八つ墓村

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金田一耕助 > 八つ墓村
八つ墓村
著者 横溝正史
発行日 1971年4月26日
ジャンル 小説
日本の旗 日本
言語 日本語
ページ数 494
コード ISBN 4041304016
ISBN 978-4041304013(文庫本)
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八つ墓村』(やつはかむら)は、横溝正史の長編推理小説。「金田一耕助シリーズ」の一つ。1971年角川文庫の横溝正史本として、最初に刊行される。

本作を原作とした映画が3本、テレビドラマが6作品、漫画が5作品、舞台が1作品ある(2014年3月現在)。9度の映像化は『犬神家の一族』と並んで横溝作品の中で最多である。

1977年の映画化の際、キャッチコピーとしてテレビCMなどで頻繁に流された「祟りじゃ〜っ! 八つ墓の祟りじゃ〜っ!」という登場人物のセリフは流行語にもなった。

概要と解説[編集]

本陣殺人事件』(1946年)、『獄門島』(1947年)、『夜歩く』(1948年)に続く「金田一耕助シリーズ」長編第4作。

小説『八つ墓村』は、1949年3月から1950年3月までの1年間、雑誌『新青年』で連載された。戦後の『新青年』は、新興ミステリー雑誌に押されるかたちで精彩を欠き、大衆娯楽雑誌として細々と刊行されている状態だった。本作品が久々のミステリー小説の連載であり、連載が始まった同じ号には、江戸川乱歩のエッセーが掲載された。連載は予定通り進まず、作者の病気で休載中、同誌が休刊となった。その後、1950年11月から1951年1月まで雑誌『宝石』で『八つ墓村 続編』として連載された。『宝石』連載再開にあたっては、編集部より「『新青年』の休刊のため中断していたが、多くのファンの要望に応えて本誌で完結させることになった」という趣旨の挨拶が掲載され、これまでのストーリーの要約も掲載されるなど、初めて読む読者に配慮がなされている。

作者は、戦時下に疎開した両親の出身地である岡山県での風土体験を元に、同県を舞台にしたいくつかの作品を発表している。本作は『獄門島』や『本陣殺人事件』と並び称される「岡山もの」の代表作である。

作者は、農村を舞台にして、そこで起こるいろいろな葛藤を織り込みながらできるだけ多くの殺人が起きる作品を書きたいと思っていたところ、坂口安吾の『不連続殺人事件』を読み、同作がアガサ・クリスティーの『ABC殺人事件』の複数化であること、そしてこの方法なら一貫した動機で多数の殺人が容易にできることに気がつき、急いで本作の構想を練り始めた。そこで『獄門島』の風物を教示してもらった加藤一(ひとし)氏に作品の舞台に適当な村として伯備線新見駅の近くの村を教えてもらったところ、そこに鍾乳洞があると聞き、以前に外国作品の『鍾乳洞殺人事件』[注 1]を読んだことがあることから俄然興味が盛り上がった。作品の書き出しに当たって、衝撃的な過去の事件「村人32人殺し」である昭和13年に岡山県で実際に起こった津山事件(加茂の30人殺し)が初めて脳裏に閃いた。本格探偵小説の骨格は崩したくはなかったが、当時の『新青年』は純粋の探偵雑誌というよりも大衆娯楽雑誌の傾向が強かったことから、スケールの大きな伝奇小説を書いてみようと思い立ち、それには津山事件はかっこうの書き出しになると気がついた。ただし、作品の舞台はわざと津山事件のあった村よりはるか遠くに外しておいた[1]

物語は、冒頭部分を作者が自述、それ以降を主人公の回想手記の形式で進行する。山村の因習や祟りなどの要素を含んだスタイルは、後世のミステリー作品に多大な影響を与えた。村の名前は実在した近隣の地名、真庭郡八束村(現在の真庭市蒜山)が元である。

作品の評価[編集]

物語[編集]

前作『夜歩く』の一人語りと同様に、冒頭の過去談を除いては、主人公・寺田辰弥の一人語りの形式をとる。物語は全て彼の口から語られ、彼の体験の順に並ぶ。そのため、金田一による捜査や推理、それに説明は時系列上は遅れて出るところが多い。

あらすじ[編集]

戦国時代の永禄9年=1566年、とある山中の寒村に、尼子氏の家臣だった8人の落武者たちが財宝とともに逃げ延びてくるが、村人たちは毛利氏による捜索が厳しくなるにつれ災いの種になることを恐れ、また財宝と褒賞に目がくらみ、武者たちを皆殺しにしてしまう。武者大将は死に際に「七生までこの村に祟ってみせる」と呪詛の言葉を残す。その後、祟りを恐れた村人たちは犬猫の死骸同然に埋めてあった武者たちの遺体を手厚く葬るとともに、村の守り神とした。これが「八つ墓明神」となり、いつの頃からか村は「八つ墓村[注 6]」と呼ばれるようになった。

