顕州

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顕州(けんしゅう)は中国にかつて存在した州。

魏晋南北朝時代[編集]

南北朝時代太和年間に北魏により設置された東荊州を前身とする。554年恭帝元年)、西魏により淮州と改称された。

隋代[編集]

隋朝が成立すると淮州は下部に2郡3県を管轄した。585年開皇5年)に顕州と改称、607年大業3年)、郡制施行に伴い顕州は淮安郡と改称され下部に7県を管轄した。隋朝の行政区分に関しては下図を参照。

隋朝の行政区画変遷
区分 開皇元年 区分 大業3年
淮州 殷州 純州 広州 豫州 鄭州
潘州
溱州
- 淮安郡
江夏郡 真昌郡 城陽郡 上川郡 大義郡 漢広郡 襄邑郡 舞陰郡 期城郡 初安郡 - 周康郡 - 比陽県
慈丘県
桐柏県
平氏県
真昌県
顕岡県
臨舞県
江夏県
陽平県
比丘県 城陽県 義郷県
淮南県
- 平氏県 北平県 舞陰県 臨舞県
東舞陽県
昭越県 - - 上蔡県
青山県
震山県

関連項目[編集]

注釈[編集]