ファレ・シミタイトコ

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バッドラック・ファレ
Bad Luck Fale Sep 2015.JPG
プロフィール
リングネーム バッドラック・ファレ
キング・ファレ
本名 ファレ・シミタイトコ
ニックネーム ジ・アンダーボス
超規格外生命体[1]
バウンサー
南国の不動明王
身長 193cm
体重 150kg
誕生日 1982年1月8日(34歳)
出身地 トンガの旗 トンガラパハ
所属 新日本プロレス
スポーツ歴 ラグビー
トレーナー 永田裕志
デビュー 2010年4月4日
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ファレ・シミタイトコ英語: Fale Simitaitoko1982年1月8日 - )は、トンガ王国の男性プロレスラー新日本プロレス所属。元ラグビー選手。ラパハ出身。血液型はO型。名乗ったリングネームはキング・ファレKing Fale)を経て、現在はバッドラック・ファレBad Luck Fale)として活動中。ラグビー選手時代のポジションはロックフランカー

来歴[編集]

11人兄弟の8番目という大家族の中で育ち、3歳からラグビーを始める。6歳の時、一家全員でニュージーランドオークランドに移住[2]ラグビーニュージーランド代表(オールブラックス)のジョン・カーワンに憧れ、デラサール大学へ入学[2]。卒業後は徳山大学ラグビー部監督の紹介により、2002年4月、同大学へと進学し、ラグビー部に入部する[2]

大学卒業後、2006年4月に株式会社サニックスに入社し、福岡サニックスブルースの一員となるも、[3]2年で退団[2]。その後、英会話教師として働いていたが、ラグビー時代からの友人で、トンガ出身の元幕下南乃島勇の誘いで2009年5月、新日本プロレスの入団テストを受けて合格を果たす[2]

6月より練習生としてトレーニングを積み、一般公募していたリングネームの中からキング・ファレKing Fale)と名づけられ、2010年4月4日、中西学戦でデビューを飾る[2]。9月に永田裕志率いる青義軍に加入[2]。対抗勢力にあたるヒールユニットCHAOSと抗争を繰り広げる。2011年には永田とのタッグでG1 TAG LEAGUEに初出場を果たした[2]

2012年2月10日、若手主体興行NEVERにて、永田とのシングルマッチで敗れた後、武者修行のためアメリカに遠征。NWAヒューストンのリングでアメリカデビュー戦を行った。

BULLET CLUB[編集]

2013年[編集]

プリンス・デヴィットを肩車しながら入場するファレ

2013年4月7日、INVASION ATTACKの第1試合終了後、プリンス・デヴィットに加担する形で田口隆祐を襲撃。デヴィットは田口とのタッグチーム、Apollo 55の解散を宣言し、ファレを自身の「バウンサー英語で「用心棒」の意)」"ジ・アンダーボス" バッドラック・ファレ"The Underboss" Bad Luck Fale)と紹介し、マイクパフォーマンスを行った。

5月3日、レスリングどんたく 2013にて、デヴィットをパートナーに田口&キャプテン・ニュージャパン組を相手に凱旋帰国試合を行い、快勝を収める。その後、カール・アンダーソンタマ・トンガと共にデヴィットの下に集い、新ヒールユニットBULLET CLUB(以下BC)を結成した。以降、入場時にBCリーダーのデヴィットを肩車で担ぎ上げながら入場、試合には随所で乱入し対戦相手に暴行を行うなど、デヴィットの宣言通り用心棒的な役割として活動する。

11月6日、G・B・H本間朋晃とシングルマッチで対戦し、K.O.勝ちを収める。試合後、本間に追撃しようとしたところを真壁刀義によって阻止され、これをキッカケに真壁との抗争に発展する。同月に開催されたWORLD TAG LEAGUEでは、デヴィットとのタッグでエントリーするも予選落ちに終わる。しかし、最終戦の12月8日愛知大会にて、G・B・H(真壁&本間組)VS.BC(カール・アンダーソン&ドク・ギャローズ組)の試合に登場し、真壁を場外に引きずり込み襲撃。BCの勝利をアシストすると、試合後に真壁が入場時に持参しているチェーンで首を締め上げ、失神に追い込んだ。

2014年[編集]

2014年1月4日、レッスルキングダム8にて、真壁に指名される形でキング・オブ・デストロイヤーマッチ[4]ルールでのシングルマッチで対戦。序盤から真壁を圧倒し、得意技であるグラネードバッドラックフォールを繰り出すも、K.O.勝ちには至らず、最後はキングコングニードロップを二連発で喰らい、K.O.負けを喫した。

