エディン・ジェコ

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  • エディン・ゼコ
エディン・ジェコ Football pictogram.svg
20150331 2026 AUT BIH 2177 Edin Džeko.jpg
名前
ラテン文字 Edin Džeko
キリル文字 Един Џеко
基本情報
国籍 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア・ヘルツェゴビナ
生年月日 (1986-03-17) 1986年3月17日(35歳)
出身地 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ユーゴスラビア サラエヴォ
身長 193cm
体重 84kg
選手情報
在籍チーム イタリアの旗 インテル・ミラノ
ポジション FW(CF)
背番号 9
利き足 右足
ユース
1996-2003 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ジェリェズニチャル
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2003-2005 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ジェリェズニチャル 38 (3)
2005-2007 チェコの旗 テプリツェ 43 (16)
2005 チェコの旗 ウースティー・ナド・ラベム (loan) 15 (6)
2007-2011 ドイツの旗 ヴォルフスブルク 111 (66)
2011-2015 イングランドの旗 マンチェスター・シティ 130 (50)
2015 イタリアの旗 ローマ (loan) 31 (8)
2016-2021 イタリアの旗 ローマ 164 (77)
2021- イタリアの旗 インテル・ミラノ
代表歴2
2003-2004 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア・ヘルツェゴビナ U-19 5 (0)
2006-2007 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア・ヘルツェゴビナ U-21 5 (1)
2007- ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア・ヘルツェゴビナ 103 (56)
1. 国内リーグ戦に限る。2021年5月26日現在。
2. 2019年6月11日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

エディン・ジェコ(Edin Džeko、1986年3月17日 - )は、ボスニア・ヘルツェゴビナサラエヴォ県サラエヴォ出身のサッカー選手セリエAインテル・ミラノ所属。ボスニア・ヘルツェゴビナ代表。ポジションはフォワード。民族はボシュニャク人ムスリム人)。

ドイツとイングランドの2つのリーグで計3度の優勝を経験。ヴォルフスブルク所属時代の2009-10シーズンにブンデスリーガで、ASローマ所属時代の2016-17シーズンにセリエAでそれぞれ得点王に輝いた。また欧州5大リーグのうち、3つのリーグで50得点を挙げた史上初の選手である[1][2]

ボスニア・ヘルツェゴビナ代表の最多出場記録、最多得点記録の保持者でもあり[3]、2014年9月からは代表の主将を務める[4]

名前は「ゼコ」とも表記される。

クラブ経歴[編集]

地元クラブ、チェコ時代[編集]

父親のミドハト・ジェコもプロサッカー選手であった[5]ボスニア紛争の時は一家で団地に避難し、音を立てられない地下室生活を強いられながら砲弾が止む僅かな時間にサッカーを楽しんでいた。5歳のときにFKジェリェズニチャルの下部組織に入団し[5]、2003-04シーズンにトップチームに昇格した。2005年にチェコ・リーグFKテプリツェに移籍金2万5000ユーロで完全移籍し、ジェリェズニチャル時代に指導を受けたチェコ人監督イジー・プリーシェクが率いるFKウースティー・ナド・ラベムにすぐさまレンタル移籍した[6]。そこで15試合6得点と結果を残し、半年後にはFKテプリツェに復帰し、13得点を挙げて得点ランキング2位に入った。

VfLヴォルフスブルク[編集]

2007年6月26日、フェリックス・マガトが監督を務めるドイツVfLヴォルフスブルクに400万ユーロの移籍金で移籍した。2007-08シーズンは28試合出場で8得点と、まずまずの成績を残した。

