本陣殺人事件
本陣殺人事件 | ||
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著者 | 横溝正史 | |
発行日 | 1973年4月20日 | |
ジャンル | 小説 | |
国 | 日本 | |
言語 | 日本語 | |
ページ数 | 407 | |
コード |
ISBN 4041304083 ISBN 978-4041304082(文庫本) | |
ウィキポータル 文学 | ||
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『本陣殺人事件』(ほんじんさつじんじけん)は、横溝正史の長編推理小説で、「金田一耕助シリーズ」の第1作である。1946年(昭和21年)4月から同年12月まで『宝石』誌上に連載された。降り積もった雪で囲まれた日本家屋での密室殺人を描く。雑誌連載時の挿絵は松野一夫による。
横溝は本作で1948年第1回探偵作家クラブ賞を受賞した。
2023年にアメリカの『タイム』誌が選ぶ「史上最高のミステリー&スリラー本」オールタイム・ベスト100(The 100 best mystery & thriller books of all time)に、『The Honjin Murders』のタイトルで選出されている[1]。
2014年3月時点で映画2本、テレビドラマ3作品が制作されている。
概要
[編集]本作は横溝の戦後最初の長編推理作品であり[注 1]、それまで日本家屋には不向きとされていた密室殺人を初めて描いた作品として知られる。また金田一耕助のデビュー作でもある。
『宝石』の編集長・城昌幸から連載の依頼を受けた作者は、本格中の本格というべき「密室殺人事件」か「一人二役」「顔のない死体」という三大トリックのどれかに取り組んでみたいと思ったが、『神楽太夫』[注 2]で顔のない死体を書いてしまったので、自分に本格ものが書けるかもしれないという自信を植えつけてくれたディクスン・カーが密室作家であることからも、こんどはどうしても密室殺人を書きたいと思った[2]。
本作の冒頭でも述べられているが、疎開していた農家の天井も柱も長押もすべて紅殻塗りであったことがガストン・ルルー著『黄色い部屋の秘密』を連想させ、日本式家屋での密室殺人が書けないものか考え始め、さらにカーター・ディクスン著『プレーグ・コートの殺人』の四方を泥に囲まれた離れを雪に囲まれた離れに置き換えたらどうかと考えたと作者は述べている[3]。
密室トリックについては、シャーロック・ホームズ・シリーズの『ソア橋』との共通性が指摘され、本作の中でも金田一耕助が推理の根拠としてそれを引き合いに出しているが、作者自身はロジャー・スカーレット著『エンジェル家の殺人』に着想を得たものだと語っている[4]。
物語は、岡山県に疎開した作者が人伝いに聞いた話をまとめたという形式をとっている。このスタイルは同じく琴が扱われている谷崎潤一郎の『春琴抄』の懐古物語形式の影響であると横溝自身が語っている[5]。トリックに関わる小細工のすべてを琴に結びつけることで怪奇幻想色を演出するとともに、田舎町の本陣という日本の古い伝統を背景に置くことで、重苦しく怪しい雰囲気を作り上げた。この横溝の作風は本作に始まり、後続の『獄門島』や『八つ墓村』で完成された。
作中、金田一耕助は、A・A・ミルン の『赤い館の秘密』の素人探偵アントニー・ギリンガムに似ているという描写があるが、後年横溝は、ギリンガムがこの一作だけなので、金田一耕助も『本陣』一作だけのつもりだったと語っている[6]。『獄門島』で金田一が再登場した経緯は、本作の連載中に『宝石』の編集長・城昌幸から「次の作品を書け」との依頼があり、新しい探偵を考えるのが面倒という理由で金田一を再登板させることになったというものである[7]。金田一とその後何度もコンビを組むことになる磯川警部も本作に同時に登場している。
作品の最後は、作者による、作品冒頭の言葉遣いがアンフェアな叙述トリックではないという説明に費やされたり、作中、海外探偵小説の密室のトリックについて「探偵小説論争」が行われたりと、探偵小説批判が盛り込まれているのも本作の特徴となっている。
