小林宏之 (野球)

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小林 宏之
千葉ロッテマリーンズ No.41
基本情報
出身地 日本埼玉県草加市
生年月日 1978年6月4日(29歳)
身長
体重
183cm
80kg
選手情報
投球・打席 右投右打
守備位置 投手
プロ入り 1996年 ドラフト4位
初出場 1998年7月4日
経歴
Template  ウィキプロジェクト 野球選手

小林 宏之(こばやし ひろゆき、1978年6月4日 - )は、埼玉県草加市出身の千葉ロッテマリーンズに所属するプロ野球選手。ポジションは投手。右投げ右打ち。背番号41。日本代表では14

目次

[編集] 投球スタイル・打撃

  • 武器は長身から投げ下ろす140km/h前半~中盤の速球とスライダーフォークチェンジアップなど。リリーフ時はストレートが140km/h台後半を記録したこともあった。
  • 制球力には定評があり与四球率が低い。またキレのある変化球(特にフォーク)を武器としており、奪三振率が高い。ピッチングスタイルは相手打者のウィークポイントを攻め、三振の取れる変化球を混ぜて打ち取っていくという、大きな特徴はないが制球力を生かしたバランスの取れたスタイルである。本人は自分の持ち味について「低目を丁寧につく投球」としばしばコメントしている。
  • 常にセットポジションから投球する
  • 2005年セ・パ交流戦ではバッティング技術も見せ、打率3割(10打数3安打、全て二塁打)、3打点をマーク。
  • 野手としてのセンスには定評があり、延長戦で野手が足りなくなりそうな場合に備え小林はシーズン中いつもベンチ入りしており、実際に出場の準備をしたこともあるらしい。また投手の中でもフィールディングは上手い部類に入る。
  • 試合中足が痙攣を起こすことがしばしばあり、それは調子が良い証拠と語っている。事実、痙攣が起こった試合の投球内容は良い場合が多い。しかし、2007年日本ハムとのクライマックスシリーズ第二ステージ第二戦においては、痙攣が治まらず途中降板した。(3回1/3 1失点)
  • 調子の波が激しく、良い時には圧倒的な投球をするものの、悪い時には5回持たず降板することもある。また、8月には未だ連勝を続けているが、反面7月は調子が悪く、2007年は1勝も挙げる事が出来なかった。ただ、この点は年々改善されてきている。
  • 最近では、エースである清水直行の不調もありマスコミなどにはエースと呼ばれることも多い。また、本人も開幕投手に意欲を見せるなど、ロッテの次代のエースと目されている。

[編集] 戦歴

  • 1996年
  • 2001年
    • 終盤から一軍に定着。
  • 2002年
    • 当初は先発起用されたが結果を出せず脱落。
    • その後セットアッパーに回り活躍する。8回小林宏之・9回小林雅英と繋ぐリレーは「小林リレー」と呼ばれ、勝ちパターンの継投として定着した。
    • オールスター初出場を果たした。
  • 2003年
    • 開幕からリリーフとして活躍、中盤に再び先発に復帰し、ローテーションに定着
    • 初の規定投球回と二桁勝利を達成
  • 2004年
    • 先発ローテーションの一角として初めてシーズン通して先発起用されるが、不安定な内容で二桁勝利には届かず。
    • 8月に初の月間MVPを獲得
  • 2005年
    • 交流戦中の読売ジャイアンツ戦では、登板直前に第一子が誕生。「睡眠時間3時間ぐらい」(本人のインタビュー談話より)というコンディションで粘投を見せ勝利を収める。その後ヒーローインタビューで、巨人戦中継で全国放送の中、子どもの誕生に喜びを見せた。
    • 交流戦中、打撃では打率3割に3打点、投げては6試合で5勝0敗という抜群の成績を残しチームの交流戦優勝に貢献。初代の交流戦MVPを獲得した。
    • 清水直行渡辺俊介らとともに先発三本柱の一角として活躍し結果シーズン12勝6敗、防御率3.30の好成績を残す。プレーオフ、日本シリーズでも活躍しチームの日本一に大きく貢献した。
  • 2006年
    • WBC日本代表に選出。しかし渡米中に発熱などして調子が上がらず、本選で登板することはなかった。
    • WBCの影響とされる足の故障で開幕から出遅れ、4月27日に初登板(対オリックス・バファローズ)。2安打完封、98球で復帰勝利。その後、シーズン最終戦となった西武ライオンズ戦で10勝目を挙げ、2年連続の二桁勝利。
  • 2007年
    • 先発ローテーションを守り自己最多の投球回を達成。13勝を挙げ、3年連続の二桁勝利。奪三振率3位(奪三振5位)、勝率2位など好成績を残す。
    • 北京五輪アジア予選日本代表メンバーに選出。初戦の対フィリピン戦を打者3人、2奪三振で締めた。
  • 2008年
    • プロ12年目で初めて開幕投手に指名され、6回途中まで無失点の好投を見せるも足を負傷し降板、敗戦投手となってしまった。

