魚津駅

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魚津駅
新魚津駅
うおづ
Uozu
しんうおづ
Shin-Uozu
所在地 富山県魚津市
所属事業者 あいの風とやま鉄道駅詳細
日本貨物鉄道(JR貨物)
富山地方鉄道駅詳細
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魚津駅(うおづえき)は、富山県魚津市釈迦堂一丁目および北鬼江一丁目にある、あいの風とやま鉄道日本貨物鉄道(JR貨物)のである。

あいの風とやま鉄道「魚津駅」と富山地方鉄道「新魚津駅」の乗り継ぎが可能(地下道で接続され、エレベーター有り)。

本記事では、当駅西口側にあり、かつては同一駅名であった富山地方鉄道本線新魚津駅(しんうおづえき)についても詳述する。

あいの風とやま鉄道[編集]

あいの風とやま鉄道 魚津駅
JR時代の魚津駅 バス停など
JR時代の魚津駅 バス停など
うおづ
Uozu
東滑川 (5.0km)
(6.3km) 黒部
所在地 富山県魚津市釈迦堂一丁目1-1
所属事業者 Ainokaze Toyama Railway logo.png あいの風とやま鉄道
所属路線 あいの風とやま鉄道線[1]
キロ程 67.1km(倶利伽羅起点)
金沢から84.9km
米原から261.5km
電報略号 ウオ←ウヲ
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線
乗車人員
-統計年度-
2,142人/日(降車客含まず)
-2015年-
開業年月日 1908年明治31年)11月16日
備考 直営駅
みどりの窓口
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概要[編集]

2015年(平成27年)3月14日の北陸新幹線長野駅 - 金沢駅間の開業による並行在来線の経営分離によって、北陸本線倶利伽羅駅から市振駅間があいの風とやま鉄道へ移管されることに伴い、当駅も併せて移管された[1][2]

駅構内にはあいの風とやま鉄道線と地鉄本線を結ぶ非電化の渡り線が設置されている。

魚津駅西ロータリーおよび広場は本新町であり、釈迦堂と同じく道下に位置する。

JR西日本時代[編集]

JR西日本富山地域鉄道部管理の直営駅みどりの窓口が設置されていた。特急列車急行列車の大半が停車した。また、大阪方面への特急「サンダーバード」が1往復のみ(上り10号・下り35号)乗り入れていた。東京方面と宇奈月温泉黒部峡谷方面の結節点でもある。

かつては、富山地方鉄道(地鉄)魚津駅(現・新魚津駅)とJR魚津駅が跨線橋で繋がっていたが、北側の地鉄側に地下道を作り、両駅は切り離された[3]

歴史[編集]

