ポロ

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ポロ競技

ポロ
アルゼンチンポロ選手権
の丁观鹏が描いた唐明皇撃鞠圖
ポロをする女性 唐朝・8世紀初期

ポロ英語: polo英語発音: [ˈpoulou] ウロウ)は、世界で最も古い歴史をもつ競技の一つである。紀元前6世紀ペルシャ(現在のイラン)を起源とし、騎馬隊の軍事訓練としてインド、中国、日本へ伝播した。特に中国のの時代以降は、皇室で楽しまれ、当時の様子が壁画や唐三彩の美術品からうかがい知ることができる。日本にも神事としての打毬の伝統が一部で残っている。

近代ポロのルールは、19世紀になって英国人によって制定された。植民地インドでポロを「発見」した英国兵士たちが、ロンドンにこの競技を持ち帰ったことをきっかけに、ヨーロッパ各国に広まった。

その後、英国から南米に伝わり、現在ではアルゼンチンがレベル的にも規模的にも世界No.1のポロ大国である。

2015年現在、アルゼンチンにはポロのプレーヤー数6,000人存在し、ポロクラブが270つあるとされる。

それに続き、アメリカはプレーヤー数2,800人、クラブ数は250。イングランドはプレーヤー数2,760人、クラブ数は70。

日本にはプレーヤーは2、3人しかおらず、クラブはひとつもない。ただし、2016年4月にポロ競技の公式団体として一般社団法人「日本ポロ協会」が設立され、東京近郊と北海道でポロ競技を定着される試みが始まっている。

1936年のベルリン大会まで、ポロはオリンピック競技であった。

基本ルール[編集]

競技場は270x150mと、フットボールの9倍の広さがある。チーム競技であり、1チームは通常4人で構成される。メンバーは馬に乗り、マレットと呼ばれるスティックで球を打つ。この球を相手チームのゴールに運べば得点となる。競技時間は7分間のチャッカー(chukkas)が6回で、1人の選手は試合中4頭まで馬を替える事ができる。また、一頭の馬を連続する2つのチャッカーに続けて出すことは出来ない。

日本での普及[編集]

日本では、広い競技場、競技者が騎乗できる事、1人につき最低2頭の馬という必要な条件を満たすことが困難なため、ごく一部でしか行われていない。なお、2頭というのはあくまで最低限であり、4頭連れていかないと競技を通して行うのは困難である。ポロの日本人の登録競技人口は3人であり、チームを組めないため、3人とも香港をメインに試合に参加している。

ファッション[編集]

ポロの競技者が着る服が元となってポロシャツが生まれたとされる。

ポロ競技を行う選手をロゴモチーフとした洋服ブランドもラルフローレン等多数存在し、それらが「ポロ」と略して呼ばれることも一般的となっている。

馬に乗らないポロ[編集]

大会[編集]

外部リンク[編集]