倉田秋

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倉田 秋 Football pictogram.svg
名前
愛称 シュウ
カタカナ クラタ シュウ
ラテン文字 KURATA Shu
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1988年11月26日(27歳)
出身地 大阪府高槻市
身長 172cm
体重 68kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 ガンバ大阪
ポジション MF (SH, CH, OH) / FW (ST)
背番号 11
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2007- ガンバ大阪 142 (26)
2010 ジェフユナイテッド千葉 (loan) 29 (8)
2011 セレッソ大阪 (loan) 33 (10)
代表歴2
2015 日本の旗 日本 1 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2015年12月6日現在。
2. 2015年8月5日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

倉田 秋(くらたしゅう、1988年11月26日 - )は、大阪府高槻市出身のプロサッカー選手Jリーグガンバ大阪所属。ポジションはミッドフィールダー(オフェンシブハーフ/ボランチ)。元日本代表

来歴[編集]

中学時代からガンバ大阪の下部組織に所属。2006年、高校3年次の日本クラブユース選手権大会では、決勝でゴールを決めるなど大きく貢献(チーム1-0で優勝)し、大会MVPに輝いた。

2007年にトップチームに昇格(同期昇格は下平匠星原健太)。シーズン前の海外キャンプでは才能の片鱗を見せ、当時の西野朗監督はガンバの攻撃を操るユースの先輩と比較して「二川2世」と評した。7月7日に行われたヤマザキナビスコカップ浦和レッドダイヤモンズ戦でスタメンで公式戦初出場を果たすと、ボランチの位置で90分間積極的にプレー。バー直撃の推定35m強烈ミドルやファールでしか止めることの出来ないほど推進力のあるドリブルを披露した。ユース時代はキャプテンを務め、チームが「攻撃的スタイル」にシフトチェンジする際に、ポジションをセンターハーフからサイドハーフに変え、前に出ていく回数を増やすという戦術が頻繁に用いられた。しかし、遠藤・二川らの経験豊富な中盤に割って入るには至らず、出場機会には恵まれなかった。

2010年J2ジェフユナイテッド市原・千葉への期限付き移籍が発表された[1][2]。J2開幕戦のロアッソ熊本戦で、Jリーグ初得点を決め順調な滑り出しを見せると、以後レギュラーに定着した。

2011年セレッソ大阪への期限付き移籍での加入が発表された。J1開幕戦、古巣ガンバとの大阪ダービーで、J1初得点を決めると低迷するチームの中得点を重ね、最終的にチームトップタイの10得点を挙げる活躍を見せた。

2012年、セレッソ大阪との移籍期間満了につき3年ぶりにガンバ大阪に復帰した[3][4]。開幕当初は怪我で出遅れるも、復帰後はレギュラーに定着しガンバでも安定したプレーを見せたが、チームは極度の不振に陥りJ2降格となってしまった。

2013年、J1クラブからオファーを貰うもガンバに残留した[5]。開幕からレアンドロと2トップを組み攻撃陣を牽引し、前半戦だけで7得点を記録するなど監督の長谷川健太からは「前半戦のMVP」と称される活躍を見せた。しかし、J2第21節徳島戦で左膝外側側副靭帯損傷および左脛骨近位骨挫傷の重傷を負い長期離脱を余儀なくされ[6]、2か月半後のJ2第36節栃木戦で復帰。以降、サイドハーフで出場し、ガンバのJ2優勝とJ1復帰に貢献した。

2014年、開幕当初はFWの人材不足により前線で起用されることが多かったが、シーズン半ば以降は中盤の2列目からの積極的なハードワークで攻守両面にわたり奮闘[7]。天皇杯2回戦ツエーゲン金沢戦ではプロ入り初のハットトリックを達成。シーズン終盤は控えに回ったが、優勝への天王山となった第32節浦和戦では、試合終了間際にダメ押しゴールを決めるなど随所で存在感を発揮し、ガンバのリーグ優勝さらには国内三冠に大きく貢献した。

