城端駅

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城端駅
駅舎(2015年(平成27年)1月21日)
駅舎(2015年(平成27年)1月21日)
じょうはな
Jōhana
越中山田 (2.4km)
所在地 富山県南砺市是安385
所属事業者 JR logo (west).svg西日本旅客鉄道(JR西日本)
所属路線 城端線
キロ程 29.9km(高岡起点)
電報略号 シハ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度-
256人/日(降車客含まず)
-2015年-
開業年月日 1897年明治30年)10月31日
備考 簡易委託駅
POS端末設置
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城端駅(じょうはなえき)は、富山県南砺市是安にある西日本旅客鉄道(JR西日本)城端線であり、城端線の終着駅である。第4回中部の駅百選認定駅である。

歴史[編集]

城端駅行幸と全国植樹祭[編集]

かつて城端駅は木炭生産地であった東礪波郡平村や同郡上平村からの物資集散の要地であった[1]。1947年(昭和22年)に昭和天皇の行幸を迎えるに当り、富山県の林業関係者の間においてはその視察を仰ぎたいとの要望が高まったので、城端駅における木炭出荷状況の視察が計画され、同年10月31日にこれが実現することとなった[1][2]。その際、昭和天皇は「樹を植えていますか、樹を植えているだろうね」、「治水のこともあるから、なるべく植林するようにしてくださいね」と発言し、植樹について軫念している様子であったので[1][2]館哲二富山県知事は急遽関係者と相談の上、婦負郡細入村笹津字古坂において昭和天皇に植樹していただくことにより、林業奨励の紀念とする計画をたて、昭和天皇にその旨を奉伺した[3][2]。昭和天皇はその計画を聴許したので、戦後初めての天皇による植樹が富山県において実現し、これが契機となって1948年(昭和23年)には東京都青海1949年(昭和24年)には神奈川県仙石原において天皇による記念植樹が行われ、1950年(昭和25年)4月には山梨県甲府市において第一回全国植樹行事並びに国土緑化大会(全国植樹祭の旧称)が開催されるに至ったのである[2]。この由来から富山県は植樹祭発祥の地であるともいわれる[2]

年表[編集]

1947年(昭和22年)10月31日、当駅木炭集積場を天覧する昭和天皇
  • 1897年明治30年)10月31日 - 中越鉄道が福光駅から延伸し、その終着駅として開業する[4]。一般駅として旅客、荷物及び貨物の取扱を行う[5]
  • 1920年大正9年)9月1日 - 中越鉄道の国有化により、鉄道省国鉄)中越線の駅となり、一般駅として旅客、手荷物、小荷物及び大貨物の取扱を行う[6]
  • 1942年昭和17年)8月1日 - 中越線の高岡駅 - 当駅間が城端線に改称され、当駅もその所属となる[7]
  • 1947年(昭和22年)10月31日 - 昭和天皇が当駅に行幸し、構内の木炭集積場を天覧する[1]
  • 1951年(昭和26年)8月10日 - 当駅 - 福光駅間に越中山田駅が開業する[8]
  • 1953年(昭和28年)7月24日 - 1935年(昭和10年)1月25日以来無事故にして成績優秀なるを以て、金沢鉄道管理局長より当駅が表彰される[9]
  • 1969年(昭和44年)
    • 5月26日 - 昭和天皇が当駅より高岡駅に向け発輦する[10]
    • 10月1日 - 営業範囲を改正し、手荷物及び小荷物の配達取扱を廃する[11]
  • 1970年(昭和45年)10月1日 - 営業範囲を改正し、旅客、手荷物、小荷物及び専用線発着車扱貨物を取扱う駅となる[12]
  • 1974年(昭和49年)
    • 7月1日 - 営業範囲を改正し、専用線発着車扱貨物の取扱を廃する[13]
    • 10月1日 - 営業範囲を改正し、旅客及び荷物を取扱う駅となる[14]
  • 1985年(昭和60年)3月14日 - 営業範囲を改正し、荷物の取扱を廃する[15]
  • 1986年(昭和61年)4月20日 - 城端鉄道少年団を結成する[16]
  • 1987年(昭和62年)
    • 3月31日 - 営業範囲を改正し、荷物(但し新聞紙に限る)の取扱を開始する[17]
    • 4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる[5]
  • 1994年(平成6年)7月1日 - 駅務を城端町観光協会に委託し、駅構内に観光案内所を設置する[18]
  • 2016年(平成28年)9月7日 - 南砺市が当駅駅舎の改修を行う旨を表明する[19]

