松永英機

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
松永 英機 Football pictogram.svg
名前
カタカナ マツナガ ヒデキ
ラテン文字 MATSUNAGA Hideki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1963-02-08) 1963年2月8日(59歳)
出身地 静岡県藤枝市
身長 169cm
体重 66kg
選手情報
ポジション DF
ユース
大阪商業大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1984-1991 松下電器産業サッカー部
監督歴
1999 ヴェルディ川崎
2003-2004 ヴァンフォーレ甲府
2005 ヴィッセル神戸
2006 佐川印刷SC
2007-2009 FC岐阜
2021 横浜F・マリノス
1. 国内リーグ戦に限る。2016年12月25日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

松永 英機(まつなが ひでき、1963年2月8日 - )は、静岡県藤枝市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。

来歴[編集]

大阪商業大学サッカー部時代は全日本大学選手権2連覇を果たした。卒業後は[要出典]松下電器産業サッカー部(現:ガンバ大阪)でプレー。

引退後は松下電器およびプロ化したG大阪や、ヴェルディ川崎(現:東京ヴェルディ1969)で指導者経験を積む。またこの間、日本サッカー協会の強化委員スタッフに加わり、アトランタ五輪ではスカウティングスタッフとして対戦相手チームを分析。マイアミの奇跡と呼ばれるブラジル戦での勝利に貢献した。

1999年にはV川崎で初めてJリーグチームの監督を務める(ただし実質的な指揮は総監督の李国秀が執っていた。これは翌年の張外龍監督のときも同じである)。辞任後は清水エスパルスのコーチを務めた。

2003年大木武の後を受けてヴァンフォーレ甲府の監督に就任。資金も戦力も決して豊富とは言えない甲府で2003年と2004年前半には松永自ら招いた元日本代表FW小倉隆史の獲得も功を奏し、昇格争いを繰り広げ観客動員も増加した。ファウルを犯さない組織的な守備をベースとしながらも、小倉や藤田健といった創造性の高い選手の能力を生かしたボールポゼッションからサイドチェンジ、サイドアタックを基調とした戦術は高い評価を受け、当時のサッカー誌上でも取り上げられた[要出典]。2004年後半は得点源であったブラジル人FWバロンの途中退団や主力選手の故障により失速、同年限りで退団するものの、観客動員増からクラブの財政が好転し新外国人バレーの獲得が可能となり、松永の後を引き継ぎ再就任となった大木監督により甲府は翌2005年にJ1昇格を果たしている。

2005年よりヴィッセル神戸の監督に就任したが、第6節まで1勝3敗2分けの17位と出遅れたことを理由に4月19日付で解任された。

2006年には佐川印刷SCの監督に就任したが、前期は成績が低迷。後期は成績が上向きになってきたが、8月31日に辞任した。

2007年FC岐阜でヘッドコーチ、2007年6月21日から2009年12月13日まで岐阜の監督を務めた。

2010年名古屋グランパスエイトの育成普及部テクニカルディレクターに就任した。

2013年、岐阜の統括副本部長兼チーム統括部長に就任した[1]

2016年2月よりJリーグ育成ダイレクターに就任した[2]

2019年2月から横浜F・マリノスのアカデミーダイレクターに就任した。

2021年2月4日、横浜F・マリノスと業務提携を行っている関東学院大学サッカー部の総監督に就任[3]。6月10日、横浜F・マリノスのアンジェ・ポステコグルーの監督退任を受け、暫定監督に就任。

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 JSL杯/ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
1984 松下 JSL2部 0 0
1985 0 0 0 0
1986-87 12 JSL1部 9 0 0 0 2 0 11 0
1987-88 JSL2部 0 0 0 0
1988-89 12 JSL1部 0 0 0 0 0 0
1989-90 29 0 0 0 0 0 0 0 0
1990-91 28 0 0 0 0
通算 日本 JSL1部 9 0
日本 JSL2部
総通算

指導歴[編集]

  • 1989年 - 1992年 松下電器 コーチ
  • 1992年 - 1994年 ガンバ大阪 ユースコーチ、コーチ(サテライトコーチ兼任)
  • 1994年12月 - 1996年 日本サッカー協会強化委員
  • 1997年 - 1999年 ヴェルディ川崎
    • 1997年6月 サテライトコーチ(ユースコーチ兼任)
    • 1998年 テクニカルグループ
    • 1999年 監督
  • 2000年 - 2002年 清水エスパルス
    • 2000年 - 2001年 強化担当
    • 2002年 サテライト監督
  • 2003年 - 2004年 ヴァンフォーレ甲府 監督
  • 2005年 - 2005年4月 ヴィッセル神戸 監督
  • 2006年 - 2006年8月 佐川印刷SC 監督
  • 2007年 - 2009年 FC岐阜
    • 2007年 - 2007年6月 コーチ
    • 2007年6月 - 2009年 監督
  • 2010年 - 2012年 名古屋グランパス テクニカルディレクター
  • 2013年 - 2014年 FC岐阜 統括副本部長兼チーム統括部長
  • 2015年 名古屋グランパス チーム統括部テクニカルダイレクター
  • 2016年 - 2018年 Jリーグ育成ダイレクター
  • 2019年 - 2021年 横浜F・マリノス
    • 2019年 - 2021年6月 アカデミーダイレクター
    • 2021年 関東学院大学サッカー部 総監督
    • 2021年6月 - 7月 暫定監督
    • 2021年7月 - 12月 アシスタントコーチ
  • 2022年 - 岐阜県サッカー協会FAコーチ

監督成績[編集]

年度 クラブ 所属 リーグ戦 カップ戦
順位 勝点 試合 ナビスコ杯 天皇杯
1999 V川崎 J1 7位 49 30 17 2 11 2回戦 ベスト4
2003 甲府 J2 5位 69 44 19 12 13 - 3回戦
2004 7位 58 44 15 13 16 - 4回戦
2005 神戸 J1 - 5 6 1 2 3 予選リーグ敗退 -
2006 佐川印刷 JFL - - -
2007 岐阜 3位 27 18 7 6 5 - 3回戦
2008 J2 13位 42 42 10 12 20 - 4回戦
2009 12位 62 51 16 14 21 - ベスト8
J1通算 - - 36 18 4 14
J2通算 - - 181 60 51 70
  • 2005年は第6節で解任

脚注[編集]

  1. ^ 松永英機氏、統括副本部長兼チーム統括部長就任のお知らせ”. FC岐阜 (2013年1月10日). 2013年1月10日閲覧。
  2. ^ “育成ダイレクター就任のお知らせ” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2016年1月29日), http://www.jleague.jp/release/post-41450/ 2016年12月26日閲覧。 
  3. ^ “2021年 お知らせ” (プレスリリース), 関東学院大学体育部連合会サッカー部, (2021年2月4日), http://kgufootballclub.zombie.jp/sub5.html 2021年9月9日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]