滄州

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滄州(そうしゅう)は中国にかつて存在した州。北魏から隋初にかけて同名の滄州が設置されているが、別の行政区画である。

隋代[編集]

586年開皇6年)、隋朝により設置された棣州を前身とする。606年大業2年)に滄州と改称された。607年(大業3年)、郡制施行に伴い滄州は渤海郡と改称され下部に10県を管轄した。隋朝の行政区分に関しては下図を参照。

隋朝の行政区画変遷
区分 開皇元年 区分 大業3年
滄州 冀州 渤海郡
楽陵郡 浮陽郡 渤海郡 陽信県 楽陵県 饒安県
清池県 塩山県 南皮県
無棣県 滳河県 厭次県
蒲台県
陽信県 楽陵県 浮陽県 饒安県
高成県
南皮県

唐代以降[編集]

唐朝が成立すると618年武徳元年)に渤海郡は滄州と改称され、州治は清池県に設置された。742年天宝元年)に景城郡758年乾元元年)に滄州と改称されている。

明朝が成立すると清池県は廃止され、滄州直轄とされた。中華民国成立後の1913年民国2年)、州制廃止に伴い滄県と改称され、滄州は廃止された。

関連項目[編集]

注釈[編集]