駅構造[編集]

相対式ホーム2面2線を持つ地上駅であり、終端部において機回しを行い得る配線となっている[20][21]。2番のりばへは構内踏切によって連絡する[20]。かつては列車は基本的に1番線に発着し、2番線を使用する列車は夜間滞泊を行う早朝の列車と臨時列車のみとなっていた[20][21]。駅務の管理元は北陸広域鉄道部であるが[22]、窓口業務は簡易委託駅として南砺市観光協会が受託している[21]。窓口の営業時間は6時50分から17時50分までである[23]

駅舎は木造平屋建桟瓦葺で、1897年(明治30年)開業当時からのものである[24][21][25]。中部の駅百選に選ばれた駅の一つであり、2010年(平成22年)1月26日には「とやまの近代歴史百選」に選ばれている[24][21][26]。また、2013年(平成25年)冬期の青春18きっぷのポスター写真には当駅が用いられた[27]。駅構内には出札窓口や待合室の他に城端観光案内所があり、2016年(平成28年)には改装が行われた[28][29][21]。待合室のベンチには南砺福光高校の生徒が作成した座布団が設置されている[30][31]。城端むぎや祭の際には帰路につく観光客のために当駅ホームにて見送りの演舞が行われる[32]。便所は改札外にあり、車椅子に対応し、ベビーベッドの備えもある[33]

城端をモデルにしたアニメ番組『true tears』の放映後、町の印象を書き込みたいという旅行者の要望に応じ、観光協会が交流ノートを設置している[34]。駅構内の城端観光案内所においては『true tears』のポスターが掲示されており、販売も行われていた[29]

海抜が123.4メートルと数字の並びがよいことで知られている[20][21]

のりば[編集]

のりば 路線 行先
1・2 城端線 高岡方面

貨物取扱[編集]

1968年(昭和43年)当時の当駅周辺

当駅における貨物取扱は、1974年(昭和49年)7月1日に廃止された[13]

1951年(昭和26年)12月15日付『鉄道公報』第732号通報「専用線一覧について(営業局)」別表によると、当駅接続の専用線は次の通りであった[35]

  • 日本発送電線(第三者使用:日本通運、動力:手押、作業粁程:0.2粁)

1953年(昭和28年)10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続の専用線は次の通りであった[36]

  • 関西電力線(第三者使用:日本通運、動力:手押、作業粁程:0.2粁)

1970年(昭和45年)10月1日現在における当駅接続の専用線は以下の通りであった[37]

  • 関西電力線(通運事業者:日本通運、動力:手押、作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.2粁、備考:使用休止)

利用状況[編集]

「富山県統計年鑑」によると、近年の1日平均乗車人員は以下の通り[38][39]

年度 1日平均
乗車人員
1995年 574
1996年 540
1997年 496
1998年 468
1999年 445
2000年 404
2001年 364
2002年 350
2003年 336
2004年 326
2005年 320
2006年 324
2007年 303
2008年 282
2009年 268
2010年 242
2011年 230
2012年 228
2013年 253
2014年 243
2015年 256

駅周辺[編集]

路線バス[編集]

隣の駅[編集]

西日本旅客鉄道
城端線
越中山田駅 - 城端駅

脚註[編集]