大正時代、落武者たちを皆殺しにした際の首謀者・田治見庄左衛門の子孫で田治見家の当主・要蔵は、粗暴かつ残虐性を持った男で、妻子がありながら井川鶴子を暴力をもって犯し、自宅の土蔵に閉じ込めて情欲の限りをつくした。そのうち鶴子は辰弥という男児を出産したが、鶴子には昔から深く言い交した亀井陽一という男がおり、要蔵の目を盗んで逢引きをしていた。辰弥は要蔵の子ではなく亀井の子なのだという噂を耳にした要蔵は烈火のごとく怒り、鶴子を虐待するとともに辰弥にも体のあちこちに焼け火箸を押し当てたりするなど暴虐の限りをつくした。身の危険を感じた鶴子は、辰弥を連れて姫路市にある親戚の家に身を寄せ、いくら待っても帰ってこない鶴子についに狂気を爆発させた要蔵は、異様な姿で手にした日本刀猟銃で計32人もの村人たちを次々と殺戮し、山へ消えた。

20数年後、神戸で再婚して寺田姓となった鶴子の息子・辰弥は、終戦後の翌年復員すると天涯孤独の身となっていた。それから2年近く過ぎたある日、ラジオで彼の行方を探していた諏訪法律事務所を訪ねると、辰弥の身寄りが彼を探しているという。数日後、辰弥の元に「八つ墓村へ帰ってきてはならぬ。おまえが村へ帰ってきたら、26年前の大惨事がふたたび繰り返され八つ墓村は血の海と化すであろう。」との匿名の手紙が届く。その後、法律事務所で彼の身寄りである田治見家の使者で、母方の祖父・井川丑松に引き合わされるが、丑松はその場で血を吐いて死に、何者かが彼のぜんそく薬のカプセルに毒を混入したことが判明する。その後、辰弥の大伯母から依頼を受けた森美也子が辰弥を迎えに現れる。

田治見家には辰弥の異母兄姉にあたる久弥と春代がいるが2人とも病弱であること、里村慎太郎とその妹・典子といういとこがおり久弥と春代が死ねば慎太郎が田治見家を継ぐこと、辰弥の大伯母で双児の小竹と小梅は辰弥が跡取りとなることを望んでいること、美也子は田治見家と並ぶ分限者(=資産家)である野村家の当主・壮吉の義妹で未亡人であることなどの予備知識を携えて辰弥が八つ墓村入りすると、「濃茶の尼」と呼ばれる少し気の狂った尼から「八つ墓明神はお怒りじゃ。おまえが来ると村はまた血で汚れるぞ。いまに8人の死人が出るのじゃ。」と罵声を浴びせられる。その翌日、辰弥と対面中の久弥が悶絶死し、辰弥は毒殺を疑うが、医者の久野は病死で片づけてしまう。丑松と久弥の葬儀後、辰弥は野村家に逗留中の金田一耕助から、怪しいと思うことがあったら率直にそれを披露するよう忠告される。3日後、久弥の死体が解剖された結果、久弥の死は丑松と同じ毒によるものであることが判明する。

さらに久弥の初七日法要の席で蓮光寺の洪禅が毒殺され、辰弥は麻呂尾寺の英泉から「貴様が毒を盛ったのだ。貴様は自分のじじいを殺し、それから兄を殺し、今度はおれを殺そうとして、間違って洪禅君を殺したのだ!」と糾弾される。法要の前に慶勝院の尼・梅幸から「私と麻呂尾寺の住持が知っている大変大事なお話があります」と言われていたことから、翌日、慶勝院を訪問すると梅幸尼が毒殺されていた。そこには「双児杉」「博労」「分限者」「坊主」「尼」とそれぞれの対になる2組の名前が記された紙片が残されており、雷に打たれてなくなったお竹様の杉と毒殺された4人の名前の上に赤インキで棒が引いてあった。

その夜、辰弥は寝床のある離れから通ずる鍾乳洞を探検し、小さな滝から外に出たところで典子に出会い、彼女との別れ際に、濃茶の尼の尼寺の障子に鳥打帽をかぶった男のような人影がよぎったかと思うと電気が消えた。その翌朝、辰弥は昨夜の12時前後、辰弥と典子が尼寺の電気が消えるのを目撃した時間に濃茶の尼が殺されたことと、例の殺人予定表のような紙片を記した久野が失踪したことを知らされる。金田一は辰弥に、濃茶の尼殺しは梅幸尼殺しでヘマをやらかした犯人の予定外の殺人であると言う。数日後、何者かにさらわれた小梅の死体が鍾乳洞の奥「鬼火の淵」と呼ばれる地底の崖下の水面で見つかり、その近くに「双児:小竹様・小梅様」と記された紙片と行方不明の久野の鳥打帽が発見され、最重要容疑者として久野の鍾乳洞狩りを行ったところ、「狐の穴」と呼ばれる無数の枝道の一つに久野の毒殺死体と「医者:久野恒美 ・新居修平」と記された紙片が発見された。

