ジョゼ・ロベルト・ガマ・デ・オリベイラ

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この名前は、ポルトガル語圏の人名慣習に従っています。第一姓(母方の)はガマ第二姓(父方の)はデ・オリベイラです。
ベベット Football pictogram.svg
Bebeto brazil.jpg
名前
本名 ジョゼ・ロベルト・ガマ・デ・オリベイラ
José Roberto Gama de Oliveira
愛称 ベベット
ラテン文字 BEBETO
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 (1964-02-16) 1964年2月16日(53歳)
出身地 バイーア州サルヴァドール
身長 173cm
体重 68kg
選手情報
ポジション FW (CF)
利き足 右足
代表歴
1985-1998[1] ブラジルの旗 ブラジル 75 (39)
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ベベット(Bebeto)ことジョゼ・ロベルト・ガマ・デ・オリベイラ(José Roberto Gama de Oliveira、1964年2月16日 - )は、ブラジルの元同国代表サッカー選手。ポジションはフォワード。1989年度南米年間最優秀選手賞

来歴[編集]

小柄ながらスピード、ポジショニング、得点感覚、さらにはパスセンスにも優れ、ブラジル国内の名門クラブであるCRフラメンゴCRヴァスコ・ダ・ガマ、スペインのデポルティーボ・ラ・コルーニャ等で活躍した。前線で起点となれるフォワードで、ただ点を取ることのほかに、最前線でのチャンスメイクも得意とした。1989年度の南米年間最優秀選手賞に輝く。

ブラジル代表でも活躍は目覚しく、1994年アメリカW杯ではロマーリオと2トップを組み、ブラジルの4回目の優勝に貢献。ロマーリオとの2トップは「最強のツートップ」と呼ばれた。この大会中にベベットが自身のゴール後のパフォーマンスとして見せた、当時ちょうど誕生したばかりの我が子を祝う「ゆりかごダンス」が話題になったが、ドイツW杯では同様の立場でゴールを決めたアドリアーノを祝福するパフォーマンスとして繰返された。

1995年デポルティーボ・ラ・コルーニャでコパ・デルレイ優勝に貢献。

1996年にはアトランタ五輪にオーバーエイジとして参加。ポルトガルとの3位決定戦でハットトリックを決めるなど、チームトップとなる大会6得点を挙げ、銅メダル獲得に貢献。

1997年には短期のレンタル移籍でクルゼイロECに加入し、トヨタカップの獲得を目指し、ボルシア・ドルトムントとの試合に先発出場したが敗れた。

1998年には1998 FIFAワールドカップに出場、3得点をマーク活躍で決勝進出に貢献した。

1999年ワールドサッカー誌の20世紀の偉大なサッカー選手100人で100位に選出された。

2000年にはJリーグ鹿島アントラーズでもプレー。鳴り物入りでの入団だったが全く水が合わず(実際は入団前のコンディショニングを全く行っていなかった為)、8試合出場でわずか1得点を挙げたのみで4ヵ月で退団した。このときは監督のトニーニョ・セレーゾが結果の出せないベベットを使い続けることで鹿島のチーム内の雰囲気が悪くなった程であった。

引退後の2010年、ブラジルのリオデジャネイロ州会議員選挙に立候補し、当選を果たした。2012年2月、2014年ブラジルW杯大会組織委員会理事に就任。

家族[編集]

前述の「ゆりかごダンス」時に誕生した息子マテウスは現在、CRフラメンゴに所属しており、ユヴェントスFCレアル・マドリードといったクラブから注目を受けている[2]

所属クラブ[編集]


代表歴[編集]

出典[編集]