富山県立魚津高等学校

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富山県立魚津高等学校
富山県立魚津高等学校
過去の名称 富山県第三中学校
富山県立魚津中学校
国公私立の別 公立学校
設置者 富山県の旗 富山県
学区 (普通科) 新川学区
併合学校 富山県立魚津高等女学校
町立富山県魚津実業学校
校訓 明るい協力
撓まぬ勉強
設立年月日 1899年
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 3学期制
高校コード 16104H
所在地 937-0041
富山県魚津市吉島945番地
外部リンク 公式サイト
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富山県立魚津高等学校の位置(富山県内)
富山県立魚津高等学校

富山県立魚津高等学校(とやまけんりつ うおづこうとうがっこう)は、富山県魚津市吉島に所在する公立高等学校男女共学校。

概要[編集]

グラウンド北側の桜並木

一時期、富山県立魚津工業高等学校富山県立新川女子高等学校の仮校舎としても使用されていた。

かつては定時制も設置されていた(1948年4月 - 、1949年から1965年までは商業科も設置されていた)が、富山県立新川みどり野高等学校開校後は廃止となった。

隣には、魚津市立東部中学校がある。

沿革[編集]

前身学校[編集]

魚津中學校

かつて遠距離通学者のための寄宿舎があったが、北陸線開通後は宿泊する生徒が減少。1930年に廃止され、跡地がグラウンドになった。

町立富山縣魚津實業學校

  • 1929年4月 - 魚津町立魚津實業補習學校が開校。同月、魚津町立魚津實業青年學校に改称。
  • 1936年4月1日 - 町立富山縣魚津實業學校に改称。魚津尋常高等小學校に仮校舎を置く。
  • 1939年9月 - 大町の佛教幼稚園跡の校舎に移転。
  • 1943年3月 - 甲種に昇格。
  • 1944年4月 - 町立富山縣魚津工業學校に改組。
  • 1946年4月 - 甲種の町立富山縣魚津實業學校に改組。

魚津高等女學校(東部高等女學校)

  • 1921年4月 - 開校。魚津尋常高等小學校に仮校舎を置く。
  • 1922年12月 - 校舎完成。
  • 1931年6月 - 魚津高等女學校にプールが完成する。当時としては非常に立派なプールだったので、通称、『日本一プール』とも呼ばれていた。
  • 1948年4月 - 魚津女子高等学校に改称。

かつて魚津町に1913年4月に開校した魚津町立魚津實科高等女學校が存在していたが、魚津高等女學校の開校により1922年3月21日に閉校。

校舎は1949年12月の校舎完成と同時に西部中学校に譲った。

校舎の一部は、魚津市立西部中学校改築時に丸八(魚津市内の企業)に移築され、1997年まで事務所として使用してきた。校門は、西部中学校になってからもしばらく使用していたが、後に校舎前の道路の拡幅工事のため、市内の企業に引き取られ、2006年に魚津高校前庭に移される。

魚津高等学校[編集]

  • 1948年4月 - 学制改革により、魚津實業學校を統合し、魚津高等学校となる。9月には魚津女子高等学校(旧・魚津高等女學校)を統合。当時の学科は普通科、商業科。
  • 1949年12月1日 - 2代目(魚津中学校時代を含めて)校舎完成。
  • 1953年5月 - 第一体育館完成(現在の体育館は1991年10月にプール跡に建設される)
  • 1953年5月25日 - 校舎全焼。(2度目)
  • 1955年1月 - 3代目(魚津中学校時代を含めて)校舎完成。
  • 1958年8月 - 第40回全国高等学校野球選手権大会に出場、春・夏を通じ全国大会初出場ながらベスト8に進出。8月16日の準々決勝、対徳島商戦で延長18回を0-0で引き分け、翌日の再試合で惜敗(魚津対徳島商延長18回引き分け再試合)。
  • 1975年12月 - 第二体育館完成。
  • 1979年11月 - 4代目(魚津中学校時代を含めて)にあたる現校舎一期工事完成。
  • 1981年10月 - 現校舎の全工事完了。
  • 2017年 - 講堂が国の有形文化財に指定される[1]
学校史関連

設置学科[編集]

現在

  • 普通科(開校時 - )

過去

交通[編集]

あいの風とやま鉄道魚津駅富山地方鉄道新魚津駅より徒歩10分

出身者[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 『まんまる』2018年6月号(北日本新聞社)13ページ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]