村人たちの辰弥に対する疑惑が強まる中、辰弥は離れの屏風の中から自分に瓜二つの亀井陽一の写真を発見し、自分が要蔵の子ではなく亀井の子であることを知る。その夜、村人たちが辰弥を簀巻きにして川に放り込もうと田治見家を急襲し、辰弥は鍾乳洞の「鬼火の淵」の向こう側に逃れる。一夜明けて辰弥の耳に春代の悲鳴が聞こえ、駆け付けると春代は鍾乳石で刺されて瀕死であった。辰弥が亀井の子であることを知っていた春代は、最期に辰弥への想いと犯人の左の小指を噛み切ったことを告げて息絶える。その後辰弥は、愛する辰弥のために毎日弁当を差し入れに来る典子と、鍾乳洞の奥深くにある 「竜の顎(あぎと) 」に隠されているという落武者たちの財宝探しの探検を始める。数日後、麻呂尾寺の住持・長英が村人たちを説得しているので、今日にも洞窟を出られそうだと聞かされた辰弥は、喜びのあまり感極まって典子を抱きしめ2人は結ばれる。しかし、そこに現れた博労の吉蔵が野村家の若頭とともに2人を襲撃し、鍾乳洞の奥に追い込まれたところで落盤が起きる。意識を取り戻した2人は、そこで大量の大判を発見するとともに、閉じ込められてしまったことに気が付く。絶望する辰弥を典子は助けが来ると励まし、また、春代に小指を嚙み切られたのは美也子であったことを伝える。辰弥は慎太郎が田治見家を継ぐために本家の者を皆殺しにするのが犯行動機である可能性に気付いて彼を疑っていたのだが、慎太郎を愛するがゆえの美也子による犯行だったのだ。

2人は3日後に救出され、快復した辰弥が麻呂尾寺の長英を訪ねたところ、英泉が辰弥の実の父・亀井であることを知らされる。英泉が洪禅の死の際、辰弥を糾弾したのは、辰弥が要蔵の子でないことを知りながら田治見家を横領しようと企み、自身の出生を知る父が邪魔で殺そうとしたのだという思い込みによるものだった。その後、春代の三十五日の夜、今回の事件の総括を関係者一同で行う。久野は商売敵の新居医師を八つ墓明神の伝説を利用して殺したいと願望して頭の中だけで立てたプランを手帖に書き、それを美也子に利用されたのであった。美也子は小指の傷口から入った悪いばい菌により体中が紫色に腫れあがって、苦痛にのた打ち回りながら息を引き取ったという。最後に辰弥は、発見した大判を披露するとともに、典子と結婚したことを報告し、皆の歓声と拍手に包まれる。

辰弥は慎太郎に亀井の写真を見せて田治見家相続の辞退を申し出る。その後、田治見家を継いだ慎太郎は、迷信深い村人たちの意識を変えるために村に新しい事業を起こすべく、石灰工場を建てるために奔走する。辰弥は、神戸の新居に移り住む前に典子から妊娠したことを告げられ、彼女を強く抱きしめる。

登場人物[編集]

金田一耕助(きんだいち こうすけ)
私立探偵。鬼首村[注 7]で起きた事件の解決後、弟の死に疑念を抱いた西屋の主人の依頼を受けて八つ墓村にやって来た。
寺田辰弥(てらだ たつや)
「私」こと本編の主人公で語り部。事件後、金田一の勧めで事件の手記を著す。戸籍上は大正12年生まれだが、実際には大正11年生まれで、事件当時数えで27 (28) 歳。
色白だが、全身に裸になるのをはばかられるような火傷のあとがあり、人定の決め手の一つとなった。
母・井川鶴子亡き後、義父・寺田虎造と再婚した義母はよくしてくれたが、彼女の実子である弟妹が生まれたことから距離が出来てしまい、虎造とも意見の衝突があって家を飛び出した。その後神戸の友人のところに転がり込んでいたところで召集され、復員すると義父母らの所在はわからなくなっており、天涯孤独の身となる。
田治見家の跡取りとして八つ墓村に呼び戻され、事件に巻き込まれる。事件周辺の女性に好意を寄せられる。
磯川常次郎(いそかわつねじろう)
岡山県警警部。

田治見家[編集]

落武者たちの殺害の首謀者である田治見庄左衛門の子孫。東屋と呼ばれる村の分限者(金持ち、資産家)。資産は昭和24年(1949年)当時の金額で1億2000万円以上にも達する。

