濠州

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濠州(ごうしゅう)は中国にかつて存在した州。

魏晋南北朝時代[編集]

北斉により設置された西楚州'を前身とする。北周の時代には下記5郡を管轄していた。

隋代[編集]

隋朝が成立すると4郡4県を管轄した。583年開皇3年)に濠州と改称された。607年(大業3年)、郡制施行に伴い濠州は鍾離郡と改称され下部に4県を管轄した。隋朝の行政区分に関しては下表を参照。

隋朝の行政区画変遷
区分 開皇元年 区分 大業3年
濠州 鍾離郡
鍾離郡 広安郡 済陰郡 荊山郡 鍾離県 定遠県
化明県 塗山県
鍾離県 定遠県 昭義県 馬頭県

唐代以降[編集]

武徳3年(620年)には濠州の名が復活した[1]。その後も断続的に濠州の名は使われ続けてきたが、朱元璋は1367年に臨濠府と改め、中立府を経て1374年に鳳陽府と改めた[2]

注釈[編集]

  1. ^ 旧唐書』地理志三。「濠州下 隋為鍾離郡。武徳三年、改為濠州。又改臨濠為定遠県、化明為招義県。領鍾離・塗山・定遠・招義四県。武德四年、省塗山入鍾離。天宝元年、改為鍾離郡。乾元元年、復為濠州。」
  2. ^ 『明史』地理志一。「鳳陽府(元濠州、属安豊路。)太祖呉元年升为臨濠府。洪武二年九月建中都、置留守司於此。六年九月曰中立府。七年八月曰鳳陽府。」