佐藤友之『金田一耕助さん・あなたの推理は間違いだらけ!』(青年書館)の中で「克子が処女でなかったことに嫌悪し殺人まで計画した賢蔵なら、初夜に克子を抱くことはありえず、克子の方は初夜に自分を求めない賢蔵に対して、"やっぱりこの人は私を許してはくれていないんだ"と、考えて悶々として眠れない夜を送ったはず。従って、克子は夜中に賢蔵のただならぬ気配に気がついたはずで、寝ているところを賢蔵が刺し殺すことは不可能。」と、いう点が疑問として指摘されている。
本作中では、村・川・駅の名前の漢字がそれぞれ伏字となっているが、川―村、岡―村、総―町、清―駅、高―川については作中設定に合致する実在地名(川辺村・岡田村(ともに現・倉敷市)、総社町(現・総社市)、清音駅、高梁川)が存在する。久―村は久代村(現・総社市)に相当するとも考えられるが、清音駅よりも総社駅の方が近い(清水京吉が清音駅から久代村を目指すのは不自然)という問題がある。
一柳家のモデル宅は、岡田村字桜部落(現・真備町岡田)にある横溝正史疎開宅に近い西側に、本家分家がどっしりと棟を並べて村人たちから「大加藤」と呼ばれている加藤家の屋敷の本家で、もとは川辺村で本陣を構えていたが、1893年(明治26年)の高梁川大氾濫で桜部落へ移ったと、横溝の妻・孝子が記している[8]。
あらすじ
[編集]1937年(昭和12年)11月25日、岡山県の旧本陣の末裔[注 4]・一柳家の屋敷では、長男・賢蔵と小作農の出である久保克子の結婚式が執り行われていた。式と披露宴は、賢蔵の妹・鈴子が琴を披露するなどして何事もなく午前2時前にお開きとなった。
その2時間ほどのち、明け方に近くなった頃、新郎新婦の寝屋である離れ家から悲鳴と琴をかき鳴らす音が聞こえてきた。父代わりに克子を育てた叔父の久保銀造らが雨戸を壊して中に入ると、賢蔵と克子が布団の上で血まみれになって死んでいた。しかし離れ家内には死んだ夫婦以外に誰もおらず、庭の中央には血に染まった凶器の日本刀が突き立っているほかには、披露宴終了直後に降り出して積もった雪の上にも犯人の逃げた跡がなかった。銀造は名探偵と見込んで自らが出資している金田一耕助が偶然家に遊びに来ていたので、彼を呼ぶ。
警察による捜査の結果、結婚式の直前に顔を隠し手袋をした3本指の男が一柳家を訪れ、賢蔵に「君のいわゆる生涯の仇敵」と署名した復讐遂行を示唆する手紙を託したこと、および「生涯の仇敵」と書かれた男の写真が賢蔵のアルバムにあったことが判明し、さらに日本刀についていた指紋と2日前に3本指の男が駅前で水を飲んだコップとの指紋が一致したため、3本指の男がその「生涯の仇敵」であり、犯人であると目される。しかし、夢遊病が疑われる鈴子が式の前夜に死んだ愛猫の墓に参っていたときに出くわしたと証言した以外、その足取りがつかめなかった。
やってきた金田一は、一柳家の三男・三郎の本棚いっぱいの探偵小説の存在に非常な興味を示し、三郎と探偵小説における密室殺人の論議を交わす。その夜、同刻に再び琴の音が響き、同じ離れ家で重傷を負った三郎が発見される。やはり庭に凶器の日本刀が突き立っていた。三郎は金田一との探偵小説論議がきっかけで密室殺人の秘密を暴くべく離れ家に来たところ、不審な男に斬りつけられたと証言する。
そんな時克子の友人が訪れ、克子とかつて交際のあったある不良青年が犯人に違いないと主張する。その男と「生涯の仇敵」の写真の男が別人なので警察は混乱するが、金田一は、克子が処女でないことを賢蔵に打ち明けていたということを知って事件の大筋に見当をつけ、鈴子の愛猫の墓から手首から切り落とされた3本指の手を発見。さらに家の近くの炭焼き窯から3本指の男の死体を発見する。
金田一は一同を事件現場に集め、事件のトリックを再現してみせた。水車に結びつけてあった糸に引かれて、凶器の刀は雨戸上部の欄間より外に出、幹に刺さった鎌で糸を切られ、地面に刺さるという仕掛けなのであった。事件のたびに琴が鳴らされたのは、琴糸をその通過経路上にある叢竹が弾いて音を鳴らしてしまうことをカムフラージュするためであった。賢蔵は、克子が処女でないことを知って婚約を破棄したかったが、小作農の娘がゆえの周囲の猛反対を押し切っての結婚だったので、「それ見たことか」と笑われるようなこともプライドが許さないことから、自分に苦悩をもたらした克子を殺し、自らも死ぬ計画を立てたのであった。