田治見小梅(たじみ こうめ)
田治見小竹(たじみ こたけ)
一卵性の双子の老姉妹。要蔵の伯母(辰弥の大伯母)で、両親を失った要蔵を育てた。田治見家の財産を狙う親族に嫌悪感を持ち、子供がなく頼りない久弥・春代に失望している。
田治見要蔵(たじみ ようぞう)
田治見家先代。自分の思い通りにならないものを権威で捻じ伏せる、身勝手で独善的な暴君の如き性格。
26年前、井川鶴子を無理矢理ににした。鶴子母子が家出して10日余り後、発狂して村人32人を虐殺し、山の中へと姿を消した。後に鍾乳洞の「猿の腰掛」で虐殺された落武者の甲冑を纏い、屍蝋化した遺体で発見された。前途を悲観した小梅・小竹姉妹に毒殺されたとされる。
田治見おきさ(たじみ おきさ)
要蔵の妻。26年前の事件で、要蔵に斬り殺された。
田治見久弥(たじみ ひさや)
要蔵の長男で、田治見家当代。事件当時数えで41歳。肺病(肺結核が肺壊疽まで進行しているとされる)を患っており自分の寿命が短いことを悟り、辰弥に田治見家の跡取りとなることを心より願い、病床の中で辰弥を探し出し家を託す。辰弥が父・要蔵の血を引いていないということを承知の上で彼を跡継ぎに選んだ。
田治見春代(たじみ はるよ)
要蔵の長女。35、6歳の、少し髪の縮れた色の小白い女性。1度は嫁いだが、心臓が弱く子供が産めない体となったため離縁され、実家に戻って小梅と小竹の身の回りの世話をしている。
辰弥が腹違いの実弟ではないことを知っており、初対面から異性として密かに好意を寄せ、辰弥の気持ちを察するとともに、辰弥に近づく女性にあからさまな嫉妬を示したりもしている。

その他[編集]

久野恒実(くの つねみ)
村の診療所の医者で、田治見家の親戚筋。しかし医師としての腕は心もとなく(久弥に処方した薬は「いまどき、どこの田舎医者でもこんな調合はしない」と評された)、診療所の薬品管理も杜撰である。子だくさん。腕が確かで丁寧な診療をする疎開医師の新居医師に患者を奪われつつある。趣味は推理小説を読むこと。
里村慎太郎(さとむら しんたろう)
要蔵の甥。母の実家を継ぐべく里村姓を名乗った要蔵の弟・修二の息子。典子の兄。元軍人(階級は少佐)。太り肉(じし)の色の白い大男で、頭を丸刈りにして無精髭がもじゃもじゃしており、かなり爺むさい感じがある。戦後は没落し、村に戻って失意の生活を送っている。
美也子とは戦中からつきあいがあり、ひそかに好意を寄せていた。戦況が不利なことを悟り、美也子に資産を宝石等に代えるよう助言したりしていた。殺人現場で美也子を見かけ、苦悩する。
事件解決後、最終的に辰弥から田治見家の家督を譲られた。また、女性に対して懐疑的になったことで生涯結婚はしないと決め、妹夫婦の2人目の男児を跡継ぎにすることにした。
里村典子(さとむら のりこ)
慎太郎の妹。26年前の事件のさなかに8か月で生まれた。実年齢よりかなり幼く見え、精神的にも幼い印象。天真爛漫な性格。額の広い頰のこけた女で、不美人の印象があったが、辰弥に一途な好意を寄せ、傍目にもどんどん美しくなっていく。
お島(おしま)
田治見家に仕えている女中
野村荘吉(のむら そうきち)
西屋と呼ばれる村の分限者。美也子の亡き夫・達雄の兄。太平洋戦争の3年目に脳溢血で亡くなったとされる弟の死に疑念を抱き、美也子に毒殺されたに違いないと考え復讐に燃え、金田一に真相解明を依頼する。
森美也子(もり みやこ)
荘吉の義妹で、未亡人。30歳をいくらか出ている。肌の白くてきめの細かい美人。面長で古風な顔立ちだが、古臭い感じはなく都会的な女性。姐御肌、もしくはそのように振舞っていると辰弥からは見られており、同じ都会人であり、村での数少ない味方として辰弥から好意を寄せられていた。一方で、春代や典子からは素直でない複雑な性格を看破されている。
一連の殺人事件の真犯人。
諏訪(すわ)
神戸の弁護士。野村家縁者。色白のでっぷりと太った、いかにも人柄の良さそうな人物。美也子にひそかな好意を寄せていたとされる。
新居修平(あらい しゅうへい)
疎開医者。40代半ばくらい。大阪からの疎開者だが、歯切れの良い江戸弁を話す。確かな技術と円満な人柄で、村人の信頼を得ている。その一方で、患者を奪われたと思い込んでいる久野には恨まれている。
井川丑松(いかわ うしまつ)
鶴子の父で辰弥の祖父。胡麻塩頭を丸坊主にした、渋紙色の顔色をしている。
井川浅枝(いかわ あさえ)
鶴子の母で辰弥の祖母に当たる。
寺田鶴子(てらだ つるこ)
辰弥の母。旧姓は「井川(いかわ)」。19歳当時郵便局で事務員をしていたが、自分につきまとっていた田治見要蔵にきっぱりと拒否を示したことで、彼の逆恨みによる報復によって拉致され無理矢理、妾にされた。
要蔵に「いつか殺される」と悟って辰弥と神戸に避難後、15歳年上の寺田虎造と結婚。辰弥が7歳の頃死去。要蔵にされた仕打ちのトラウマに終生苦しんでいた。
井川兼吉(いかわ けんきち)
丑松の甥。鶴子が監禁された後に丑松の養子となった。
亀井陽一(かめい よういち)
小学校の訓導(教諭)で、鶴子の恋人。辰弥の実の父親。26年前の事件の時は隣村の和尚の元に碁を打ちに行って無事であった。事件後、遠くの小学校に転勤する。
長英(ちょうえい)
隣村の村境にある真言宗麻呂尾寺の住職で英泉の師匠。久弥に個人的に帰依されていた。80歳を超えた老齢で中風にかかり、伏せっている。八つ墓村の住人ではないが村に檀家が多く、村民の信望も篤い。
英泉(えいせん)
長英の弟子で、長英にかわって麻呂尾寺のことを取り仕切っている。50代くらい。度の強い眼鏡をかけている、白髪交じりの厳しい顔の男。戦争中は満州の寺で苦行僧となっていたが、終戦後に引き揚げて麻呂尾寺に入った。
辰弥の実の父・亀井陽一と同一人物。抜け穴から密かに田治見家離れに忍び込み、手紙が貼り込まれた屏風を見に行ったこともある。辰弥の来村を知り、変装して周辺に性情を聞いて回る等していた。事件解決後、神戸の新居で一緒に暮らして欲しいと辰弥に請われるが、殺人事件の犠牲者の冥福を祈ると固辞した。
洪禅(こうぜん)
田治見家代々の菩提寺蓮光寺(禅宗)の住職。30代くらいで、痩せて度の強い眼鏡をかけており、書生のような風貌。
妙蓮(みょうれん)
通称「濃茶の」。50歳過ぎで、兎口の唇がまくれあがり大きな黄色い乱杭歯がのぞいている。迷信深く八つ墓明神の祟りを恐れている。手当たり次第他人のものを盗む癖があるため、村人たちからは疎まれている。夫と子供を26年前の事件で殺され、出家する。辰弥に対して激しい敵対心を持つ。
梅幸(ばいこう)
慶勝院の尼。妙蓮とは対照的なきちんとした尼で、村人の人望もある。田治見家関係者と長英以外で辰弥の本当の父親のことを知る唯一の人物。
片岡吉蔵(かたおか きちぞう)
西屋の博労。年ごろ50歳前後の、顔も体もゴツゴツといかつい男。26年前の事件では新妻を殺された。それゆえに要蔵の身内である辰弥に憎しみを抱き、事件が進むに連れて次第に暴走していく。辰弥を追って鍾乳洞に乱入し、落盤により死亡。

