路面電車

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東京の路面電車荒川線
ワルシャワの路面電車120N
プラハの路面電車T3

路面電車(ろめんでんしゃ、Tram、Tramway、Street Car)とは、主に道路上に敷設された軌道併用軌道)を走行する電車である。

英語に由来するトラムの呼称もあるが、本来 tram, tramway は、道路に引かれたレールを利用した鉄道一般(いわば「路面鉄道」)を指し、動力の限定はない。よって、動力による分類である「路面電車」、「路面機関車」、「馬車鉄道」等の区別はなく、一部のトロッコサンフランシスコのケーブルカーなども tramway の一種となる。

次世代型の路面電車システムについてはライトレール#次世代型路面電鉄の記述も参照のこと。

本稿では路面気動車についても記述する。

概要

主に都市内およびその近郊旅客の移動手段として利用される輸送機関である。世界約50か国の約400都市に存在し、ドイツロシアウクライナで特に発達している。

路線は道路上に敷設される他、専用軌道(日本の軌道法では新設軌道と呼称)を有する場合もある。また、市街地においては地下化もしくは高架化で道路との分離を図った区間も存在する。 20世紀末以降は路面から乗降できることが評価され、トランジットモールと併せて欧州を中心に普及が進んでいる。

類似のシステムとしてライトレールトラムトレインゴムタイヤトラムなども存在する。詳細は各項目参照。

現在の日本では約20ヶ所で路面電車が存在している。詳細は日本の路面電車一覧を参照。

歴史

元々は乗合馬車そして馬車鉄道を発祥とし、アメリカで都市内の旅客輸送に使用されるようになった。1832年にはニューヨークに登場し、1840年代に入ると、ヨーロッパ各地にも広がった。その後、動力を馬以外にする試みが行われ、蒸気機関などもあったが、電気動力がもっとも普及した。これは1879年ドイツの電機会社、シーメンスベルリン博覧会デモンストレーション走行させたのがはじまりで、電気は3本目のレールから供給されていた。1881年にはベルリン郊外で試験運行が開始され、1883年に定期運行が始まっている。1881年には、同じくシーメンス社が、パリの電気博覧会で架空電車線方式を試み、1884年に登場したフランクフルトの路面電車で採用され、その後ヨーロッパ各地に広がっていった。

アメリカ合衆国では、電気軌道(路面電車)は1886年アラバマ州モントゴメリー[1]ペンシルベニア州スクラントン[2]に敷設されたのを皮切りに、各都市で普及してゆく。特に同国では、専用軌道化や運転速度の向上などシステムを高度化し都市と都市を結ぶインターアーバンにも発展し、1920年代に全盛期を迎えた。しかし、同時にその頃、自家用車の普及に伴い、多くの都市で路面電車廃止の流れも始まった。1970年代初頭には、路面電車や郊外電車(インターアーバン)は全盛期の4割が廃止され、残存していた6割もゆっくりだがマンネリ化が進み、「世界最大の路面電車保有国」の地位をソビエト連邦(ロシア)に譲っている。しかし2000年代以降、原油価格の高騰や環境への関心の高まり等から、全米各地の主要都市で郊外にパーク・アンド・ライドを備えたライトレールが新設されたり、一度は廃線になった路線が復活したりと、路面電車が復権しつつある。

欧州の一部でも第二次世界大戦後までにこの流れでロンドンパリなどの都市で廃止された。なお、パリの路面電車は、2006年12月16日に再開業したが、その区間は戦前のものと全く異なり、関連性はない。

一方で、旧ソ連と東欧諸国、そして西ドイツでは、第二次世界大戦後も路面電車を活用した。西ドイツでは、車の普及により、路面電車を導入していた都市の半数では廃止されたが、重要な都市内交通手段として位置づけ、連接電車の投入や運賃の収受に信用乗車方式を導入するなど、輸送力増強と生産性向上に努めた都市も多い。路線網のスクラップアンドビルドも盛んで、郊外への路線延長を図る一方で、渋滞に影響されずに高速で走り、定時性を確保するため、専用軌道を確保し、都心部においてはさらに地下化を推進した。この方式はシュタットバーン(都市鉄道)と呼ばれている。