開業当時の当駅ホーム
明治時代の当駅駅舎
  • 1908年明治41年)11月16日 - 官設鉄道北陸線の富山駅 - 魚津駅間延伸により富山県下新川郡道下村に終着駅として開業(一般駅[4][5]旧仮名遣いは「うをづ」[4][6]。同時に現在の魚津港付近までの貨物支線(通称『浜線』)開業[7]
  • 1909年(明治42年)
    • 9月 - 北陸線全通後の貨物支線における貨物運輸を見込み、魚津町長小野時男が鉄道院総裁後藤新平へ「魚津海岸線終端設備完成の件につき請願」と題した請願書を以てその整備を稟請するが認められなかった[8]。その請願書に曰く、「曩ニ富直鉄道建設ニ当リ、当局者ハ魚津町将来ノ発展ヲ予想シ、一面一万五千坪余ノ敷地ヲ有スル鉄道停車場ヲ設定シ、更ニ作業用トシテ一哩ヲ隔ツル海岸ニ向ツテ終点ニ壱万坪ノ停車場ヲ有スル海岸線ヲ敷設セラレタリ。而シテ聞ク処ニ依レバ、建設事業完了ノ後ニハ海岸線ノ終点ヲ以テ石炭貯蔵場ニ充用シ、或ハ貨物集散ニ依リテハ公衆貨物ノ取扱ニ供用セントノ計画アリト、果シテ然ルヤ。顧フニ港湾修築ノ効果ハ大ニシテハ国家ノ富強ヲ増進シ、小ニシテハ一地方民ノ福利ヲ促成シ、戦後国民ノ最大要務ナルハ勿論ナリト雖モ、之レガ改築経営ノ事業タル、須ラク多数ノ歳月ト多大ノ費用ヲ要シ、到底一地方町民ノ能ク遂行シ得ヘキモノニ非ラザルガ故ニ、現下施設セラレタル魚津駅海岸線終点ニ於テ更ニ相当ノ設備ヲ施シ、魚津港湾ノ地勢ヲ利用シテ、富直間鉄道ノ門戸ヲ形成シ、以テ海陸連絡ノ道ヲ開カレナバ、独リ地方町民ノ幸福ナルノミナラズ、実ニ国家ノ利益ナリト信ズルト同時ニ我町民ノ熱望モ亦茲ニ有リ」[9]
    • 10月12日 - 国有鉄道線路名称制定に伴い、北陸本線所属駅となる[10]
  • 1910年(明治43年)4月16日 - 北陸本線が泊駅まで延伸[11]。途中駅となる[12]
  • 1911年(明治44年)11月30日 - 魚津町が無償使用許可を得て人車軌道として運輸業務を行っていた貨物支線を院線に編入する旨、鉄道院総裁後藤新平に請願する[8][9]。その請願書に曰く、「魚津駅ヨリ分岐セル海岸線ハ富直線建設材用材料運搬ノ為メ布設セラレタルモノニ可有之候ヘ共魚津駅停車場ノ位置ハ魚津町ノ北方道下村ニ在リテ市街ノ中央ヲ離レルコト拾八町ニ及ビ而カモ市街ノ地形ハ東西ニ長ク南北ニ短クシテ殆ンド蜿蜒ノ匍匐スル状ヲ為セリ殊ニ海陸ノ連絡ハ市中ヲ貫流セル角川尻ヨリ大町裏ニ至ル間ニ在ルヲ以テ貨物ノ運搬上不利不便尠ナカラサルヲ認ム」[9]
  • 1914年大正3年)春 - 貨物支線廃線[13]
  • 1930年昭和5年) - 国産肥料株式会社(1935年(昭和10年)10月より日本カーバイド工業)の集積場を駅西側に設置し、同時に旧貨物支線跡に専用線(軌間2フィート)を敷設して、ガソリン機関車によって貨物運輸業務を開始する[14]
  • 1936年(昭和11年)
    • 3月14日 - 当駅共同使用契約を富山電気鉄道株式会社と締結する[9]
    • 8月21日 - 日本カーバイド工業株式会社専用線を3呎6吋に改軌し、富山電気鉄道に運行を委託して、国有鉄道貨物列車の乗入れを開始する[14]
  • 1937年(昭和12年)12月 - 日本カーバイド工業株式会社が鹿島参宮鉄道より蒸気機関車(独アーサーコッペル社製)を購入する[8]。同機関車は1969年(昭和44年)11月廃車となってより、魚津市立材木小学校及び滑川市立児童館において静態保存されている[8]
  • 1938年(昭和13年)3月31日 - 日本カーバイド工業株式会社が同社専用線運輸業務の富山電気鉄道への委託を廃止し、爾後自営によってこれを運行することとする[15]
  • 1943年(昭和18年)10月1日 - 当駅 - 滑川駅間に早月信号場が開業する[16]
  • 1947年(昭和22年)11月1日 - 昭和天皇の行幸あり、当駅貨物ホームにて米穀輸送状況を天覧し、駅長笠間藤正に対し運輸業激励の言葉を賜与する[17]
1958年(昭和33年)当時の魚津駅及び日本カーバイド株式会社魚津工場周辺の地図。工場内において専用線が環状になっているのが確認できる
1958年(昭和33年)当時の日本カーバイド工業株式会社魚津工場
  • 1948年(昭和23年)5月 - 日本カーバイド工業株式会社が、その専用線を以て工場を囲む環状線を完成させる[8]
1954年(昭和29年)竣工当時の魚津駅駅舎
  • 1954年(昭和29年)4月 - 2代目の現駅舎(鉄筋平屋建て、建坪94.8坪、庇15.5坪)に改築[3]