2008-09シーズンはDFBポカールFCオーバーノイラント戦でハットトリックを達成したが、リーグ戦では前半戦5得点にとどまった。しかし後半戦に大爆発し、最終的に26得点を決めて得点ランキング2位にはいった。2人合計54得点を叩き出したグラフィッチとのコンビはリーグ最強と謳われ、クラブ史上初のリーグ優勝に貢献した。この活躍から2009年夏の移籍市場ではイタリアACミランが獲得に乗り出し、ジェコも移籍を希望したが、クラブはジェコの放出を拒否し、結局2013年まで契約を延長した。ジェコは幼いころからのミランのファンであり[6]、サラエヴォの彼の部屋には、お気に入りの選手であるアンドリー・シェフチェンコの背番号7のユニフォームが飾られていたという[7]。チームに残留した2009-10シーズンはチームとしては苦戦をしいられ連覇を逃すも、ジェコは22得点を決めブンデスリーガ得点王を獲得した。2009年末にはバロンドール候補30人にノミネートされた[8]。2010-11シーズンは移籍を希望していたもののチームに残留し、キャプテンを任される。クラブは低迷したが、ジェコは前半戦だけで10得点を挙げた。

マンチェスター・シティ[編集]

マンチェスター・シティでプレーするジェコ(左から2人目) セルヒオ・アグエロ(一番左)と共に強力な2トップを形成する

2011年1月7日、イングランドマンチェスター・シティFCに移籍した。ヴォルフスブルクには移籍金3500万ユーロが支払われたが、これはプレミアリーグのクラブが支払った金額としては史上6番目であり、ブンデスリーガ所属選手に支払われた金額としては過去最高額となった[9][10]。背番号は10。2011-12シーズンのプレミアリーグ最終節、クイーンズ・パーク・レンジャーズ戦では途中出場で後半ロスタイムに同点のヘディングシュートを決め、奇跡の優勝へとつなげた[11]

2012-13シーズンは、セルヒオ・アグエロの負傷が目立つ中、チーム得点王となる14ゴールを記録した[12]

2013-14シーズンは前年度を上回る16ゴールを挙げ、出場時間あたりの得点率では同僚のセルヒオ・アグエロルイス・スアレスダニエル・スターリッジに次ぐ4位(5位はロビン・ファン・ペルシー)となり、2シーズンぶりのリーグ優勝に貢献した[13][14]。マンチェスターシティでは大事な所で決める印象的なゴールが多く、このシーズンもシーズン終盤のクリスタル・パレス戦やエヴァートン戦、アストン・ビラ戦の決勝ゴールを決めるなど、重要な場面でゴールを決めた[15]

ASローマ[編集]

2015年8月、セリエAASローマへのレンタル移籍が決定[16]。背番号は9番。開幕戦のエラス・ヴェローナ戦でセリエAデビュー。2015年8月30日の第2節、ユヴェントス戦で移籍後初得点を挙げ、チームのシーズン初勝利に貢献した[17]。ローマでの1シーズン目はリーグ戦8ゴールに終わった。

2016-17シーズンはUEFAヨーロッパリーグプルゼニ戦でハットトリックを達成[18]、2月のヨーロッパリーグ決勝トーナメント1回戦のビジャレアル戦でもハットトリックを達成した[19]。ローマはヨーロッパリーグでベスト16で敗退したものの、ジェコは8得点を挙げジュリアーノと共に得点王となった。またセリエAでは37試合に出場し29得点を決め、ナポリドリース・メルテンスを1得点差で抑え、セリエA得点王となった[20]。またリーグ戦、カップ戦など合計では合計39得点を記録した[21]

2017-18シーズン、3月3日のナポリ戦で2得点を挙げ、セリエA通算50得点を達成[1][2]。これでブンデスリーガ、プレミアリーグに続く50得点達成となり、ヨーロッパ5大リーグのうち3つのリーグで50得点を挙げた史上初の選手となった[1][2]。UEFAチャンピオンズリーグ、対FCバルセロナ、準々決勝では1stレグ、2ndレグ共にゴールを決め、2ndレグではPKも獲得し、1stレグに4-1で勝利していたバルセロナに対し、奇跡の逆転準決勝進出の立役者となった[22]UEFAチャンピオンズリーグ準決勝のリヴァプールFC戦の1stレグの試合では5-0とされたなか、ラジャ・ナインゴランのロングパスをワントラップからシュートを決め、反撃の口火を切るゴールを決めた。2ndレグの試合でもチャンピオンズリーグで5試合連続となるゴールを決めたが、わずかにトータルスコアで7-6と及ばず準決勝で敗退した[23]

