六反勇治

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六反 勇治 Football pictogram.svg
名前
カタカナ ロクタン ユウジ
ラテン文字 ROKUTAN Yuji
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1987-04-10) 1987年4月10日(31歳)
出身地 鹿児島県霧島市
身長 188cm
体重 80kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 清水エスパルス
ポジション GK
背番号 13
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2006-2011 アビスパ福岡 40 (0)
2012-2014 横浜F・マリノス 2 (0)
2015-2016 ベガルタ仙台 45 (0)
2017- 清水エスパルス 68 (1)
代表歴2
2015- 日本の旗 日本 0 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2018年12月1日現在。
2. 2016年1月30日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

六反 勇治(ろくたん ゆうじ、1987年4月10日 - )は、鹿児島県霧島市[1]出身のプロサッカー選手Jリーグ清水エスパルス所属。ポジションはゴールキーパー。元日本代表

来歴[編集]

幼少時にサッカーを始め、熊本国府高校時代に本格的にゴールキーパーに転向[2]。両親とも教師という家庭に育ち自身も教師となるため大学進学を考えていたが、Jクラブの練習に参加するうちにプロ入りへの意欲を持つようになり、2006年にアビスパ福岡に加入[2]

福岡に加入して4年目、2009年9月2日のJ2第37節ファジアーノ岡山戦でJリーグ初出場[3]。それまで正GKだった吉田宗弘から定位置を奪い[4]、このシーズンは15試合に出場した。

2010年も開幕戦から第7節まで先発出場[5]。その後は長期の負傷から復帰した神山竜一の控えに回った[5]

クラブがJ1に昇格した2011年、当初は神山の控えとしてベンチに座っていたが[6]、シーズン途中からは六反が正GKとしてJ1リーグ戦17試合に出場した[6]。しかしシーズン終盤は負傷により戦列を離れ、チームも1年でJ2降格となった[6]

2012年、横浜F・マリノスに完全移籍[7][8]。2013年、第1GKである榎本哲也の負傷によりJ1リーグ戦2試合に出場[9]。しかし、榎本と飯倉大樹の壁は厚く、横浜FMに在籍した3年間でリーグ戦の出場はこの2試合に留まった[10]

2015年、ベガルタ仙台に完全移籍[11][12][13]。リーグ開幕戦は関憲太郎に正GKを譲った[10]ものの、移籍後初出場となった3月18日のナビスコ杯・横浜FM戦では伊藤翔PKを止めるなど無失点勝利に貢献[10]。以降は関からポジションを奪い、残りのリーグ戦32試合すべてでスタメン起用された。また、同年5月には日本代表候補トレーニングキャンプメンバーに初招集されると[14]、7月には東アジアカップ2015代表メンバーに追加招集され[15]、初のA代表入りを果たした[16][17]。2016年は開幕スタメンを勝ち取ったものの[18]、1st第2節のFC東京戦で負傷し離脱[19]。その後復帰したが、2ndステージは関にポジションを奪われ、結局この年はリーグ戦13試合の出場にとどまった[18]

2017年、清水エスパルスに完全移籍[18][20][21]。同年は開幕戦から先発出場を続け、リーグ戦全34試合にフルタイム出場を果たした。

2018年11月24日、J1第33節・ヴィッセル神戸戦で、スコア2-3の後半90+14分に清水がCKを得た場面で相手ペナルティエリアまで上がると、キッカーの石毛秀樹が蹴ったボールにヘディングで合わせ、同点弾となるゴールを挙げた[22][23]。J1リーグでのGKによる得点は、1996年11月9日に田北雄気浦和レッズ)が横浜フリューゲルス戦でPKにより記録して以来、22年ぶり2人目、Jリーグ全体でも9人目の快挙であった[24]

人物・エピソード[編集]

  • 「僕の知識の9割は本からです」と話すほどの読書家で、キャンプ中でも読書を欠かさない[2]。「ゴールキーパーとして見方は多い方が良い」という考え方から、ジャンルに捉われず多くの本を読む。
  • 横浜FM時代には、毎日のように居残りで元日本代表・中村俊輔のシュート練習に対応し技術を磨いた[25]。その中村には、初対戦となった2015年の2nd第13節 (同年10月3日) で、直接フリーキックを決められている[26]
  • 横浜FMを退団する際に「キーパーは出場機会が限られているポジションです。今年はいつもよりも2割り増しでいいので、椋大、潤人を応援してあげてください。」と、共に当時横浜FMに在籍していたGKである鈴木椋大田口潤人を気遣う優しさを見せた[13]
  • 2015年5月16日のJ1リーグ1stステージ第12節・新潟戦で、味方の茂木駿佑に注意した際の一連の言動が、主審の佐藤隆治によって反スポーツ的行為と見なされ、警告を受けた。味方選手に対する反スポーツ的行為での警告は珍しいことではあるが、六反は「(茂木の)成長のためと思えば、安いもんですよ」と答えている[27]

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2006 福岡 30 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2007 J2 0 0 - 0 0 0 0
2008 23 0 0 - 0 0 0 0
2009 15 0 - 1 0 16 0
2010 8 0 - 2 0 10 0
2011 J1 17 0 0 0 0 0 17 0
2012 横浜FM 30 0 0 1 0 1 0 2 0
2013 2 0 2 0 1 0 5 0
2014 0 0 0 0 2 0 2 0
2015 仙台 1 32 0 2 0 1 0 35 0
2016 13 0 1 0 0 0 14 0
2017 清水 13 34 0 0 0 1 0 35 0
2018 34 1 0 0 0 0 34 1
通算 日本 J1 132 1 6 0 6 0 144 1
日本 J2 23 0 - 3 0 26 0
総通算 155 1 6 0 9 0 170 1
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFCACL
2014 横浜FM 30 0 0
通算 AFC 0 0

