米沢市
| よねざわし 米沢市 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
|
| |||||
| |||||
| 国 |
| ||||
| 地方 | 東北地方 | ||||
| 都道府県 | 山形県 | ||||
| 市町村コード | 06202-2 | ||||
| 法人番号 | 7000020062022 | ||||
| 面積 |
548.51km2 | ||||
| 総人口 |
74,855人 [編集] (推計人口、2026年5月1日) | ||||
| 人口密度 | 136人/km2 | ||||
| 隣接自治体 |
東置賜郡高畠町、川西町、西置賜郡飯豊町 福島県:福島市、喜多方市、耶麻郡猪苗代町、北塩原村 | ||||
| 市の木 | コメツガ | ||||
| 市の花 | アズマシャクナゲ | ||||
| 米沢市役所 | |||||
| 市長 | 近藤洋介 | ||||
| 所在地 |
〒992-8501 山形県米沢市金池五丁目2番25号 北緯37度55分20秒 東経140度07分00秒 / 北緯37.9222度 東経140.1167度座標: 北緯37度55分20秒 東経140度07分00秒 / 北緯37.9222度 東経140.1167度 | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
米沢市(よねざわし)は、山形県の置賜地方に位置する市。山形県内では山形市と共に1889年(明治22年)4月1日に全国で最初に市制施行した31市のうちの1市である。
置賜地方最大の都市で、人口は山形市・鶴岡市・酒田市に次いで県内4位。山形県置賜総合支庁の所在地で、上杉氏(米沢藩)の城下町として知られる。
地理
[編集]市域は南置賜郡の大半および東置賜郡の一部を加えた範囲に及ぶ。南部及び東部は広い山地に囲まれた盆地で、一般的には米沢盆地と呼ばれている。市南部は幾つもの川が刻まれ、尾根筋と谷筋が東西交互に並んだ複雑な地形である。明治時代まで米沢と会津を結ぶメインルートであった旧米沢街道は県境越えの桧原峠までの市内に船坂峠、綱木峠の2つの峠がある。南端の吾妻連峰一帯は磐梯朝日国立公園となっており、天元台スキー場がある。市街地は市の中北部にあり、最上川の西岸の米沢城址付近に集中している。

気候
[編集]寒暖の差が大きく気温の年較差、日較差が大きい顕著な大陸性気候である。降雪量が多く、特別豪雪地帯に指定されている。
年平均気温は11.4℃である。平年値では猛暑日が2.7日、真夏日が35.1日、夏日が96.0日、真冬日が10.9日、冬日が109.7日となっている[1]。また、1月から2月にかけて日平均気温が氷点下となっている。
冬季は、近年でも-15℃を下回る気温が観測され、2018年1月15日に-16.3℃、2018年2月6日に-15.8℃を観測している[2]。
年平均降水量は1444.6mmである。また、年平均降雪量は711cmである。
年平均日照時間は1595.8時間である。
- 極値[3]
| 要素 | 観測値 | 観測年月日 |
|---|---|---|
| 日最高気温 | 38.5℃ | 2025年7月29日 |
| 日最低気温 | -18.2℃ | 1978年2月17日 |
| 米沢(米沢市アルカディア、標高245m)の気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 最高気温記録 °C (°F) | 13.6 (56.5) |
17.5 (63.5) |
22.8 (73) |
29.9 (85.8) |
34.7 (94.5) |
35.4 (95.7) |
38.5 (101.3) |
37.7 (99.9) |
36.8 (98.2) |
29.6 (85.3) |
24.6 (76.3) |
18.3 (64.9) |
38.5 (101.3) |
| 平均最高気温 °C (°F) | 2.6 (36.7) |
3.5 (38.3) |
7.6 (45.7) |