このシュタットバーンは新交通システムの開発で行き詰まっていたアメリカ合衆国に影響をあたえた。1970年代に入り、連邦交通省都市大量輸送局によってライトレール (LRT)という言葉が定義される。

1980年代になると、今度はフランスで、シュタットバーン(およびライトレール)の流れではなく、低床化を始めとする路面電車の次世代化とも呼べる取り組みが始まり、後に欧州大陸諸国にも広まった。

こうした軌道系交通が欧米で注目される背景には、市街中心地への人の流れを確保し振興する手段として、また環境破壊を防ぐ面から有意義であることが考えられるためである。したがって、その整備は土地利用や人口分布などの点で都市政策にしっかりと組み込まれているのが常である[3]

車両面では、高床式ホームの少ない欧州では1980年代後半より床高さを20 - 30cm程度とした超低床電車の開発が進められ、バリアフリー化が促進された。

日本の路面電車

初期の路面電車を復元した函館市企業局交通部30形

日本においては、路面電車は軌道法の管轄下にあり、鉄道事業法に基づく一般の鉄道とは明確に区別されている。なお、同じく日本の道路交通法では、「レールにより運転する車」と定義している。また都市計画法に定める都市施設においても、路面電車は都市計画道路のうちの「特殊街路」に分類される。

経営形態としては、地方自治体による地方公営企業交通局)、一般の私鉄と同じ純民間企業、第三セクター鉄道によるものがある。が運営する「市電」が多数を占めるため、運営形態によらず路面電車は「市電」と呼ばれることが多い。

歴史的には1895年(明治28年)に京都市で開通した京都電気鉄道(後、京都市電)をはじめに、大正から昭和初期にかけて大都市圏を中心に数多くの軌道が整備された。その中には、京王線阪神本線などのように、都市間高速軌道(インターアーバン)として建設され、現在の高速鉄道路線の前身となったものもある。

最盛期の1932年(昭和7年)には65都市82事業者、総路線長1479kmとなり、戦前から戦後には、都市の重要な交通手段として機能していた。しかし、1960年代の高度成長時代にモータリゼーションが進む中で、路面電車は渋滞の元凶だとされ、1970年代末にかけて各地で廃止された。「できるだけ路面電車はなくしていきたい。しまいには皆無にいたしたい」とする当時の大臣の答弁も残っている。自動車技術の発展によりバスが大型化され、路面電車の定員と遜色がなくなったこと、ディーゼルエンジンの進歩や車両の信頼性向上により運行コストがさらに低くなっていったことも路面電車廃止の要因であるといえよう。一部の大都市(政令指定都市)では地下鉄に取って替わられ、また、大都市を含む多くの都市ではバスが代替となった。2011年(平成23年)現在日本で路面電車が走っているところは20箇所以下と少なく、東北地方では皆無となっている。それでも隣国の大韓民国においては全廃(1968年)、中華人民共和国においては長春大連(この2都市は満州国時代に建設)・香港(鞍山は廃止、武漢は高架電車)の3都市にしかないことからすれば、アジア諸国の中ではかなり多い方である。

一方で、20世紀末以降、環境負荷の軽減、バリアフリー及び交通渋滞緩和の観点から世界各地で路線の復活および好評を博している事実に触発され、日本でも再評価の動きが高まった。1982年(昭和57年)、豊橋鉄道東田本線・井原 - 運動公園前間が新規開業し、1998年(平成10年)には豊橋駅前停留所移設で路線延長が行われた。2006年(平成18年)には新幹線工事に伴う富山駅高架化工事に伴い、JR西日本の富山港線を市内の基幹交通機関として再整備した富山ライトレールが開業した。また、2009年(平成21年)には富山市内線丸ノ内駅から大手モールを経由して西町駅へ向かう単線区間940mが延伸開業し、路面電車復権を象徴する出来事として注目を集めた[4]。また、松山市ではJR松山駅の高架化工事に付帯する周辺市街地の再開発事業の一環として、現在路面電車が敷設されている駅東側から高架下を通り駅西側へと700m延伸する計画があるなど、大規模な再開発事業に合わせて軌道の新設や延伸を計画している自治体もある。他にも岡山市広島市などで、廃止路線復活や、新規路線の建設といった計画があるが、橋の改修や道路幅の不足によって実現していない。

