生地駅

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生地駅
駅舎(2009年12月)
駅舎(2009年12月)
いくじ
Ikuji
黒部 (4.0km)
(4.2km) 西入善
所在地 富山県黒部市吉田字浦島4303
所属事業者 Ainokaze Toyama Railway logo.png あいの風とやま鉄道
所属路線 あいの風とやま鉄道線
キロ程 77.4km(倶利伽羅起点)
金沢から95.2km
米原から271.8km
電報略号 イク
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度-
471人/日(降車客含まず)
-2015年-
開業年月日 1910年明治43年)4月16日
備考 簡易委託駅
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生地駅(いくじえき)は、富山県黒部市吉田字浦島にある、あいの風とやま鉄道線である。

歴史[編集]

1910年(明治43年)開業当時の生地駅
  • 1906年(明治39年)6月26日 - 生地町長能登忠が逓信大臣山縣伊三郎に対して、生地駅の開設を請願する[1]。その請願書に曰く、「当町本籍戸数一千一百人口五千四百余ヲ有シ而シテ富山県下唯一ノ漁業地ニシテ四季ノ産額ノ豊饒ナルコト本郡内各沿岸漁業地産額ノ総額ヲ以テスルモ尚恐ラクハ我ヲ凌駕スルヲ得ザルベシ従テ市中ニハ銀行魚市会社廻漕店若クハ内国通運会社代理店等アリテ之ニ関繋スル地方ハ遠クシテ北海道奥羽地方邇クハ佐渡越後能登等ノ海路ヨリノ貨物聚散ノ旺盛ニシテ商業ノ敏活ナルコト郡内多々其比ヲ見サル所ニ有之候(中略)特ニ本町ハ越中湾ノ咽喉ト称スルモ不可ナカランカ其北端大字芦崎村(越湖浜ト称ス)真鼻ノ如キハ旧槍ヶ岬ト称セシ所ニシテ能越ノ洲界タル大泊鼻ト相対峙シ且ツ浦塩ノ衝ニ当ルヲ以テ恐ラクハ軍事上等閑ニ附ス可カラサル所ナラン(中略)今ヤ多年ノ機運漸ク熟シ近キ将来ニ於テ富直鉄道布設セラレントス町民一同歓喜雀躍ニ堪ヘザル所ナリ而シテ鉄道線路測量標ヲ見ルニ幸ニ当町附近ヲ通過スルモノヽ如シ当町ハ前陳ノ如ク人口ハ下新川郡ノ首都魚津町ニ及バズト雖ドモ商工業ノ殷賑物人衆ノ聚散他ノ地方トノ関係ノ頻繁ナル本町ハ他町村ニ対シ特独ノ長所ヲ有スル土地ニ有之候故何卒当町ニ停車場ヲ設置セラレンコトヲ茲ニ町会ノ議決ヲ経テ請願仕候」[1]
  • 1910年明治43年)4月16日 - 鉄道省北陸本線が魚津駅から泊駅までの延伸に伴い開業する(一般駅[2]
  • 1959年(昭和34年)3月31日 - 当駅 - 入善駅間に西入善信号場が開業する[3]
  • 1960年(昭和35年)7月1日 - 当駅 - 入善駅間の西入善信号場が、西入善駅として開業する[4]
  • 1965年(昭和40年)
    • 4月23日 - 当駅 - 西入善駅間が複線化する[5]
    • 8月25日 - 富山操車場 - 泊駅間が交流電化する[5]
    • 12月10日 - 当駅 - 黒部駅間が複線化する[5]
  • 1969年(昭和44年)10月1日 - 営業範囲を改正し、手荷物及び小荷物の配達取扱を廃する[6]
  • 1974年(昭和49年)10月1日 - 営業範囲を改正し、旅客、荷物及び車扱貨物を取扱う駅となる[7]
  • 1976年昭和51年)3月 - 現駅舎が竣工する[8][9]
  • 1984年(昭和59年)2月1日 - 営業範囲を改正し、車扱貨物の取扱を廃止して、旅客駅となる[10]
  • 1985年(昭和60年)3月14日 - 営業範囲を改正し、荷物の取扱を廃止する[11]
  • 1987年(昭和62年)
  • 2015年平成27年)

駅構造[編集]

単式ホーム2面2線を有する地上駅である[14]。保線用の引上線の分岐はあるが、絶対信号機はなく停留所に分類される。かつては単式・島式の複合型2面3線(現在の上りホームにあたる部分が島式)であったが、島式ホームの駅舎側の線路(中線)が撤去され現在の形となった。駅舎は下りホーム側にあり、上りホームへは跨線橋で連絡している。

JR西日本時代は富山地域鉄道部が管理するPOS端末が設置された簡易委託駅であり、駅務は黒部市に委託されていた[15]。あいの風とやま鉄道への経営移管後も、簡易委託駅の形態が維持されている[16]

