッティはセリエAで初めてのハットトリックを記録した[51]。また2002年10月30日サンティアゴ・ベルナベウで行われたUEFAチャンピオンズリーグのアウェイのレアル・マドリード戦では、この試合唯一のゴールである決勝点を決めローマの1-0での勝利に貢献した[52]。イタリアのチームがマドリードでの試合で勝利したのは実に35年ぶりとなった[52]。これらの活躍にも関わらず同シーズンのローマはCLではグループリーグ敗退、セリエAでは8位という結果に終わり[53]、またファイナリストにまで進出したコッパ・イタリアでは、決勝戦のACミラン戦ではトッティは2得点を挙げたが、チームは3-6で敗北した[54]。それでもトッティは自らの活躍から、2003年には自身2度目のセリエA最優秀選手に選出された[35]。続く2003-04シーズンには、トッティはセリエAで自身最多となる20得点を記録しローマの準優勝に貢献[55]、自身2度目のセリエA最優秀選手に選出された[35]

2004年~2007年[編集]

カペッロや複数の選手がチームを去った2004-05シーズンはローマは低迷するものの[56][57]、トッティ自身は得点を重ねてセリエAでは12得点を挙げた[6]。10月3日のインテルナツィオナーレ・ミラノ戦でセリエA通算100得点を達成[58]。また12月19日のパルマ戦ではセリエA通算107得点とし、ロベルト・プルッツォを抜き、ローマのクラブ史上最も多くの得点を記録した選手となった[59]。チームは最終的に8位でシーズンを終え[60]、コッパ・イタリアでは決勝戦に進出したものの決勝でインテルに敗れて準優勝に終わった[61]

ルチアーノ・スパレッティが就任した2005-06シーズンからは、トッティは4-2-3-1フォーメーションの中でセンターフォワードとして起用されるようになった[23]。トッティは最前線のポジションであるにも関わらずたびたび中盤でのビルドアップを担い、それにより攻撃的ミッドフィルダーとウイングの攻め上がるためのスペースが生まれるといった場面が度々生じた[20][62]。ここシステムは後に「4-6-0」、あるいは「0トップ」と表現され、トッティの役割は「偽9番英語版」と呼称されるようになった[20][62]。ローマは同シーズンに開幕9連勝というクラブ新記録を達成するが、10連勝をかけた2006年2月19日のエンポリ戦にて、開始直後にエンポリのリカルド・ヴァニーリ英語版のバックチャージを受けて転倒し、腓骨の骨折および靭帯損傷の大怪我を負った[63]。同年のワールドカップ出場は絶望視されたが、驚異の回復力を見せ、5月11日のインテルとのコッパ・イタリア決勝戦に途中出場しピッチに復帰した[64]。手術中には足首に金属板が取り付けられていたが、トッティの主治医は彼のプレーに影響を及ぼさないよう、翌シーズンまでは金属板は取り外さないこととした[65]。またトッティは骨折の回復を速めるために、テリパラチド適用外治療を受けた[66]

イタリア大統領(当時)のジョルジョ・ナポリターノ(右)からコッパ・イタリアのトロフィーを受け取るトッティ(2008年)

2006-07シーズンはセリエAではキャリアハイの26得点を記録し[67][68]、自身初となるセリエA得点王を獲得[20]、また同時にヨーロッパにおける年間最多得点者に与えられるゴールデンブーツ賞を受賞した[69]。ローマはセリエAではインテルに及ばず2位に留まり、チャンピオンズリーグでは準々決勝でマンチェスター・ユナイテッドに敗れたが、コッパ・イタリアではACミランを破って優勝を果たした[20][70]。2007年のバロンドールにもノミネートされ、10位にランクインした。

2007年8月19日、トッティは2007年のスーパーコッペア・イタリアでインテルに1-0で勝利し、その後ダニエレ・デ・ロッシにペナルティを科した。 2008年1月16日のコッパ・イタリア、トリノ戦でキャリア通算200得点を達成。4月19日のリヴォルノ戦で膝に怪我を負いシーズンの残りを棒に振ったが、ローマはクラブ記録となる勝ち点82を記録しインテルと最終節まで優勝争いを演じ、またコッパ・イタリアでは再びインテルを降し連覇を達成した。この決勝戦にはトッティは出場していなかったものの、キャプテンとして優勝カップを受け取った。

