資州

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資州(ししゅう)は中国にかつて存在した州。

南北朝時代[編集]

552年廃帝2年)、西魏により設置された[1]

隋代[編集]

隋朝が成立すると当初は資州が設置され2郡3県を管轄した。605年大業元年)、普州廃止にともないその管轄県が移管された。607年(大業3年)、郡制施行に伴い資州は資陽郡と改称され下部に9県を管轄した。隋朝の行政区分に関しては下図を参照。

隋朝の行政区画変遷
区分 開皇元年 区分 大業3年
資州 普州 資陽郡
資陽郡 資中郡 普感郡 安居郡 資陽県 盤石県 内江県
安岳県 普慈県 隆康県
安居県 威遠県 大牢県
資陽県 盤石県
内江県
多業県
安岳県
永康県
柔剛県

関連項目[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 太平寰宇記』:西魏恭帝二年置資州