二塚駅

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二塚駅
駅舎(2006年9月7日)
駅舎(2006年9月7日)
ふたつか
Futatsuka
新高岡 (1.8km)
(1.3km)
所在地 富山県高岡市二塚2209
所属事業者 JR logo (west).svg西日本旅客鉄道(JR西日本)
JR logo (freight).svg日本貨物鉄道(JR貨物)
所属路線 城端線
キロ程 3.3km(高岡起点)
電報略号 フツ
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線
乗車人員
-統計年度-
41人/日(降車客含まず)
-2015年-
開業年月日 1914年大正3年)2月20日
備考 無人駅
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二塚駅(ふたつかえき)は、富山県高岡市二塚にある西日本旅客鉄道(JR西日本)・日本貨物鉄道(JR貨物)城端線である。

歴史[編集]

  • 1899年明治32年)4月3日 - 中越鉄道の高岡駅 - 戸出駅間に二塚駅(初代)が開業する[1][2]
  • 1902年(明治35年)
    • 5月14日 - 中越鉄道が二塚及び高儀両停車場の廃止届出を行う[3][4]
    • 5月15日 - 二塚駅(初代)を廃止する[5][6]
  • 1914年大正3年)2月20日 - 中越鉄道の二塚簡易停車場として再開業し、旅客の取扱を開始する[1][7][8]。なお、二塚は「ふたづか」と訓ずる[7]
  • 1917年(大正6年)4月1日 - 二塚簡易停車場を二塚停留場とする[1]
  • 1920年(大正9年)9月1日 - 中越鉄道の国有化により、鉄道省国鉄)中越線に移管[9]。同時に駅に昇格して二塚駅(2代目)となり、旅客、手荷物及び附随小荷物に限り取扱を開始する[9]
  • 1921年(大正10年)5月20日 - 営業範囲を改正し、一般小荷物の取扱を開始する[10]
  • 1926年(大正15年)9月1日 - 営業範囲を改正し、小口扱貨物の取扱を開始する[11]
  • 1933年昭和8年)7月2日 - 営業範囲を改正し、貸切扱貨物の取扱を開始する[12]
  • 1942年(昭和17年)8月1日 - 中越線の高岡駅 - 城端駅間が城端線に改称され、当駅もその所属となる[13][14]
  • 1956年(昭和31年)11月19日 - 当駅 - 戸出駅間に林駅が開業する[15]
  • 1957年(昭和32年)2月 - 砺波製紙(現・中越パルプ工業)二塚工場が操業開始する[16]。この頃工場への専用線が竣工する[17]
  • 1969年(昭和44年)10月1日 - 営業範囲を改正し、手荷物及び小荷物の配達取扱を廃する[18]
  • 1970年(昭和45年)10月1日 - 営業範囲を改正し、旅客、手荷物、小荷物及び専用線発着車扱貨物を取扱う駅となる[19]
  • 1974年(昭和49年)10月1日 - 営業範囲を改正し、旅客、荷物及び専用線発着車扱貨物を取扱う駅となる[20]
  • 1984年(昭和59年)2月1日 - 営業範囲を改正し、荷物の取扱を廃止する[21]
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道(JR西日本)および日本貨物鉄道(JR貨物)の駅となる[1]。貨物は専用線発着車扱貨物を取扱う[1]
  • 1994年(平成6年)12月3日 - 営業範囲を改正し、専用線発着コンテナ貨物及び車扱貨物を取扱う駅となる[1]
  • 1996年(平成8年)3月16日 - 営業範囲を改正し、専用線発着車扱貨物の取扱を廃止する[1]
  • 2015年(平成27年)
    • 3月14日 - 当駅 - 高岡駅間に新高岡駅が開業する[22]。また、当駅発着の貨物列車が臨時列車となる[23]
    • 9月30日 - 当駅接続専用線の運用を休止する[17]
    • 10月1日 - 貨物取扱の休止に伴い無人駅となる[24]

駅構造[編集]

単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、合計2面3線のホームを持ち列車交換が可能な地上駅である[25][26]。また、中越パルプ工業二塚工場への専用線が分岐している[25]