しかし、自殺したというのもまた自己の敗北を認めることになるため、自分も殺されたと装えるトリックを考えたのであった。さらにトリックの実験現場を見られたため三郎を共犯に引き入れ、探偵小説好きの知恵を借り、殺人に見せかける細工を付加した。賢蔵の死亡保険の受取人になっていた三郎は、自殺では保険金が受け取れないこともあって協力した(ただし克子を殺すことは知らなかったと主張)。3本指の男は単なる通りがかりに衰弱死したところを賢蔵に偶然見つけられ、犯行の予行実験に使われたり、切られた手首をスタンプとして使われたり、持っていた運転免許証の写真を「生涯の仇敵」として仕立てあげられたりしていたのであった。賢蔵の誤算は、殺人に見せるために雨戸は開けておくつもりで犯人と思わせる足跡も庭につけていたのだが、雪が積もってしまいそれが無駄になってしまったことであった。金田一は、雨戸を開けなかったのは賢蔵の最後の自棄であったと推測する。鈴子が事件のあった次の夜に出会った相手は3本指を掘り出していた三郎で、夢遊病を起こしてふらふらやって来た彼女を3本指で驚かせたものであった。三郎の負傷事件は自演で、探偵小説論議における金田一の「密室殺人も機械的トリックは感心しない」という言葉への挑戦で行ったものであった。
登場人物
[編集]- 金田一耕助(きんだいち こうすけ)
- 新進の私立探偵。久保銀造が呼び寄せた。
- 磯川常次郎(いそかわ つねじろう)
- 岡山県警察部の警部。今回の殺人事件を担当する。
- 木村
- 磯川の部下の若い刑事。金田一の依頼で清水京吉が目指していた久―村の親戚を探し出した。
久保家
[編集]- 久保克子(くぼ かつこ)
- 女学校の教師。ある集会で講演をしていた一柳賢蔵と出会い、結婚するが、離れ家で賢蔵と共に死んでいるのが発見された。
- 久保銀造(くぼ ぎんぞう)
- 果樹園の経営者で克子の叔父。亡き兄・林吉の娘の克子を育て上げた。金田一耕助のパトロンで、アメリカの大学の学資を負担したり、金田一が探偵業を営むにあたり事務所の設備費や当面の生活費などを負担したりした。
- 久保林吉(くぼ りんきち)
- 故人。克子の父。岡―村の小作人であったが、弟・銀造と共にアメリカへ渡って果樹園の技術を習得し、故国へ戻って成功させた。
一柳家
[編集]- 一柳糸子(いちやなぎ いとこ)
- 賢蔵らの母。威厳と誇りを崩さない老婦人。
- 一柳賢蔵(いちやなぎ けんぞう)
- 長男で、一柳家の当主で学者。ある集会の講演で久保克子と出会い、それからわずか1年ほどで結婚の意志を伝え、周囲からの反対の声を押し切って結婚するが、離れ家で彼女と共に死んでいるのが発見された。
- 一柳妙子(いちやなぎ たえこ)
- 長女。ある会社員と結婚して、上海に渡航している。
- 一柳隆二(いちやなぎ りゅうじ)
- 次男。大阪の病院に勤務している医者。
- 一柳三郎(いちやなぎ さぶろう)
- 三男。兄弟中での不作で、家でごろごろしている。狡猾なところがある。
- 一柳鈴子(いちやなぎ すずこ)
- 次女。病弱で腺病質だが、琴を弾くのは上手である。婚礼の当日で、克子の代わりに琴を弾いた。
- 一柳良介(いちやなぎ りょうすけ)
- 賢蔵らの従兄弟。
- 一柳秋子(いちやなぎ あきこ)
- 良介の妻。
- 一柳作衛(いちやなぎ さくえ)
- 故人。賢蔵らの父。日ごろは温厚だが激すると前後の見境をなくす人物で、田地の争いから日本刀による殺人事件を起こし、自らも深傷(ふかで)を負って死亡した。
- 一柳隼人(いちやなぎ はやと)
- 故人。良介の父。軍人で階級は大尉。日露戦争中に部内での不正事件の責任を負って日本刀で割腹自殺した。
- 一柳伊兵衛
- 賢蔵らの大叔父で川―村に在住。酒癖が悪く、婚礼のあと泥酔したため三郎が送って帰った。そのため三郎は事件のとき不在だった。
その他
[編集]- お直(おなお)
- 一柳家に仕える下働きの老婆。
- お清(おきよ)
- 一柳家に仕える女中。
- 源七(げんしち)
- 作男。
- 周吉(しゅうきち)
- 一柳家に仕える小作。
- 田口要助
- 近所の百姓。清水京吉が一柳家の内部を覗いていたのを目撃していた。
- 妹尾(せのお)
- 保険の代理店を営んでいる。早い段階で自殺説を主張した。