3月、NEW JAPAN CUP(以下NJC)に初出場。15日、一回戦にて真壁と対戦しバッドラックフォールでピンフォール勝ちを収め、レッスルキングダム8のリベンジに成功する。その後、22日の二回戦で内藤哲也、23日の準決勝戦でシェルトン・X・ベンジャミンを破り決勝に進出。同日行われた決勝戦で中邑真輔と対戦するも敗戦し、準優勝に終わった。5月25日、BACK TO THE YOKOHAMA ARENAにて、内藤とシングルマッチで対戦し勝利。そして同日行われたセミファイナルの試合終了後、IWGPインターコンチネンタル王座の防衛に成功した中邑の前に姿を現し、IC王座に挑戦の意思を示した。

6月22日、DOMINION6.21のメインイベントに登場。自身初となるタイトルマッチに臨み、中邑の保持するIC王座に初挑戦。バッドラックフォールで中邑からピンフォール勝ちを収め、第9代王者に戴冠した[5]。7月、G1 CLIMAXにIC王者として初出場を果たすも、8月8日の公式リーグ最終戦にて中邑に敗戦し、予選落ちに終わる。9月21日、DESTRUCTION in KOBEにて、IC王座の初防衛戦として中邑と対戦したが、敗戦し王座から陥落した。

2015年[編集]

2015年1月5日、NEW YEAR DASH!!にて、タマ・トンガとのタッグで、CHAOSオカダ・カズチカ&矢野通組と対戦。オカダからピンフォール勝ちを収め、続く2月1日、Road to THE NEW BEGINNINGで行われた試合でもオカダから勝利し、タッグマッチながら2連勝を収めた。3月5日、NJC一回戦にて、オカダと初のシングルマッチで対戦。最後はバッドラックフォールでピンフォール勝ちを収め、二回戦に進出した。8日、二回戦で内藤と対戦するも、ウラカン・ラナ・インベルティダで丸め込まれ、敗戦した。その後、オカダと抗争を繰り広げ、15日広島大会の8人タッグマッチで、初めてオカダからピンフォール負けを喫した。4月5日、INVASION ATTACK 2015にて、オカダとシングルマッチで激突し完全決着戦を行うも、最後はツームストーン・パイルドライバーからレインメーカーを決められピンフォール負けを喫し、抗争が終結した。

7月、G1 CLIMAXに出場し予選落ちに終わるも、同大会優勝者の棚橋弘至に公式リーグ戦で勝利を収めた。9月27日、DESTRUCTION in KOBEにて、東京ドーム・IWGPヘビー級王座挑戦権利証争奪戦と銘打たれたシングルマッチで、権利証を保持する棚橋から指名を受ける形で対戦するも、敗戦した。

2016年[編集]

2016年1月4日、レッスルキングダム10の舞台で高橋裕二郎、タマ・トンガとタッグを組み、新設されたNEVER無差別級6人タッグ王座を巡り、CHAOS矢野通&ブリスコ・ブラザーズジェイ・ブリスコ&マーク・ブリスコ)組と対戦。試合はトンガがブリスコ・ブラザーズの連携技、ドゥームズデイ・デバイスを決められ敗戦。翌5日、NEW YEAR DASH!!のメインイベントに登場し、パートナーをヤング・バックスマット・ジャクソン&ニック・ジャクソン)に変えて、初代王者組になった矢野&ジェイ&マーク組と王座戦に臨んだが、マットがピンフォール負けを喫し、返り討ちにあった。その後のシリーズでは高橋、トンガと共に矢野と抗争を繰り広げ、2月11日、THE NEW BEGINNING in OSAKAにて、再び矢野&ジェイ&マーク組と対戦。トンガが矢野のお株を奪う急所攻撃からヴェレノを炸裂させてピンフォール勝ちを収め、第2代NEVER無差別級6人タッグ王者に輝いたが、14日のTHE NEW BEGINNING in NIIGATAで行われた初防衛戦で、高橋がピンフォール負けを喫してしまい、僅か3日で王座を手放した。G1 CLIMAXではIWGPヘビー級王座王者のオカダを破るなど健闘を見せ、最終的には5勝4敗で終わった、

人物[編集]

  • 右肩に「侍魂」の文字と、左肩に和彫りの龍とポリネシアンタトゥーを融合した刺青を施している。
  • 自身と同じくトンガ系で同世代のピート・フィフィタ(タマ・トンガ)とは互いに「兄弟」と呼び合っている。

得意技[編集]