代表・選抜歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 六反 勇治 清水エスパルス公式サイトによるプロフィールページ”. 清水エスパルス. 2018年11月24日閲覧。
  2. ^ a b c 仙台六反 読書家の頭脳で正GK取り - J1ニュース”. nikkansports.com (2015年2月17日). 2015年11月11日閲覧。
  3. ^ 中倉一志 (2009年9月7日). “【J2日記】福岡:六反勇治、4年目のJリーグデビュー:J’s GOALアーカイブ”. Jリーグ. 2015年11月11日閲覧。
  4. ^ 『2009Jリーグ総集編』 日本スポーツ企画出版社、2009年、180-181頁。
  5. ^ a b 『2010Jリーグ総集編』 日本スポーツ企画出版社、2010年、164-165頁。
  6. ^ a b c 『2011Jリーグ総集編』 日本スポーツ企画出版社、2011年、72-75頁。
  7. ^ “六反 勇治 選手 横浜F・マリノスへ完全移籍のお知らせ” (プレスリリース), アビスパ福岡, (2012年1月10日), http://www.avispa.co.jp/index_box/release/release_2012_007.html 2015年10月1日閲覧。 
  8. ^ “六反勇治選手 移籍加入のお知らせ” (プレスリリース), 横浜F・マリノス, (2012年1月10日), http://www.f-marinos.com/news/detail/2012-01-10/130000/25540 2015年11月11日閲覧。 
  9. ^ 『2013Jリーグ総集編』 日本スポーツ企画出版社、2013年、12-15頁。
  10. ^ a b c 板垣晴朗 (2015年5月8日). “サプライズGK六反勇治。シーズン前の「代表入り宣言」から、高橋範夫GKコーチと日々積み上げたもの”. J論. 2015年10月1日閲覧。
  11. ^ “六反 勇治選手 ベガルタ仙台へ完全移籍のお知らせ” (プレスリリース), 横浜F・マリノス, (2015年1月7日), http://www.f-marinos.com/news/detail/2015-01-07/120000/171208 2015年10月1日閲覧。 
  12. ^ “横浜F・マリノス 六反勇治選手 完全移籍加入のお知らせ” (プレスリリース), ベガルタ仙台, (2015年1月7日), http://www.vegalta.co.jp/news/press_release/2015/01/post-2240.html 2015年10月1日閲覧。 
  13. ^ a b 仙台、横浜FMの六反が完全移籍加入…残るGKを「2割増しで応援して」”. サッカーキング (2015年1月7日). 2015年11月11日閲覧。
  14. ^ “仙台GK六反が初の代表候補入り「自分が変化する」”. 速報!サッカーEG. (2015年5月7日). http://news.sp.soccer.findfriends.jp/?pid=news_detail&id=181527 2015年10月1日閲覧。 
  15. ^ “六反勇治選手 EAFF東アジアカップ2015 SAMURAI BLUE(日本代表)メンバー追加選出のお知らせ” (プレスリリース), ベガルタ仙台, (2015年7月30日), http://www.vegalta.co.jp/news/press_release/2015/07/post-2805.html 2015年10月1日閲覧。 
  16. ^ “六反、藤田を追加招集=権田、柏木が離脱-サッカー日本代表”. 時事ドットコム. (2015年7月30日). http://www.jiji.com/jc/zc?k=201507/2015073000958 2015年10月1日閲覧。 
  17. ^ サッカー日本代表、藤田・六反を追加招集 東アジア杯”. 日本経済新聞 (2015年7月30日). 2016年12月25日閲覧。
  18. ^ a b c 清水、仙台から日本代表GK六反を獲得。J1残留へ泣きどころの守護神を補強”. フットボールチャンネル (2016年12月29日). 2017年12月7日閲覧。
  19. ^ FC東京が逆転でリーグ戦初勝利、仙台はGK六反が負傷交代するアクシデント”. ゲキサカ (2016年3月6日). 2016年11月3日閲覧。
  20. ^ “六反勇治選手 清水エスパルスへ完全移籍のお知らせ” (プレスリリース), ベガルタ仙台, (2016年12月29日), http://www.vegalta.co.jp/news/press_release/2016/12/post-4323.html 2016年12月30日閲覧。 
  21. ^ “六反勇治選手(ベガルタ仙台) 完全移籍にて加入決定のお知らせ” (プレスリリース), 清水エスパルス, (2012年12月29日), http://www.s-pulse.co.jp/news/detail/35399/ 2015年12月30日閲覧。 
  22. ^ 試合情報”. 清水エスパルス. 2018年11月24日閲覧。
  23. ^ 清水、GK六反が後半ロスタイム14分に同点ヘッド 起死回生の引き分け”. デイリースポーツ (2018年11月24日). 2018年11月24日閲覧。
  24. ^ J1でのGKゴールは実に22年ぶり、わずか2人目。清水GK六反勇治が快挙”. FOOTBALL CHANNEL (2018年11月24日). 2018年11月24日閲覧。
  25. ^ 【仙台】GK六反、俊輔に“恩返し白星”宣言!代名詞FK止める”. スポーツ報知. 2015年10月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年12月25日閲覧。
  26. ^ 37歳ミスターFK横浜中村俊輔、最多記録独走20号”. nikkansports.com (2015年10月4日). 2016年12月25日閲覧。
  27. ^ 仙台GK六反、味方注意で反抗され一悶着→イエロー”. nikkansports.com (2015年5月17日). 2016年12月25日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]