金州 (陝西省)

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金州(きんしゅう)は中国にかつて存在した。現在の陝西省安康市一帯に比定される。

南北朝時代[編集]

古来は梁州の管轄地域であった。南朝梁朝は梁州より南梁州を分割、西魏の時代になると東梁州と改められ、554年金州が設置された。

隋朝[編集]

隋朝が成立すると旧制が沿襲名され、金州は3郡、3県を管轄していた。605年大業元年)、直州が廃止されると、その管轄地域が統合され6郡7県を管轄するようになった。607年大業3年)に郡制に改められ、商州上洛郡管轄区域が編入され西城郡と改編、6県を管轄するようになった。隋朝の行政区分に関しては下図を参照。

隋朝の行政区画変遷
区分 開皇元年 区分 大業3年
金州 直州 上州 西城郡
魏興郡 吉安郡 洵陽郡 安康郡 忠誠郡 金城郡 上甲郡 金川県 洵陽県
安康県 石泉県
黄土県 豊利県
西城県 吉安県 洵陽県 寧都県 石泉県
魏昌県
直城県 黄土県
豊利県

明代[編集]

明代には金州が設置されていた、1583年万暦11年)、甚大な洪水被害を受けた金州城は放棄され、旧城南方の趙台山山麓に新城を建築、現在の安康市の基礎が築かれた。また新城への移転に際し興安州と改称され、当初は漢中府、後に陝西布政司の管轄とされた。

関連項目[編集]