MP40

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MP40
MP40/I
MP40
MP40
種類 短機関銃
製造国 ナチス・ドイツの旗 ドイツ
設計・製造 エルマ・ベルケ(開発メーカー)、ハーネル、ステアー(オーストリア)
年代 第二次世界大戦
仕様
種別 短機関銃
口径 9mm
銃身長 251mm
使用弾薬 9mmパラベラム弾
装弾数 32発, 64発(MP40-IIのみ)
作動方式 シンプル・ブローバック方式
オープン・ボルト撃発
全長 630mm/833mm
重量 4,025g
発射速度 500発/分
銃口初速 380m/秒
歴史
設計年 1938年
製造期間 1938年~1944年
配備期間 1938年~1945年(ドイツ軍)
配備先 ドイツ国防軍武装親衛隊イスラエル国防軍など。
関連戦争・紛争 第二次世界大戦第一次中東戦争第二次中東戦争アルジェリア戦争ベトナム戦争など。
バリエーション バリエーションを参照
製造数 推定100万丁以上
  
MP40は戦中のドイツで幅広く使用された
MP40を装備した武装親衛隊
MP40
スペイン製のコピーであるZ45
MP40シリーズ中最も生産数が多いMP40/I

MP40Maschinenpistole 40)およびMP38とは、ナチス・ドイツ政権下で開発され、第二次世界大戦で大量に使用された短機関銃である。主に下士官戦車兵が標準的な小火器として携行した。

現在において第一世代と分類されるMP18トンプソン・サブマシンガンなど従来の短機関銃と比較して、鋼板プレス加工やプラスチックを利用してコストダウンが図られており、現在同種のデザインは第二世代と分類されている。同種のデザインは連合国側にも大きな影響を与えたほか、H&K MP5が登場する1960年代末まで世界中で使用された。

目次

[編集] 開発

第一次世界大戦末期にドイツで採用されたMP18及びMP28は最初期の短機関銃として知られ、戦間期においてもトンプソン・サブマシンガンと並んで世界各地で使用された。

1935年のドイツ再軍備宣言の後、大幅に拡張されたドイツ国防軍は先進的な軍備を整備しはじめるが、歩兵分隊の火力を容易に強化できる手段として短機関銃を重視し、世界各国に先駆けてその全面配備を行った。

MP18/MP28は第一次大戦末期に開発された簡易な構造の決戦兵器だったが、軍は更に生産の容易な短機関銃を求めた。エルマ・ベルケ社は次世代短機関銃をMP36の名称で試作し、これがMP38として採用された。

第一世代の短機関銃が木製の固定式銃床を持つ従来の小銃からの延長上にあるデザインだったのに対して、MP38は鋼板プレスとパイプで製造された折畳み式ストックを持ち、滑り止め用のグリップ回りはベークライトで製造され、マガジンハウジングとマガジンに反動制御用のフォアグリップとしての機能を兼用させるなど、従来の短機関銃とは明らかに一線を画するコンセプトでデザインされていた。

また、リコイル・スプリングを伸縮式のリコイルユニットに収納し、ボルトが後退する際の気体緩衝装置と防塵・防泥カバーを兼ねさせる工夫を追加し、軽量なボルトを用いながら500発/分まで連射速度を抑制する事に成功するとともに、リコイル・スプリングを錆から保護する点でも効果を上げた。

この間に、ナチス政権はオーストリア・チェコを併合して対外拡張政策に転じ、これに歩調をあわせてドイツ国防軍も英仏との衝突に備えて急拡張を続けていたため、MP38は更なる生産性の向上とコストダウンが求められた。

これに対応して、切削加工とアルミ合金鋳造による部品製造を廃し、安全装置を改良した省力化モデルが開発され、これがMP40として採用されたほか、様々な変更が加えられた数種類のバリエーションが存在する。