映像化作品(共通事項)[編集]

登場人物が非常に多く、人物相関が入り組んでいる上、トリックが複雑で巧妙なことから、映像化作品はいずれも大幅な改編省略を余儀なくされている。

特に里村典子(さとむら のりこ)は、主人公とのラブロマンスが展開される事実上のヒロインであるにもかかわらず、多くの作品で削除されており、登場するのは1951年版と1996年版の映画および1971年版と2019年版(予定)のテレビドラマのみである。典子が登場しない作品の中でも1977年版映画や1978年版と1991年版のテレビドラマでは典子に代えて美也子が辰弥と恋仲になり、そのあとで美也子が犯人であることが知れて鍾乳洞内で争うという展開になっている。このうち1977年版映画では里村兄妹の存在自体が削除されているが、1978年版テレビドラマでは里村慎太郎が登場するにもかかわらず美也子が田治見家の財産を相続させようとする設定が無く、慎太郎の役割が不明確になっている。1991年版テレビドラマでは、美也子が慎太郎に田治見家の財産を相続させようとする設定が維持されているが、それは単なる復讐手段であり、慎太郎と結婚しようとしているわけではない。なお、1995年版テレビドラマには里村兄妹が登場せず、2004年版テレビドラマでは美也子と慎太郎の関係を原作通りとしつつも典子を登場させていない。

里村慎太郎との結婚が犯行動機でない作品は5作あるが、そのうち1977年版映画では美也子の義父が財産相続できる家族関係に変更されており、1978年版・1991年版・1995年版のテレビドラマでは田治見家への復讐を動機としている。1951年版映画は原作から変更された犯人が慎太郎の婚約者でもある春代との結婚によって財産を得ることが犯行目的となっている。

美也子が夫を毒殺したとの疑惑を西屋の当主が抱いている設定を残している映像化作品は無い。また、美也子の死因を春代に噛まれた怪我を隠して治療しなかったことによる感染症とする設定を残しているのは1991年版と2004年版のテレビドラマのみである。

