西城郡

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西城郡(さいじょう-ぐん)は、中国にかつて存在した後漢末および隋代の一時期に、現在の陝西省安康市一帯に設置された。

後漢末の西城郡[編集]

215年建安20年)、漢中郡から分割されて西城郡が置かれた[1]220年黄初元年)、孟達に降ると、魏の文帝により房陵郡上庸郡・西城郡の3郡を合わせて新城郡が置かれ、孟達が新城太守に任じられた[2]

隋の西城郡[編集]

552年廃帝元年)、西魏王雄上津郡魏興郡を平定し、その地に東梁州を置いた。554年(廃帝3年)、東梁州は金州と改められた[3]

607年大業3年)、隋により州が廃止されて郡が置かれると、金州は西城郡と改称された。西城郡は金川石泉洵陽安康黄土豊利の6県を管轄した[4]

618年武徳元年)、により西城郡は金州と改められ、西城郡の呼称は姿を消した[5]

脚注[編集]

  1. ^ 三国志』魏書武帝紀
  2. ^ 華陽国志』漢中志
  3. ^ 周書』武帝紀下
  4. ^ 隋書』地理志上
  5. ^ 旧唐書』地理志二