2015年7月23日、東アジアカップ2015に出場する日本代表メンバーに初選出された[8]。8月5日の韓国戦で代表初出場を果たした。前半戦はベンチスタートになることもあったが、長谷川監督の守備を安定させる意向で後半戦から4-2-3-1のシステムが採用されるとトップ下のレギュラーに定着し攻守両面のキーマンとして活躍[9]。天皇杯準々決勝鳥栖戦と準決勝広島戦では宇佐美貴史が決めた計4得点全ての起点となり、決勝の浦和戦ではパトリックの先制ゴールをアシストし天皇杯連覇に貢献するなど決定的な成果も多くもたらした。

2016年5月21日、第13節のサンフレッチェ広島戦ではボランチとして先発して勝利に貢献した。

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ルヴァン杯 天皇杯 期間通算
2007 G大阪 31 J1 6 0 2 0 0 0 8 0
2008 20 13 0 2 0 4 0 19 0
2009 3 0 0 0 0 0 3 0
2010 千葉 14 J2 29 8 - 3 1 32 9
2011 C大阪 23 J1 33 10 1 0 5 0 39 10
2012 G大阪 14 31 7 2 0 4 1 37 8
2013 6 J2 28 8 - 1 0 29 8
2014 11 J1 30 6 11 2 6 3 47 11
2015 31 5 4 0 4 1 39 6
2016
通算 日本 J1 147 28 18 2 23 4 212 35
日本 J2 57 16 - 4 1 61 17
総通算 204 44 22 2 27 4 273 52

その他の公式戦

国際大会個人成績 FIFA
年度 クラブ 背番号 出場 得点 出場 得点
AFC ACL クラブW杯
2008 G大阪 20 3 0 0 0
2009 1 0 -
2011 C大阪 23 5 1 -
2012 G大阪 14 3 1 -
2015 11 11 2 -
2016 5 0 -
通算 AFC 28 4 0 0

その他の国際公式戦

出場歴

タイトル[編集]

クラブ[編集]

ガンバ大阪ユース
ガンバ大阪

個人[編集]

代表歴[編集]

出場大会[編集]

試合数[編集]

  • 国際Aマッチ 1試合 0得点(2015年)


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
2015 1 0
通算 1 0

脚注[編集]

  1. ^ MF倉田秋選手 2010年シーズン ジェフ千葉へ期限付き移籍 ガンバ大阪オフィシャルサイト、2010年1月5日
  2. ^ 倉田秋 選手の加入について ジェフユナイテッド市原・千葉オフィシャルサイト、2010年1月5日
  3. ^ 倉田 秋選手期限付き移籍期間満了のお知らせ セレッソ大阪オフィシャルサイト、2012年1月5日
  4. ^ MF倉田秋選手 ガンバ大阪へ復帰のお知らせ ガンバ大阪オフィシャルサイト、2012年1月5日
  5. ^ 長谷川ガンバ 選手流出は最小限…倉田、岩下、藤春は残留決定的 スポニチ、2013年1月3日
  6. ^ 倉田選手の怪我のお知らせ ガンバ大阪オフィシャルサイト、2013年7月1日
  7. ^ “ガンバ遠藤保仁が語るV2「2005年のチームと違う強さ」”. sportiva. (2014年12月7日). http://sportiva.shueisha.co.jp/clm/jfootball/2014/12/07/2005/index2.php 2014年12月19日閲覧。 
  8. ^ “青黒随一のマルチロール。遠藤と二川の特長を足して二で割った男・倉田秋”. J論コラム. (2015年8月2日). http://j-ron.jp/jron20150802.php 2016年1月11日閲覧。 
  9. ^ “【G大阪】天皇杯決勝へ鍵を握る倉田秋の役割。「守備で頑張るのは当たり前。決定的な仕事にこだわる」”. soccerdigestweb. (2015年12月31日). http://www.soccerdigestweb.com/news/detail/id=13364 2016年1月11日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]