シェルトン・X・ベンジャミンにバッドラックフォールを仕掛けるファレ
バッドラックフォール
投げ捨て式のスプラッシュ・マウンテン。ハイジャック・バックブリーカーの体勢で相手を頭上に抱え上げ、そのまま腰を落とさずに前方へ投げ捨てる。ショーン・ヘルナンデスが使用するボーダー・トスと同型で、2013年11月6日の本間朋晃戦で初公開。
公開当初はフォールには移行せずにKOないしレフェリーストップ裁定を取らせて勝利を収めるのが主流であったが、2014年からはそのままピンフォールを奪いにいくようにしている。
通常の投げ捨て式パワーボムと違い、前方に放物線を描くように投げ捨てるため、仕掛けられる側にとっては落下点が掴みづらく非常に受け身が取りにくい。
グラネード
チョークスラム一本貫手の複合技。テーピングで固めた右手の親指を突きだしながら大きく後ろへ振りかぶり、その後、相手をチョークスラムの要領で持ち上げてから、振り上げた右手の親指を相手の喉元へ突き刺しマットに叩きつける。ウマガが得意としていたサモアン・スパイクのリフトアップ式ともいえる。派生技として、トップコーナーから飛び込んできた相手の喉元を捕らえて即座に仕掛ける型や、走り込んできた相手に対して喉元にそのまま一本貫手を放っていくカウンター式も得意としている。グラネードと技名が付くまではチョークラリアットと呼称されていた。
フォーリングココナッツ
ファレが使用するダイビング・ボディ・プレスの名称。2014年6月21日の中邑真輔戦で初公開され、2日後の記者会見にて命名した[6][7]。150kgの巨体ながらリング中央近くまで飛行する跳躍力を見せるが、トップコーナーに登るまでに時間が掛かってかわされることも多いため、大一番でしか披露されない。
スピアー
主に走り込んでくる相手に対して放っていくカウンター式を使用する。
バックフリップ
ファイヤーマンズキャリーの要領で相手を担ぎ上げ、後方へ倒れ込みながらマットに叩きつける投げ技で、デビュー当時から使用している。
串刺しボディアタック
コーナーにもたれ掛かっている相手に向かって走り込みながら体を浴びせる。巨漢ながら猛スピードで突っ込んでいくのが特徴。
T-SHOCK
キング・ファレ時代のフィニッシャー。変型バックブリーカー
リバースフルネルソンの体勢からカナディアン・バックブリーカーの要領で相手を肩口に担ぎ込み、マットに自らの膝をついて背中や腰へ衝撃を与えていく。
クリフハンガー
ファレが使用するダイビングラリアットの名称でエアリアルムーブの一つ。凱旋帰国後は見られなくなった。
ジャンピング・ヘッドドロップ
ロープに跳び仰向けになった相手の肩口に頭を叩きつける。ヒールターン後は見られなくなった。

合体技[編集]

DAWN RAID
タマ・トンガとの合体技。立っている相手に向かってトンガと共に走り込み、ファレがラリアット、トンガがスピアーを同時に繰り出す。

入場テーマ曲[編集]

  • THE UNDERBOSS
凱旋帰国後のテーマ曲。2013年5月 - 現在まで使用。
  • Let's get crazy
デビュー初期のテーマ曲。

獲得タイトル[編集]

出演[編集]

脚注[編集]

  1. ^ YOUは何しに日本へ? 2月22日放送分より。
  2. ^ a b c d e f g h 選手名鑑”. 新日本プロレス公式サイト. 2013年12月14日閲覧。
  3. ^ ルーキー!ルーキー!「福岡サニックスブルース」 - ジャパンラグビートップリーグ公式サイト(2006年8月24日)
  4. ^ ピンフォール、場外カウントなし、KO、TKO、ギブアップのみで決着となる特別ルール。
  5. ^ ファレ新王者 中邑撃破の大金星!”. 東京スポーツ (2014年6月22日). 2014年6月22日閲覧。
  6. ^ “新IC王者ファレ、「誰の挑戦でも受けてやる」と貫禄たっぷり! 『G1』制覇も予告!【DOMINION 6.21会見】(※コメント追記)”. 新日本プロレスリング. (2014年6月23日). http://www.njpw.co.jp/news/detail.php?nid=11836 2014年10月26日閲覧。 
  7. ^ “6/23【新日本】トンガでの防衛戦決行、BC対決制してのG1制覇…新IC王者・ファレが野望語る”. プロレス格闘技DX. (2014年6月23日). http://dx-web.gsj.bz/dxnews.Index/detail/?news_id=20140623021 2014年10月26日閲覧。 
  8. ^ “映画『ふしぎな岬の物語』にバッドラック・ファレ選手が登場!”. 新日本プロレスリング. (2014年10月1日). http://www.njpw.co.jp/news/detail.php?nid=12449 2014年10月1日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]