ステン短機関銃
イスラエルの博物館に展示されているステンMk.II
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| ステン短機関銃 | |
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| 種類 | 軍用短機関銃 |
| 製造国 | |
| 設計・製造 | エンフィールド王立造兵廠 バーミンガム・スモールアームズ ラインズ・ブラザーズなど |
| 仕様 | |
| 口径 | 9mm(Mk.II) |
| 銃身長 | 196mm(Mk.II) |
| 使用弾薬 | 9mmパラベラム弾 |
| 装弾数 | 32発(箱型弾倉) |
| 作動方式 | シンプル・ブローバック方式 オープン・ボルト撃発 |
| 全長 | 760mm(Mk.II) |
| 重量 | 3180g(Mk.II) |
| 発射速度 | 約500発/分 |
| 銃口初速 | 365m/秒(Mk.II) |
| 有効射程 | 46m(50ヤード) |
| 歴史 | |
| 設計年 | 1940年 |
| 製造期間 | 1941年~1960年代 |
| 配備先 | イギリス軍など |
| 関連戦争・紛争 | 第二次世界大戦 |
| バリエーション | Mark(Mk.) I~VI |
ステンガン (“Stengun”,もしくは単に“STEN”)とは、第二次世界大戦中のイギリスで開発された短機関銃である。
極限まで簡易化された単純設計の廉価な短機関銃であり、大量に生産されて連合国軍やレジスタンスの主力小火器として、第二次世界大戦を通じて用いられた。
なお、第二次世界大戦初期の英国では短機関銃をMachine Carbineと呼称していたため、ステンガンも採用当初の制式名称は Sten Machine Carbine(“ステンマシンカービン”)とされていた。しかし、一般にカービンとは短く軽量なライフルを示す言葉であり、本来の意味でステンガンがこれに含まれることは少ない(ただし、ステンガンのデザインそのものは、曲銃床のカービン銃を簡略化したものである)。
目次 |
[編集] 開発経緯
[編集] ダンケルク撤退とバトル・オブ・ブリテン
第二次世界大戦初期の1940年、ナチス・ドイツ軍によるフランス侵攻作戦で敗北したイギリス及びフランス軍の残存部隊は、同年5月以降、イギリス本土への撤退作戦を開始した(いわゆるダンケルク撤退)。多大な犠牲を払いつつ、イギリス軍は10万人のフランス兵を伴い撤退に成功した。
この大規模撤退に際し、イギリス軍・フランス軍が使用していた武器・弾薬などは撤退時の混乱などから多くを置き去りにせざるを得ず、イギリスまで逃れた英仏軍の兵士たちの多くが無装備状態であった。従ってこれを補う小火器の大量供給は急務となった。
しかし1940年7月以降、ドイツ空軍の英国上空侵攻が始まり、英国側は厳しい防衛航空戦を強いられる(いわゆる「バトル・オブ・ブリテン」)。イギリス空軍の奮戦によって侵攻は食い止められたものの、イギリス国内の軍需工場や施設などもかなりの損害を受け、英国における兵器生産にも障害が生じた。このような厳しい状況に対し、生産手法の新たな打開策が求められた。
[編集] ステンガンの登場
1941年に入り、英国軍はロンドンの北部にあった国営兵器工場・エンフィールド王立造兵廠に、扱いやすく生産性の良い短機関銃の開発を要請した。
エンフィールド造兵廠の技師であるレジナルド・V・シェパードとハロルド・J・ターピンは共同で新型サブマシンガンの開発にあたった。開発にあたって彼らが参考にしたのはドイツ軍のMP28とMP40だった。
特にMP40は当時における最先端の短機関銃であり、銃としての性能自体もさることながら、鋼板プレス部品の多用など、それ以前のサブマシンガンとは隔絶した生産合理化策が加えられた、極めて斬新な銃だった。シェパードとターピンらはドイツ製サブマシンガンを徹底的に調査・分析した。
その内容も踏まえ、従前では考えられないほどの特異な合理化設計を図った結果、1941年6月に試作銃を完成させた。
ドイツ軍の制式拳銃弾である9mmパラベラム弾の採用も特徴的であったが、この銃を有名にしたのは、その「外見」だった。生産性向上のため省力化を重視した結果、円筒状ボルトを同じく円筒状のレシーバーに収めた構造を用いていたが、その外見たるや、さながら水道管用の金属パイプに引き金を取り付け、左側面に箱形弾倉を差し込んで体裁を整えたような、奇怪な姿だったのである。グリップは鉄板一枚に親指を通す穴を開けただけ、前方のフォアグリップは省かれてレシーバー先端部に垂らした紐を代用にしていた。
このいささか珍妙な姿の銃は、二人の技師の頭文字(SとT)と、エンフィールド造兵廠の頭文字であるENを合わせ「STEN」(ステン)と名づけられた。正式火器採用トライアルをパスし、その後イギリス政府はさっそく、大手銃器メーカーのBSA社(バーミンガム・スモール・アームズ)にステンガンの量産を依頼した。
8月に入るとBSA社は試験的に25丁を生産し軍に納入した。その後9月、10月と生産を増やしていき、後に付近の町工場やカナダなど英連邦の兵器工場などでも生産が開始された。これによってイギリス軍は歩兵用兵器の再整備を図ることができたのである。