[編集] 人物・エピソード

  • 打撃にも定評があり、二軍時代に野手転向を打診されている。現在も交流戦で打撃成績を残している。
  • 2007年までチーム内に同姓であり同じく投手の小林雅英がいたので「小林宏」と表記されていた(2008年以降も育成枠で四国IL徳島インディゴソックスに所属していた小林姓の選手(小林憲幸)が入団したので、引き続き「小林宏」と表記される予定である)。愛称は小林雅の「コバマサ」に対して「コバヒロ」。
  • 足が長くモデル体型であり、顔もなかなか整っているのでテレビ・ラジオなどでは「ロッテのイケメンエース」と紹介されることがある。
  • ファッションにも気を使っており、好きなブランドはドルチェ・ガッバーナ(DOLCE & GABBANA)である。髪型や髪の色を頻繁に変えるのはファンの間でよく知られている。2005年プレーオフ日本シリーズではボストン・レッドソックスブロンソン・アローヨにあやかり髪型をコーン・ロウスタイルにし話題を呼んだ。
プレーオフ1stステージではコーンロウで登板し勝利投手。続く2ndステージでそれを止めたところ敗戦投手に。験を担ぎ日本シリーズでは再びコーン・ロウにして登板、勝利投手になっている。
また、2006年のWBCの際、ファンからの公募で決めたヘアスタイルにしようとアメリカの理容店へ行ったが、英語がうまく伝わらず変な髪型になってしまったため急遽丸坊主にした。
  • バスケットボールサッカー好きで知られる(小学校時代はサッカー部だった)。それが原因か二遊間に抜けそうな打球を足で止めることがしばしばあり、テレビの好珍プレーにも何度か登場した。2006年のマリーンズ公式サイトのプロフィールには、特技の項に「足技」、ファンに自分のここを見て欲しいの項に「トラップ」と記載。また最近はゴルフにはまっているらしい。
  • プロ入り4年目までは芽が出ず、徹夜で酒を飲み歩いたまま練習に出るなど荒れた生活を送っていた。しかしヤクルトから入団した同級生の山崎貴弘に諭されマジメに練習に取り組み始め、その結果徐々に一軍定着を果たす。山崎がいなければ辞めていたと後に語る。当時から親交が厚い。(本人のインタビューから要約)
  • 初勝利は2001年7月9日福岡ダイエーホークス戦。延長10回表に救援の藤田宗一大道典嘉に3ランを浴び勝ち越しをされた後に2死から登板し打者1人を抑えた。その裏、無死満塁からフランク・ボーリックが逆転満塁サヨナラホームランを放ちチームは逆転勝利。劇的な試合の陰で初勝利を手にしている。
  • 2003年8月25日大阪近鉄バファローズ戦(千葉マリンスタジアム)以降、2007年に至るまで8月は14連勝中で、夏場に滅法強い。
  • 2006年1月1日TBS系で放送された『スポーツマンNo.1決定戦』では初参加、らショットガンタッチでは12m50cmを記録し総合6位。運動能力の高さを見せた。
  • 喫煙者であった。しかし、2007年シーズンを最後に禁煙している。
  • ちなみに、幼いときから大の読売ジャイアンツのファンとして知られ、交流戦で勝利したときはとても喜んでいた。
  • 2007年オフの契約更改の場にて、ポスティングシステムによる大リーグ移籍の希望を訴えたが、認められなかった。

[編集] 年度別投手成績

年度 チーム

































1997年 ロッテ 41 一軍登板なし
1998年 2 0 0 0 0 0 0 .000 11 2.1 3 0 1 0 0 0 0 0 0 0.00
1999年 一軍登板なし
2000年 一軍登板なし
2001年 22 0 0 0 1 4 0 .200 238 56.0 49 11 23 1 45 3 0 24 23 3.70
2002年 58 0 0 0 7 4 0 .636 333 81.2 67 12 27 1 84 9 1 25 23 2.53
2003年 50 3 0 0 10 10 0 .500 592 145.1 135 17 36 3 117 7 1 66 62 3.84(9)
2004年 24 2 0 0 9 7 0 .563 666 154.1 162 22 57 4 137 7 0 77 73 4.26(?)
2005年 23 4 1 1 12 6 0 .667 666 160.2 157 14 28 6 129 6 0 60 59 3.30(8)
2006年 20 3 1 0 10 7 0 .588 578 142.2 129 14 27 4 120 5 0 51 44 2.78(6)
2007年 25 5 2 1 13 3 0 .813 699 170.2 157 9 38 4 163 7 0 56 51 2.69(7)
通算成績 224 17 4 2 62 41 0 .602 3783 913.2 859 99 237 23 795 44 2 359 335 3.30

[編集] 経歴

  • 初登板 - 1998年年7月4日ダイエー(11回戦)11回完了(千葉マリン)
  • 初勝利 - 2001年7月9日 ダイエー(18回戦)10回完了(千葉マリン)
  • 初完投勝利 - 2003年9月28日オリックス(25回戦)(千葉マリン)
  • 初完封 - 2005年8月26日オリックス(16回戦)(千葉マリン)
  • 初奪三振 - 2001年6月18日 5回裏・オリックス進藤達哉内野手から(グリーンスタジアム神戸
  • 初安打 - 2005年5月18日 4回表・広島佐々岡真司投手から(広島市民球場
  • 初打点 - 2005年5月18日 5回表・広島佐竹健太投手から(広島市民球場)

[編集] タイトル・表彰・記録

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

先代:
なし
交流戦最優秀選手
2005年
次代:
小林雅英
千葉ロッテマリーンズ
1996年ドラフト指名選手
1位:清水将海 / 2位:竹清剛治 / 3位:川俣浩明 / 4位:小林宏之 / 5位:小坂誠 / 6位:柳沼強
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