城後寿

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城後 寿 Football pictogram.svg
名前
愛称 福岡のキング、城後"キング"寿
カタカナ ジョウゴ ヒサシ
ラテン文字 JOGO Hisashi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1986年4月16日(29歳)
出身地 福岡県久留米市
身長 183cm
体重 77kg
選手情報
在籍チーム アビスパ福岡
ポジション MFFW
背番号 10
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2005- アビスパ福岡 316 (62)
1. 国内リーグ戦に限る。2015年12月17日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

城後 寿(じょうご ひさし、1986年4月16日 - )は福岡県久留米市出身でアビスパ福岡所属のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダーフォワード

来歴[編集]

国見高校時代[編集]

国見高校時代の同期に渡邉千真藤田優人が、1学年上に平山相太中村北斗兵藤慎剛関憲太郎がいる。 2年時には2003年度の全国高校サッカー選手権を制覇。3年時には主力として出場しベスト4。2回戦の鹿島学園戦ではハットトリックを達成している[1]。また、インターハイでは2連覇(2003、2004年度)を経験した。 卒業後、Jリーグの複数クラブからオファーが届いたが、地元アビスパ福岡に入団した。

アビスパ福岡時代[編集]

国見高校卒業後の2005年にアビスパ福岡に加入。プロ入り2年目の2006年から徐々に出場機会を得るようになった。

入団時の背番号は26、その後15を付け、2008年シーズンより背番号10を付けている。

2009年の天皇杯2回戦・愛媛FC戦で左膝前十字靱帯損傷の大怪我を負い、長期間の欠場を余儀なくされるも、翌年の復帰後からは大久保哲哉と2トップを組み、再び主力として活躍。9月12日に行われたジェフ千葉との直接対決では後半43分に勝ち越しゴールを決め、クラブを昇格圏内の3位に浮上させた。

J1に昇格した2011年は、第10節[2]横浜F・マリノス戦で2得点を挙げて以降、一時的に調子を崩したが、第20節の川崎フロンターレ戦で2得点を挙げて逆転勝利に貢献してからは調子を上げていく。最終的にチームは降格するも、岡本英也(8得点)に次ぐチーム2位の7得点を挙げた。

2011年、アビスパは僅か1年でJ2に降格。この時もJ1のクラブからのオファーがありながらも、城後は2012年もアビスパ福岡でプレーする事を選び、福岡の選手の中で1番に契約更新をした。城後のもとには毎年のように他クラブからオファーがあった。14年オフにも国内の強豪J1からオファーがあったが、アビスパ福岡と契約を更新し、15年シーズンからキャプテンに就任した。 アビスパの中心選手としてポスターやメディアに登場する機会が多い。

エピソード[編集]

久留米市で生まれ育ち、出身校の久留米市立南小学校の生徒(同級生・同校生徒)の中では、城後=サッカーが上手くズバ抜けているという認識で、将来のプロサッカー選手になるだろうと誰もが思っていた。

さらに身体能力の高さは小学校の頃から有名で、久留米市立牟田山中学校時代は同校の陸上部に所属。陸上部での練習を終えた後、当時所属するサッカークラブの練習に参加していた。中学生の陸上競技(やり投げ)でジュニアオリンピック4位の記録を持つ[3]

アビスパ福岡入団後、選手寮へ入寮の当日、持ち物は寝具セットしか持って来ていなかった。

2013年6月1日のJ2第17節ロアッソ熊本戦で、GK水谷雄一が負傷するアクシデントが発生。その時点で交代枠を使い切っており、城後が水谷のユニフォームを着用しGKのポジションに就いた。この時既にFWの西田剛が退場しており、福岡は2人少ない状況となっていた。後半ロスタイム(100分)にファビオに同点ゴールを許したが、シュートを2本止める活躍を見せた。

アビスパのサポーターを大事にしている部分がよく見受けられる。自身がレベスタホーム側でゴールを決めると真っ先にサポーター席で喜びを爆発させる。

長くアビスパに在籍し、背番号10番、エース、キャプテンという福岡の象徴であることから、サポーターからは『キング城後』と称えられている。 スタメン発表でもスタジアムDJから「城後"キング"寿」とコールされ、一番の盛り上がりを見せる。 サポーター席の目立つ位置に張られた横断幕にも本人の象徴画の物と『KING・JOGO』と記した物が掲げられている。

本人のチャント(応援歌)はチェッカーズの『ジュリアに傷心』。これはチェッカーズが城後と同じ久留米市出身だからという由来がある。

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2003 国見高 4 - - - 2 1 2 1
2005 福岡 26 J2 0 0 - 2 0 2 0
2006 J1 25 4 4 0 2 0 31 4
2007 15 J2 16 2 - 2 0 18 2
2008 10 27 2 - 1 0 28 2
2009 38 5 - 1 0 39 5
2010 21 8 - 3 1 24 9
2011 J1 31 7 2 0 0 0 33 7
2012 J2 41 12 - 2 2 43 14
2013 35 5 - 0 0 35 5
2014 40 9 - 0 0 40 9
2015 42 8 - 1 0 43 8
2016 J1
通算 日本 J1 56 11 6 0 2 0 64 11
日本 J2 260 51 - 12 3 272 46
日本 - - 2 1 2 1
総通算 316 62 6 0 15 4 338 66

その他の公式戦

代表歴[編集]

脚注[編集]

出典
  1. ^ 杉本渉 [1] 風格漂う王者の完勝 <2回戦 国見(長崎)vs鹿島学園(茨城)> スポーツナビ 2005.1.2付記事
  2. ^ 東日本大震災の影響を受けた為、シーズン5戦目。
  3. ^ “スローインから考える「サッカー以外の競技や遊びをすること」”. サカイク. (2012年10月18日). http://www.sakaiku.jp/column/exercise/2012/003403.html 2015年6月26日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]