もっとも、生産を開始してからも長らく各部、特に弾倉部の作動不良が多発、兵員にとっては新品配布時の分解調整が必須という、粗製乱造を画に描いたような銃でもあり、英軍将兵からは「ステンチ(臭い下水管)ガン」や「ウールワース (安売りスーパーマーケット) ガン」、はなはだしくは「プランパーズデライト (デブ女の性具)」という蔑称で呼ばれた。フォアグリップを紐で代用する構造は射撃時保持に難があり、多くの場合、水平弾倉基部をフォアグリップ代わりにつかんで射撃されたが、それはさらなる給弾不良の原因となった。
当然命中精度も劣悪で有効射程は短く、小火器としての性能はMP40や米軍供与のトンプソンM1短機関銃に遠く及ばなかったが、低コストで量産できるというメリットが最優先され、終戦に至るまで大量に供給された。
[編集] ステンのバリエーション
イギリス本土で作られたステンガンは全部で6種類が生産された。
- ステンMk.I・・・初期生産タイプ。生産工程や銃の材質など問題多発したため動作不良が多かった。
- ステンMk.II・・・Mk.Iの欠点を改良。銃自体の耐久性は向上したが装弾不良は未改善。第二次世界大戦中最も生産された(総生産数約20万丁)。
- ステンMk.II(S)・・・Mk.IIにサプレッサーを装着させたタイプ。主に空挺部隊に配布された。
- ステンMk.III・・・Mk.Iの機関部を更に簡易化したもの。ラインズ・ブラザーズが開発。おもにフランスなどのレジスタンスに供給された。
- ステンMk.IV・・・空挺部隊向けに設計されたモデルで握把の下に付属する銃床(ストック)を回転して折りたたむ事により全長を短くできる。試作のみに終わった。
- ステンMk.V・・・ステンガンの最終生産型モデル。木製グリップ・銃床を採用。リー・エンフィールド小銃用の銃剣を装着可能。
- ステンMk.VI・・・Mk.Vにサプレッサーを装着させたタイプ。主にSASに支給された。
カナダやオーストラリアで製造されたものには独自に再設計されたものも存在する。
- ステンMk.I (カナダ製)・・・本土のMk.Iと違い木製部品を使っておらず、外観はMk.IIに近い。
- ロータリーマグ・ステン・・・カナダで開発されたステンガン。マガジン投入口が下方になっており、バレルカバー前部に木製の小型グリップを装備する。
- オーステン (オーストラリア製)・・・ステンMk.IIをベースに、MP40に似た方式のピストルグリップが機関部と弾倉投入口の下に追加された。また、やはりMP40のものをコピーしたユニット式遊底と折りたたみストックとを備える。
- デンマーク・ステン・タイプ短機関銃・・・デンマークのレジスタンスがステンMk.IIをベースに開発した短機関銃。一部パーツはオリジナルと違うものだがシルエットはステンMk.IIである。
[編集] レジスタンスとドイツ軍
供給先としてイギリス軍はもちろんのこと、当時ドイツ軍に対しゲリラ攻撃を行っていたフランスほかヨーロッパ諸国のレジスタンスに対しても盛んに供給され、またデンマークのように現地でコピー生産された例もある。
小型軽量なステンガンは持ち運びやすく隠しやすいため隠密行動に適し、また通常はバランスの悪さで嫌われる水平弾倉も、ゲリラ攻撃で多いシチュエーションである伏射の場合には、嵩張らず適していた。しかも使用する9ミリパラベラム弾はドイツ軍装備の収奪で賄えるなど、レジスタンスが使うには多くの面で好都合だったのである。中にはポーランドのブリスカヴィカのようにレジスタンス組織がステンを基に独自改良型の短機関銃を設計した例もあった。
大量に供給されたことからドイツ軍の手に落ちる機会も多く、ドイツ軍では鹵獲したステンガンにMP749(e)の制式名称を付与した。大戦後半にはドイツ国内でステンガンの模倣品も生産され、Mk.IIのコピー品である通称「ポツダム器材(Gerät Potsdam、ゲレート・ポツダム)」、弾倉をMP40互換としたMP3008、通称「ノイミュンスター器材(Gerät Neumünster、ゲレート・ノイミュンスター)」が知られている。
[編集] ステンガンのその後
ステンガンは大量に生産されたことと、最終タイプがそれなりに優秀であったため、1950年代までイギリス軍で使用されたが、1953年以降、後継型でより設計の優れたスターリング・サブマシンガン(トライアル時にライバルであったランチェスター短機関銃から発展した銃)の制式採用に伴って現役を退いた。
[編集] ステン短機関銃の登場するメディア作品
主に第二次世界大戦を描いた作品に登場する。
[編集] 関連項目
- Cellini Dunn SM-9
- 短機関銃・PDW等一覧
- M3サブマシンガン
- PPS短機関銃
- TZ-45短機関銃 - ステンと同時期に開発されたイタリアの軽機関銃。ステンとは直接には無関係だが、第二次世界大戦後の1952年にミャンマー(ビルマ)のネ・ウィンが国内でのライセンス生産に踏み切った。しかし、ミャンマー製のそれは品質の低さなどから「ネ・ウィンのステン」と揶揄された。