2018-19シーズン、セリエA開幕戦のトリノ戦で後半44分に決勝ゴールを決め1-0での勝利の立役者となった[24]UEFAチャンピオンズリーグ・GL第2節ブルゼニ戦ではハットトリックを達成し、チームを勝利に導いた[25]

2019-20シーズン、開幕前の移籍市場では、コンテが監督に就任したインテルへの移籍が噂され[26]、インテルの若手選手やイカルディとのトレードなども取り沙汰されたが[27][28]、2019年8月16日に契約を2022年まで延長してローマに残留した[29]。2019-20シーズンのセリエA開幕戦となったジェノア戦では1ゴール1アシストを記録した[30]。9月22日のボローニャ戦では同点で迎えた後半アディショナルタイムに勝ち越しゴールを挙げて勝利に貢献した[31]。2020年2月1日、サッスオーロ戦でゴールを挙げ、ローマでの公式戦通算100得点目を記録した[32]。7月15日、第33節のヴェローナ戦でゴールを決め、ローマでの通算ゴール数を105とし、外国籍選手としては最多得点者となった[33]

2020-21シーズン開幕前にはユヴェントスへの移籍が大きく報じられたが残留した[34]。2020年12月13日、ボローニャ戦でローマでの公式戦111点目となるゴールを挙げ、アメデオ・アマデイに並びクラブ歴代3位の得点者となった[35]。しかしその後はフォンセカ監督との不仲が報じられ、ベンチ外となることもあった[34]

インテル・ミラノ[編集]

2021年8月14日、インテル・ミラノに移籍し、2年契約を締結した[36][37]。背番号は9番[38]。なお加入の公式発表がされる前に、FCディナモ・キエフとの親善試合で先発出場しゴールを決めた[38]

代表経歴[編集]

2007年6月2日、 トルコ戦でボスニア・ヘルツェゴビナ代表デビュー、その試合で初得点を記録した[39]

2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選では、第2節から第6節まで5節連続で得点し、2008年9月10日のエストニア戦、2009年4月1日のベルギー戦で2得点を挙げるなど、予選を通して10得点を決める活躍を見せた[40]スペインに次ぐ2位に入ってプレーオフに進出したが、プレーオフでポルトガルに敗れて2010 FIFAワールドカップ本大会出場はならなかった。

2012年9月7日の2014 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選リヒテンシュタイン戦で代表では初となるハットトリックを達成するなど、初のW杯出場に貢献した。

2014 FIFAワールドカップを戦う代表23人に選出された。グループリーグ2戦目のナイジェリア戦では、先制ゴールを奪ったかに見えたが判定はオフサイド。しかしこれは明らかな誤審であり、試合後ジェコは「僕らは家に帰る。だから悲しいよ。でも、この主審も家に帰るべきだ。彼は結果を変えた。彼が試合を変えた。だから僕らは負けた。先制されてから反撃しようとしたね。でも、キャプテン(エミル・スパヒッチ)にファウルが遭ったのは明らかだった。僕のゴールもオフサイドじゃなかったよ。僕らは最後まで戦った。でも、今日は運がなかったんだ」と語った[41]

「今日は僕らが試合に勝つべきだった。ナイジェリアも良いプレーをしたし、チャンスを作ったけどね。だけど、主審は恥ずべきだった」と審判を批判した。この試合の敗戦でグループリーグ敗退が決まってしまったボスニア・ヘルツェゴビナだったが、3戦目のイラン戦では、先制ゴールとなるミドルシュートで自身ワールドカップ初ゴールを決め、悲願の初勝利を記録して大会を去って行った[42]

2017年3月28日ボスニア人プレーヤーとして初の国際試合50ゴールを達成した[43]

2018年10月15日のUEFAネーションズリーグ北アイルランド戦で2ゴールを挙げ、1点目のゴールでキャリア通算300ゴールを達成した[44]

2019年3月23日のEURO予選アルメニア戦に先発出場し、ボスニア・ヘルツェゴビナ代表史上初となる代表通算100試合出場を達成した[3]

人物・評価[編集]