当駅は北陸広域鉄道部の管理下にある[27]。かつては日本貨物鉄道(JR貨物)が駅業務を請負う業務委託駅であったが[25]、貨物取扱の休止に伴い、2015年(平成27年)10月1日より無人駅となった[24]。開業以来の木造駅舎が使用されており、構内には跨線橋が設置されている[28][25]

のりば[編集]

ホーム 路線 方向 行先
駅舎側 城端線 下り 城端方面
反対側 城端線 上り 高岡方面

貨物取扱[編集]

駅から工場へ向かう貨物列車(2009年8月12日)

当駅における取扱貨物は、専用線発着コンテナ貨物である[1]

当駅から庄川に面する中越パルプ工業二塚工場までは、全長1.4kmの専用線が続いており[23]、2015年(平成27年)9月30日まで主に同社より新聞用紙が運搬されていた[17][29]。2015年(平成27年)のダイヤ改正以降、当駅発着の貨物列車の列車番号は、臨時列車に割り当てられる9000番台に変更されており[30]、鉄道貨物協会『貨物時刻表』には運行時刻が掲載されなくなっていた[31]。中越パルプ工業二塚工場への専用線は、同年9月30日午前8時30分頃に同工場を出発し、当駅で貨車を切り離した後、9時30分頃に機関車が当駅から工場へ折返したのを以て貨物列車の発着を休止し、貨物取扱は高岡貨物駅に移管された[17]。なお最後の列車は10両編成であった[17][29]

1967年(昭和42年)7月1日現在における当駅接続の専用線は以下の通りであった[32]

  • 砺波製紙線(第三者使用:日本通運及び中越運送、動力:私有機関車、作業粁程:1.4粁)

1970年(昭和45年)10月1日現在における当駅接続の専用線は以下の通りであった[33]

  • 礪波製紙線(通運事業者:日本通運及び中越運送、動力:私有機関車、作業粁程:1.4粁、総延長粁程:2.5粁)
  • 大門土石線(動力:私有機関車、作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.2粁、備考:国鉄側線)

利用状況[編集]

「富山県統計年鑑」と「高岡市統計書」によると、近年の1日平均乗車人員は以下の通り[34][35]

年度 1日平均
乗車人員
1995年 142
1996年 138
1997年 118
1998年 115
1999年 95
2000年 93
2001年 71
2002年 68
2003年 62
2004年 66
2005年 64
2006年 70
2007年 66
2008年 70
2009年 59
2010年 54
2011年 54
2012年 58
2013年 60
2014年 56
2015年 41

駅周辺[編集]

隣の駅[編集]

