仙洞御所

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
後院から転送)
ナビゲーションに移動 検索に移動
仙洞御所庭園(京都市

仙洞御所(せんとうごしょ)は、譲位した天皇(「太上天皇」・「法皇」・「上皇」)の御所。仙洞とは本来仙人の住み処をいう。そこから転じて太上天皇・法皇の御所をいい、さらに転じて太上天皇・法皇の異称としても使われた。

解説[編集]

仙人とは中国で古くから信じられた理想的な人間像で、俗世を離れて深山に隠遁することから、退位した天皇の住まいの美称として用いられるようになった。貴人の住まいを「御所」ということから「仙洞御所」と呼ばれた。

上皇・法皇は退位後、内裏から退去して仙洞御所に移るのを常とし、里内裏が多くそれにあてられた。仙洞御所はまた「(いん)」とも呼ばれ、これも上皇・法皇の別称として使われた。仙洞御所には家政機関としての院庁が置かれたほか、白河上皇の時には近衛として北面武士のちに西面武士が設置された。

京都の仙洞御所[編集]

現在、京都市上京区にある京都御苑内で、京都御所の南東に位置している。これは1627年寛永4年)に後水尾上皇のために造営されたもので、正式名称は「桜町殿」という。東部には広い池を中心に庭園が広がっている。初め小堀遠州によって築庭されたが、のちに後水尾上皇の意向により大きく改造されている。

仙洞御所の建築群は1854年嘉永7年/安政元年)の火災後再建されず、現在では庭園のみが残っており、1867年慶応三年)以降には隣りの御常御殿が残る大宮御所に組みいれられ、皇室の京都における邸宅として整備された。庭園の周辺が空地であったため京都迎賓館建設の声が上がった際には、その候補地のひとつにも挙がったが、結局別の場所に建設された。

なお、仙洞御所西北に隣接する京都大宮御所は後水尾天皇の中宮であった東福門院の女院御所として造営されたものが元となっている。前述のとおり京都大宮御所は御常御殿を改修を行いそれに伴い仙洞御所との塀を除きこれを組み入れた。大正時代には大宮御所の御常御殿の内装などが洋室に改装されるなど住居としての実用性が向上し、仙洞御所の庭園を合わせた邸宅としての装いが整った。現在では大宮御所と仙洞御所を合わせた邸宅を単に「大宮御所」と呼び天皇皇后京都府への行幸啓(帰京)の際の滞在施設として使用されている。

仙洞御所(大宮御所ふくむ)の地は、かつて聚楽第の後身として豊臣家の本邸「京都新城」のあった地であり、当時は太閤御所・太閤上京御屋敷などと呼ばれていた。豊臣秀吉が没した翌慶長4年9月に大坂から秀吉の正室・北政所(のちの高台院)が入り、居住した。彼女は寛永元年に没ししばらくは甥の木下利房が住したが、寛永4年に後水尾天皇が譲位の意向を示すと、幕府はこの地を仙洞御所と大宮御所の地として選び御所建設工事に着手した。このとき御所の規模構造について大坂城代から「皇居より大きくしないこと」などと細かな指示書が示されている。譲位の意向は徳川和子(のちの東福門院)の生んだ親王が夭折したためいったん撤回され、工事の進捗は緩慢になったと考えられるが、寛永6年11月天皇が突如譲位を決行すると、工事を再開、翌7年12月に上皇は新構の仙洞御所に移徙(わたまし)している。このとき多くの建物は二条城から寛永行幸の際に使用した建物を移築再利用している。阿古瀬淵は豊臣家邸宅庭園の遺構と伝える。

1840年天保11年)の光格上皇崩御後は、1869年明治2年)の東京奠都に伴う東京への皇室や御所の移転を経た後も、「一世一元」の発布に伴う終身在位制により退位した天皇がいなかった為、従来より単に「仙洞御所」と称されてきた。しかし、2019年平成31年)4月30日天皇退位特例法に基づき第125代天皇明仁が、東京奠都後の天皇として初めて退位[1]し、上皇となった。その上皇の御所としての仙洞御所(現在は皇居内の吹上仙洞御所)の名称が東京にも必要となったことから、区別のために「京都仙洞御所」と改称された[2]

東京の仙洞御所[編集]

2019年(平成31年)4月30日に第125代天皇明仁が退位し上皇となり、翌令和元年5月1日に第126代天皇徳仁即位[3]したことに伴い、東京都千代田区千代田皇居の従来の御所が上皇の御所である「吹上仙洞御所[4][5]に、同都港区元赤坂赤坂御用地の従来の東宮御所が今上天皇の御所である「赤坂御所」[6]にそれぞれ改称された。近々、上皇明仁は、現在の赤坂御所が正式な仙洞御所として改修が終わるまで同都港区高輪高輪皇族邸[7]に仮転居する。次に、上皇明仁の転居後の吹上仙洞御所が改修され、完了次第、今上天皇が赤坂御所から転居し、天皇としての正式な御所となる。そして、今上天皇の転居後の赤坂御所が改修され、完了次第、上皇明仁が高輪皇族邸から転居し、上皇としての正式な仙洞御所となる。

上記以外の仙洞御所[編集]

平安京の北西部を占める妙心寺は、花園上皇の仙洞御所である萩原院を寺に改めたものである。

脚注[編集]

  1. ^ 2019年(令和元年)5月1日内閣告示第1号「天皇陛下御退位等に関する件
  2. ^ 皇位継承後のお住まいの名称を発表 - NHKNewsweb(日本放送協会)、2019年4月22日17時18分配信。
  3. ^ 2019年(令和元年)5月1日内閣告示第2号「皇位継承に関する件
  4. ^ 2019年(令和元年)5月1日内閣告示第4号「上皇上皇后両陛下の御在所が定められた件
  5. ^ 両陛下住まい、退位後は「吹上仙洞御所」と改称読売新聞 2019年4月22日
  6. ^ 2019年(令和元年)5月1日内閣告示第3号「天皇皇后両陛下の御在所が定められた件
  7. ^ 天皇陛下の御退位に伴うお住居の移転等について(平成29年12月18日発表)宮内庁 2017年12月18日

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度1分23.89秒 東経135度45分47.85秒 / 北緯35.0233028度 東経135.7632917度 / 35.0233028; 135.7632917