  • プレミアリーグマンチェスター・シティFCのライバルクラブ、チェルシーFCジョゼ・モウリーニョは、ジェコについて「私が選ぶ年間最優秀選手は、ジェコだよ。彼はただのゴールゲッターではない。アシストし、プレーする。振る舞いもそうだし、彼はフェアだ。ダイブをしない。相手へのカードを出させようとはしない。そして、シーズンの大事な時期にチームが必要としたときに、彼は違いをつくったと思う」と語り、ポストプレーヤーとしての資質とジェコの人間性を評価した[45]
  • 従兄弟にボスニア・ヘルツェゴビナ代表の主将であったエミル・スパヒッチがいる[46]
  • 現役中にサラエヴォ大学英語版のスポーツ教育学部でスポーツマネジメントを専攻しており、3年の在学の末、代表チームに合流していた2018年9月10日に同大学を卒業した[47]

個人成績[編集]

クラブ[編集]

クラブ成績 リーグ カップ リーグ杯国際大会 通算
シーズンクラブリーグ 出場得点出場得点 出場得点 出場得点 出場得点
ボスニア・ヘルツェゴビナ リーグカップ リーグ杯 ヨーロッパ 通算
2003–04 ジェリェズニチャル プレミア 20 4 0 0 - 0 0 20 4
2004–05 20 1 0 0 - 0 0 20 1
チェコ リーグカップ リーグ杯 ヨーロッパ 通算
2005–06 ウスティ・ナド・ラベム 2部 15 6 0 0 - 0 0 15 6
2005–06 テプリツェ 1部 13 3 0 0 - 0 0 13 3
2006–07 30 13 0 0 - 0 0 30 13
ドイツ リーグDFBポカール リーグ杯 ヨーロッパ 通算
2007–08 ヴォルフスブルク ブンデス 28 8 5 1 - 0 0 33 9
2008–09 32 26 2 6 - 8 4 42 36
2009–10 34 22 2 2 - 9 5 45 29
2010–11 17 10 1 1 - 0 0 18 11
イングランド リーグFAカップ FLカップ ヨーロッパ 通算
2010–11 マンチェスター・シティ プレミア 15 2 2 2 0 0 4 2 21 6
2011–12 30 14 0 0 4 3 8 1 42 18
2012–13 31 14 5 0 1 0 6 1 43 15
2013–14 31 16 5 2 5 6 7 2 48 26
2014–15 22 4 1 0 2 2 6 0 32 6
イタリア リーグイタリア杯 リーグ杯 ヨーロッパ 通算
2015–16 ローマ セリエA 31 8 1 0 7 2 39 10
2016–17 37 29 3 2 8 8 48 39
2017–18 36 16 1 0 12 8 49 24
2018–19 30 9 1 0 6 5 37 14
通算 ボスニア・ヘルツェゴビナ 40 5 0 0 - 0 0 40 5
チェコ 58 22 0 0 - 0 0 58 22
ドイツ 111 66 10 10 - 17 9 138 85
イングランド 129 50 13 4 12 11 31 6 186 71
イタリア 135 62 7 2 - 35 23 176 87
総通算 469 203 44 20 63 33 21 17 616 273

代表[編集]


ボスニア・ヘルツェゴビナ代表国際Aマッチ
出場得点
2007 7 1
2008 6 5
2009 10 8
2010 8 3
2011 10 3
2012 9 6
2013 9 7
2014 10 5
2015 7 7
2016 7 4
2017 6 3
2018 10 3
2019 4 1
通算 103 56

代表での得点[編集]