- 白木静子(しらき しずこ)
- 克子と同窓で親友。女学校の教師。
- 田谷照三
- 久保克子のかつての恋人。某医科大学の制服を着用していたが実は3度受験して失敗しており、そののち暴力団員になっている。
- 清水京吉(しみず きょうきち)
- 右頬に大きな傷跡がある、右手が三本指の男。事件の前々日に一柳家までの道を尋ねた。
作品成立の経緯
[編集]1945年、3月10日の東京大空襲におどろいた義理の姉からの疎開のすすめに応じて、43歳の横溝は吉祥寺の家を引き払い、夫人と3人の子供を連れて、親戚の手引により、4月1日に両親の出身地に近い岡山県吉備郡岡田村(現・倉敷市真備町岡田)字桜に疎開した[10]。
疎開先で横溝は、敗戦に終わったときの日本の将来への不安もあったが、探偵小説に対する理不尽な圧迫も解消される時代が来るのではないか(第二次世界大戦中は軍の指示によって探偵小説は禁止されていた)、そうなったら瀬戸内海の島を舞台にしたものなど本格探偵小説を書いてみたいという希望も抱いていた。「終戦の詔勅」を聞いたあとは「さぁ、これからだ!」と再出発に奮い立ち、「それからのちの私は、本格探偵小説の鬼であった」と述べている。
まもなく同級生の兄で本格探偵小説マニアの西田政治(1893 - 1984 作家・翻訳家)が神戸から海外探偵小説の古本を送ってきてくれるようになり、それを吸収しながら静かに田舎で準備を整えだした[注 5]。村に復員してきた学生たちは、作家横溝がいることを知って遊びに来るようになり、横溝は思いついたトリックなどを語って聞かせていたが[12]、そのひとり藤田嘉文という青年[注 6]から彼の出身校の岡山一中に伝わる「琴の怪談」を聞き[注 7]、「琴というロマンチックな小道具」を利用しようと思いつく。また、両親がこの近在の出であったため(先祖の墳墓も南方一里にあった)横溝一家は「よそもの」扱いされることはなかったが、地方の村では「都会では死語にひとしい『家柄』という言葉が、いまなお厳然と生きており」、「『よそもの』に対する排他精神や警戒心が、都会人には考えられないほど根強いことを知った」ことも作品に強い影響を与えることとなった。岡田村には旧本陣の末裔が今も資産家として大きな屋敷を構えており[8][注 8]、地方の古めかしい家柄というものも横溝の興趣をそそった。
年が明けた1946年、横溝は『宝石』の城昌幸編集長から長篇執筆の依頼を受け、念願の本格長編探偵小説の第1作『本陣殺人事件』が誕生した。横溝にとって「戦後初の長篇」でもあった[注 1]。
出版社に送った第1回の原稿では、「本陣」では一般読者にわかりにくいのではないかということで『妖琴殺人事件』という題を付けたが、自己の戦前の作風が連想されることを忌避し、また新たな出発のために、「本陣」については第2回以降で説明を加えればよいと思い直して原稿を送った後、電報で題名変更を伝えた。当初の執筆条件は「毎回26枚、6回連載、全部で150枚の長篇」であったが反響も良かったため、結果的に連載は8回、枚数的には倍の長さとなった(起稿は1946年2月25日、脱稿は同年10月7日)。連載中、横溝は既知未知の多くの人々から激励の手紙をもらい、「日本でも論理的探偵小説が、必ずしも歓迎されなくはないことを知って、大いに意を強うした」という。
本作は完結後に「土曜会[注 9]」の席上で詳しく吟味検討され、特に江戸川乱歩により綿密に解剖され、長所短所を指摘した評論[注 10]の中で、欠点として「殺人の動機について、読者を納得させるところが不十分である」という指摘がなされた。横溝自身もこの部分は不満を感じていたのでのちに加筆され、それが決定稿となった[14]。
作品の評価
[編集]- 1948年第1回探偵作家クラブ賞を受賞[注 11]。
- 田中潤司は作者作品ベスト5を選出した際、本作品を2位に挙げ[注 12]、作者もこれを「妥当なもの」としている[3]。
- 『週刊文春』が推理作家や推理小説の愛好者ら約500名のアンケートにより選出した「東西ミステリーベスト100」の国内編では、本作品は1985年版で7位に[注 13]、2012年版で10位に選出されている[注 14]。