[編集] バリエーション

MP38
最初に作られたモデル。マガジンハウジング両側面に円形の穴が開いている点で、MP40と区別できる。
形状や基本性能はMP40と殆ど同じであるが、レシーバーは鋼製パイプを切削加工したもので、グリップフレームはアルミ合金鋳造部品だったため、生産性に難点があった。
また、他の第1世代の短機関銃と同様に、ボルトを前進状態で停止させておく安全装置がなかったため、弾倉を装着した状態で銃口を上にして落とすと、慣性でボルトが勝手に後退して暴発事故を起こすことがあった。
MP38/40
MP38にMP40/I相当のセーフティー機能を追加、MP40のグリップフレームと在庫の残ったMP38のレシーバーを組み合わせたモデル。
MP40
MP40の初期モデル。グリップフレームとレシーバーの製造法を鋼板プレス加工部品を溶接で組み合わせる方式に変更して機械加工箇所を大幅に減らしコストを下げたほか、国内にボーキサイト鉱山が存在しないドイツにとって貴重資源だったアルミニウムの節約にも貢献した。
MP40/I
マガジンハウジング側面にリブを追加、ボルトを前進状態で停止させるセーフティーを追加。第二次世界大戦中もっとも生産されたモデル。
MP40-II
独ソ戦の開始で遭遇したソ連軍のPPsh41(71連ドラムマガジン使用)に対抗するため、通常の32連箱形弾倉を2本挿入し、切り替え使用で64連としたもの。重量増加に見合うだけのメリットが無かったため、ごく少量しか製造されなかった。
MP40/II
伸縮式リコイルユニットを廃止し、リコイルスプリングの張力を強化して代用とした大戦末期の省力生産型。
省力化の代償として1,000発/分近くまで連射速度が高まった。(MP40-IIとは別物)
MP41
警察用の短機関銃として設計された派生型で、木製銃床を装備している。MP18/MP28の後継として採用された。

詳細は「MP41」を参照

[編集] 第二次大戦後

MP40を手にする国民突撃隊

ドイツ降伏でMP40の大部分は連合国に接収された。損耗して廃棄処分されたものもあるが、ソ連赤軍ではもともとMP40の人気が高く(ドイツ軍では逆にPPsh41の人気が高かった)鹵獲品を好んで赤軍兵士が用いていた事もあり、優秀な短機関銃として親ソビエト諸国・勢力に供給され、その一部は朝鮮戦争第一次インドシナ戦争などで用いられた。

そうした親ソビエト諸国のひとつで、戦中はドイツへの兵器供給に従事させられていたチェコスロバキアでは、ドイツ軍向け規格のKar98kやMP40の製造設備を稼動させて完成品や部品を供給していた。

この時期にユダヤ人反ファシスト委員会を通じてチェコから大量の兵器を購入(実態は密輸)していた建国前夜のイスラエルでは、ハガナー(後の国防軍)の主力短機関銃としてMP40が使用された。 ナチスとイスラエルによって用いられるという皮肉な運命を辿ったMP40には、ヘブライ文字で国家鷲章の刻印が消されている事が多く、国産のUZIが行き渡る1960年代初頭までイスラエルの国防を支えた。

冷戦下の東西両陣営では、自陣営の関与を隠匿したい軍事作戦に、旧ドイツ軍の兵器を用いる伝統があり、両者が頻繁に交戦した中南米やインドシナでは、米国政府関係者とソ連・キューバなどに支援されたゲリラ組織の双方が頻繁にMP40を使用した事でも知られている。

ノルウェーでは1980年代まで戦車兵の自衛用装備としてMP40が配備されていたほどで、戦後になってもMP40は人気が高く、今日でも南米やアフリカなど過酷な環境下で広く使用され続けている。

MP38/MP40には「シュマイザー」という通称があり、第二次大戦中にアメリカで作られたドイツの銃器マニュアル集でもその名で紹介されている。これはドイツの銃器設計者・ヒューゴ・シュマイザーから取られたものであるが、彼はMP38/MP40の開発には関わっていない。このような間違いが生じたのは、連合軍側がMP18の開発に関わったシュマイザーが、MP40でも同じように関わっていたものと勘違いしたためである。

戦後になって撮影されたハリウッド映画(後述)では、入手の簡単なMP40がドイツ兵の装備として良く用いられたため、実際の主力装備だったKar98kや大戦末期に大量配備されていたMP43などよりもMP40の知名度が抜群に高くなり、ナチス時代のドイツ軍を象徴する存在として広く認識されている。

また、MP40が実現した“部品のユニット化・プレス加工やプラスチックを利用した大量生産・標準パーツの組み立て製造”といった新しいアイデアは、アメリカのM3グリースガンやイギリスのステンガン、ソ連のPPSなどにも受け継がれたほか、新種のジャンルとして登場したMKb42/MP43などの製造方法へ発展し、現代軍用銃では主流の設計思想となっている。

弾薬として入手が容易な9mmパラベラム弾を使用している事や、製造後70年近く経った今日でも使用できる頑丈さと性能を兼ね備えていることから、世界各地の紛争地域で使用されている事が報道写真から確認されているほか、米国ではMP40を所有する民間人のコレクターも多い。