15.5 (59.9) |
22.0 (71.6) |
25.3 (77.5) |
28.4 (83.1) |
29.9 (85.8) |
25.4 (77.7) |
19.1 (66.4) |
12.2 (54) |
5.5 (41.9) |
16.4 (61.5) |
| 日平均気温 °C (°F) | −0.8 (30.6) |
−0.5 (31.1) |
2.7 (36.9) |
9.3 (48.7) |
15.6 (60.1) |
19.8 (67.6) |
23.4 (74.1) |
24.5 (76.1) |
20.1 (68.2) |
13.5 (56.3) |
7.1 (44.8) |
1.7 (35.1) |
11.4 (52.5) |
| 平均最低気温 °C (°F) | −4.4 (24.1) |
−4.6 (23.7) |
−1.7 (28.9) |
3.5 (38.3) |
9.7 (49.5) |
15.0 (59) |
19.4 (66.9) |
20.2 (68.4) |
15.9 (60.6) |
9.0 (48.2) |
2.7 (36.9) |
−1.7 (28.9) |
6.9 (44.4) |
| 最低気温記録 °C (°F) | −17.3 (0.9) |
−18.2 (−0.8) |
−12.6 (9.3) |
−5.3 (22.5) |
0.6 (33.1) |
6.9 (44.4) |
7.0 (44.6) |
11.4 (52.5) |
5.3 (41.5) |
−1.0 (30.2) |
−7.9 (17.8) |
−14.4 (6.1) |
−18.2 (−0.8) |
| 降水量 mm (inch) | 159.5 (6.28) |
101.8 (4.008) |
85.5 (3.366) |
67.4 (2.654) |
71.1 (2.799) |
114.0 (4.488) |
177.9 (7.004) |
151.4 (5.961) |
128.2 (5.047) |
117.7 (4.634) |
105.0 (4.134) |
158.2 (6.228) |
1,444.6 (56.874) |
| 降雪量 cm (inch) | 267 (105.1) |
196 (77.2) |
103 (40.6) |
8 (3.1) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
7 (2.8) |
146 (57.5) |
711 (279.9) |
| 平均降水日数 (≥1.0 mm) | 21.6 | 17.3 | 15.2 | 11.1 | 9.6 | 10.5 | 14.3 | 11.3 | 11.2 | 11.0 | 14.8 | 19.6 | 168.0 |
| 平均月間日照時間 | 61.5 | 87.1 | 144.5 | 179.9 | 202.2 | 165.3 | 145.7 | 182.6 | 139.6 | 129.8 | 96.9 | 64.9 | 1,595.8 |
| 出典:気象庁(平均値:1991年 - 2020年、極値:1976年 - 現在)[4][5] | |||||||||||||
歴史
[編集]旧出羽国南部にあり、鎌倉時代は長井氏の領地、室町時代初期から伊達氏の領地となった。戦国時代(天文の乱の後)に伊達氏の本拠地となる。「独眼竜」こと伊達政宗は米沢城で生まれ、豊臣政権下で岩出山城(現在の宮城県大崎市)へ移封となるまで米沢を支配した。
関ヶ原の戦いで西軍が敗れた結果、会津地方を支配していた上杉景勝は徳川家康に降伏し、減封のうえ北隣の米沢へ移された(「上杉景勝#会津征伐」参照)。以後、江戸時代から明治の廃藩置県までは米沢藩上杉氏の城下町となった。上杉氏の旧本拠地春日山城があった上越市(新潟県西部)との関係が深い。豊臣政権下で上杉景勝が福島城下を領地にしていたことや、江戸時代に年貢米や物資の運搬のため米沢藩米蔵が福島城下に多く立ち並んでいたことから福島市との関係も深い。
年表