2008年~2010年[編集]

2008-09シーズン、2009-10シーズンは怪我が多く、シーズンを通して出場することができなかった。2009年7月に、2014年まで契約を延長[71]。また2009-10シーズン開幕直後にルチアーノ・スパレッティが辞任した際には、トッティとの衝突が囁かれた[72]クラウディオ・ラニエリ就任後、セリエA24試合無敗を記録するなど優勝争いを展開。トッティもガブリエル・バティストゥータジュゼッペ・シニョーリクルト・ハムリンらの通算得点数を抜き、セリエA歴代単独6位の得点数となった。コッパ・イタリア決勝では2シーズンぶりにインテルと対決したが、終了間際にマリオ・バロテッリを後ろから蹴りつけ、退場処分を受けた[73]。この行為でトッティは多くの批判を受け、一時は引退を考えるほどに悩むこととなった[74][75]

2011年~2017年[編集]

2011年3月11日のラツィオとのローマダービーでは全2得点を挙げる活躍で勝利に貢献。続く3月20日のフィオレンティーナ戦でも2得点を挙げ、セリエA史上6人目となる通算200得点を達成した。また、1点目のゴールはトッティにとって初めてスタディオ・アルテミオ・フランキで挙げた得点でもあった[76]。4月9日のウディネーゼ戦でも2得点を挙げ、9シーズン連続12回目のセリエA2桁得点を達成した。4試合で6得点を挙げる活躍にトッティは「20歳の時でもこれほど好調だったことはない」と話した[77]。5月1日のバーリ戦で直接フリーキックとPKにより2得点を挙げ通算206得点とし、ロベルト・バッジョを抜き歴代単独5位となった[78]

偽9番として[編集]

2011-12シーズンは8得点に終わり、2002-03シーズン以来続いていた連続2桁得点が9シーズンで途絶えた。2012年9月26日のサンプドリア戦で2012-13シーズン初得点を挙げ、セリエA通算216得点とし、ジョゼ・アルタフィーニジュゼッペ・メアッツァと並び歴代3位となった[79]。その後10月21日のジェノアCFC戦で1得点を挙げ、単独3位に浮上した[80]。このシーズンはズデネク・ゼーマンの攻撃的なサッカーの元で順調に得点を重ね、2013年3月3日のジェノア戦でPKを決めグンナー・ノルダールに並び歴代2位タイとなるセリエA通算225得点を記録した[81]

2014-2015シーズン、2014年9月30日にはUEFAチャンピオンズリーグのグループステージのマンチェスター・シティFC戦でゴールを決め、大会史上最年長ゴール記録を更新した。同年11月25日のCSKAモスクワ戦でも得点を挙げ、自身の記録を更新した(38歳59日)[82]

現役引退[編集]

2017年5月3日にモンチSDがシーズン末までの契約を延長しないことを明らかにし[83]、さらに、2017年5月25日、自身のSNSでローマ退団を表明。16歳でトップチーム入りしてから24年、下部組織時代を含めて28年間在籍したクラブを離れることとなった。

ローマでの最後の試合となった同5月28日ジェノア戦の54分、モハメド・サラーに代わり途中出場した。トッティは得点は無かったものの3-2の勝利に貢献、チームもチャンピオンズリーグ本戦出場権を獲得し、有終の美を飾った。 この時点では退団後の動向は明らかにされず[84]、その後東京ヴェルディと入団交渉中だと噂された時期もあったが[85]、7月になって引退とASローマのフロント入りが発表された[85]

代表経歴[編集]

EURO2000決勝

代表レベルでは、世代別代表でUEFA U-21欧州選手権地中海競技大会を制覇。1998年10月10日EURO2000予選スイス戦でフル代表デビューを果たした。

EURO2000ではグループステージのベルギー戦と準々決勝のルーマニア戦で得点を上げるなど活躍。準決勝のオランダ戦のPK戦ではエトヴィン・ファン・デル・サールからチップキック(クッキアイオ)でゴールを奪い、観客の度肝を抜いた。決勝のフランス戦で敗れたもののトッティはマンオブザマッチに選出され、大会選定の優秀選手にも選ばれた。