[編集] 日本におけるMP38/MP40

第二次大戦中にドイツ同盟国だった日本だが、陸軍海軍(少数ながらMP18を輸入して使用)においてMP38/MP40が使用された事は無く、日本人の多くがMP38/MP40の存在を知るのは戦後になって流入した映画・テレビ映画を通じてである。

大戦中のドイツ軍主装備として認識されていたMP40は、早くからモデルガンとしての製品化が志向され、1967年にはMGC社から本格的な製品(軟鋼板プレス製レシーバと亜鉛合金ダイカストによる切削加工部品の再現)として発表された。

MGC製MP40には、レシーバとマガジンハウジングの固定方法が製造時期によって異なるほか、鋼板の表面仕上げに初期(実物と同じブルー仕上げ)と後期(茄子色仕上げ)の違いがあり、概して初期型の方が評価が高かった。

MGC製MP40に追随して中田商店からTRC(東京レプリカコーポレーション・後にマルシン工業)製のMP40が発売されるが、MGC製と異なり伸縮式リコイルユニットが省略されており、全体のディテール再現性も低く、発売当初から評価は低かった。

これら日本製モデルガンと実物のMP40を比較すると、日本製は全体的なサイズが若干大きい印象(もっさりとしている)を受け、実物の方がすっきりとした小柄な印象である。

また、廃銃として輸入されたMP38をモデルガン化された物が1点存在し、1970年代の雑誌に“100,000,000円”という法外な価格で広告されていた事でも知られている。

1977年の法改正で軟鋼板プレス製のMGC製MP40は製造・販売が禁止されたが、マルシン製MP40は全体を亜鉛合金で製造して販売が継続された。 しかし、法改正による規制をクリアするためにデザインを一部変更した事もあって評価は更に低下した。

その後、マルシンは全体をABS樹脂で新規に製作したMP40を1984年に発表したが、オリジナルの設計をほぼ再現する事に成功しただけでなく、MGC社や従来のマルシン製に用いられていたデトネータ式(開放発火)ではなく、プラグファイア式ブローバック(密閉発火)を採用して、快調な発火性能を実現した事もあって、それまでの同社製MP40への評価を完全に払拭する製品として、今日でも高い評価を受けている。

同ABS製MP40は、その後のマルシン製エア・コッキング式およびガス使用MP40型ASGの母体ともなっているほか、2006年に放映されたTVドラマ『セーラー服と機関銃』のプロップとしても使用された。

[編集] MP40の登場するメディア作品

[編集] 映画・テレビ映画

ドイツ軍が登場するほぼ全ての戦争映画に登場する(スペイン製のZ45で代用などという例もあるが)。

主人公のシュタイナーは冒頭でMP40を捨て、鹵獲したPPSh-41を使用している。
ドイツ軍の他、民間人の少年と米軍のアンジェロ軍曹が使用。
ゴールドフィンガーの手下が使用。
レイダース/失われたアーク《聖櫃》」(1作目)でナチス発掘隊配下のエジプト人がMP40を使用するが、同作品の時代設定は1936年であるため無理がある。
最後の聖戦」(3作目)でナチスの兵士らが使用。
パワーズのナイトクラブで彼を強襲したイーヴルの部下が使用。
ドイツ軍司令部において警備している兵士が装備。
ドイツ軍の他、ソ連軍懲罰大隊がMP38とMP40を多用。
ドイツ軍兵士の装備として頻繁に登場。

[編集] 漫画・アニメ

峰不二子、敵キャラ等が使用
PPSh-41とともに、カリオストロ伯爵の部下が使用。
うらみの28番(28話)はMP40をモチーフとしたストーリーである
作者(鴨川つばめ)の趣味を反映してよく登場する
自治警公安部がMP40、首都警公安部がMP41をそれぞれ使用。
五十音ことは が使用。
エーリカ・ハルトマンがサイドアームとして使用。
アメストリス国軍兵が初代グリードのアジトに突入する際や、セントラルシティでの戦闘にて使用。どちらも銃床部分にストックはついていない。
第3巻6話目でGSG-9コマンドの4人が使用。
ミレニアム大隊が使用。
第6話にて墨埜谷暮羽二等兵が使用。

[編集] ゲーム

レールチェイス2(アーケードゲーム)

主人公や敵が使用。

[編集] 小説

「シュマイザー 9ミリ マシーン・ピストル」の名で登場し、主人公のシャノンと彼が率いる傭兵部隊が使用する。映画版ではUZIを使用。

[編集] 参照

[編集] 関連項目