戦争のはらわた

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戦争のはらわた
Cross of Iron
監督 サム・ペキンパー
脚本 ジュリアス・エプシュタイン
ジェームス・ハミルトン
ウォルター・ケリー
原作 ウィリー・ハインリッヒ
製作 ヴォルフ・C・ハルトヴィッヒ
アーリーン・セラーズ
アレックス・ウィニトスキー
出演者 ジェームズ・コバーン
マクシミリアン・シェル
ジェームズ・メイソン
音楽 アーネスト・ゴールド
撮影 ジョン・コキロン
編集 トニー・ローソン
マイケル・エリス
配給 西ドイツの旗 コンスタンティン・フィルム
イギリスの旗 EMIフィルム
日本の旗 富士映画
公開 西ドイツの旗 1977年1月28日
日本の旗 1977年3月12日
上映時間 133分
製作国 イギリスの旗 イギリス
西ドイツの旗 西ドイツ
言語 英語
製作費 $6,000,000
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戦争のはらわた』(原題: Cross of Iron)は、1977年に制作されたイギリス西ドイツ合作の戦争映画サム・ペキンパー監督作品、上映時間133分。

原題の『Cross of Iron』は、ドイツ軍の鉄十字勲章のことである。

ペキンパー作品の特徴であるバイオレンス描写とスローモーション撮影は、観客はおろか映画制作者にも衝撃を与えた。日本公開時のキャッチコピーは「戦争は最高のバイオレンスだ」。

また、視点がドイツ軍側になっていることも、それまでの連合軍側視点中心の戦争映画と一線を画する。

ストーリー[編集]

第二次世界大戦東部戦線クリミア半島東隣のタマン半島ソビエト軍と対峙しているドイツ軍クバン橋頭堡。そこに西部戦線のフランスから、シュトランスキー大尉が志願して着任してきた。プロイセン貴族であるシュトランスキーは名誉欲が強い男で、鉄十字勲章に執着していた。そんな彼は、上司であるブラント大佐や同僚のキーゼル大尉らの信任の厚い小隊[1]、シュタイナー軍曹とソ連軍少年兵捕虜の扱いや行方不明となった部下の捜索をめぐり対立し、うとましく思う。そのシュタイナーの直属上官となったシュトランスキーだが、鉄十字勲章を得るには有能なシュタイナーを味方につけた方が得策だと考え、ブラント大佐に推薦してシュタイナーを曹長に昇格させる。しかしシュトランスキーはソ連軍の攻勢に直面すると狼狽し、地下壕から出て防戦の指揮を執ることを拒む。塹壕での白兵戦でシュタイナーとも信頼し合っていた第2小隊長マイヤー少尉が戦死、シュタイナーも負傷して後方の病院へ送られるが、完治を待たずに復帰する。

再びソ連軍の大攻勢が開始されると、シュタイナーの小隊はT-34対戦車地雷を用いた肉薄攻撃を敢行するなど奮戦するが、ドイツ軍は敗退。シュタイナー隊は殿軍となるが本隊とはぐれてしまう。形勢不利と見たシュトランスキーは策を弄して人事に働きかけ、一週間後には安全なパリへ異動できるよう内定をとりつける。ソビエト軍後方へ取り残され、味方から孤立したシュタイナー小隊は、敵の女性兵士部隊に遭遇して地図とソビエト軍の軍服を入手するなどしながら哨戒線を突破、味方部隊への復帰を図る。ようやく最前線へ到着したシュタイナー隊は敵味方識別の合言葉”境界線”と唱えながら進むが、弱みを握られてシュトランスキーの命令を受けた副官トリービヒ少尉によって機関銃(MG42)で掃射され、次々に殺されてしまう。目の前で部下を殺されたシュタイナーは、逃げるトリービヒをPPSh-41で射殺。生き残った2人の部下に別れを告げると、シュトランスキーへの"借りを返し"に向う。

再開されたソビエト軍の大攻勢の中、戦後ドイツの復興を託してキーゼル大尉を脱出させたブラント大佐は、自らMP40を携えて潰走する歩兵を押し留め、防戦の先頭に立つ。逃げ支度をしているシュトランスキーの前に現れたシュタイナーはトリービヒ少尉の死を伝えるが、シュトランスキーは意に介さず、逆に部下を置き去りにしたシュタイナーをなじる。シュタイナーは「あんたが俺の小隊だ」と告げ、シュトランスキーを撃つことなく銃を与え、混戦の中に二人で飛び出して行く。MP40の弾倉再装填法が分からずにあわてふためくシュトランスキーを見て哄笑するシュタイナー。

「諸君、あの男の敗北を喜ぶな。世界は立ち上がり奴を阻止した。だが奴を生んだメス犬がまた発情している」ベルトルト・ブレヒト

キャスト[編集]