  1. ^ a b c d 富山県編、『富山県行幸記録』(130頁より137頁)、1949年(昭和24年)10月、富山県
  2. ^ a b c d e 『北日本新聞』(6面)、2017年(平成29年)5月28日、北日本新聞社
  3. ^ 富山県編、『富山県行幸記録』(207頁より212頁)、1949年(昭和24年)10月、富山県
  4. ^ 『官報』(221頁)、1897年(明治30年)11月17日、内閣官報局
  5. ^ a b 石野哲、『停車場変遷大事典 国鉄・JR編Ⅱ』(159及び160頁)、1998年(平成10年)10月、JTB
  6. ^ 大正9年鉄道省告示第58号(『官報』、1920年(大正9年)8月17日、内閣印刷局)
  7. ^ 昭和17年鉄道省告示第171号(『官報』、1942年(昭和17年)7月21日、内閣印刷局)
  8. ^ 昭和26年日本国有鉄道公示第190号(『官報』、1951年(昭和26年)8月9日、大蔵省印刷局)
  9. ^ 城端町史編纂委員会編、『城端町史』(1096頁)、1959年(昭和34年)9月、城端町史編纂委員会
  10. ^ 10.「全国植樹祭」(3) 昭和44年5月24~29日 - 2014年(平成26年)10月22日、北日本新聞社
  11. ^ 昭和44年日本国有鉄道公示第309号(『官報』、1969年(昭和44年)10月1日、大蔵省印刷局)
  12. ^ 昭和45年日本国有鉄道公示第405号(『官報』、1970年(昭和45年)9月29日、大蔵省印刷局)
  13. ^ a b 昭和49年日本国有鉄道公示第85号(『官報』、1974年(昭和49年)6月28日、大蔵省印刷局)
  14. ^ 昭和49年日本国有鉄道公示第208号(『官報』、1974年(昭和49年)9月12日、大蔵省印刷局)
  15. ^ 昭和60年日本国有鉄道公示第181号(『官報』、1985年(昭和60年)3月12日、大蔵省印刷局)
  16. ^ となみ野公共交通市民会議編、『城端線 あしたにつなぐ物語』(59頁)、2015年(平成22年)3月、となみ野公共交通市民会議
  17. ^ 昭和62年日本国有鉄道公示第210号(『官報』、1987年(昭和62年)2月5日、大蔵省印刷局)
  18. ^ 「城端駅に観光案内所 無人化に伴い券売業務を引き継ぐ」、『北日本新聞』(25面)、1994年(平成6年)7月2日、北日本新聞社
  19. ^ 城端駅改修し観光協会入居 南砺市議会 - 2016年(平成28年)9月7日、北日本新聞社
  20. ^ a b c d 川島令三編、『中部ライン 全線・全駅・全配線第6巻 加賀温泉駅 - 富山エリア』(35及び65頁)、2010年(平成22年)9月、講談社
  21. ^ a b c d e f g 郡司武編、『週刊朝日百科 JR全駅・全車両基地』43号(25頁)、2013年(平成25年)6月、朝日新聞出版
  22. ^ データで見るJR西日本2016 - 西日本旅客鉄道
  23. ^ 城端駅 - 西日本旅客鉄道
  24. ^ a b とやまの近代歴史遺産 - 2010年(平成22年)3月、富山県教育委員会
  25. ^ 原口隆行監修、『見直したい日本の美 日本の駅100選』、2010年(平成22年)4月、主婦の友社
  26. ^ 白岩砂防など106件 富山県教委、近代歴史遺産選定 - 2010年(平成22年)1月27日、北日本新聞社
  27. ^ ポスターは雪の城端駅 JR・青春18きっぷ - 2013年(平成25年)12月30日、北日本新聞社
  28. ^ 城端駅の案内所改装 南砺市観光協会 - 2016年(平成28年)1月6日、北日本新聞社
  29. ^ a b 南砺・むぎや祭ポスター人気 先行販売始まる - 2010年(平成22年)9月1日、北日本新聞社
  30. ^ 待ち時間温か、手作り座布団 南砺福光高生、福光・城端駅に設置 - 2015年(平成27年)12月24日、北日本新聞社
  31. ^ JR福光・城端駅に座布団設置 南砺福光高生が手作り - 2013年(平成25年)12月25日、北日本新聞社
  32. ^ 来年も「むぎや」来て 城端駅で見送り演舞 - 2015年(平成27年)9月21日、北日本新聞社
  33. ^ 城端駅 バリアフリー情報 - 西日本旅客鉄道
  34. ^ (2)リピーター/「めっちゃええとこ!」 2010年3月4日掲載 - 2010年(平成22年)3月4日、北日本新聞社
  35. ^ 名取紀之・瀧澤隆久編、『トワイライトゾ~ン・マニュアル8』(『レイル・マガジン』第16巻15号)、1999年(平成11年)11月、ネコ・パブリッシング
  36. ^ 名取紀之・瀧澤隆久編、『RM POCKET 11 トワイライトゾ~ン・マニュアルⅣ』、1995年(平成7年)10月、ネコ・パブリッシング
  37. ^ 日本国有鉄道貨物局編、『専用線一覧表 昭和45年10月1日』(214頁)、1970年(昭和45年)、日本国有鉄道貨物局
  38. ^ 統計年鑑 - 富山県
  39. ^ 南砺市の統計 - 南砺市

関連項目[編集]

外部リンク[編集]