- 横溝を世界ベストファイブ級の才能と激賞する坂口安吾は、終戦後の作品で最もつまらないのが本作品であると述べている[17]。
- 本作品は、2023年に『タイム』誌が選ぶ「史上最高のミステリー&スリラー本」オールタイム・ベスト100に選出されている[1]。
書誌情報
[編集]- 本陣殺人事件(青珠社、1947年)
- 横溝正史集 探偵小説名作全集4(河出書房、1956年5月)
- 獄門島 横溝正史全集3(講談社、1970年)
- 本陣殺人事件(角川書店、角川文庫、1973年4月、ISBN 4041304083)
- 本陣殺人事件 横溝正史全集5(講談社、1975年3月)
- 横溝正史集 日本探偵小説全集9(東京創元社、創元推理文庫、1986年1月、ISBN 4488400094)
- 岡山 ふるさと文学館39(磯貝英夫 編、ぎょうせい、1994年6月、ISBN 4324038066)
- 本陣殺人事件 日本推理作家協会賞受賞作全集1(双葉社、双葉文庫、1995年5月、ISBN 4575658006)
- 本陣殺人事件 金田一耕助ファイル2(角川書店、角川文庫、1996年9月 ISBN 4041304083)
- 本陣殺人事件(他2編 、春陽堂書店、1997年12月、ISBN 4394395275)
- 本陣殺人事件 蝶々殺人事件 横溝正史自選集1(出版芸術社、2006年12月、ISBN 488293308X)
他多数
映画
[編集]小説発表の翌年の1947年に、早くも映画が製作・公開されているが、このとき片岡千恵蔵が演じた金田一は、戦前からの名探偵(明智小五郎など)のイメージを踏襲したスーツ姿で登場する。1975年の2作目の映画版は設定年代を制作当時とし、中尾彬が演じた金田一は原作の書生スタイルを現代に移したジーンズ姿となった。
1947年版
[編集]『三本指の男』は1947年12月9日に公開された。東横映画、監督は松田定次。
1975年版
[編集]『本陣殺人事件』は1975年9月27日に公開された。ATG、たかばやしよういちプロダクション、映像京都、監督は高林陽一[注 15]。
当初は原作どおり昭和初期の話にするつもりであったが、予算等の都合のため制作当時の時代の話となった[要出典]。そのため、銀造が金田一を呼んだ手段は電報ではなく電話であり、糸子を除く全ての登場人物が基本的に洋装で、葬儀や婚礼のときおよび一部人物の就寝時のみ和装である(三郎は婚礼でも洋装)。また、媒酌人は村長ではなく町長である。
鈴子の葬列に遭遇した金田一が1年前の事件を回想する構成になっており、回想は婚礼当日の花嫁到着待ちから始まるが、内容は概ね原作に忠実であり、以下のような軽微な差異のみである。
- 時期を11月ではなく4月としている。
- 原作で一部伏字となっている地名は、伏字相当部分が全く無い地名(清町・川村・岡村・久村)としている。
- 県警本部長が大阪府警勤務時代に金田一と関わったため、磯川警部も名前を知っていた。
- 隆二は登場せず、妙子の名前も出ない。三郎が保険の受取人であった設定は無い。
- 鈴子は頻繁に頭痛で頭を抱えている。また、野草摘みを好み、花の世話にも熱心である。
- 鈴子が琴の演奏を代行したのは、克子に心得があるかどうか判らなかったからではなく、単に準備を簡略化するため。
- 猫の墓をめぐる鈴子と三郎のやりとりは省略されており、3本指の手が猫の棺桶に2回隠された設定は無い。その一方で、鈴子と銀造や金田一とのやりとりを充実させている。
- 事件発生直後に銀造が場を仕切っている状況や、欄間から覗いても中の様子が確認できない状況は描写されていない。また、水車小屋を使っていた周吉は登場しない。
- 庭の琴柱は金田一が発見した。他にもう1個が隠されていた設定は無い。
- 3本指の男から賢蔵への手紙は手書きではなく新聞文字の切り抜きであった。
- 原作の川田屋に相当する店は飯屋ではなく駄菓子屋であり、清水京吉が立ち寄ったときに賢蔵が通りかかった設定は無い。一柳家が道標に過ぎなかったことを金田一が実証するくだりは省略されている。
- 水車小屋は久村への道沿いにあり、清水京吉は水車小屋の目前で絶命していた。遺体を隠したのが炭焼き窯という設定は採用されていない。
- 白木静子が自動車事故で病院に担ぎ込まれる設定は無く、持参した手紙には田谷照三の氏名が明記されている。
