ボッチャ
ボッチャ(伊: Boccia)は、ボッチー(伊: Bocce, ボッチェ)から派生した障害者スポーツの一つである。当初は脳性麻痺などにより運動能力に障害がある競技者向けに考案されたが、現在は運動能力に影響を与える他の重度の障害を持つ選手もプレーしている。 2013年に設立された国際ボッチャ競技連盟(Boccia International Sports Federation: BISFed)が統括しており[1]、オリンピックに対応する競技が無い種目の1つでもある。
概要[編集]
競技名のボッチャとは、元々イタリア語で「ボール」を意味する単語から来ている[2][3]。競技名「ボッチャ」の元々の意味に関しては、同じくイタリア語で、他に「木の球」や「球を投げたり転がしたりする」と紹介するメディアも存在する[2][4][5]。
赤または青の皮製ボールを投げ、「ジャックボール」と呼ばれる白い目標球[2][6]にどれだけ近づけられるかを競う競技である。パラリンピックの公式種目となっており、全世界で40カ国以上に普及している[7]。
競技は個人、ペアまたは3人1組のチームで行い、男女の区別はない。パラリンピックなどの国際大会ではBC1〜4のクラスに分かれて行われる。このほか、これらに該当しない者の、車椅子と立位のオープンクラスも日本独自で設定されている[2][4][8]。
ルールが氷上で行われるカーリングと似ているところから「地上のカーリング」、または「床の上のカーリング」とも呼称されている[9][4][5][10]。
歴史[編集]
ボッチャの元となったボッチーはヨーロッパが発祥とされ、ペタンクやローン・ボウリングから発展したとされる。ただし、類似のゲームは世界各地に存在し、正確な起源ははっきりしない[11]。
パラリンピックでは、1984年のニューヨーク/ストーク・マンデビル(エイルズベリー)大会にて公開競技として採り上げられ、1988年のソウル大会より正式競技として採用されている[2][12][13]。
日本における歴史[編集]
ボッチャが日本に取り入れられたのはレクリエーション的用途であり、千葉県立桜が丘養護学校教員だった古賀稔啓がヨーロッパでの脳性麻痺患者の国際大会出席時にボッチャと出会い、授業に取り入れようと持ち帰ったのが最初と言われている[14]。その後の1997年に日本ボッチャ協会が設立されて国際ルール[15]を紹介し、全国的に広まっていくこととなった。2014年4月1日には、一般社団法人「日本ユニバーサルボッチャ連盟」が設立された。2016年からは、日本ボッチャ協会の主催による学校対抗の全国大会「ボッチャ甲子園」が開催され、第3回以降は「全国ボッチャ選抜甲子園」の名称となった。
2016年8月には日本代表チームの愛称が「火ノ玉JAPAN」に決まり[16]、同年のリオデジャネイロパラリンピックの団体BC1/2で銀メダルを獲得した。これがきっかけで日本での認知度が上がり、企業の社員研修で採用されるなど障がい者に限らず日本人がボッチャに触れる機会が増加してきている[17]。
2021年の東京パラリンピックでは、個人BC2クラスで杉村英孝が日本初のパラリンピック金メダルを獲得し、ペアBC3クラスでは河本圭亮・高橋和樹・田中恵子が銀メダルを、団体BC1/2クラスでは杉村英孝・中村拓海・廣瀬隆喜・藤井友里子が銅メダルを獲得した。
ルール[編集]


ゲームの目的は、赤または青の皮製ボールを投げ、ジャック(jack)と呼ばれる白い的球にどれだけ近づけられるかを競うことである。赤ボールチームが先攻であり、コイントスでどちらを選ぶか決める。
長さ12.5m、幅6mのコートを用いてゲームの始めに的球を投げる。的球は、コートにV字型に引かれたジャックボールラインを越えなければならず、両サイドが交互に投球し、的球がコート内の有効エリアに収まるまで繰り返す。続いて1巡目の投球は的球を投げた側の先行、次に相手側の順で的玉に向けてボールを転がす。2巡目以降ボールが尽きるまでの投球は、的球に遠いボールを投げたサイドが相手チームよりも近いボールを投げられるまで連続して投球を行う。
各ラウンドの終了、すなわちエンドの度に審判は的球と投げられたボールとの間の距離を測定し、そのエンドで負けた側の最も的球に近いボールよりもさらに的球に近いボールに各1点が与えられる。ゲーム終了後に高得点を上げたチームまたは競技者が勝ちとなる。
エンドの数及び各エンドで使用するボールの数は場合によって異なる。個人対抗戦の場合、エンドは4、使用するボールは6である。一方、ペア対抗戦では、エンドは4、使用するボールは各ペア6で、1人当たり1エンドに3投である。チーム対抗戦では、エンドは6、ボールは1チーム6で1人当たり1エンドに2投となる。
用具[編集]
ボール[編集]