のりば[編集]

のりば 路線 方向 行先[17]
1 あいの風とやま鉄道線 下り 糸魚川方面
2 上り 富山金沢方面

貨物取扱[編集]

1972年(昭和47年)当時の生地駅周辺航空写真

当駅における貨物取扱は、1984年(昭和59年)2月1日に廃止された[10]

1953年(昭和28年)10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表に当駅接続の専用線は記載されていない[18]

1970年(昭和45年)10月1日現在における当駅接続の専用線は以下の通りであった[19]

  • 北陸製塩工業線(通運事業者:日本通運、動力:日本通運所有機関車、作業粁程:2.0粁、総延長粁程:3.3粁)
  • 日本塩回送線(動力:日本通運所有機関車、作業粁程:2.2粁、総延長粁程:0.3粁、備考:当専用線は北陸製塩工業線に接続する)
  • 日本配合飼料線(動力:日本通運所有機関車、作業粁程:0.5粁、総延長粁程:0.2粁、備考:当専用線は北陸製塩工業線に接続する)

利用状況[編集]

1日の平均乗車人員は以下の通り[20]

年度 1日平均
乗車人員
1997年 579
1998年 548
1999年 533
2000年 535
2001年 541
2002年 540
2003年 536
2004年 546
2005年 540
2006年 523
2007年 512
2008年 519
2009年 496
2010年 474
2011年 466
2012年 485
2013年 482
2014年 402[21]
2015年 471

駅周辺[編集]

隣の駅[編集]

Ainokaze Toyama Railway logo.png あいの風とやま鉄道
あいの風とやま鉄道線
黒部駅 - 生地駅 - 西入善駅

脚注[編集]

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  1. ^ a b 黒部市史編纂委員会編、『黒部市史 資料編』、1994年(平成6年)10月、黒部市
  2. ^ 明治四十三年鉄道院告示第三十号(『官報』、1910年(明治43年)4月14日、内閣印刷局)
  3. ^ a b 石野哲輔、『停車場変遷大事典 国鉄・JR編Ⅱ』、1998年(平成10年)10月、JTB
  4. ^ 昭和三十五年日本国有鉄道公示第三百二十号(『官報』第10053号、1960年(昭和35年)6月27日、大蔵省印刷局)
  5. ^ a b c 日本国有鉄道編、『日本国有鉄道百年史年表』、1972年(昭和47年)10月、日本国有鉄道
  6. ^ 昭和四十四年日本国有鉄道公示第三百九号(『官報』、1969年(昭和44年)10月1日、大蔵省印刷局)
  7. ^ 昭和四十九年日本国有鉄道公示第二百八号(『官報』、1974年(昭和49年)9月12日、大蔵省印刷局)
  8. ^ 黒部の鉄道史~電源開発の軌跡~(平成22年(2010年)7月31日、黒部市教育委員会、黒部市歴史民俗資料館発行)8ページ
  9. ^ 黒部市史編纂委員会編、『黒部市史 歴史民俗編』、1992年(平成4年)3月、黒部市
  10. ^ a b 昭和五十九年日本国有鉄道公示第百七十四号(『官報』、1984年(昭和59年)1月30日、大蔵省印刷局)
  11. ^ 昭和六十年日本国有鉄道公示第百八十一号(『官報』、1985年(昭和60年)3月12日、大蔵省印刷局)
  12. ^ 昭和六十二年日本国有鉄道公示第二百十号(『官報』、1987年(昭和62年)2月5日、大蔵省印刷局)
  13. ^ “ICカードサービス開始日について” (プレスリリース), あいの風とやま鉄道株式会社, (2015年1月30日), http://ainokaze.co.jp/727 2015年7月10日閲覧。 
  14. ^ 郡司武編、『週刊朝日百科 JR全駅・全車両基地』43号、2013年(平成25年)6月、朝日新聞出版
  15. ^ 川島令三編、『中部ライン 全線・全駅・全配線第7巻 富山・糸魚川・黒部エリア』、2010年(平成22年)10月、講談社
  16. ^ あいの風とやま鉄道 利用の手引き - あいの風とやま鉄道(2015年3月16日閲覧)
  17. ^ 生地駅発車時刻表 - あいの風とやま鉄道(2015年4月14日閲覧)
  18. ^ 名取紀之・瀧澤隆久編、『RM POCKET 11 トワイライトゾ~ン・マニュアルⅣ』、1995年(平成7年)10月、ネコ・パブリッシング
  19. ^ 日本国有鉄道貨物局編、『専用線一覧表 昭和45年10月1日』、1970年(昭和45年)、日本国有鉄道貨物局
  20. ^ 富山県統計年鑑による
  21. ^ 2014年度は2015年3月13日までの集計

関連項目[編集]

外部リンク[編集]