解明した真相を金田一が銀造と語る場面とオーバーラップする、重傷を負って臥せっている三郎の独白という形で、三郎が賢蔵の予行演習に遭遇して以降の経緯が具体的に映像化され、金田一による再現実験の場面につながっている。
- キャスト
- ※「磯川」を「いそがわ」と発音している。
テレビドラマ
[編集]1977年版
[編集]『横溝正史シリーズI・本陣殺人事件』は、TBS系列で1977年5月7日から5月21日まで毎週土曜日22時 - 22時55分に放送された。全3回。
- 時期を昭和23年初春としている。
- 最寄駅は「備中高瀬」で「高瀬警察署」があり、川田屋は駅前の雑貨屋である。また、原作の「久―村」を「くのむら」としている。
- 久保銀蔵は大阪で町工場を経営しており、金田一は久保の招待を受けて結婚式に参列した。
- 屋敷内に居住している分家(従弟・良介ほか)は存在しない。叔父・伊兵衛は倉敷在住で糸子と不倫関係にあり、そのことも事件の遠因になった。
- 一柳家の兄妹は賢蔵、三郎、鈴子の3人のみで、三郎が「不作」という設定はなく、糸子はむしろ三郎を頼りにしている。鈴子は脳腫瘍を患っている。
- 日和警部は当初金田一を邪険にするが、本部長が金田一の活躍を知っていて捜査会議に招き入れる。
- 三郎が大叔父を送っていったため不在だったという設定、死体の心臓が予行演習のために抉られていた設定、叢竹が琴糸を弾いて音を立てる設定は無い。琴柱の役割は詳しく説明されない。
- 賢蔵が3本指の男からのメッセージを受け取るのは婚礼後に使用人や村人たちに克子を引き合わせたときであり、清水京吉に扮したのは三郎である。日記の焼き捨てはその前に行われていた。
- 三郎が起こした第2の事件は3本指の男を出現させるのが目的で、密室状況は作らなかった。
- 白木静子が自動車事故に遭う設定は無く、葬儀参列のための来訪の際に田谷照三のことを申し出る。
- 金田一は密室トリックを早々に解いてしまうが動機(特に三郎の)が納得できずに悩み、糸子にも結論を拒絶される。しかしその直後、重傷を負って臥せっている三郎が糸子に金田一の結論が正しいと語る。
- 清水京吉の死体発見は密室トリック解明より後である。警察官が電話しているのを聞いてそれを知った三郎は、金田一を呼んで賢蔵に協力することになった経緯を語る。その後、瀕死の体を引きずるようにして琴を弾いている糸子の元へ行き絶命する。
- 清水京吉が「一柳家への道順」を尋ねた理由を金田一が確認する場面はあるが、その場面の意味は説明されない。
- キャスト
- スタッフ
1983年版
[編集]『名探偵・金田一耕助シリーズ・本陣殺人事件 三本指で血塗られた初夜』は、TBS系列の2時間ドラマ「ザ・サスペンス」(毎週土曜日21時2分 - 22時53分)で1983年2月19日に放送された。
1977年版と同じ脚本家で設定を概ね踏襲しており、台詞も継承しているものが多い。1977年版とは以下のような差異がある。
- 金田一が探偵として駆け出しのころの事件というのは原作通りだが、時期は戦後数年の後。
- 一柳家は旧本陣をそのまま屋敷としており、鉄道の駅が見降ろせる位置にある。駅名は不明である。川田屋は原作通り食堂である。
- 雨戸を破る前に欄間から覗き込む手順は無い。琴を鳴らしたのは発見を早めるためと説明される。清水京吉が「一柳家への道順」を尋ねた理由は言及も追究もされない。
- 清水京吉の靴は藪の中で金田一が発見し、死体は木や竹で埋められていたのを警察が人海戦術で発見した。
- キャスト
1992年版
[編集]『横溝正史シリーズ・本陣殺人事件 名探偵が挑む怪奇密室殺人の謎!?』は、フジテレビ系列の2時間ドラマ「金曜ドラマシアター」(金曜日21時3分 - 23時22分)で1992年10月2日に放送された。
- 冒頭で1939年(昭和14年)ニューヨークでカレッジに在学中の金田一が描かれるが、単に困窮して久保銀造の援助を受けているだけ。
- 事件は1954年(昭和29年)のこととされている。
- 一柳家の最寄駅は備中川井(井倉洞と満竒洞の最寄駅という案内が映るが、実際の最寄駅は井倉)である。
- 金田一は病身の久保銀造の代理として婚礼に出席しており、銀造は登場しない。鈴子と仲良しになる銀造の役回りは金田一が担っている。