西日本旅客鉄道
城端線(べるもんたは通過)
新高岡駅 - 二塚駅 - 林駅

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h 石野哲、『停車場変遷大事典 国鉄・JR編Ⅱ』(158頁)、1998年(平成10年)10月、JTB
  2. ^ 『開業二十年誌』(中越鉄道編、同書29頁、1916年(大正5年)5月、中越鉄道)には、「明治三十ニ年三月二十八日高岡戸出間に二塚停車場を増設」とあるが、『停車場変遷大事典 国鉄・JR編Ⅱ』(石野哲、同書158頁、1998年(平成10年)10月、JTB)によれば、1899年(明治32年)3月28日は認可日であって、開業は1899年(明治32年)4月3日であったという。
  3. ^ 『官報』(290頁)、1902年(明治35年)5月14日、内閣印刷局
  4. ^ なお、高儀駅の廃止届出は後に中越鉄道によって取り下げられた(『官報』(414頁)、1902年(明治35年)5月20日、内閣印刷局)
  5. ^ 石野哲、『停車場変遷大事典 国鉄・JR編Ⅱ』(158頁)、1998年(平成10年)10月、JTB
  6. ^ 『開業二十年誌』(中越鉄道編、同書29から30頁、1916年(大正5年)5月、中越鉄道)には、「収支償はさるものあるを以て明治三十五年二月六日廃止したり」とあるが、『停車場変遷大事典 国鉄・JR編Ⅱ』(石野哲、同書158頁、1998年(平成10年)10月、JTB)によれば、1902年(明治35年)2月6日は認可日であって、開業は1902年(明治35年)5月15日であったという。
  7. ^ a b 『官報』(13頁)、1914年(大正3年)3月2日、内閣印刷局
  8. ^ 『開業二十年誌』(中越鉄道編、同書30頁、1916年(大正5年)5月、中越鉄道)には、「明治三十五年恒性皇子の御墓発見以来宮内省に於て大修理を施さるゝや参詣者の便を謀り大正三年二月再ひ増設し同月二十日営業開始」とある
  9. ^ a b 大正9年鉄道省告示第58号(『官報』、1920年(大正9年)8月17日、内閣印刷局)
  10. ^ 大正10年鉄道省告示第49号(『官報』、1921年(大正10年)5月12日、内閣印刷局)
  11. ^ 大正15年鉄道省告示第157号(『官報』、1926年(大正15年)8月28日、内閣印刷局)
  12. ^ 昭和8年鉄道省告示第294号(『官報』、1933年(昭和8年)7月1日、内閣印刷局)
  13. ^ 昭和17年鉄道省告示第171号(『官報』、1942年(昭和17年)7月21日、内閣印刷局)
  14. ^ 今尾恵介監修、『日本鉄道旅行地図帳 全線・全駅・全廃線 6号』(33頁)、2008年(平成20年)10月、新潮社
  15. ^ 昭和31年日本国有鉄道公示第383号(『官報』、1956年(昭和31年)11月6日、大蔵省印刷局)
  16. ^ 砺波製紙、「工場紹介 (53) 砺波製紙(株)二塚工場」、『紙パ技協誌』第37巻4号、1983年(昭和58年)、紙パルプ技術協会
  17. ^ a b c d e 鉄道ファン名残惜しむ 高岡・中越パルプ二塚専用線 - 2015年(平成27年)10月1日、北日本新聞社
  18. ^ 昭和44年日本国有鉄道公示第309号(『官報』、1969年(昭和44年)10月1日、大蔵省印刷局)
  19. ^ 昭和45年日本国有鉄道公示第405号(『官報』、1970年(昭和45年)9月29日、大蔵省印刷局)
  20. ^ 昭和49年日本国有鉄道公示第208号(『官報』、1974年(昭和49年)9月12日、大蔵省印刷局)
  21. ^ 昭和59年日本国有鉄道公示第174号(『官報』、1984年(昭和59年)1月30日、大蔵省印刷局)
  22. ^ 二次交通利用しやすく 新ダイヤ開始 - 2015年(平成27年)3月15日、北日本新聞社
  23. ^ a b 中越パルプ工業の貨物列車、「休止」で姿消す…トラック輸送に - 2015年(平成27年)10月6日、Response.
  24. ^ a b 来月1日から二塚駅無人化 JR城端線 - 2015年(平成27年)9月26日、北日本新聞社
  25. ^ a b c d 川島令三編、『中部ライン 全線・全駅・全配線第6巻 加賀温泉駅 - 富山エリア』(34及び62頁)、2010年(平成22年)9月、講談社
  26. ^ 郡司武編、『週刊朝日百科 JR全駅・全車両基地』43号(24頁)、2013年(平成25年)6月、朝日新聞出版
  27. ^ データで見るJR西日本2016 - 西日本旅客鉄道
  28. ^ 相賀徹夫、『国鉄全線各駅停車 7 北陸・山陰510駅』(174頁)、1984年(昭和59年)1月、小学館
  29. ^ a b 「鉄道ファン名残惜しむ 高岡・中越パルプ二塚専用線 最後の貨物輸送」北日本新聞 2015年(平成27年)10月1日41面
  30. ^ 関西支社コンテナ列車時刻表 - 日本貨物鉄道
  31. ^ 鉄道貨物協会編、『JR貨物時刻表 平成27年3月ダイヤ改正』、2015年(平成27年)、鉄道貨物協会
  32. ^ 日本国有鉄道貨物営業局編、『専用線一覧表 昭和42年7月1日』(160頁)、1967年(昭和42年)8月、日本国有鉄道貨物営業局
  33. ^ 日本国有鉄道貨物局編、『専用線一覧表 昭和45年10月1日』(209頁)、1970年(昭和45年)、日本国有鉄道貨物局
  34. ^ 統計年鑑 - 富山県
  35. ^ 高岡市統計書の経年データ(平成18年版~) - 高岡市

外部リンク[編集]