朱提郡

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
犍為属国から転送)
移動先: 案内検索

朱提郡(しゅてい-ぐん)は、中国にかつて存在した三国時代から南北朝時代にかけて、現在の雲南省東北部と貴州省西部にまたがる地域に設置された。

概要[編集]

107年後漢永初元年)に成立した犍為属国を前身とした。犍為属国は益州に属し、朱提漢陽の2県を管轄した[1]

221年章武元年)、三国の蜀漢により犍為属国を改めて朱提郡が置かれた。

のとき、朱提郡は朱提・南広・漢陽・南秦堂琅の5県を管轄した[2]303年太安2年)、寧州に転属した。

南朝宋のとき、朱提郡は朱提・堂琅・臨利・漢陽・南秦の5県を管轄した[3]

南朝斉のとき、北朱提郡が新たに立てられ、もとの朱提郡は南朱提郡と改められた。南朱提郡は朱提・漢陽・堂琅・南秦の4県を管轄した。北朱提郡は河陽・義城の2県を管轄した。494年延興元年)、また別に東朱提郡が立てられた[4]

脚注[編集]

  1. ^ 後漢書』郡国志五
  2. ^ 晋書』地理志上
  3. ^ 宋書』州郡志四
  4. ^ 南斉書』州郡志下