2002 FIFAワールドカップ 日韓大会韓国戦ではシミュレーションをとられ退場(後にFIFAが誤審を認める)。EURO2004では、グループステージ、デンマーク戦でクリスティアン・ポウルセンの顔面にを吐いたシーンが映像に残ったため3試合出場停止処分を受け活躍できなかった。

2006 FIFAワールドカップ ドイツ大会では前述の怪我から復帰したばかりで本調子ではなかったものの、決勝トーナメント1回戦のオーストラリア戦でPKを決めるなどイタリアの優勝に貢献し、また大会最多の4アシストをマーク[86]、大会選定のオールスターチームにも選出された[87]

2007年、代表引退を発表。2010 FIFAワールドカップ前になると同じく代表引退を発表していたアレッサンドロ・ネスタとともに代表復帰説が囁かれ、トッティももし招集されたならそれに応える旨の発言をしていた[88]。しかし前述のマリオ・バロテッリへのファールもありトッティがイタリア代表に復帰することはなかった。大会でイタリアはグループリーグで敗退することとなったが、ディエゴ・マラドーナファビオ・カンナバーロジャンルイジ・ブッフォンはイタリアの敗因に「トッティのような創造性を持った選手の不在」を挙げた[89][90][91]

プレースタイル[編集]

高い得点力もさることながら、次のプレーを高い精度で予測する能力にも長け、高度なテクニックと創造性で正確なパスを出したりポストプレーをすることでアシスト役もこなせる。逆足やアウトサイドの精度も非常に高く、微妙な蹴り方でボールの軌道に変化を付ける事も得意とする[要出典]EURO2000準決勝オランダ戦のPK戦ではエトヴィン・ファン・デル・サールからチップキックでゴールを奪っている。本人は、受け手のプレースタイルやクオリティーを理解し、それに合わせてパスを出すようにしていると語っている[要出典]

イタリア代表で最も相性が良かった選手はフィリッポ・インザーギだと話している[92]

評価[編集]

チャンピオンズリーグCSKAモスクワ戦前のトッティ(2014年)

ロベルト・バッジョアレッサンドロ・デル・ピエロらを凌いでイタリア史上最も完璧な10番とする呼び声も高い。

イタリア代表GKで同代表監督も務めたディノ・ゾフはトッティについて、「トッティをロベルト・バッジョアレッサンドロ・デル・ピエロミシェル・プラティニと比較するのは、最もらしいことだ。バッジョ、デル・ピエロ、トッティはこの25年で最高のイタリア人選手たちだ。バッジョは信じられないほどスルスルとディフェンダーをかわし、ゴールを生み出せる選手だった。デル・ピエロはより得点力があったね。トッティはイタリア史上最も完璧な10番だ。彼はそれらの素質を持ちながら、フィジカルの強さも併せ持っているからね。トッティは誰と比較するにも、必要なものを全て持っている。彼は同じレベルの選手たちほど、多くのトロフィーを持っているわけではないが、クオリティー、テクニック、フィジカルにおいては引けをとらない。トッティはトッティなんだ」と、総合的に見ても素晴らしい選手であると評価している[93]

バロンドール[編集]

トッティはバロンドールの受賞歴は無いが、複数回ノミネートされている。

順位 所属クラブ
2000 14位 ASローマ
2001 5位 ASローマ
2007 10位 ASローマ

人物[編集]

妻のイラリー・ブラージ(2009年)

ローマでプレーすることに大きなこだわりがある。2013年、MSL所属クラブのモントリオール・インパクトに所属する友人のマルコ・ディ・ヴァイオにモントリオールへ移籍するよう誘われ、そのオファーを断っているが、その際取材にて、「今自分が気にかけている事の全てはローマだ(All I have on my mind right now is Roma. )」と発言している[94]

ローマの顔として大きな力を持っているため、監督と対立することも多い。前述のルチアーノ・スパレッティとの対立では、ルカ・トーニの獲得を進言したトッティにスパレッティが苦言を呈したとされ、これに対しトッティも不満を漏らしている[95]クラウディオ・ラニエリも何度もトッティとの衝突が報じられたが[96][97]、一方でラニエリはトッティに強い信頼を示し[98]、またトッティも同じローマ人でロマニスタであるラニエリを信頼していた[99]