  FIFAワールドカップでの得点
# 開催日 開催地 対戦国 スコア 結果 大会
1 2007年6月2日 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗サラエボアシム・フェルハトヴィッチ・ハセ競技場 トルコの旗 トルコ 2–2 3–2 UEFA EURO 2008予選
2 2008年9月10日 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗ゼニツァビリノ・ポリェ エストニアの旗 エストニア 5–0 7–0 2010 FIFAワールドカップ予選
3 6–0
4 2008年10月11日 トルコの旗イスタンブールイニョニュ・スタジアム トルコの旗 トルコ 0–1 2–1
5 2008年10月15日 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗ゼニツァ、ビリノ・ポリェ アルメニアの旗 アルメニア 2–0 4–1
6 2008年11月20日 スロベニアの旗マリボルリュドスキ・ヴルト スロベニアの旗 スロベニア 1–3 3–4 親善試合
7 2009年3月28日 ベルギーの旗ヘンククリスタル・アレナ ベルギーの旗 ベルギー 0–1 2–4 2010 FIFAワールドカップ予選
8 2009年4月1日 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗ゼニツァ、ビリノ・ポリェ ベルギーの旗 ベルギー 1–0 2–1
9 2–0
10 2009年6月6日 フランスの旗カンヌスタッド・ピエール・ド・クーベルタン オマーンの旗 オマーン 1–0 2–1 親善試合
11 2009年8月12日 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗サラエボ、アシム・フェルハトヴィッチ・ハセ競技場 イランの旗 イラン 1–0 2–3
12 2–0
13 2009年10月10日 エストニアの旗タリンア・ル・コック・アレーナ エストニアの旗 エストニア 0–1 0–2 2010 FIFAワールドカップ予選
14 2009年10月14日 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗ゼニツァ、ビリノ・ポリェ スペインの旗 スペイン 1–5 2–5
15 2010年6月3日 ドイツの旗フランクフルトヴァルトシュタディオン ドイツの旗 ドイツ 0–1 3–1 親善試合
16 2010年9月3日 ルクセンブルクの旗ルクセンブルクスタッド・ジョジー・バルテル ルクセンブルクの旗 ルクセンブルク 0–3 0–3 UEFA EURO 2012予選
17 2010年11月17日 スロバキアの旗ブラチスラヴァシュタディオン・パシエンキー スロバキアの旗 スロバキア 1–3 2–3 親善試合
18 2011年3月26日 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗ゼニツァ、ビリノ・ポリェ ルーマニアの旗 ルーマニア 2–1 2–1 UEFA EURO 2012予選
19 2011年10月7日 ルクセンブルクの旗 ルクセンブルク 1–0 5–0
20 2011年10月11日 フランスの旗サン=ドニスタッド・ド・フランス フランスの旗 フランス 0–1 1–1
21 2012年6月1日 アメリカ合衆国の旗シカゴソルジャー・フィールド メキシコの旗 メキシコ 1–1 2–1 親善試合
22 2012年9月7日 リヒテンシュタインの旗ファドゥーツラインパーク・シュタディオン リヒテンシュタインの旗 リヒテンシュタイン 0–5 1–8 2014 FIFAワールドカップ予選
23 1–6
24 1–7
25 2012年9月11日 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗ゼニツァ、ビリノ・ポリェ ラトビアの旗 ラトビア 4–1 4–1
26 2012年10月16日 リトアニアの旗 リトアニア 3–0 3–0
27 2013年3月22日 ギリシャの旗 ギリシャ 1–0 3–1
28 3–0
29 2013年6月7日 ラトビアの旗リガスコント・スタディオン ラトビアの旗 ラトビア 0–5 0–5
30 2013年8月14日 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗サラエボ、アシム・フェルハトヴィッチ・ハセ競技場 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 1–0 3–4 親善試合
31 3–4
32 2013年10月11日 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗ゼニツァ、ビリノ・ポリェ リヒテンシュタインの旗 リヒテンシュタイン 1–0 4–1 2014 FIFAワールドカップ予選
33 4–1
34 2014年5月30日 アメリカ合衆国の旗セントルイスエドワード・ジョーンズ・ドーム コートジボワールの旗 コートジボワール 1–0 2–1 親善試合
35 2–0
36 2014年6月25日 ブラジルの旗サルヴァドールアレーナ・フォンチ・ノヴァ イランの旗 イラン 1–0 3–1 2014 FIFAワールドカップ
37 2014年9月4日 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗トゥズラスタディオン・トゥシャニ リヒテンシュタインの旗 リヒテンシュタイン 3–0 3–0 親善試合
38 2014年10月13日 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗ゼニツァ、ビリノ・ポリェ ベルギーの旗 ベルギー 1–0 1–1 UEFA EURO 2016予選
39 2015年3月28日 アンドラの旗アンドラ・ラ・ベリャエスタディ・ナシオナル アンドラの旗 アンドラ 0–1 0–8
40 0–2
41 0–3
42 2015年6月12日 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗ゼニツァ、ビリノ・ポリェ イスラエルの旗 イスラエル 2–1 3–1
43 2015年9月3日 ベルギーの旗ブリュッセルボードゥアン国王競技場 ベルギーの旗 ベルギー 0–1 1–3
44 2015年9月6日 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗ゼニツァ、ビリノ・ポリェ アンドラの旗 アンドラ 2–0 3–0
45 2015年11月13日 アイルランドの旗 アイルランド 1–1 1–1 UEFA EURO 2016予選プレーオフ
46 2016年3月29日 スイスの旗チューリッヒレッツィグルンド・シュタディオン スイスの旗 スイス 0–1 0–2 親善試合
47 2016年9月6日 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗ゼニツァ、ビリノ・ポリェ エストニアの旗 エストニア 2–0 5–0 2018 FIFAワールドカップ予選
48 2016年10月10日 キプロスの旗 キプロス 1–0 2–0
49 2–0
50 2017年3月28日 アルバニアの旗エルバサンエルバサン・アリーナ アルバニアの旗 アルバニア 0–1 1–2 親善試合
51 2017年9月3日 ポルトガルの旗ファロエスタディオ・アルガルヴェ ジブラルタルの旗 ジブラルタル 0–1 0–4 2018 FIFAワールドカップ予選
52 0–4
53 2018年9月11日 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗ゼニツァ、ビリノ・ポリェ オーストリアの旗 オーストリア 1–0 1–0 UEFAネーションズリーグ2018-19
54 2018年11月18日 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗サラエボスタディオン・グルバヴィカ 北アイルランドの旗 北アイルランド 1–0 2–0
55 2–0
56 2019年6月11日 イタリアの旗トリノアリアンツ・スタジアム イタリアの旗 イタリア 0–1 2–1 UEFA EURO 2020予選