  • 1959年(昭和34年) - 構内拡張工事完成[18]
  • 1961年(昭和36年)9月29日 - 当駅 - 黒部駅間に片貝信号場が開業する[16]
  • 1964年(昭和39年)11月20日 - 当駅 - 滑川駅間の早月信号場が、東滑川駅として開業する[19]
  • 1965年(昭和40年)8月25日 - 富山操車場 - 泊駅間が交流電化する[20]
  • 1966年(昭和41年)8月30日 - 当駅 - 東滑川駅間に角川信号場が開業する[16]
  • 1968年(昭和43年)
    • 8月9日 - 当駅 - 片貝信号場間が複線化する[20]
    • 9月27日 - 当駅 - 角川信号場間が複線化し、角川信号場が廃止される[16][20]
  • 1969年(昭和44年)6月17日 - 片貝信号場 - 黒部駅間が複線化し、片貝信号場が廃止される[16][20]
  • 1974年(昭和49年)10月1日 - 営業範囲を改正し、旅客、荷物及び車扱貨物を取扱う駅となる[21]
  • 1977年(昭和52年) - 自動券売機設置[3]
  • 1983年(昭和58年) - 構内に「うまい水」を設置[22]
  • 1984年(昭和59年)2月1日 - 営業範囲を改正し、旅客、荷物及び貨物を取扱う駅となる[23]
  • 1986年(昭和61年)11月1日 - 営業範囲を改正し、荷物の取扱を廃する[24]。また、車扱貨物は専用線発着のものに限る[24]
1987年(昭和62年)4月当時の当駅駅舎
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、国鉄駅は西日本旅客鉄道(JR西日本)・日本貨物鉄道(JR貨物)の駅となる[16]。日本貨物鉄道(JR貨物)の駅は、コンテナ貨物及び専用線発着車扱貨物の取扱を開始する[16]
  • 1995年(平成7年)1月20日 - 駅前と駅西を結ぶ地下道が完成[3]
  • 1996年(平成8年)3月16日 - 営業範囲を改正し、専用線発着車扱貨物の取扱を廃する[16]。同時に自動車代行駅となり、富山貨物駅へのトラック代行輸送を開始する[16][25]
  • 1997年(平成9年)3月22日 - 越後湯沢行きの「はくたか」が初停車[26]
  • 1998年(平成10年)12月4日 - 駅前アーケードが完成し、竣工式を挙行する[27][28]
  • 1999年(平成11年)
    • 7月21日 - 石川精二魚津市長が北陸新幹線のフル規格整備に同意し、スーパー特急による当駅乗入れを断念する[29]
    • 12月16日 - 越川弥生魚津市副議長等が北陸新幹線整備構想見直しに係る合同協議会の小里貞利座長に対し、フル規格による新幹線では当駅への乗入れが困難になるとしてスーパー特急方式による整備を求める[30]
  • 2000年(平成12年)
    • 9月26日 - 北陸新幹線スーパー特急魚津駅停車促進委員会がその総会にて北陸新幹線をスーパー特急方式で整備し、当駅へこれを乗入れる旨を要望する[31]
    • 同年 - きっぷの電話予約サービスおよびインターネットによる切符予約サービス開始[27]
  • 2001年(平成13年)
    • 2月17日 - 北陸新幹線スーパー特急魚津駅停車促進委員会がその臨時総会にて北陸新幹線のフル規格整備に同意する[32]
    • 3月25日 - 北陸新幹線魚津駅乗入れ問題によりその整備に慎重的であった石川精二魚津市長が北陸本線の第三セクター化に同意し、富山県下全部の自治体がこれに同意する[33]
  • 2003年(平成15年)
    • 10月1日 - 魚津市市営魚津駅南駐車場が開業する[34]
    • 11月5日 - 跨線橋の旅客用エレベーター、点字ブロックなどを整備するバリアフリー事業が完成する[27][35]
  • 2006年(平成18年)4月1日 - JR貨物魚津駅が魚津オフレールステーションの名称を使用開始[36]
  • 2008年(平成20年)
    • 10月27日 - 当駅コンコースにおいて埋没林の展示を開始する[37]
    • 11月16日 - 魚津駅開業100周年記念行事を東口で開催[38]
  • 2015年(平成27年)
  • 2016年(平成28年)
    • 3月30日 - 駅舎南側に特産品販売・休憩施設の『ミラマルシェ』が出店。同時にアーゲードの電飾看板も更新[42]
  • 2017年(平成29年)春(予定) - せり込み蝶六をアレンジした駅メロディーを導入[43]