亀井陽一が原作通りまたは原作に近い状況で登場する作品も少ない。原作通りに英泉として登場するのは1971年版と1991年版のテレビドラマのみであり、1978年版テレビドラマでは戦傷を口実に顔を隠して寺男として登場する。1995年版テレビドラマや1996年版映画では辰弥出生までに死亡している設定であり、1977年版映画では事件解決後に存命が判明して結局登場しない設定になっている。なお、1951年版映画では辰弥の出自に関する設定は大きく変更されている。

久野医師の殺人計画書や、その前提となる新居医師の存在も多くの作品で省略されている。新居医師が登場するのは2004年版テレビドラマのみである。殺人計画書は1978年版テレビドラマにも出てくるが作成動機が原作とは異なる。殺人計画書を無くして関連する設定を変更することにより、登場する僧侶の人数を減らしている作品も多い。1977年版と1996年版の映画および1995年版のテレビドラマでは辰弥の出生の秘密(または手がかり)を知る人物を僧侶ではなく各々学校長、郵便局長の息子、神官としている。麻呂尾寺長英が登場するのは、亀井陽一が英泉として登場する2作と2004年版テレビドラマのみである。1978年版テレビドラマには長英は登場しないが梅幸尼は登場する。なお、1951年版映画では村の神主が重要な役割を果たすのに連動する形で「濃茶の尼」ではなく「濃茶の巫女」となっている。

鍾乳洞内の探検はどの作品でも原作より大幅に簡略化されており、特に1996年版映画では屍蝋安置位置付近より奥へは進まない。村人たちが大挙して洞内へ入り込んだのは2004年版テレビドラマのみである。落盤が起こる設定は1977年版映画と2004年版テレビドラマで採用されているが、1977年版映画では落盤時に天井に脱出路が形成されていて簡単に脱出しており、財宝発見には結びついていない。辰弥が財宝を発見するのは1978年版と2004年版のテレビドラマのみである。

映画[編集]

1951年版[編集]

1951年11月2日に公開された。東映、監督は松田定次、主演は片岡千恵蔵

『八つ墓村』最初の映画化作品。地方の旧家を舞台にした正統派のミステリー。片岡演じる金田一はスーツ上下にソフト帽というダンディなスタイルで登場。

1977年版[編集]

1977年10月29日に公開された。松竹、監督は野村芳太郎、主演は萩原健一、金田一役は渥美清

この映画のキャッチコピーに使用された濃茶の尼(こいちゃのあま)のセリフ「祟りじゃ〜っ!」が流行語になったことでも有名。多治見家(本作では「田治見」でなく「多治見」と表記している)は岡山県吹屋ふるさと村にある広兼邸でロケが行われた。

配収19億9000万円を挙げた松竹映画の大ヒット作。

1996年版[編集]

1996年10月26日に公開された。東宝/フジテレビジョン角川書店・東宝提携、監督は市川崑、主演は豊川悦司

1970年代に数多くの金田一映画を手がけてきた市川による映画化作品。物語は簡素化されているが、原作に比較的忠実に描かれている。特に、原作ではヒロイン的な扱いながら映像化の際は省略されることの多い典子の扱いが比較的重い点が特徴。この映画では、金田一は諏訪弁護士の依頼により村を訪れている。そのほか、犯人特定のきっかけが非常に露骨なものとなっている。

この映画の主題歌「青空に問いかけて」は、テレビドラマ『俺たちの朝』の主題歌を作曲家・小室等がセルフカバーしたものである。

テレビドラマ[編集]

1969年版[編集]

NETテレビ系列の「怪奇ロマン劇場」枠(毎週土曜日22時30分 - 23時26分)で1969年10月4日に放送された。

キャスト
NET系列 怪奇ロマン劇場
前番組 番組名 次番組
牡丹灯籠
(1969.9.20 - 9.27)
八つ墓村(1969年版)
(1969.10.4)
水の中の顔
(1969.10.11)

1971年版[編集]