ボッチャで使われるボールは、中は硬質の素材だが表面は柔らかな素材で包まれており、表面が少々つまめるほど柔らかく、あまり転がらず弾まない。
補助具[編集]

障害によりボールを直接投げることができなくても、ランプ(勾配具)やヘッドポインタなどの補助具を用いての競技参加も可能である。
また、それらが困難な場合であっても意思伝達が可能であれば介助者による補助具や車椅子移動の補助は許されている(ただし、不正防止のため、コートの盤面を見るのはNGである)ため、それにより狙いをつけての投球が可能であれば競技への参加ができる。ただし、競技においては意思を伝えるのに時間制限が存在する。脳性麻痺患者には言語障害が存在する場合があるものの、この時間制限は緩和されない。
ランプ[編集]
ランプ(勾配具)とは、樋のようにボールを一方向に転がすことのできるもので作成されたスロープのこと。ボールを勾配のある場所に置けば、重力によって勝手に転がってゆくことを利用する、ボールを打ち出すための装置である。選手の膝の上で使用するものや、自立式のものなど、様々なタイプのランプが存在する。スロープの方向を変えることでボールを打ち出す方向を変えられる。また、スロープ上に置くボールの初期位置(地面からの高さ)を変えれば、ランプから転がり出た時のボールの速度が変わるので、ボールを転がす距離の調整も可能である。
ヘッドポインタ[編集]
ヘッドポインタとは、ヘッドバンドにランプ上のボールを抑える棒がついた器具。脳性麻痺であっても、首から上は比較的自由に動かせる場合があり、そのためにこれが使用される。
派生競技[編集]
- サイバーボッチャ-ボッチャの採点をテクノロジーによって拡張した競技。
- ボッチャ360-ボッチャを簡潔にした競技。円形のボッチャシートを的としてそこへ球を投げる競技。(的は真ん中から50、40、30、20、10点となる。)
- スクエアボッチャ-縦横9メートルのコート(ジャックボール有効エリアは縦横5メートル、投球エリアから有効エリアまでの幅を無効エリアとし、その差は2メートル)で1辺1チームとして4チームで対戦する競技。
脚注[編集]
注釈[編集]
出典[編集]
- ^ About BISFed
- ^ a b c d e “ボッチャとは”. コトバンク. 2017年9月24日閲覧。
- ^ 水野文也 (2017年9月5日). “ボッチャを知ってるかな? 2020年の前に自分でも楽しんじゃお~!”. 生活情報のコラム. 共同通信社. 2017年9月24日閲覧。
- ^ a b c “ボッチャ~パラリンピック競技紹介”. 読売新聞. 2017年9月24日閲覧。
- ^ a b 森本利優 (2016年10月29日). “「ブームでは終わらせない」 ボッチャ・杉村英孝(「火の玉ジャパン」主将)”. 産経新聞 2017年9月24日閲覧. "全3頁構成。3頁目にボッチャの別称や語源に関する記載あり"
- ^ “藤井選手にボッチャ教わる 魚津で児童や高齢者”. 富山新聞. (2017年8月28日) 2017年9月24日閲覧。
- ^ “ボッチャ”. (株)アポワテック. 2017年9月24日閲覧。
- ^ 阿部達彦、瀧澤聡、伊藤政勝、石川大「肢体不自由者におけるボッチャ投球に関する一考察」(PDF)『北翔大学生涯スポーツ学部研究紀要』第8号、北翔大学、2017年3月、39-45頁、ISSN 1884-9563、NAID 120006219782、2017年9月24日閲覧“概要ページ有→このリンクより参照可”
- ^ “パラリンピックの魅力 ボッチャ”. 毎日新聞. (2015年5月24日) 2017年9月24日閲覧。
- ^ 鈴木幸大 (2016年9月13日). “祝・銀メダル~深くて面白い「ボッチャ」の世界”. 読売新聞 2017年9月24日閲覧。
- ^ 公益社団法人日本ペタンク・ブール協会 ペタンクの概要・歴史
- ^ “過去の大会「ニューヨーク/ストークマンデビル1984パラリンピック」”. 日本パラリンピック委員会. 2017年9月24日閲覧。
- ^ “パラリンピック競技「ボッチャ」”. 東京都オリンピック・パラリンピック準備局. 2017年9月24日閲覧。
- ^ Paraphoto:国際障害者スポーツ写真連絡協議会 - 2008年07月10日 10年かかった、パラリンピック初出場。日本ボッチャ協会常務理事、渡辺美佐子さんインタビュー
- ^ BISFedルール2013日本語版
- ^ ボッチャ日本代表チーム「火ノ玉 JAPAN」と命名 一般社団法人日本ボッチャ協会 リリース 2016年8月20日
- ^ “障害者スポーツの「自分事化」 競技楽しみ共生のカギに”. 朝日新聞DIGITAL (2017年12月9日). 2021年9月5日閲覧。