高木和道

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高木 和道 Football pictogram.svg
名前
愛称 カズミチ、ワドウ
カタカナ タカギ カズミチ
ラテン文字 TAKAGI Kazumichi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1980-11-21) 1980年11月21日(36歳)
出身地 滋賀県野洲市
身長 188cm
体重 75kg
選手情報
在籍チーム タイ王国の旗 エアフォース・ユナイテッドFC
ポジション DF (CB)
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2000-2008 日本の旗 清水エスパルス 156 (2)
2004 日本の旗 ヴィッセル神戸 (Loan) 13 (0)
2009-2011 日本の旗 ガンバ大阪 53 (3)
2012 日本の旗 ヴィッセル神戸 9 (0)
2013-2014 日本の旗 大分トリニータ 61 (1)
2015 日本の旗 FC岐阜  29 (2)
2016 日本の旗 ジュビロ磐田 0 (0)
2017- タイ王国の旗 エアフォース・ユナイテッドFC
代表歴2
2008-2009 日本の旗 日本 5 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年1月12日現在。
2. 2010年1月14日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

高木 和道(たかぎ かずみち、1980年11月21日 - )は、滋賀県野洲市出身のプロサッカー選手タイリーグエアフォース・ユナイテッドFC所属。ポジションディフェンダー(センターバック)。元日本代表

来歴[編集]

野洲市で生まれ育ち、小、中学校を地元の学校に通いながらサッカーを続けていた。高校時代は県下の名門・草津東高校で2年時からレギュラーとして活躍するが、全国的にはそれほど有名な選手ではなかった。この頃から空中戦には絶対の自信を持つようになる。1999年に当時、関西学生リーグ2部であった京都産業大学に進学。元々プロサッカー選手を目指すつもりはなく、大学卒業と共にサッカーをやめる予定だった。

大学1年時に清水エスパルスの練習に参加した際、ヘッドコーチ(当時)の大木武が足下の技術の非凡さに目を付け、2000年6月、シーズン途中に清水に加入する事となる。

清水入団後の数年間は出場機会も少なく、目立った活躍も出来なかったが、2004年ヴィッセル神戸期限付き移籍、また翌年の清水復帰後はボランチなど別ポジションで起用された経験を糧に急成長し、2005年以降はレギュラーとして出場する。清水のディフェンスリーダーとして技術面だけでなく精神面でもチームを引っ張る存在へと成長し、2006年2007年はチーム副キャプテン、2008年にはチームキャプテンを務めた。

2008年4月、日本代表候補合宿に初招集される。6月には怪我で離脱した阿部勇樹に代わりFIFAワールドカップ・アジア予選に向けた日本代表に初選出され、試合出場も果たす。

2009年よりガンバ大阪へ完全移籍で加入。移籍後初出場となった富士ゼロックス・スーパーカップで連携不足を露呈し、以後は出場機会に恵まれず、サイドバックでの起用や試合終盤での守備固めに投入されるケースが多かった。

2010年は、昨季のレギュラーだった山口智の負傷や復帰後の不振もあり、中澤聡太とコンビを組みセンターバックのレギュラーとして活躍。しかし、2011年はシーズン通して負傷離脱を繰り返し、レギュラーに定着できず同年限りでG大阪を退団。複数クラブからのオファーがあり、その中からヴィッセル神戸を移籍先に選択した。神戸でのプレーは7年半ぶりとなったが、リーグ戦9試合の出場に終わりチームもJ2降格となった。

2013年、大分トリニータへ完全移籍[1]阪田章裕とともにチーム副主将を務めたが大分は1年でJ2降格となり、高木自身は2年連続で所属クラブ降格の憂き目にあった。2014年は大分に残留。退団した宮沢正史の後任として主将に就任し、自身初のJリーグ ディビジョン2でのプレーを迎えた。1年を通じてスタメン出場を続けたがシーズン終了後に戦力外通告を受けた。

2016年1月7日にジュビロ磐田へ完全移籍する事が発表された[2]が、シーズン終了後に退団。

2017年1月11日にタイリーグエアフォース・ユナイテッドFCへ移籍する事が発表された[3]

エピソード[編集]

  • 練習生から清水エスパルスに入団が決まった際、「半端な気持ちではプロで成功できるわけがない」と在籍していた大学(京産大)を中退した。
  • ガンバ大阪に移籍後、G大阪の印象について「仲が良く、とにかくよく喋る。うるさい」「クラブハウスを通るのでいつもスタッフが誰かしら話しかけてくれる。清水時代にはなかった事で嬉しい」と語っている[4]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2000 清水 29 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2001 21 5 0 0 0 0 0 5 0
2002 0 0 3 0 0 0 3 0
2003 16 0 1 0 4 0 21 0
2004 2 0 1 0 - 3 0
神戸 2 13 0 - 1 0 14 0
2005 清水 4 33 1 8 1 5 0 46 2
2006 32 0 6 0 3 0 41 0
2007 34 0 5 0 3 0 42 0
2008 34 1 7 1 2 1 43 3
2009 G大阪 9 0 0 0 5 0 14 0
2010 31 2 2 0 3 0 36 2
2011 13 1 2 0 1 0 16 1
2012 神戸 22 9 0 6 0 1 0 16 0
2013 大分 18 21 0 1 0 2 0 24 0
2014 4 J2 40 1 - 1 0 41 1
2015 岐阜 3 29 2 - 0 0 29 2
2016 磐田 14 J1 0 0 3 0 3 1 6 1
タイ リーグ戦 リーグ杯 FA杯 期間通算
2017 AF Div1
通算 日本 J1 252 5 45 2 33 2 330 9
日本 J2 69 3 - 1 0 70 3
タイ Div1
総通算 321 8 45 2 34 2 400 12

その他の公式戦

国際大会個人成績 FIFA
年度 クラブ 背番号 出場 得点 出場 得点
AFC ACL クラブW杯
2002-03 清水 21 3 2 -
2009 G大阪 4 2 0 -
2010 7 0 -
2011 3 0 -
通算 AFC 15 2 0 0

タイトル[編集]

クラブ[編集]

ガンバ大阪

代表歴[編集]

出場大会[編集]

試合数[編集]


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
2008 3 0
2009 2 0
通算 5 0

脚注[編集]

  1. ^ 高木 和道選手 ヴィッセル神戸より完全移籍加入のお知らせ”. 大分トリニータ (2013年1月8日). 2013年1月8日閲覧。
  2. ^ 高木 和道選手が完全移籍加入”. ジュビロ磐田 (2016年1月7日). 2016年1月7日閲覧。
  3. ^ [1] エアフォース・ユナイテッドFC、Facebook
  4. ^ GAMBA EX PLAYER'S INSIDE(2009年12月1日放送)

関連項目[編集]