私生活では長年交際していたタレントのイラリー・ブラージ2005年6月18日に結婚。2005年11月6日に長男が誕生し、2006年には長女が誕生している。長男が誕生した時に当時のクラブのスポンサーからプレゼントされた2頭のラブラドール・レトリバーを飼育しており、そのうちの1頭であるアリエルをレスキュー犬学校に入れておりこれまでに3人の人命救助をした[100]

長男が生まれた頃から得点した際に右手の親指を咥える「おしゃぶりパフォーマンス」をしているが、これは2人の子供ではなく、指をくわえる癖のある妻イラリーへ向けたものである[101]

個人成績[編集]

クラブ[編集]

クラブ シーズン 背番号 セリエA カップ戦 欧州カップ1 その他2 シーズン通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
ASローマ 1992–93 - 2 0 0 0 0 0 0 0 2 0
1993–94 - 8 0 2 0 0 0 0 0 10 0
1994–95 20 21 4 4 3 0 0 0 0 25 7
1995–96 17 28 2 1 0 7 2 0 0 36 4
1996–97 26 5 1 0 3 0 0 0 30 5
1997–98 10 30 13 6 1 0 0 0 0 36 14
1998-99 31 12 3 1 8 3 0 0 42 16
1999-00 27 7 2 0 5 1 0 0 34 8
2000-01 30 13 2 1 3 2 0 0 35 16
2001-02 24 8 0 0 11 3 1 1 36 12
2002-03 24 14 5 3 6 3 0 0 35 20
2003-04 31 20 0 0 1 0 0 0 32 20
2004-05 29 12 7 3 4 1 0 0 40 16
2005-06 24 15 2 0 3 2 0 0 29 17
2006-07 35 26 5 2 9 4 1 0 50 32
2007-08 25 14 3 3 6 1 1 0 35 18
2008-09 24 13 0 0 7 2 1 0 32 15
2009-10 23 14 2 0 6 11 0 0 31 25
2010-11 32 15 0 0 7 2 1 0 40 17
2011-12 27 8 2 0 2 0 0 0 31 8
2012-13 34 12 3 0 0 0 0 0 37 12
2013-14 26 8 3 0 0 0 0 0 29 8
2014-15 27 8 2 0 7 2 0 0 36 10
2015-16 13 5 0 0 2 0 0 0 15 5
2016-17 18 2 4 1 6 0 0 0 28 3
通算 619 250 59 18 103 38 5 1 786 307

1UEFAチャンピオンズリーグUEFAヨーロッパリーグ(UEFAカップを含む)
2スーペルコッパ・イタリアーナ

代表[編集]


イタリア代表国際Aマッチ
出場得点
1998 3 0
1999 6 0
2000 12 4
2001 6 1
2002 6 0
2003 5 1
2004 6 2
2005 5 0
2006 9 1
通算 58 9

代表での得点[編集]

獲得タイトル[編集]

コッパ・イタリアを掲げるトッティ(2008年)

クラブ[編集]

ASローマ

代表[編集]

個人[編集]

記録[編集]

出典[編集]

  1. ^ Di Maggio, Roberto. “Francesco Totti - Goals in Serie A”. RSSSF. 2017年2月18日閲覧。
  2. ^ Totti, the Last Gladiator”. Football Italia. 2017年6月18日閲覧。
  3. ^ Totti come "l’ottavo re di Roma"” (Italian). Il Corriere della Sera. 2017年6月18日閲覧。
  4. ^ a b Francesco Totti” (Italian). A.S. Roma. 2016年7月29日閲覧。
  5. ^ a b フランチェスコ・トッティ”. ゲキサカ. 2017年3月21日閲覧。
  6. ^ a b Francesco Totti” (イタリア語). Lega Serie A. 2015年9月6日閲覧。
  7. ^ “Francesco Totti - International Appearances” (英語). The Rec.Sport.Soccer Statistics Foundation. http://www.rsssf.com/miscellaneous/totti-intl.html 
  8. ^ “Calcio Italia Icons: Francesco Totti”. Football Italia. (2008年2月). オリジナル2011年10月18日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20111018182910/http://football-italia.net/150issue/tottiicon.html 2011年5月31日閲覧。 
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外部リンク[編集]