[編集]- 1871年(明治14年)8月29日:廃藩置県により、米沢が置賜県の県庁所在地となる。
- 1876年(明治19年)8月21日:置賜県が山形県に編入され、以後は山形県に属する。
- 1889年(明治22年)4月1日:市制を施行する。日本で最初に市制を施行した31市の中の一つである。
- 1899年(明治32年)5月15日:奥羽本線米沢駅が開業する。
- 1908年(明治41年)9月3日:市章を制定する[6]。
- 1917年(大正6年)5月22日:米沢大火、市内で大火。死者10名、焼失戸数2,294戸[7][8]。
- 1919年(大正8年)5月19日:米沢大火、市内で大火[注 1]。
- 1957年(昭和32年)4月30日:「米沢市民歌」を制定。
- 1960年(昭和35年)5月11日:昭和天皇と香淳皇后が市内を行幸啓。出立時に駅前にて市民らによる奉迎が行われる[10]。
- 1976年(昭和51年):財政再建団体の指定を受ける。1980年(昭和55年)解除。
- 1988年(昭和63年)3月2日:八谷鉱山が閉山する。
行政区域の変遷
[編集]- 1889年(明治22年)4月1日 - 市制の施行により、南置賜郡米沢城下のうち123町[注 2]と、花沢村、福田村、外ノ内村および館山村、口田沢村、吹屋敷村、赤芝村、塩野村、片子村、三沢村、赤崩村、笹野村、遠山村の各一部の区域をもって成立。米沢城下の残部6町[11]は南原村の一部となる。
- 1953年(昭和28年)8月1日 - 南置賜郡上長井村を編入。
- 1954年(昭和29年)
- 1955年(昭和30年)
- 1998年(平成10年)1月6日 - 東置賜郡高畠町と境界変更。
- 2007年(平成19年)1月25日 - 東置賜郡高畠町と境界変更。
明治22年4月1日の米沢市合併(館山村、口田沢村、吹屋敷村、赤芝村、塩野村、片子村、三沢村、赤崩村、笹野村、遠山村)の分については割愛する。
| 江戸時代以前 | 幕末 - 明治11年 | 所 属 郡 |
明治11年 置賜郡分割 |
明治11年 - 明治22年 | 明治22年 4月1日 町村制施行 |
明治22年 - 昭和24年 | 昭和25年 - 現在 | 現在 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 李山村 | 李山村 | 南 置 賜 郡 |
李山村 | 李山村 | 南原村 | 南原村 | 昭和30年4月1日 米沢市に編入 |
米沢市 | |
| 綱木村 | 綱木村 | 綱木村 | 綱木村 | ||||||
| 立石村 | 立石村 | 立石村 | 立石村 | ||||||
| 米沢城下各町 | 米沢城下各町 | 米沢城下各町 | 米沢城下各町 | 6町[11] | |||||
| 123町[注 2] | 米沢市 | 米沢市 | 米沢市 | ||||||
| 外ノ内村 | 外ノ内村 | 外ノ内村 | 外ノ内村 | ||||||
| 福田村 | 福田村 | 福田村 | 福田村 | ||||||
| 花沢村 | 花沢村 | 花沢村 | 花沢村 | ||||||
| 塩野村 | 塩野村 | 塩野村 | 塩野村 | 塩井村 | 塩井村 | 昭和29年10月1日 米沢市に編入 | |||
| 宮井村 | 宮井村 | 宮井村 | 宮井村 | 大部分 | |||||
| 一部 | 南置賜郡 窪田村 |
窪田村 | 昭和29年11月1日 米沢市に編入 | ||||||
| 中田村 | 中田村 | 中田村 | 中田村 | ||||||
| 小瀬村 | 小瀬村 | 小瀬村 | 小瀬村 | ||||||
| 藤泉村 | 藤泉村 | 藤泉村 | 藤泉村 | ||||||
| 東江股村 | 東江股村 | 東江股村 | 東江股村 | ||||||
| 矢野目村 | 矢野目村 | 矢野目村 | 矢野目村 | ||||||
| 窪田村 | 窪田村 | 東 置 賜 郡 |
窪田村 | 窪田村 | |||||
| 川井村 | 川井村 | 川井村 | 川井村 | 上郷村 | 上郷村 | 昭和30年2月1日 米沢市に編入 | |||