ちなみに、省エネルギー効果の高いVVVF制御は、現在の日本の電気鉄道で電車の制御方式として広く採用されているが、国内で初めて実用化したものは熊本市交通局の路面電車である。現在では路面電車も車両技術(機構・デザイン)面で最先端のLRVを採用する例は少なくない。

なお、1960年代の札幌市電では非電化区間も存在していたため、路面気動車もごく少数ながら製作されていた。

導入構想

地方自治体市民団体などが全国数十ヶ所で導入構想を提案している。

路面電車の日

1995年(平成7年)に広島市で開かれた第2回路面電車サミットにより、6月10日を路面電車の日に制定した。これは6=ろ(面)、10=英語でテン(車)という語呂合わせによる。路面電車の日には路面電車の利点をPRするためのキャンペーンやイベントが行われる。

各地の路面電車

「チンチン電車」という通称

これには2つの説があり、1つは、通行人への警報のために、運転士が足で床下の鐘フートゴングを鳴らす音から来ており、もう1つは、車掌運転士にあるいは運転士が車掌に合図を送るために鳴らしていた(ベル)の音に由来する。鐘の音は以下のような意味で使用されていた。

  • 走行中電車が停留場に近づいたとき「チン」と1回鳴らせば「降客があるため停車せよ」または「停車する」
  • 「チンチン」と2回鳴らせば「降客がないので通過しても良いか」または「良い」
  • さらに停車中に「チンチン」と2回鳴らした場合は「乗降がすんだので発車しても良いか」または「良い」
  • 「チンチンチンチン」と3回以上の連打は「直ちに停車せよ」または「停車する(非常停車)」

現在でも都電荒川線阪堺電気軌道の全車両で発車時に聞くことができる。ただし現在は全列車が[5]ワンマン運転のため、上記で述べた車掌・運転士同士の連絡には用いられず、乗客に対する発車合図という位置付けである[6]。また、函館市企業局交通部で夏季に限って運行されている箱館ハイカラ號の他、土佐電気鉄道の「維新号」でもこの鐘が信鈴として使用されていた。

戦後は、改造によりベルを連続音の電鈴やブザーに交換した車両や、ブザーのみで新製された車両が現れたが、吹鳴回数や伝達内容はベル時代のそれを踏襲している。現在の広島電鉄では、ツーマンで運行しているときの車掌と運転士の合図にブザーが使われている。

なお、路面電車以外では名古屋鉄道(ただし300系以降の車両は2打式ブザーに変更)や京阪電気鉄道阪急電鉄阪神電気鉄道近畿日本鉄道南海電気鉄道京都市営地下鉄烏丸線大阪市営地下鉄筑豊電気鉄道等でも、ワンマン運転路線を除きベル2連打による合図を残している。過去には叡山電鉄などでも行っていた。特に路面電車発祥の会社が多い関西の路線に多い。関東でも、京成電鉄が発車時にブザー2回、停車駅が近づいた時にブザー1回と、路面電車式の合図を行っている。

