漢陽府
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漢陽府(かんようふ)は、中国にかつて存在した府。元代から民国初年にかけて、現在の湖北省武漢市一帯に設置された。
概要
[編集]958年(顕徳5年)、後周により鄂州漢陽県に漢陽軍が置かれた。宋のとき、漢陽軍は荊湖北路に属し、漢陽・漢川の2県を管轄した[1]。
1277年(至元14年)、元により漢陽軍が漢陽府に昇格した。漢陽府は湖広等処行中書省に属し、漢陽・漢川の2県を管轄した[2]。
1376年(洪武9年)、明により漢陽府は漢陽州に降格し、武昌府に属した。1380年(洪武13年)、漢陽州は漢陽府にもどされた。漢陽府は湖広省に属し、漢陽・漢川の2県を管轄した[3]。
清のとき、漢陽府は湖北省に属し、漢陽・漢川・孝感・黄陂の4県と沔陽州と夏口庁、合わせて1州1庁4県を管轄した[4]。