| 木和田村 | 木和田村 | 木和田村 | 木和田村 | ||||||
| 竹井村 | 竹井村 | 竹井村 | 竹井村 | ||||||
| 長手村 | 長手村 | 長手村 | 長手村 | ||||||
| 上新田村 | 上新田村 | 上新田村 | 上新田村 | ||||||
| 下新田村 | 下新田村 | 下新田村 | 下新田村 | ||||||
| 浅川村 | 浅川村 | 浅川村 | 浅川村 | ||||||
| 金谷村 | 金谷村 | 金谷村 | 金谷村 | 南置賜郡 万世村 |
万世村 | 昭和29年10月1日 米沢市に編入 | |||
| 梓山村 | 梓山村 | 南 置 賜 郡 |
梓山村 | 梓山村 | |||||
| 桑山村 | 桑山村 | 桑山村 | 桑山村 | ||||||
| 堂森村 | 堂森村 | 堂森村 | 堂森村 | ||||||
| 山上村 | 山上村 | 山上村 | 明治15年 片子村 | ||||||
| 明治15年 三沢村 |
山上村 | 山上村 | 昭和30年1月1日 米沢市に編入 | ||||||
| 幕末 分立 大小屋村[12] |
大小屋村 | 大小屋村 | |||||||
| 幕末 分立 大沢村[12] |
大沢村 | 大沢村 | |||||||
| 幕末 分立 板谷村[12] |
板谷村 | 板谷村 | |||||||
| 山上村 | 山上村 | 明治15年 関根村 | |||||||
| 明治15年 赤崩村 |
大部分 | ||||||||
| 一部 | 南原村 | 南原村 | 昭和30年4月1日 米沢市に編入 | ||||||
| 幕末 分立 大平村[12] |
大平村 | 大平村 | |||||||
| 関町 | 関町 | 関町 | 関町 | ||||||
| 関村 | 関村 | 関村 | 関村 | ||||||
| 笹野村 | 笹野村 | 笹野村 | 笹野村 | 一部 | |||||
| 一部 | 上長井村 | 上長井村 | 昭和28年4月1日 米沢市に編入 | ||||||
| 古志田村 | 古志田村 | 古志田村 | 古志田村 | ||||||
| 遠山村 | 遠山村 | 遠山村 | 明治14年 遠山村 | ||||||
| 屋地村 | 屋地村 | 屋地村 | |||||||
| 赤芝村 | 赤芝村 | 赤芝村 | 赤芝村 | 三沢村 | 三沢村 | 昭和29年11月1日 米沢市に編入 | |||
| 吹屋敷村 | 吹屋敷村 | 吹屋敷村 | 吹屋敷村 | ||||||
| 小野川村 | 小野川村 | 小野川村 | 小野川村 | ||||||
| 簗沢村 | 簗沢村 | 簗沢村 | 簗沢村 | ||||||
| 口田沢村 | 口田沢村 | 口田沢村 | 口田沢村 | ||||||
| 入田沢村 | 入田沢村 | 入田沢村 | 入田沢村 | ||||||
| 神原村 | 神原村 | 神原村 | 神原村 | ||||||
| 館山村 | 館山村 | 館山村 | 館山村 | ||||||
| 成島村 | 成島村 | 成島村 | 成島村 | 一部 | |||||
| 大部分 | 広幡村 | 広幡村 | 昭和29年10月1日 米沢市に編入 | ||||||
| 小山田村 | 小山田村 | 小山田村 | 小山田村 | ||||||
| 上小菅村 | 上小菅村 | 上小菅村 | 上小菅村 | ||||||
| 下小菅村 | 下小菅村 | 下小菅村 | 下小菅村 | ||||||
| 西藤泉村 | 西藤泉村 | 西藤泉村 | 西藤泉村 | 六郷村 | 六郷村 | ||||
| 一漆村 | 一漆村 | 一漆村 | 一漆村 | ||||||
| 轟村 | 轟村 | 轟村 | 轟村 | ||||||
| 西江股村 | 西江股村 | 西江股村 | 西江股村 | ||||||
| 桐原村 | 桐原村 | 桐原村 | 桐原村 | ||||||
| 長橋村 | 長橋村 | 長橋村 | 長橋村 | ||||||
人口
[編集]
- 置賜地方で最多の人口を擁している。