駅構造[編集]

単式ホーム1面1線、島式ホーム1面2線を合せ、計2面3線を有する地上駅である[44]。単式の1番のりば側に駅舎があり、島式の2・3番のりばへは跨線橋で連絡している。あいの風とやま鉄道・魚津駅の駅前は東口である。西口は富山地方鉄道・新魚津の駅前となる。 また、駅舎の北側には、ますのすしの源が運営する売店『魚源商店』(2015年(平成27年)5月3日開店[41])、南側にはジェック経営コンサルタントが運営する特産品販売・休憩施設『ミラマルシェ』(2016年(平成28年)3月30日開店[42])および『魚津駅前のうまい水』という水飲み場がある。

のりば[編集]

のりば 路線 方向 行先[45]
1 あいの風とやま鉄道線 上り 富山金沢方面
2・3 下り 糸魚川方面
  • 通常の停車には1・2番のりばが用いられ、3番のりばは2015年(平成27年)3月14日時点の定期列車のうち、1日1本の下り列車のみ使用する[45]
  • JR駅としての営業最終日の2015年(平成27年)3月13日までは、3番のりばは糸魚川・直江津方面行きの待避列車と、当駅始発・大阪行きの「サンダーバード」が使用していた[44]
  • 列車接近掲示器から流れるメロディーは、1番のりばが「アニーローリー」、2番のりばが「かっこう」、3番のりばが「グリーンスリーブス」(いずれも旧音源タイプ)であるが、2017年(平成29年)春からは、一般公募されたせり込み蝶六をアレンジした駅メロディーに変更される予定[43]

駐車場[編集]

あいの風とやま鉄道魚津駅または富山地方鉄道新魚津駅から片道100km以上の遠距離旅行(鉄道利用は片道でも可)をする場合、当駅から徒歩約5分の魚津市営魚津駅南駐車場を24時間100円で利用できるサービスがある(通常は24時間310円)[46]

魚津オフレールステーション[編集]

JR線より地鉄線を跨ぐ日本カーバイド分岐線跡(本新町)

魚津オフレールステーション(略称:魚津ORS)は、JR貨物の駅の通称で[47]、魚津市北鬼江一丁目(旅客駅とは別の場所)に位置する。1面1線のコンテナホーム(ヤード)を有している[25]。2014年(平成26年)3月時点では、貨物列車の代替として、富山貨物駅との間にトラック便が1日1.5往復(当駅発が2本)設定されている[48]

JR貨物魚津駅は、1996年(平成8年)3月16日より貨物列車の発着がない自動車代行駅になり[25]、その後2006年(平成18年)の貨物駅の名称整理の際にオフレールステーションの名称を使用するようになった[36]。当駅では、12ftコンテナに限るコンテナ貨物のみを取り扱っている[25]。貨物列車が発着していた頃は、日本カーバイド工業魚津工場へ至る専用線1994年(平成6年)まで富山地方鉄道魚津駅側から分岐していた[27]

1970年(昭和45年)10月1日現在における当駅接続の専用線は以下の通りであった[49]

  • 日本カーバイド工業線(通運事業者:日本通運、動力:富山地方鉄道所有機関車、作業粁程:1.3粁、総延長粁程:3.4粁)
  • 丸八、富山県経済農業協同組合連合会及び秩父セメント共有線(動力:手押、作業粁程:0.2粁、総延長粁程:0.3粁)

富山地方鉄道[編集]

富山地方鉄道 新魚津駅
ホーム(2009年)
ホーム(2009年)
しんうおづ
Shin-Uozu
電鉄魚津 (1.3km)
(2.7km) 経田
所在地 富山県魚津市釈迦堂430-1
所属事業者 富山地方鉄道
所属路線 本線
キロ程 30.2km(電鉄富山起点)
駅構造 地上駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度-
745人/日(降車客含まず)
-2014年-
乗降人員
-統計年度-
1,445人/日
-2014年-
開業年月日 1936年昭和11年)8月21日[50]
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観光列車「ALPS EXPRESS」は当駅から乗車可能
新魚津駅の入り口(地下道から分岐する)

歴史[編集]

