NO SIDE

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NO SIDE
松任谷由実スタジオ・アルバム
リリース
録音 -
ジャンル J-POP
時間
レーベル EXPRESS
プロデュース 松任谷正隆
チャート最高順位
  • 週間1位(オリコン
  • 1985年度年間6位(オリコン)
松任谷由実 年表
VOYAGER
1983年
NO SIDE
(1984年)
DA・DI・DA
1985年
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NO SIDE』(ノーサイド)は、松任谷由実の16枚目のオリジナルアルバム。1984年12月1日東芝EMIからリリースされた(LP:ETP-90310、CT:ZH28-1470)。1984年9月13日から1985年2月3日まで、『YUMING BLOOD』全国コンサートツアーが行われた。1985年6月1日に初CD化(CA32-1142)。1999年2月24日LPのブックレットを復刻し、バーニー・グランドマンによるデジタルリマスタリングで音質を大幅に向上したリマスタリングCD(TOCT-10649)とLP(TOJT-10649)をリリース。

解説[編集]

  • タイトルの「NO SIDE」はラグビーの「試合終了」を指す用語。
  • ヒプノシス考案によるユーミンマーク(YとMとIを合成したもの)はビデオ「コンパートメント」から使われ、このアルバムでは前面に押し出している。
  • アートワークは信藤三雄が手がけた。
  • テーマは「Watch me」。
  • 1985年の第27回日本レコード大賞優秀アルバム賞を受賞。
  • このアルバム以降 1997年の「スユアの波」まで、マット・フォージャーをミキサーとして起用している。

収録曲[編集]

  1. SALAAM MOUSSON SALAAM AFRIQUE(サラーム モンスーン サラーム アフリーク)
    アフリカを舞台にした、「箱舟」「砂漠」「海流」などのフレーズが登場する曲。
  2. ノーサイド
    タイトルチューンで、文字通りラグビーの試合終了後の感情を歌った歌。
    元々は松任谷がプロデュースしていた麗美への提供曲だった(アルバム「REIMY」の3曲目に収録)。麗美ヴァージョンでは歌詞の時期の部分が「2月」と具体的になっていたが、楽曲が発表された1984年当時、2月に開催される日本のラグビーは全早稲田・慶應・明治の対抗戦のみで、シーズンは1月15日に行われる日本選手権で終わっているとラグビー関係者に聞かされ、「冬の日」に歌詞を変えたという(現在は日本選手権が2月に行われている)。
    この曲が生まれたきっかけとなったのは、全国高等学校ラグビーフットボール大会での「伝説の一戦」とされる[1]、1984年1月7日に行われた第63回大会決勝・天理大分舞鶴戦である[2]。この試合は、後半ロスタイムに入り大分舞鶴がトライを決めて18-16にまで迫り、決まれば同点で両校優勝となるゴールキックを主将のFB福浦孝二[注 1]が左に外し、その直後ノーサイドの笛が鳴っている。この光景をテレビで見ていた松任谷が「どんなに悔やんでも、高校生が部活を辞めたら、次のシーズンは、自分と同じゼッケンをつけて駆けてゆく誰かを見ていることになる。その情景が思い浮かんで、ぐっと来てしまいました」として、この曲の着想を得たという。一方、歌詞の中に「長いリーグ戦締めくくるキック」のフレーズがある(高校ラグビーはトーナメント戦であり、リーグ戦ではない)ことを踏まえ、日刊スポーツは当時早稲田大のSOだった本城和彦を指して「『ノーサイド』誕生のきっかけの1つ」と述べている[4]
    1985年富士フイルム・ビデオテープスーパーHG HiFi CMソング。TBS『ルージュの伝言』でドラマ化された(第20話、主演・大島智子)。1991年TBS系『ユーミン・ドラマブックス』でドラマ化された(出演:浅野ゆう子明石家さんま)。脚本は共に君塚良一。後に原本玲子の「The Last Game~もうひとつのノーサイド」にこの曲がサンプリング使用され、2006年度にFonogenico2007年度にはキンモクセイ2008年度は高杉さと美によって、毎日放送系「全国高等学校ラグビーフットボール大会」のイメージソングとしてカバーされ、2007年には、竹井詩織里がミニアルバム『documentary』にて、2017年には瀧川ありさがシングル(テレビアニメ『ALL OUT!!エンディングテーマ)で、それぞれカバーした。
    2013年12月1日、改修工事前の国立競技場にて行われた最後の早明戦関東大学ラグビー対抗戦グループ最終戦・早稲田大対明治大)の試合終了後に行われたセレモニーに出演し、夫である松任谷正隆ピアノの演奏をバックに、この曲を披露した[4]
  3. DOWNTOWN BOY
    タイトルと詞の内容から分かるように、この曲はビリー・ジョエルの「アップタウン・ガール」の世界を、富裕層の女性の視点から描いたアンサーソング(answer song)である。1984年富士フイルム・ビデオテープスーパーHG HiFi、1998年三菱自動車・新型トッポBJのそれぞれCMソングに起用。アルバム発売CMにも使われた。また1999年露崎春女がカヴァー。
  4. BLIZZARD
    スキーをテーマにした、ユーミンの冬の定番曲のひとつ。1987年映画私をスキーに連れてって』劇中歌。1996年三菱自動車・「Catch The Winter」キャンペーンCMソング(観月ありさが出演)。
  5. 一緒に暮らそう
    イメージは世田谷の玉川高島屋S.Cソニープラザ(現・プラザ)。
  6. 破れた恋の繕(なお)し方教えます
    小林幸子がカヴァー。
  7. 午前4時の電話
  8. 木枯らしのダイアリー
  9. SHANGRILAをめざせ
    のちに超大型ライブ「ユーミンスペクタクル・シャングリラ」シリーズのテーマソングになることとなる、ユートピア探求を歌った曲。
  10. 〜ノーサイド・夏〜空耳のホイッスル
    1985年富士フイルム・ビデオテープスーパーHG HiFi CMソング。詞の中に「老人」のフレーズが登場、この曲が「青春の日々がどれだけ掛け替えのないものか」を示している。
    前述の2013年12月1日の早明戦後のセレモニーで、「ノーサイド」の歌唱に先駆けて「すべてのラグビーOBにささげたい」と話して、本曲の歌詞の朗読を披露している[4]
  • 作詞・作曲 : 松任谷由実 編曲 : 松任谷正隆
  • シンセサイザー・アレンジ : 松任谷正隆、浦田恵司

参加ミュージシャン[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

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  1. ^ この日、福浦は鹿屋体育大学受験の日と重なっていたために本来は試合に出場できないところだったが、大学の配慮により特別に試験開始時間がずらされ、大阪に戻って試合に出場できたという因縁があった[2][3]

出典[編集]

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