| 米沢市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 米沢市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 米沢市
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
米沢市(に相当する地域)の人口の推移
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 総務省統計局 国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
行政
[編集]
市長
[編集]| 代 | 氏名 | 就任日 | 退任日 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 官選米沢市長 | ||||
| 1 - 2 | 大滝龍蔵 | 1889年(明治22年)7月5日 | 1899年(明治32年)7月30日 | |
| 3 | 大滝新十郎 | 1899年(明治32年)9月9日 | 1902年(明治35年)6月18日 | |
| 4 | 平田駒太郎 | 1902年(明治35年)7月22日 | 1905年(明治38年)2月3日 | |
| 5 - 6 | 二村忠誠 | 1905年(明治38年)2月3日 | 1912年(明治45年)1月20日 | |
| 7 | 酒井寛助 | 1912年(明治45年)4月23日 | 1914年(大正3年)3月13日 | |
| 8 | 深沢忠蔵 | 1914年(大正3年)4月16日 | 1918年(大正7年)4月15日 | |
| 9 | 宇佐美駿太郎 | 1918年(大正7年)5月13日 | 1920年(大正9年)6月25日 | |
| 10 | 永井秀蔵 | 1920年(大正9年)11月24日 | 1924年(大正13年)11月23日 | |
| 11 | 深沢忠蔵 | 1925年(大正14年)3月5日 | 1929年(昭和4年)3月4日 | |
| 12 - 16 | 登坂又蔵 | 1929年(昭和4年)3月16日 | 1944年(昭和19年)3月4日 | 在任中に死去 |
| 17 | 宇佐美辰五郎 | 1944年(昭和19年)5月2日 | 1946年(昭和21年)11月16日 | |
| 公選米沢市長 | ||||
| 18 | 岡村武雄 | 1947年(昭和22年)4月6日 | 1948年(昭和23年)7月7日 | |
| 19 - 20 | 高橋広吉 | 1948年(昭和23年)8月5日 | 1955年(昭和30年)12月3日 | 在任中に死去 |
| 21 - 25 | 吉池慶太郎 | 1956年(昭和31年)1月27日 | 1975年(昭和50年)12月20日 | |
| 26 - 27 | 長俊英 | 1975年(昭和50年)12月22日 | 1983年(昭和58年)12月21日 | |
| 28 - 32 | 高橋幸翁 | 1983年(昭和58年)12月22日 | 2003年(平成15年)12月21日 | |
| 33 - 35 | 安部三十郎 | 2003年(平成15年)12月22日 | 2015年(平成27年)12月21日 | |
| 36−37 | 中川勝 | 2015年(平成27年)12月22日 | 2023年(令和5年)12月21日 | |
| 38 | 近藤洋介 | 2023年(令和5年)12月22日 | ||
役所
[編集]警察
[編集]消防
[編集]紋章
[編集]米沢市の「米」の字を図案化し、末広で構成したものである。制定は文献によっては1919年(大正8年)5月19日の米沢大火で米沢市役所を全焼し、文書等を類焼したために不詳であったが[6]、『都市の紋章:一名・自治体の徽章』では1908年(明治41年)9月3日に一般公募によって制定されたとされている[14]。
主な特別職の給料
[編集]| 役職 | 給料[15][16] | 退職手当[17] |
|---|---|---|
| 市長 | 月額 90万9000円 | 給料月額×勤続月数×100分の60 |