  • 1936年昭和11年)
    • 8月21日 - 富山電気鉄道が電鉄魚津駅から延伸し、同線の駅が開業[50]
    • 10月1日 - 富山電気鉄道が西三日市駅(現在の電鉄黒部駅)まで延伸し、同線においても途中駅となる[50]
  • 1943年(昭和18年)1月1日 - 会社合併により富山電気鉄道の駅は富山地方鉄道本線の駅となる[51]
  • 1959年(昭和34年)9月30日 - 駅構内の配線を変更し、また駅舎を改築する[52]
  • 1995年平成7年)4月1日 - 東西地区を結ぶ地下道の完成(1月20日)により、富山地方鉄道の魚津駅がJR駅から切り離され、新魚津駅に改称[53]。西側にロータリーが完成[3]

駅構造[編集]

島式ホーム1面2線を有する地上駅である。ICカード専用改札機が設置されている。2016年(平成28年)9月9日現在、7時から20時まで駅員が配置されている[54]。駅の東西地区は地下道によって結ばれており、新魚津駅入口は地下道の途中にある。新魚津駅の駅前は西口にあたる。

1929年(昭和4年)4月から1994年(平成6年)まで使用されていた日本カーバイド工業(使用開始当初は国産肥料会社)の引き込み線(魚津駅開業から1914年(大正3年)春まで使用されていた貨物支線(浜線)の跡地を利用していた[7])は、山側の国鉄から当線を跨いで海側の工場へ伸びていた[27]

のりば[編集]

のりば 路線 方向 行先
1 本線 下り 電鉄黒部宇奈月温泉方面
2 本線 上り 中滑川電鉄富山立山方面

両ホームとも上下両方向の出発に対応している。

利用状況[編集]

  • あいの風とやま鉄道 - 2015年度の1日平均乗車人員2,142人である[55]
  • 富山地方鉄道 - 2014年度の1日平均乗降人員は1,445人(乗車人員は745人)である。

近年の1日平均乗降人員・乗車人員は以下の通りである[56]

年度 あいの風 富山地方鉄道
1日平均
乗車人員
1日平均
乗降人員
1日平均
乗車人員
1997年 2,929 1,774
1998年 2,808 1,652
1999年 2,743 1,505
2000年 2,769 1,415
2001年 2,749 1,309
2002年 2,695 1,275
2003年 2,697 1,382
2004年 2,645 1,329
2005年 2,613 1,372
2006年 2,598 1,404
2007年 2,624 1,404 677
2008年 2,645 1,410 682
2009年 2,533 1,364 657
2010年 2,498 1,346 652
2011年 2,429 1,389 680
2012年 2,484 1,404 688
2013年 2,567 1,385 685
2014年 2,291[注 1] 1,445 745
2015年 2,142

駅周辺[編集]

昭和30年代までの魚津駅前(釈迦堂地区)は、駅正面以外は周囲に水田が広がり、約30戸の兼業農家がある集落にすぎなかった[57]。現在の魚津駅前の街路は、1962年(昭和37年)から1970年(昭和45年)3月にかけて区画整理されたものである[58]。この間に、市役所や農協会館などの建物が駅前に建ち並ぶ様になる。一方、駅西については、1981年(昭和56年)度から区画整理され、1995年(平成7年)11月21日に完了した[59]

隣の駅[編集]

Ainokaze Toyama Railway logo.pngあいの風とやま鉄道

※「あいの風ライナー」(平日のみ運転)の隣の停車駅は、あいの風ライナーの項を参照のこと。

あいの風とやま鉄道線
東滑川駅 - 魚津駅 - 黒部駅
富山地方鉄道
本線
アルペン特急・特急
電鉄魚津駅 - 新魚津駅 - 電鉄黒部駅
快速急行(上りのみ)・急行・普通
電鉄魚津駅 - 新魚津駅 - 経田駅

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 2014年4月1日から2015年3月13日までの347日間における1日平均乗車人員は2,311人、365日間における1日平均乗車人員は2,291人。

出典[編集]