- 妙子は未婚で糸子から後継者に指名されているが、拒否して大阪に在住。婚礼のために帰ってきて糸子の命で葬儀を取りしきっている。隆二は登場しない。賢蔵と三郎は後継指名のことを知らなかった。
- 糸子は子を産めぬ体で、子供たちの実母は秋子(分家の嫁ではなく女中頭)であった。分家は登場しないが、良介(分家の当主ではなく年配の使用人)が原作通りに鈴子に頼まれて猫の柩を作り、賢蔵死体発見にも関わる。
- 三本指の男は、他に女を作って追い出された隼人(分家の先代ではなく糸子の婿)であった。隼人は屋敷裏の神社に秋子が母親であることを暗示する絵馬を遺していた。
- 白木静子は久保克子が金田一の見合い相手として考えて名前を伝えていただけで、事件後に一柳家へ向かおうとする設定は無い。金田一が交通事故の新聞記事を読み、岡山市内の病院を訪問する。
- 糸子は事前に白木静子から久保克子と田谷照三の関係を聞き出しており、賢蔵の非を責めて自殺に追いやっていた。
- 賢蔵が自殺を他殺に見せかけるのを共謀していた三郎は一柳家の継承を糸子に要求する。しかし、拒絶されて激高し、刀を振り回して秋子と争って重傷を負った。糸子が止めを刺して、刀は秋子が賢蔵のときと同じ場所に刺しておいた。
- 糸子は殺人現場に放火して自殺、一柳家は妙子が継承することになる。
- キャスト
舞台
[編集]回路R
[編集]「ミステリー専門劇団回路R」による、朗読サスペンス劇場『名探偵金田一耕助・本陣殺人事件』として、2022年8月12日にあさがやドラムで無観客上演の模様が、配信された。
- 脚本・演出は回路Rの森本勝海。
- キャスト
-
- 金田一耕助 - 林正樹
- 一柳糸子 - 山畑恭子
- 一柳賢蔵 - 山田純
- 一柳隆二 - 三浦義和
- 一柳三郎 - 門杉啓人
- 一柳鈴子 - 大野陽子
- 一柳良介 - 田原智樹
- 一柳秋子 - 千葉こず恵
- 白木静子 - 日下部新
- 三本指の男 - ミハル
- 飯屋の女将 - 吉村香澄
- 木村刑事 - 森山直弥
- 磯川警部 - 宮内洋
- 横溝正史・久保銀造(二役) - 森本勝海
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ a b 作者の戦後最初に発表した作品は、1945年10月に『講談雑誌』に掲載された朝顔金太捕物聞書帳の「孟宗竹」だが、執筆時期は戦中であったと見られている。戦後に書かれた作品で最も発表が早かったのは『講談雑誌』1946年2月号に掲載された『人形佐七捕物文庫』の短編「銀の簪」だったが、横溝自身の記憶によれば戦後最初に執筆したのは探偵小説「神楽太夫」(『週刊河北』1946年3月)で、1945年の秋には脱稿していたという[13]。ただし、いずれの作品も単発掲載で連載長篇ではなく、戦後の長篇第1作は本作である。
- ^ 『週刊河北』1946年3月掲載。
- ^ 『別冊宝島 僕たちの好きな金田一耕助』に、「写真の丘にはかつて『本陣』のモデルになった屋敷が存在した」と紹介されている写真と、ほぼ同じ構図で撮影されている[9]。
- ^ 「末裔」といっても単に子孫というだけで、本陣に由来する家業を継承しているわけではない。「本陣殺人事件」というタイトルから舞台となった一柳家の屋敷自体が本陣に由来すると誤解されがちである(そういう設定に変更した映像作品もある)が、本陣の面影を写しているという設定にはなっているものの、本陣そのものではない。一柳家は川―村で本陣を世襲していたが、明治維新の混乱期に近くの岡―村へ移り、農地買収を進めて蓄財し屋敷を構えたという設定である。そのため、川―村の旧家の末裔ではあるが、岡―村においては「成り上がり」とみなされている。
- ^ 静かな田舎にいたことは非常にプラスだったと述べている[11]。
- ^ 同じ復員学生の中に上野の音楽学校の学生・石川惇一青年がおり、この青年は『蝶々殺人事件』のトリック、アイディアを提供した。
- ^ 作中の「岡山一中琴の怪談」である。
- ^ 岡田村の南にある川辺村が昔の街道筋で本陣があった。本陣の末裔が隣村で資産家として屋敷を構えているという状況は、本作の一柳家の設定にそのまま引き継がれている。