路面電車関連用語

軌道運送高度化事業
日本の地域公共交通の活性化及び再生法の中で、超低床電車の導入およびLRTへの改良または新設を想定した整備事業の呼び名。
センターリザベーション
リザベーションとは、併用軌道の種別で、一般自動車が通常時軌道内に進入できない様、道路と軌道敷の境界部を視覚的、物理的に区切って線路を敷設した準専用軌道を指し、センターリザベーションはそれが道路の中央に敷設されている場合の呼称。軌道のみならずそれに乗り降りする駅施設(停留所)も道路の中央にあるため、利用時に道路の横断を免れないという欠点を持つが、日本の路面電車の大半が道路中央に軌道があって敷内進入禁止となっているのでこの形式である。一般車両は通行できないが、災害や事故など緊急車両は走行可能であることが専用軌道との決定的な違いである。
センターリザベーション・センターポール 写真は鹿児島市電市役所前電停
サイドポール・鉄骨跨道型架線懸下方式 写真は京阪京津線浜大津 - 上栄町
サイドリザベーション
サイドリザベーションは準専用軌道を道路の端に寄せて敷設し、歩道から直接軌道交通に乗降可能となるようしている場合の呼称。歩行者に絶対的な安全を保障する敷設法として欧米ではかなりポピュラーな敷設方式であるが、反面、路側に停車したい車両が制限を受けるためタクシーや貨物車両の多い繁華街では敬遠されがちである。日本では普及していなかったが近年徐々に需要が認められて採用される例が増えている。軌道が複線の場合、上下線をまとめて道路の片側に寄せるシングルサイドリザベーション(熊本・鹿児島の駅前等)と、上下線を道路の左右に振り分けて敷設するダブル(デュアル)サイドリザベーションの二種類がある。
センターポール
センターリザベーションの路線において、上下線の軌道間に架線柱を立てる方式。道路脇の電柱や建物から架線を吊る方式(サイドポール(側柱)方式)に比べ景観が良くなる。鉄道線で採用の事例もある。かつて電柱が多くなかった時代は、その必要性から一般的だったが、道路脇の電柱が増えるに従いセンターポールはみられなくなっていた。しかし景観を重視したまちづくりが全国的に広がりを見せるにつれ、主要街路の電線・電柱とともに架線を吊るすワイヤー等の構造物が道路上空に張り巡らされていることが嫌われるようになり、すっきりした都市空間をとりもどす目的に合致したセンターポールの採用が徐々に増えている。日本国内では、鹿児島市電および岡山電気軌道において、センターリザベーション区間の大部分がセンターポール化されている。
サイドポール
サイドポールは日本の既存路面電車の大多数が採用してきた架線柱設置方式。主に道路両側の路側または歩車道境界線付近に架線柱を立てるかまたは建造物を利用し、街路を横断するワイヤーや鉄骨等による跨道構造物を設置、そこから軌道上空に架線を懸下する場合が大半である。ほかに、センターリザベーションの場合に軌道と道路の境界に架線柱を立てる方式もある。また、単線区間のシングルポールは全てサイドポールに含まれる。空中のワイヤーや構造物、また路側の柱状構造物の数が増えるため、街路の景観を圧迫する要因とみなされることが多く、時として路面電車の主たる欠点の一つとして導入や存続を否定する主因とされることもある。
パッセンジャーフロー
車両の扉を乗車専用と降車専用に分け、乗客がその間を移動する途中で運賃を支払う方式。最盛期の札幌市電では、2両編成の後部車両から乗車、運賃を支払ったあと前部車両から降りるようになっていた。
地表集電方式
"APS (Alimentation par le Sol) "の名称でアルストム社の子会社が開発した集電システムで、短いセグメントに区切った第三軌条を敷設し、電車が通過中のセグメントにだけ電気を通す方式。架線が不要なことから障害が少なくなる上に見栄えが良いという利点があり、フランスのボルドーで実用化された。
地中溝集電方式
コンデュイット (conduit) 方式とも。線路の間に給電線を埋設し、車体下部から伸びた集電靴で集電を行う。ロンドンやニューヨークなど各地で用いられたが、1963年のワシントンD.C.を最後に姿を消した。
高速電車
路面電車に対し、路面電車ではない通常の電車(鉄道)を区別する際に使われる言葉。
都市高速鉄道
街路交差点での交通信号で停止せざるを得ない「路面電車」に対して、交通信号で停止しないように計画・設計された鉄道をいう。英語のrapid transitの訳語であり、「都市施設」のひとつとして都市計画法第11条第1項に規定されている。

脚注

  1. ^ Charles J. Van Depoele Soylent Communications.
  2. ^ Marker Details: First Electric Cars. Pennsylvania Department of Community and Economic Development.
  3. ^ 自家用車を郊外の駐車場に置き、路面電車やバスなどに乗り換えて中心市街地に入るパークアンドライド方式や、中心市街で自動車の乗り入れを禁止し公共交通と歩行者のみを通行可能としたトランジットモール化といったアイディアが生まれ、実行された。
  4. ^ 2011年(平成23年)現在、3つの異なる事業者が路面電車を運営している都道府県は、富山県(富山地方鉄道、富山ライトレール、万葉線)が唯一である。
  5. ^ 6152号が現役だった頃には、東京都電車条例で上記ルールが定められており、実際に使用していた。
  6. ^ 鉄道ピクトリアル614号「特集・東京都電」より。

関連項目

外部リンク

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