床の間

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床の間
正面奥左に床の間、右に違い棚、床の間左に付け書院の「本勝手」の構え。名古屋城本丸御殿上段の間
エドワード・モースがスケッチした床の間のある座敷。モースは床の間を日本家屋の精神性の中心と表現した。

床の間(とこのま)とは、日本の住宅の部屋に見られる座敷飾りの一つ。正しくは「(とこ)」で、「床の間」は俗称とされる[1]

ハレの空間である客間の一角に造られ、床柱、床框などで構成されている。掛け軸や活けたなどを飾る場所である。

歴史[編集]

元来、仏家より出たもので、押板と棚に仏像を置いていたと言われ、これが武家に伝わり仏画や仏具を置く床飾りが広まった[2]。南北朝時代に付書院や違い棚とともに造られ始めた「押板(おしいた)」は、掛け軸をかける壁に置物や陶器などを展示する机を併合させたもので、その用途をそのままに、近世の茶室建築に造られた「上段」が床の間となった。床の間は近世初期の書院造、数寄屋風書院をもって完成とされる[3]

厳格な座敷では、床の間、違い棚、付け書院の3要素が揃って正式なものとされ、その配置は、座敷の正面奥の左側に床の間、右側に違い棚、床の間の左の縁側面に奥から手前方向に付け書院が設置されるのが正式で、これを「本勝手」、反対に床の間の左に違い棚、右に付け書院のものは「逆勝手」と呼ばれた[2]

大正時代には四畳半1室の住家でも三尺の床の間を設ける提案がなされるほど欠かせないものであり[4]、日本の伝統建築が海外に紹介されるに従い、室内の最も大切な象徴的な場所として物を飾る固定の場所が用意され、季節などに応じて飾る美術品を替えて日常的に楽しむという「床の間」のあり方が西洋の建築家らに影響を与えたりもした[5]

第二次大戦後は、生活様式の変革を目指す建築家らによって床の間の廃止が進んでいった[6]。日本の住宅では以前はよく見られたが、最近の住宅では床の間が取り付けられることは少なくなっている。

用途[編集]

床の間は、前述されているように南北朝時代の押板の用途と同様で、絵画や観賞用の置物などを展示する空間である。

近世には、有力者の館や城の広間、有力者の家臣が、仕える主人を迎え入れるため邸宅の客間に座敷飾りが造られ、その一部として採用された。主人のいる上段に装飾を施した床の間などの座敷飾りを造り、主人の権威を演出した。江戸時代には、庄屋などの一部の庶民の住宅において領主や代官など家主よりも身分の高い客を迎え入れるために床の間などの座敷飾りが造られ[3]、明治時代以降になると、都市部の庶民の客間にも床の間が一般化するようになった。

現在では掛け軸をかける習慣が衰え、畳の部屋でも床の間を省略することも多い。床の間の起源に先祖返りするような形で、簡素な飾り棚を置くような例も見受けられる。

上と下[編集]

書院造の建築にある「広間」では床の間のある方を「上座」といい、その反対を「下座」という。江戸時代以前の大名屋敷や城郭の御殿において上座のことを「上段」、それ以下を下段や中段などといい、座敷飾りの施された上段は、領主や当主などの主人の部屋とされた[1]

構造[編集]

床の間には、床板と畳の上面を揃えた「踏込み床(ふみこみどこ)」、畳より床板の上面を高くした、「蹴込み床(けこみどこ)」、床の間の袖一角を袖壁と正面に幅の狭い壁で半ば隔て袋状にしたものを「袋床(ふくろどこ)」といい、「置き床(おきどこ)」は移動できる簡易な床である[7]

床の構成[編集]

本床では、床柱を中心としてその横に床の間や床脇を置く。床の上部に垂れる小壁の下端には、「落し掛け」をつけ、床と畳とに段差がある場合には「床框(とこがまち)」という漆塗りの平行材を付ける。床のゆか板のことを床板という。壁仕上げには砂壁が用いられる。

床柱(とこばしら)は床の間で最も目立つ部材であり、書院造では角柱が基本であるが、私邸などでは数寄屋造りの影響から、節つきの丸木等、珍しい銘木を用いることもある。

近世初期の園城寺光浄院客殿、二条城二の丸書院、本願寺書院などは床框を用いず、一枚板(押板)を置く。また、これらは張付け壁に障壁画を描いている。

本床の間[編集]

民家の本床の間。床脇棚は違い棚。床柱には花活けが添えられている。

床の間は、床を単独で配置するだけではなく、廊下(採光)側に付書院、反対側に、棚を持つ床脇を備えたものを本床の間(ほんとこのま)や本床(ほんとこ)という。

付書院(つけしょいん)は出窓状に奥行きを持たせ、その奥に書院欄間、障子が建てられる。もとは出文机(だしふづくえ)という明かり障子を持つ出窓状の机で、南北朝時代に、文具などの物を置いて鑑賞するためのものとして用いられるようになった[3]

床を挟んで付書院と反対側に配される空間を床脇(とこわき)という。違い棚と袋戸棚付の棚)が設えられる。床脇の内に付けられる「違い棚」には「上下棚」や「釣り棚」などがある。袋戸棚は高さによって、上を天袋、下を地袋という。何れも引き違いの襖戸を付ける。[8]

関連書籍[編集]

  • 『物語・ものの建築史《床の間のはなし》』前久夫、鹿島出版会

脚注[編集]

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  1. ^ a b 三浦正幸著『城のつくり方図典』小学館 2005年
  2. ^ a b 床の間及棚附書院の事『通俗家屋改良建築法』井上繁次郎 著 (博文館, 1902)
  3. ^ a b c 太田博太郎監修『【カラー版】日本建築様式史』美術出版社 1999年
  4. ^ 森口多里, 林いと子『文化的住宅の研究』p273
  5. ^ アルヴァ・アールト ヴィラ・マイレアと「床の間」金顯燮、SADI NEWS 29, THE SCANDINAVIAN ARCHITECTURE AND DESIGN INSTITUTE OF JAPAN 2008
  6. ^ 日本型近代家族と住まいの変遷西川祐子、総合プロジェクト研究「幕末・明治期の外国文化受容」、立命館大学、1994-07
  7. ^ 青木博文ほか著『建築構造』実教出版 2000年
  8. ^ 橋場信雄著『建築用語図解図典』理工学社 1970年

外部リンク[編集]