- ^ 当時あった、在京の探偵作家ならびに探偵小説の愛好家からなる集会。
- ^ 『「本陣殺人事件」を評す』『宝石』第2巻第2号に掲載。小林信彦編『横溝正史読本』(角川書店)にも収録されている。
- ^ 本作品とほぼ同時に発表された『蝶々殺人事件』を傑作と評する坂口安吾は、「『蝶々』をおさえて『本陣』に授賞した探偵作家クラブの愚挙は歴史に残るものであろう」と批判している[15][16]。
- ^ 1位から5位までの作品は、1.『獄門島』、2.本作品、3.『犬神家の一族』、4.『悪魔の手毬唄』、5.『八つ墓村』。
- ^ 1位は『獄門島』。他の横溝作品では、『悪魔の手毬唄』が42位、『八つ墓村』が44位、『蝶々殺人事件』が69位に選出されている。
- ^ 1位は『獄門島』。他の横溝作品では、『犬神家の一族』が39位、『八つ墓村』が57位、『悪魔の手毬唄』が75位に選出されている。
- ^ 原作本が角川書店から出版されていたため、まだ映画を手掛ける前の角川春樹が本作の試写会を見に来た。当時社長だった角川は宣伝協力費として50万円出資し、文庫化していた原作シリーズを映画公開に併せて「横溝正史フェア」としてタイアップを行い、本作はATGとして初めて配収1億円を突破した。また角川は、中尾彬が演じるジーパン姿の金田一を見て、原作の御釜帽子と草臥れた袴の良さを再認識し[18]、これが翌1976年の映画進出第一作『犬神家の一族』に繋がる。また本作の音楽を担当していた高林の盟友・大林宣彦と角川がこの試写会で初めて会い、後の最多タッグに繋がった[19]。
出典
[編集]- ^ a b “The 100 Best Mystery and Thriller Books of All Time”. TIME. Time USA, LLC. 2024年5月5日閲覧。
- ^ 『金田一耕助のモノローグ』(横溝正史著・角川文庫、1993年)69ページ参照。
- ^ a b 『真説 金田一耕助』(横溝正史著・角川文庫、1979年)88ページ参照。
- ^ 『探偵小説五十年』(横溝正史著・講談社、1972年)202 - 203ページおよび『横溝正史読本』(小林信彦編・角川文庫、2008年改版)60ページ参照。
- ^ 『金田一耕助さん・あなたの推理は間違いだらけ!』(青年書館)。
- ^ 『横溝正史読本』(小林信彦編・角川文庫、2008年改版)63ページ参照。
- ^ 宝島社『別冊宝島 僕たちの好きな金田一耕助』 金田一耕助登場全77作品 完全解説「3.獄門島」参照。
- ^ a b 横溝正史 著、日下三蔵 編『横溝正史ミステリ短編コレクション6 空蝉処女』柏書房株式会社、2018年6月5日、452頁。「付録 (10) 「空蝉処女」に寄せて 横溝孝子」
- ^ 宝島社『別冊宝島 僕たちの好きな金田一耕助』 金田一耕助登場全77作品 完全解説「金田一耕助のふるさと 岡山をゆく」p.13参照。
- ^ 『金田一耕助のモノローグ』(横溝正史著・角川文庫、1993年)8 - 19ページ参照。
- ^ 角川文庫版『横溝正史読本』。
- ^ 『本格探偵小説への転機』「『本陣殺人事件』の前後」より(『問題小説』昭和48年8月)。
- ^ 『金田一耕助のモノローグ』(横溝正史著・角川文庫、1993年)55ページ参照。
- ^ 『本陣殺人事件』あとがき(昭和22年2月、「岡山県の片田舎桜の寓居にて」)。『新版横溝正史全集18 探偵小説昔話』(講談社)にも収録されている。
- ^ 坂口安吾『推理小説論』「新潮」1950年4月号。
- ^ 坂口安吾「『蝶々殺人事件』について」(推理小説論)、小林信彦編『横溝正史読本』(角川文庫)2008年改版247 - 248ページ。
- ^ 坂口安吾「『蝶々殺人事件』について」(推理小説論)、小林信彦編『横溝正史読本』(角川文庫)2008年改版247ページ。
- ^ 『最後の角川春樹』、2021年11月発行、伊藤彰彦、毎日新聞出版、P98。
- ^ 『大林宣彦の映画談議大全《転校生》読本 ジョン・ウェインも、阪東妻三郎も、… 1980-2008 a movie』角川グループパブリッシング、2008年、336頁。ISBN 978-4-04-621169-9。
参考文献
[編集]- 大坪直行(角川文庫『本陣殺人事件』解説、1973年)