サスペンスシリーズ 八つ墓村』は、NHK総合の「銀河ドラマ」枠(月-金曜日21時 - 21時30分)で1971年8月2日から8月6日まで放送された。全5回。

スタッフ
キャスト
その他
  • 金田一は登場せず、磯川警部だけは出番は多くはないものの登場する。時間的制約もあり、殺害されるのは久弥、洪禅、濃茶の尼、小梅、春代。そのため久野医師の役割が原作より軽くなり、梅幸、丑松は登場しない。辰弥が尋ね人のラジオ放送を聴く場面から始まり、すぐに諏訪弁護士と面会。その際、諏訪の事務所に、辰弥について根掘り葉掘り尋ねる不審な電話がかかってくるというのが発端。殺人事件がいくつかカットされているものの、大筋は後のドラマ化に比べると原作に忠実である。辰弥が濃茶の尼の庵の近くで慎太郎を目撃し疑いを抱くエピソード、英泉が洪禅が殺害された後、辰弥を責め立てて春代に咎められるエピソードも残されている。辰弥と典子のロマンスも原作に忠実に描かれている。ただし原作の根幹部分である現場に残された殺人メモのくだりはカットされ、美也子は思いを寄せる慎太郎に田治見家を継がせようと、邪魔な人間を殺害して罪を辰弥にかぶせようとしたと説明がされている。美也子は春代を殺害して鍾乳洞から逃げ出すものの慎太郎に目撃される。美也子は殺人に使用した毒を使い自殺。原作通り、辰弥は英泉と親子の名乗りをあげる。辰弥は宝の地図を慎太郎に渡し、「僕は田治見家の人間ではありません。この地図はあなたのものです。」と呼びかけるが、慎太郎は地図を焼き捨てて立ち去る。田治見家の財産という欲望のからんだ殺人事件を目の当たりにして、宝探しの思いは消えたのである。辰弥と典子はそれを見送り、田治見家の墓に向かい肩を並べて手を合わせる場面で終了する。鍾乳洞についてはロケも検討されたが最終的にはセットが作られた。田治見要蔵の大量殺人のくだりは、美也子の回想で簡単に触れられる。映像としては、要蔵が銃を撃っている場面が数秒あるだけである。
NHK総合テレビ 銀河ドラマ
前番組 番組名 次番組
どじょうの唄
(1971.7.19 - 7.30)
八つ墓村(1971年版)
(1971.8.2 - 8.6)
てんてこまい
(1971.8.23 - 9.3)

1978年版[編集]

横溝正史シリーズII・八つ墓村』は、TBS系列1978年4月8日から5月6日まで毎週土曜日22時 - 22時55分に放送された。全5回。

スタッフ
キャスト
その他
  • 企画:(旧)角川春樹事務所毎日放送、製作:毎日放送・大映京都映像京都
  • 最も長尺の映像化であり、前半の展開は原作に比較的忠実だが、後半は大きく異なっており、犯行動機は単なる怨恨である。
  • 金田一は放浪中に気が向いて八つ墓村を訪れ、宿屋が無いのでよろず屋に寄宿しており、森家(原作の野村家)は関与していない。よろず屋の娘は利発で、金田一が助手代わりに使う場面もある。
  • 辰弥はヤミ物資の売人であり、出入りの食堂の主人からラジオの尋ね人の情報を聞く。辰弥の火傷跡は脇腹に大きなものが1つあるのみである。
  • 久野恒実は無免許医(もと看護兵)で、里村慎太郎の父よりも年長である。里村典子は登場しない。
  • 井川丑松は辰弥と対面したときに喘息の発作が出て粉薬を飲み、すぐに倒れる。
  • 鍾乳洞への抜け道は壁の隠し扉で長持に偽装はされていない。また、出入りのために辰弥に眠り薬を飲ませる手間はかけていない。
  • 洪禅殺害が無差別殺人に見える理由は結局解明されない。それまでに使われた毒物を村に自生する「カブトギク」(トリカブト)と金田一が特定したため、それ以降の梅幸と妙蓮の殺害は絞殺死体を落武者に見立てる形に変わった。
  • 美也子が慎太郎を想う設定は無く、辰弥と恋仲になるが、小梅・小竹は快く思わない。辰弥が初めて鍾乳洞へ入った際、原作での典子と同様の状況(ただし2回分を1回にまとめている)で美也子に出会って仲を深める。春代はこの場面には現れず、屍蝋が要蔵であることには美也子が気付く。
  • 久野医師の殺人計画書は登場するが、疎開医の新居は登場せず、計画書作成の動機は選挙で支援を受けられず落選したことである。また、落雷では明神の墓石が破壊され双児杉の損壊は無いため、計画書の発想源は不明である。対立する二者の一方を殺すという限定は意識されず、妙蓮殺害は予定外ではない。
  • 金田一は辰弥の不在中に屏風を無断で持ち出し、恋文の他に亀井陽一の写真を発見、そのことを辰弥に説明している間に、小梅が誘拐される。
  • 犯行は美也子と諏訪弁護士の共犯である。美也子の夫は事業に失敗したときに田治見家に支援を拒絶されて自殺に追い込まれていた。諏訪は田治見要蔵の32人殺しで両親を殺された孤児だが、そのことを隠して辰弥探索に関わっていた。
  • 辰弥の父・亀井陽一は戦傷を口実に面頬(めんぼお)で素顔を隠し、寺男・富蔵として密かに辰弥を見守っていた。諏訪は面頬を装着して富蔵に成りすまし、頻繁に八つ墓村へ来て犯行を進めていた。小梅を誘拐した際には甲冑の中に入っていた。
  • 慎太郎は犯人の正体を知っていたために殺害されたが、なぜ知っていたかは明らかにならない。警察が鍾乳洞内で小梅を捜索している間に、八つ墓明神の近くに埋められていた久野医師と慎太郎の死体が豪雨で洗い出されて発見される。興奮した村人たちが辰弥を殺害しようと押しかけてくるが、警察が鍾乳洞を封鎖して騒ぎを収める。
  • 鍾乳洞に逃げ込んだ辰弥を警察が把握していない入口から入った美也子が訪ね、洞内を探検して亀井と鶴子が情交していた「竜の顎(あぎと)」を発見し、情を交わす。また、財宝も発見する。
  • 辰弥は瀕死の春代から美也子に殺されたことを明示的に聞かされる。美也子は辰弥と無理心中しようとするが、富蔵(亀井)が現れ、喉に剃刀で致命傷を負わされながら美也子を絞殺する。
  • 事件終結後、神戸で日和警部が金田一を訪ね、台風による刑部川の氾濫により八つ墓村は鍾乳洞ごと濁流に押し流されて消滅し、辰弥も水死したという新聞報道を示す。財宝発見を知らない2人は辰弥が再び鍾乳洞に入っていた理由が解らず「見えない糸に手繰られて」としか表現できない。そして「やはりこれは祟りということかなあと言いたい」のではないかと日和警部が金田一に問われて肯定するところで終わり、原作のハッピーエンドとは程遠い後味の悪い結末となっている。
TBS系列 横溝正史シリーズ
前番組 番組名 次番組
(なし)
八つ墓村(1978年版)
(1978.4.8 - 5.6)
真珠郎
(1978.5.13 - 5.27)
TBS系列 土曜22時枠
八つ墓村(1978年版)
(1978.4.8 - 5.6)
真珠郎
(1978.5.13 - 5.27)

