ホンダ・パフォーマンス・ディベロップメント

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ホンダ・パフォーマンス・ディベロップメント(HPD,Honda Performance Development, Inc.)は、本田技研工業の米国法人であるアメリカン・ホンダが設立した、北米に於けるレース活動をサポートするための会社である。

HPD,Honda Performance Development, Inc.

創設は1993年、所在地はアメリカ カリフォルニア州サンタクラリータ。

同じホンダのF1部門のHRD(ホンダ・レーシング・ディベロップメント)、2輪レース部門のHRC(ホンダ・レーシング)とは名称は似ているがそれぞれ別の組織である。

沿革[編集]

第1期<北米での本格参戦>[編集]

1994年より、当時アメリカンオープンホイール(フォーミュラカー)レースの最高峰であったCARTワールド・シリーズへのエンジン(V8 2,650cc ターボ付き)供給を開始。当初は、ライバルのエンジンとのパフォーマンスや信頼性に大きな開きがあったが、翌1995年は徐々にその差を詰め、第13戦ミシガンでポールポジションを獲得、第15戦ニューハンプシャーで念願の初優勝をあげた。

1996年同シリーズがCARTとインディ・レーシング・リーグ(IRL)とに分裂した以降も、CARTへ参戦するチームへのサポートを続け、同年ドライバーズ/マニュファクチャラーズ・チャンピオンとルーキーオブザイヤーの3冠を獲得した。IRLへ活動の場を移行するまでの9年間で、通算参戦数165戦のうち、65回の優勝と65回のポールポジションを獲得、マニュファクチャラーズ・チャンピオンが4回、ドライバーズ・チャンピオンは96年から連続6回獲得した。

2003年よりIRLでエンジン供給を始めたが、ここで用いたエンジン(V8 3,500cc NA)はイルモアとの共同開発によるものであった。その後、他メーカーの撤退により2006年以降はホンダエンジンのワンメイクとなっており、2012年にイルモアがシボレーとパートナーシップを組みシボレーブランドでエンジン供給を開始するまでこの状態が続いた。

第2期<自社開発による参戦>[編集]

CART/IRLで供給していたエンジンは、日本の本田技術研究所やイルモアで開発されたもので、これまで独自に開発を行ったものは無かった。 そこで次なるステップとして、新たにV8 3,400cc NAエンジン(使用燃料はガソリン)を独自に設計開発を行い、2007年から、アメリカン・ル・マン・シリーズ(ALMS)のLMP2クラスへ参戦するチームへ供給することになった。このエンジン供給はアキュラブランドで行われ、同ブランドでのレース参戦は1991年92年の「アキュラ・スパイスSE90CL」でのIMSA GTP lightクラスへの参戦以来、実に15年ぶりである。

さらに、車両開発への関与も始められ、アンドレッティ・グリーン・レーシングとハイクロフト・レーシングが使用している車両は、「アキュラ・ARX-01a」(クラージュ・LC75をベース)と名付けられた。 2008年は、それまでLolaを使用していたフェルナンデス・レーシングと、新たに参戦したド・フェラン・モータースポーツを加えた4チームが、改良させた「アキュラ・ARX-01b」を使用した。 2009年は、ハイクロフト・レーシングとド・フェラン・モータースポーツとが、新たに開発された「アキュラ・ARX-02a」でLMP1クラスにステップアップした[1]ほか、フェルナンデス・レーシングはLMP2クラスに継続参戦している。

2007年は、開幕戦(セブリング12時間)でアンドレッティ・グリーン・レーシングがLMP2クラスでデビューウインを飾り、第3戦(ロングビーチ)では、LMP1を押さえてポールポジションを獲得している。 2008年は、第5戦(ライムロック・パーク)でハイクロフト・レーシングがアキュラに初のALMS優勝をもたらし、第9戦(ベルアイル)でアンドレッティ・グリーン・レーシングが初の総合優勝を飾り、アキュラ勢が1-2-3で表彰台の独占[2]を果たし、最終戦においても1-2フィニッシュを果たした。

脚注[編集]

  1. ^ 2008年8月30日、2009年からLMP1参戦を発表した[1]
  2. ^ 総合3位でゴールしたLMP1クラスのアウディが、レース後の再車検で車両最低重量違反により失格。ド・フェラン・モータースポーツが総合3位に繰り上がった。

外部リンク[編集]