  1. ^ a b c “「あいの風」出発進行 ヘッドマークデザイン 山沢さんが大役”. 北陸中日新聞 (中日新聞社). (2015年3月15日)
  2. ^ a b 「県民の足」新たな船出 あいの風鉄道も開業 - 2015年(平成27年)3月15日、北日本新聞(2016年(平成28年)9月9日閲覧)
  3. ^ a b c d e 魚津市史 続巻 現代編(魚津市教育委員会 2012年(平成24年)3月31日発行)162ページ
  4. ^ a b 明治四十一年逓信省告示第1145号(『官報』、1908年(明治41年)11月14日、内閣印刷局)
  5. ^ 鉄道省編、『昭和十二年十月一日現在 鉄道停車場一覧』、1937年(昭和12年)12月、川口印刷所出版部
  6. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 2』 JTB、1998年
  7. ^ a b 『富山廃線紀行』(2008年7月16日、草卓人著)122、123ページ
  8. ^ a b c d e 草卓人、『富山廃線紀行』、2008年(平成20年)8月、桂書房
  9. ^ a b c d 魚津市史編纂委員会編、『魚津市史 史料編』、1982年(昭和57年)3月、魚津市役所
  10. ^ 明治四十二年鉄道院告示第54号(『官報』、1909年(明治42年)10月12日、内閣印刷局)
  11. ^ 明治四十三年鉄道院告示第30号(『官報』、1910年(明治43年)4月14日、内閣印刷局)
  12. ^ 『角川日本地名大辞典 16 富山県 』789ページ
  13. ^ 『富山廃線紀行』(2008年7月16日、草卓人著)123ページ
  14. ^ a b 『富山廃線紀行』(2008年7月16日、草卓人著)124ページ
  15. ^ 日本カーバイド工業株式会社創立二十年史編纂委員会編、『日本カーバイド工業株式会社二十年史』、1958年(昭和33年)2月、日本カーバイド工業株式会社
  16. ^ a b c d e f g h i 石野哲、『停車場変遷大事典 国鉄・JR編Ⅱ』、1998年(平成10年)10月、JTB
  17. ^ 富山県編、『富山県行幸記録』、1949年(昭和24年)10月、富山県
  18. ^ 保存版 魚津・黒部・下新川今昔写真帖(郷土出版社 2007年4月15日発行)57ページ「道下小学校児童の渡る北鬼江踏切」より。
  19. ^ 昭和三十九年日本国有鉄道公示第549号(『官報』、1964年(昭和39年)11月18日、大蔵省印刷局〉
  20. ^ a b c d 日本国有鉄道編、『日本国有鉄道百年史年表』、1972年(昭和47年)10月、日本国有鉄道
  21. ^ 昭和四十九年日本国有鉄道公示第208号(『官報』、1974年(昭和49年)9月12日、大蔵省印刷局)
  22. ^ 魚津市史 続巻 現代編(魚津市教育委員会 2012年(平成24年)3月31日発行)564ページ
  23. ^ 昭和五十九年日本国有鉄道公示第174号(『官報』、1984年(昭和59年)1月30日、大蔵省印刷局)
  24. ^ a b 昭和六十一年日本国有鉄道公示第140号(『官報』、1986年(昭和61年)10月30日、大蔵省印刷局)
  25. ^ a b c d 川島令三編、『中部ライン 全線・全駅・全配線第7巻 富山・糸魚川・黒部エリア』、2010年(平成22年)10月、講談社
  26. ^ 「来る春行く春「ほくほく線」 特急「はくたか」デビュー」、『朝日新聞』1997年(平成9年)3月23日、朝日新聞社
  27. ^ a b c d e 魚津市史 続巻 現代編(魚津市教育委員会 2012年(平成24年)3月31日発行)163ページ
  28. ^ 「アーケードで雨の日も万全 JR魚津駅に完成」、『朝日新聞』1998年(平成10年)12月5日、朝日新聞社
  29. ^ 「魚津市長「国に従う」 フル規格(どこへ、北陸新幹線)」、『朝日新聞』1999年(平成11年)7月22日、朝日新聞社
  30. ^ 「魚津市議「スーパー特急で」 北陸新幹線で小里代議士に直訴」、『朝日新聞』1999年(平成11年)12月16日、朝日新聞社
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  32. ^ 「北陸新幹線のフル規格化の方針受け入れ 魚津駅促進同盟会」、『朝日新聞』2001年(平成13年)2月18日、朝日新聞社
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]