毛皮

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毛皮の標本

毛皮(けがわ)とは、体毛が密生している哺乳類の皮膚を毛を残したままで皮革として加工したものである。

概要

哺乳類は体表に体毛が生えていることが特徴である。密生した体毛に包み込まれた空気の層は断熱性に優れており、これによって哺乳類は体温の発散を防いでいる。体表面は水にぬれても毛の根元は油分により撥水効果をもち、これにより野生動物などは厳しい環境の寒暖の変化から体内の恒常性を守っている。冬季にはさらに細かな毛を増やして断熱性を高める例もある。したがって、このような毛を残したままで皮革として利用できるようにすれば、単なる皮革としての性質に上記のような効果が追加されたものが利用可能になる。特に防寒用としては他に代替物がないほどの効果がある。

こういった空気を含む保温層の様式を持つものには、鳥類羽毛もあるが、羽毛は皮膚表面から軸構造を生やし、更にその軸構造の表面に細かい起毛を生やしで断熱層を作るため、これをはがして断熱性をもたせたまま加工することが困難である。

一般に人間が衣類などに利用する上では、断熱性を求める場合には加工し易い体毛を持つ哺乳類が用いられる。なお哺乳類でも水辺などに生息する動物や、細かく柔らかい毛並みを持つ動物のほうが好まれる傾向もあり、過去にはそれら毛皮目あての乱獲などにより絶滅の危機を被った動物すら存在する。

利用の歴史

人類は、毛皮を衣類として防寒などの目的に旧石器時代から使用していたと見られる。寒冷な気候の北ヨーロッパなどでは、毛皮は生活に欠かせない必需品であった。カエサルガリア戦記にはゲルマン人が毛皮を着用していたことを示す記述が見られる。

封建時代のヨーロッパでは、高級な毛皮は宝石などと同様、財宝として取り扱われた。イギリスヘンリー8世(在位、1509年 - 1547年)は皇族以外の者が黒い毛皮を着用することを禁じた。とりわけ黒テンの毛皮は子爵以上の者しか着用できないとした。18世紀以降にはヨーロッパ全土に広まり、貴族はキツネテンイタチなど、庶民はヒツジイヌネコなどの毛皮を使用していた。

黒テンやビーバー、キツネといった毛皮はロシアの主要な輸出品として、大きな商業上の利益をもたらした。16世紀以降、ロシア帝国は毛皮を求めて、東方に領土を広げ、シベリア開発を行った。ロシア政府はシベリアの少数民族に対し、毛皮の形で税を徴収した。この税はヤサクと呼ばれる。

18世紀にはラッコの毛皮が流行し、最高級品として高値で取引された。ロシア人はこれを求めて極東のカムチャツカ半島、さらにはアラスカまで進出し、毛皮業者に巨万の富をもたらした。乱獲により、20世紀初頭にはラッコは絶滅寸前まで減少した。

20世紀の半ば以降、狩猟による毛皮の採取は減少し、多くは飼育場で生産されるようになった。

シベリアやアラスカエスキモーなど寒冷地方に生活する人々は、防寒用としてトナカイアザラシの毛皮を愛用している。帽子、上着、ズボン、長靴、手袋など、ほぼ全身を毛皮で覆っている。ロアール・アムンセンも南極探検の際にはイヌイットから伝授された毛皮の防寒着を使用した。

日本においては、古くよりたとえばマタギなど猟師が捕獲して加工した毛皮が細々と流通していた模様ではあるが、衣料素材としてはあまり積極的に使われておらず、猟師などが捕まえて加工して自ら使用する防寒着のほかは、豪奢な装飾用の敷物や工芸用の素材のほうに利用された様子も見られる。毛皮を一般向けに販売する専門店としては、現在は横浜市元町に店を構える山岡毛皮店(日光市鉢石町にて1868年創業)が、日本で初めての毛皮専門店とみられる。なお1959年1月14日に皇太子明仁親王(当時)・正田美智子(当時)婚約の折、正田側が実家を出る折に身に着けていたミンクのストールが当時のテレビで大々的に放映され、ミッチー・ブームにのってミンクのストールも注目され、おりしも日本は岩戸景気大衆もが豊かさを実感し享受する時代に突入、従来は一部の権力者や有力者だけの贅沢品から、一気に一般労働者層でも頑張れば手が届く、高価で贅沢だが一般的な装飾的意味合いの強い衣料品にまでなった。

現代では動物愛護や動物の権利の意識の高まりから毛皮の利用に対して国際的な反対運動が展開されており、特に寒冷地等で「必需品」として利用するのではなく「贅沢品」として利用する事には強い嫌悪感を持つ人も多いと言われる。なお愛玩動物としての地位もある犬や猫の毛皮に関しては、こういった嫌悪感が形成されやすい傾向も見られ、ヨーロッパでは2006年9月に流通していた毛皮製品の内に犬や猫のそれを使った物が確認されたため社会問題となり、2006年11月20日欧州連合の加盟諸国間では貿易禁止となった [1]

動物学における毛皮

毛皮はほ乳類の標本としても使われる。それをもとの姿に近く復元した剥製も標本として用いられる。したがって、かつては未知の地域で新種の野生動物が発見され、標本はその地域の出店の商品として入手された毛皮だった、という例がある。

主な毛皮獣

毛皮獣として、キツネテンイタチチンチラなど寒冷地に生息する種や、ラッコカワウソビーバーアザラシなど半水生ないし水生の種が主に用いられる。これらはいずれも断熱性に優れた毛皮を持つ。

ミンク
イタチ科の小動物。毛皮獣のなかでも飼育による生産開始時期が古く、1866年から行われている。1930年代以降、大量生産がなされるようになった。突然変異により、様々な毛色のものが得られている。
シルバーフォックス
アカギツネ突然変異により、銀色の毛色になったもの。劣性遺伝であるため、野生のものはまれであるが、1898年プリンスエドワード島にて飼育が成功して以降、安定した供給が可能となった。
チンチラ
げっ歯類の小動物。青灰色の毛をもつ。20世紀初頭、乱獲により絶滅寸前まで減少した。野生のチンチラはワシントン条約により保護されている。

毛皮の加工

前処理
動物を畜殺して剥いだ生皮から肉塊や脂肪塊を取り除く。さらに中性洗剤や、工業用のガソリンといった有機溶剤で、脱脂を行う。
なめし
脱脂後、なめし剤に漬込んで防腐処理を行う。なめし剤として、ミョウバン食塩の混合溶液や、塩基性クロム塩と食塩の混合溶液などが用いられる。ミョウバンによるなめしは古くから行われてきたものであるが、水分に弱いため、染色には向かない。クロム塩によるなめしは耐水性、耐熱性に優れるが、毛皮が淡青緑色に着色してしまうという難点がある。皮革のなめしのことを英語でタンニング (tanning) と呼ぶが、毛皮の場合ドレッシング (dressing) と呼ばれる。
仕上げ
必要に応じて染色を行う。加脂によって皮繊維に油脂を浸透させ、「水分を加える」→「揉みと延ばし」→「乾燥」を繰り返すことで、柔軟性を良くする。さらに、剪毛機によって毛並みを整えて製品とする。

毛皮と肉

毛皮を得る上で、その動物の他の部分()が利用されることもある。例えばウサギは古くより防寒具用の毛皮として用いられ、こと第二次世界大戦以降には航空機の発達にもより高空を飛ぶパイロット用の防寒着が必要とされ、日本では大規模なウサギの養殖と毛皮加工が行われた。これらの肉は元々は不要部分ではあったのだが、これをプレスハムなどの形で加工して食品として利用することがしばしば行われた[2]

脚注

関連項目