| 副市長 | 月額 76万0000円 | 給料月額×勤続月数×100分の35 |
| 教育委員会教育長 | 月額 66万9000円 | 給料月額×勤続月数×100分の28 |
- 別途、年2回期末手当あり
議会
[編集]市議会
[編集]→詳細は「米沢市議会」を参照
経済・産業
[編集]江戸時代から続く産業として、繊維産業が盛んで、米沢織(米織)とよばれる。米沢紬と呼ばれる紬も、周辺地域と合わせて生産される。明治時代には、米沢高等工業学校が置かれ、大正時代には、同学校教授秦逸三によって帝国人造絹絲株式会社(帝人の前身)が興った。後に、工場用地、用水の問題から米沢工場は廃止されている。1949年(昭和24年)、米沢高等工業学校は山形大学工学部と改組されるが、工学部は米沢キャンパスとして現在も米沢に拠点を置いている。
第一次産業
[編集]リンゴ(林檎)、米沢牛、食用の鯉を「米沢の味ABC」としてPRしている(下記参照)。伝統野菜として雪菜が栽培されている。雪国で冬でも育つ野菜として、米沢藩主上杉鷹山が栽培を奨励したと伝わる[18]。
米沢味のABC
[編集]米沢の特産品をわかりやすく宣伝するために考案された[19]。
第二次産業、第三次産業
[編集]工業出荷額は7331億円(2006年、経済産業省工業統計)で、東北地方4位(郡山市、いわき市、仙台市に次ぐ)。
観光業については後述。
主要企業
[編集]本社が米沢市
[編集]米沢市に工場・事業所が所在
[編集]金融機関
[編集]米沢市に本店・支店・出張所等の窓口を置く預貯金取扱金融機関は以下のとおり(2021年12月現在)。
| 金融機関種別 | 金融機関名称 |
|---|---|
| 地方銀行 | 山形銀行(3)、荘内銀行、東邦銀行 |
| 第二地方銀行 | きらやか銀行(2) |
| 信用金庫 | 米沢信用金庫(8) |
| 労働金庫 | 東北労働金庫 |
| 政府系金融機関 | 日本政策金融公庫 |
| 信用組合 | 山形第一信用組合 (2) |
| 農協 | 山形おきたま農業協同組合(3) |
- 括弧内は窓口事務所数(事務所数1の場合は省略) 山形銀行、荘内銀行、きらやか銀行のブランチインブランチは除く。
- 米沢市の指定金融機関は山形銀行である。
郵便
[編集]姉妹都市・提携都市
[編集]国内
[編集]参考: 姉妹都市の位置(米沢市サイト内)
海外
[編集]学校
[編集]米沢藩の藩校として1697年に設置された興譲館は、現在の山形県立米沢興譲館高等学校として伝統を受け継いでいる。上杉家歴代の中でも家祖謙信と中興の祖鷹山は特に顕彰され、全小学校の講堂(体育館)には参考画像と同じ肖像画を掲げ、教育が行われる。また、山形大学の工学部は、1910年(明治43年)設立の米沢高等工業学校を前身とする。

- 大学・短期大学
- 山形大学米沢キャンパス(工学部)
- 山形県立米沢栄養大学
- 山形県立米沢女子短期大学
高等学校
[編集]中学校
[編集]小学校
[編集]交通
[編集]鉄道
[編集]- 東日本旅客鉄道(JR東日本)
バス
[編集]道路
[編集]- 高速道路
- 一般国道
- 都道府県道
空港
[編集]※定期航空便は発着しない。旅客の利用が可能な最寄りの空港は山形空港。山形空港をはじめとする空港と米沢市内を直結する公共交通はない。
観光
[編集]観光客誘致に力を入れており、米沢出身または縁がある著名人に「おしょうしな観光大使」を委嘱している(「おしょうしな」は「ありがとう」を意味する米沢方言)[20]。
- ご当地ソング :『これぞ天下の上杉節』(門脇陸男)
- マスコットキャラクター:かねたん(直江兼続がモチーフ)
- ローカルヒーロー:YOZAN戦士アズマンジャー(戦隊ヒーロー。米沢の特産品「米沢の味ABC」[19]がモチーフ。
祭事
[編集]名所・観光地・遺跡・史跡
[編集]- 松が岬公園(米沢城址)
- 上杉伯爵邸
- 餐霞館遺跡(鷹山隠居後の住居)
- 上杉家廟所
- 林泉寺
- 西蓮寺
- 堂森善光寺
- 塩野毘沙門堂
- 普門院(国の史跡「上杉治憲敬師郊迎跡」)
- 白子神社(市内最古の神社)
- 成島八幡神社