タイトル[編集]

クラブ[編集]

VfLヴォルフスブルク
マンチェスター・シティ

個人[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c ローマ・ジェコ2発 英独伊それぞれ50点以上は初”. 日刊スポーツ (2018年3月4日). 2018年3月4日閲覧。
  2. ^ a b c ゼコがナポリ戦で偉大な記録樹立! 欧州主要3リーグで初の通算50ゴール達成!”. 超WORLDサッカー! (2018年3月4日). 2018年3月4日閲覧。
  3. ^ a b ジェコがボスニア・H史上初の100キャップ達成!”. 超ワールドサッカー (2019年3月24日). 2019年5月31日閲覧。
  4. ^ ボスニア新主将のジェコ、ユーロ本戦出場に意欲goalcom. 2014年
  5. ^ a b 「東欧の新たなスターが背負うもの」『ワールドサッカーダイジェスト』、日本スポーツ企画出版社、2011年4月7日号、96頁
  6. ^ a b 「ミランが惚れた男」『ワールドサッカーダイジェスト』、日本スポーツ企画出版社、2009年8月6日号
  7. ^ Džeko: Shevchenkov dres ima posebno mjesto u mojoj sobi” (Bosnian). sportin.ba (2011年1月7日). 2011年1月7日閲覧。
  8. ^ 2009年バロンドール候補30人発表livedoorスポーツ、2009年10月19日
  9. ^ Shine on you, crazy diamond”. sarajevo-x.com (2011年1月15日). 2011年1月16日閲覧。
  10. ^ Džeko nadmašio Gomeza”. sportsport.ba (2011年1月9日). 2011年1月10日閲覧。
  11. ^ McNulty, Phil (2012年5月13日). “Manchester City 3–2 QPR”. BBC Sport. 2012年5月15日閲覧。
  12. ^ 12-13 得点ランキング (ヨーロッパ3大リーグ) (2013年6月2日)
  13. ^ 13-14 得点ランキング (ヨーロッパ3大リーグ) (2014年5月19日)
  14. ^ [1]
  15. ^ City move to brink of title glory”. ESPNFC (2014年5月7日). 2014年5月7日閲覧。
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外部リンク[編集]