役名 俳優 日本語吹替
シュタイナー曹長 ジェームズ・コバーン 森川公也
シュトランスキー大尉 マクシミリアン・シェル 小林修
ブラント大佐 ジェームズ・メイソン 鈴木瑞穂
キーゼル大尉副官 デビッド・ワーナー
エヴァ(従軍看護婦 センタ・バーガー
  • 日本語吹替:過去にテレビ放送された際に制作されたもの。
現在日本語吹替はいずれのソフトにも収録されていない。

寸評[編集]

サム・ペキンパーワイルドバンチで確立した「血しぶきと破片、硝煙の飛び散る銃撃描写を、超スローモーションで映し出す」という手法を、本格的戦争映画に持ち込んだ。細かいカット割りを重ねた独特の編集と相まって、すさまじい迫力を生み出している。『ワイルドバンチ』、『ゲッタウェイ』などで培われたアクション描写が盛り込まれている。

オープニングの、実写フィルムを利用したヒトラーユーゲントの登山シーンは、バックに流れる童謡Hänschen Klein(幼いハンス)」(日本では野村秋足作詞の唱歌蝶々」として知られる) とともに、劇中の戦闘シーンと鮮烈な対比を見せている。また、シュタイナーがシュトランスキーに報復せず共に戦わせ、実戦の中で慌てふためく大尉を見て哄笑するラストシーンは、観る者に強烈な印象を残す。

ヨーロッパ版ではドイツ語に吹きかえられたバージョンもある。

劇場放映やTV放映、VTR、LD版では人名が「スタイナー」「ストランスキー」と、英語風の発音の字幕・または吹き替えだったが、DVD版では改められている。また、階級が誤訳により「マイヤー中尉」だったものが「マイヤー少尉」に、シュタイナーは劇中「Unterfeldwebel」から「Feldwebel」へ進級したが、「伍長」から「軍曹」と訳されていたものを「軍曹」から「曹長」に改めている。

銃器などの装備については、できるだけ史実に近いものを使用している。ロケ地であるユーゴスラヴィア軍の現役、または予備役装備であったM53(ユーゴ軍用のMG42機関銃)、MP40PPSh-41P08P38Kar98kモシンナガン小銃マキシム重機関銃などが登場する。また、PTRS1941対戦車ライフルで塹壕を射撃するシーンが見られる。ハイライトシーンのソ連軍戦車による襲撃シーンでは、やはりユーゴ軍の装備である本物のT-34-85(戦後のチェコまたはポーランド製)が使われている。更に一瞬、砲塔を改造したM8装甲車がドイツ軍風の塗装で登場する。ソ連兵のヘルメットは、形の良く似たイタリア軍の物を使っている。

オープニングの迫撃砲陣地襲撃で捕虜となりスタイナー軍曹らに付き従う、 ロシア人少年兵は、アンドレイ・タルコフスキー監督の 『僕の村は戦場だった』に出てくる”連隊の子”「イワン少年」へのオマージュであると思われる。

DVD[編集]

この作品はDVD・ビデオ共に、日本では版権を持っている会社がないため、2000年8月発売のDVDを最後に現在廃盤のままであったが2010年8月4日にジェネオン・ユニバーサルより廉価版が発売された。しかし其の日本語字幕翻訳内容は、誤訳が多く言語としても成立していない箇所が多い。担当は須賀田昭子となっている。

その他[編集]

本作品はウィリー・ハインリッヒの原作Willing Flesh(1956年)を元に、イギリス・ドイツ合作で映画化された。制作は、イギリス側が Anglo-EMI Productions Ltd.、ドイツ側が Rapid Films GmbH である。

監督のサム・ペキンパーは『スーパーマン』『キングコング』(76年のリメイク版)の二大超大作のオファーを断り、この作品を監督した。

劇中、将軍達が野戦病院慰問時に入院将兵が合唱した歌は「Es zittern die morschen Knochen」(腐敗した体制を慄かせよ)という反共宣伝歌である。

ロシア軍による爆撃シーンは、太平洋戦線における実写フィルムとみられるF4Uコルセアとなっているが、レンドリースF4Uは供与されていない。また、終盤の機銃掃射シーンではT-6テキサンが登場するが、T-6も供与されていない。

工場へ進攻するT-34のシーンで約2秒程度フィルムが裏焼きの場面があり、車体前方機銃と操縦手ハッチが左右逆に映っている。なお、実際には43年当時T-34-85は実用化されていない。

好評だった本作品の続編としてヴォルフ・C・ハルトヴィッヒが『戦場の黄金律 戦争のはらわたII』(Breakthrough Sergeant Steiner Steiner - Das Eiserne Kreuz 2)を1978年に制作、公開したが、監督、俳優、ともに今作との関連はなく批評家の評価も低かった。

脚注[編集]

  1. ^ 当時のドイツ軍では、中隊の将校は中隊長を含め2~3人であり、大半の小隊長は下士官であった。[a]

参考資料[編集]

a 『航空ファン別冊 グラフィックアクション No26 ドイツ装甲擲弾兵』 文林堂(1995)

外部リンク[編集]