- 米沢市上杉博物館(伝国の杜)
- 国宝『上杉本洛中洛外図屏風』
- 国宝上杉家文書
- 旧米沢高等工業学校本館

現山形大学工学部

- 栗子国際スキー場
- 米沢スキー場
- 小野川温泉スキー場
- 遠山覚範寺跡(伊達政宗が父伊達輝宗を弔うため建てた寺跡)
- 直江石堤(直江兼続が米沢を洪水から守るために松川の現在の米沢市大字赤崩に築堤)
- 滑川大滝(日本の滝百選)
- 宮坂考古館
- 上杉城史苑
- 一ノ坂遺跡
- 古志田東遺跡
- 延徳寺遺跡
- 戸塚山古墳
- 白馬の騎士(天元台スキーの雪形)
- 草木塔
- 置賜民俗資料館
- 戦争資料館
- 笹野観音堂(置賜三十三箇所観音霊場19番札所[21])
参照:城下町ふらり歴史探訪
土産・名産品
[編集]悪臭問題
[編集]2008年(平成20年)12月、市南部の南原地区内の堆肥製造事業所と養豚事業所が原因とされる悪臭が市街地まで達し、多くの苦情が発生した[22]。このため、米沢市議会に特別委員会が設置された。
2014年(平成26年)3月時点で苦情はほぼない状態となっており、特別委員会では「解決まであと一歩」と報告されている[22]。しかし、隣接する住宅への悪臭はいまだ解決されていないため、現在は堆肥製造事業所の業態転換と養豚事業所の移転実現へ向けた市と県の支援と指導が続いている[22]。
著名な出身者
[編集]政官界
[編集]武士
[編集]軍人
[編集]- 小森沢長政(海軍法務官、米沢海軍の祖)
- 浅間義雄(陸軍少将、司政長官)
- 甘粕重太郎(陸軍中将)
- 梅沢治雄(陸軍中佐、陸将)
- 大津和郎(陸軍中将)
- 小泉恭次(陸軍中将)
- 小杉武司(陸軍中将)
- 佐藤三郎(陸軍中将)
- 中島鉄蔵(陸軍中将、陸軍参謀次長)
- 南雲親一郎(陸軍少将、満洲国軍中将)
- 南雲克郎(陸軍大尉、陸将補)
- 南雲憲一郎(航空自衛官、空将、統合作戦司令官)
- 宮下健一郎(陸軍中将)
- 山下源太郎(海軍軍人、海軍大将、第9代・第10代連合艦隊司令長官)
- 南雲忠一(海軍軍人、海軍大将)
- 下村正助(海軍軍人、海軍中将)
- 小林仁(海軍軍人、海軍中将)
- 小田切延寿(海軍軍人、海軍機関大佐)
- 阿部弘毅(海軍中将)
- 片桐英吉(海軍中将)
財界
[編集]学界
[編集]報道
[編集]文化
[編集]その他
[編集]米沢市を舞台とした作品
[編集]- 好きでも嫌いなあまのじゃく - 米沢市が主な舞台のアニメ映画[23]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ 『現在までに語り継がれる『災害』について』によると、焼失戸数1,071戸[7]、『環境・災害・事故の辞典』によると、焼失戸数1,207戸[9]。
- 1 2 米沢南堀端町、米沢北谷地小路、米沢馬場ノ町、米沢膳仲町、米沢南谷地小路、米沢花岡町、米沢門東町上ノ町、米沢小姓町、米沢元西馬口労町、米沢元中馬口労町、米沢元東馬口労町、米沢林泉寺町、米沢七軒町、米沢黒川町、米沢紺屋町、米沢馬口労町、米沢南町、米沢東町、米沢神明片町、米沢福田町、米沢大町、米沢柳町、米沢免許町、米沢東寺町、米沢今町、米沢地番匠町、米沢川井小路、米沢桶屋町、米沢割出町、米沢鍛冶町、米沢鉄砲屋町、米沢立町、米沢蔵ノ内町、米沢新町、米沢門東町下ノ町、米沢屋代町上ノ町、米沢屋代町下ノ町、米沢北堀端片町、米沢元籠町、米沢元細工町、米沢仲間町、米沢元仲間町、米沢割出町、米沢笹岡町、米沢明神堂町、米沢清水町、米沢表町、米沢越後番匠町、米沢粡町、米沢粡町辻西、米沢北寺町西ノ町、米沢北寺町、米沢銅屋町、米沢四ヶ一町、米沢長町、米沢土橋町、米沢北町、米沢北袋町、米沢木挽町、米沢座頭町、米沢信夫町、米沢龍言寺町、米沢猪苗代片町、米沢横町、米沢西仲間町、米沢西袋町、米沢林ノ町、米沢同心町、米沢成島町、米沢玉庭町、米沢木場中町、米沢木場三ノ町、米沢木場町、米沢新町蔵ノ内町、米沢番正町、米沢代官町、米沢鷹匠町、米沢関東町、米沢御守町、米沢御膳部町、米沢西土手ノ内町、米沢片五十騎町、米沢本五十騎町、米沢袋町、米沢田町、米沢与板町、米沢無足町、米沢梶町、米沢直峯町、米沢館山口町、米沢御小者町、米沢新町一ノ町、米沢新町二ノ町、米沢新町三ノ町、米沢新町四丁目、米沢御廟町、米沢下矢来町、米沢中矢来町、米沢上矢来町、米沢南新町、米沢他屋町、米沢桂町、米沢館山三十軒町、米沢館山十六軒町、米沢館山花仙町、米沢館山上町、米沢館山中横町、米沢館山本町、米沢館山屋代町、米沢館山大樽町、米沢館山上横町、米沢館山片町、米沢北新町、米沢上花沢小国町、米沢上花沢信濃町、米沢上花沢中町、米沢上花沢片町、米沢下花沢久保町、米沢下花沢上ノ町、米沢下花沢鉄砲町、米沢下花沢弓町、米沢山上通町、米沢山上裏町。
出典
[編集]- ↑ 米沢(平年値)
- ↑ 米沢(月ごとの値)
- ↑ “米沢の観測史上1 - 10位の値”. 気象庁. 2024年4月9日閲覧。
- ↑ “平年値(年・月ごとの値)”. 気象庁. 2026年4月14日閲覧。
- ↑ “観測史上1~10位の値(年間を通じての値)”. 気象庁. 2026年4月14日閲覧。
- 1 2 “市章の制定”. 米沢市例規集. 2013年8月8日閲覧。
- 1 2 “現在までに語り継がれる『災害』について”. 総務省消防庁. p. 27. 2026年5月22日閲覧。
- ↑ 平野敏右『環境・災害・事故の辞典』丸善株式会社、41頁。ISBN 4-621-04872-4。
- ↑ 平野敏右『環境・災害・事故の辞典』丸善株式会社、42頁。ISBN 4-621-04872-4。
- ↑ 宮内庁『昭和天皇実録第十三』東京書籍、2017年9月30日、60頁。ISBN 978-4-487-74413-8。
- 1 2 米沢芳泉町、米沢南原石垣町、米沢南原横堀町、米沢南原新町、米沢南原猪苗代町、米沢南原笹野町。
- 1 2 3 4 “角川日本地名大辞典(旧地名編) 「山上村(近世)」 JLogos版”. JLogos. 2025年4月11日閲覧。
- ↑ 『日本の歴代市長 : 市制施行百年の歩み』 1巻、歴代知事編纂会編、1983年11月。
- ↑ 近藤春夫、p.60。
- ↑ “米沢市特別職の職員の給与に関する条例”. www1.g-reiki.net. 2025年8月22日閲覧。
- ↑ “米沢市の給与・定員管理等について|米沢市”. www.city.yonezawa.yamagata.jp. 2025年8月24日閲覧。
- ↑ “米沢市特別職の職員に対する退職手当支給条例”. www1.g-reiki.net. 2025年8月22日閲覧。
- ↑ 「【産地からの手紙 旬菜物語】雪菜(山形県米沢市)「幻の味」育む銀世界」『日本農業新聞』2021年2月27日、8-9面。
- 1 2 “米沢の味ABC”. 米沢の農業まつり. 米沢市農業まつり実行委員会. 2022年2月28日閲覧。
- ↑ “おしょうしな観光大使”. 米沢市役所産業部観光課. 2021年2月28日閲覧。
- ↑ “やまがた!発旅の見聞録 #0951”. やまがた観光情報センター. 2012年1月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年10月4日閲覧。
- 1 2 3 “平成26年3月定例会悪臭問題特別委員会委員長報告” (PDF). 米沢市 (2014年3月24日). 2015年9月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年5月22日閲覧。
- ↑ “アニメ映画「好きでも嫌いなあまのじゃく」 舞台は山形、市民も応援”. 朝日新聞 (2024年3月29日). 2025年12月29日閲覧。
参考文献
[編集]- 近藤春夫『都市の紋章 : 一名・自治体の徽章』行水社、1915年。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 行政
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ウィキボヤージュには、米沢市に関する旅行情報があります。
米沢市に関連する地理データ - オープンストリートマップ