1991年版[編集]

名探偵・金田一耕助シリーズ・八つ墓村』は、TBS系列2時間ドラマ月曜ドラマスペシャル」(毎週月曜日21時 - 22時54分)で1991年7月1日に放送された。

キャスト
その他
  • 古谷主演による再ドラマ化作品。原作に比較的近いが、物語の簡素化が激しい。諏訪弁護士は存在せず、犯行動機は美也子の田治見家に対する復讐となっている。美也子はかつて田治見要蔵に家族を皆殺しにされ、孤児になったところを要蔵の弟、西屋の森壮吉(野村壮吉)に引き取られ大学まで出してもらい、長男の嫁として迎えられていた。しかし、夫の事業失敗に対する田治見の本家の冷たい仕打ちにより夫は自殺、姑も寝たきりになり、田治見の者の皆殺しと、小梅小竹らがもっとも嫌がる里村慎太郎に家督を継がせようと復讐を思い立つ。
  • 物語の最後に、「それから一年後、この世にも恐ろしい伝説を持つ八つ墓村は、町村合併してその名を永久に消した」とナレーションが入る。


TBS系列 月曜ドラマスペシャル
前番組 番組名 次番組
八つ墓村(1991年版)
(1991.7.1)

1995年版[編集]

横溝正史シリーズ6・八つ墓村』は、フジテレビ系列2時間ドラマ金曜エンタテイメント」(毎週金曜日21時2分 - 22時52分)で1995年10月13日に放送された。

キャスト
その他
  • 田治見要蔵による殺人被害者は32人ではなく8人である。
  • 濃茶の尼以外の僧侶、里村兄妹、井川丑松、片岡吉蔵、疎開医の新居は登場しない。
  • 辰弥は元々金田一と面識があり、金田一が尋ね人の情報を辰弥に伝える。
  • 久弥は薬で眠らされて刺殺され滝に打たれた姿で発見される。
  • 西屋は尼子一族を匿った隠れ家の跡地で鍾乳洞への入口もある。
  • 鶴子は小学校教員、亀井(陽一ではなく光一)は隣村に赴任していた県庁の役人で鶴子拉致後に殺害されている。
  • 通夜で毒殺されるのは僧侶でなく神官・名越で、辰弥の出生の秘密を知っていた。
  • 小梅殺害後、久野の遺体もすぐに発見される。また、春代に続いて小竹も殺害される。
  • 美也子は過去に久弥に強姦され、野村一郎(達雄ではなく)に救われて結婚するが、一郎は久弥の指示を受けた久野に毒殺されていた。
  • 小竹と小梅は要蔵から久弥に伝わった血を消すために殺害を計画し、殺害後の相続者として辰弥を探していた。
  • 小竹と小梅に協力を依頼された美也子は、計画を利用して自らの復讐を果たしていた。
  • 美也子は尼子の子孫(菊姫の弟の末裔)であった。
  • 片岡鶴太郎主演の金田一シリーズでは、牧瀬里穂を毎回何らかの役で起用するのが恒例だったが、本作では落武者のリーダー格・菊姫役を与えられている。

2004年版[編集]

金田一耕助シリーズ・八つ墓村』は、フジテレビ系列2時間ドラマ金曜エンタテイメント」(金曜日21時 - 23時22分)で2004年10月1日に放送された。

キャスト
その他
  • 原作に比較的近い展開ながら、1977年の松竹映画版へのオマージュらしいオカルト風味も込められた。映像化の際、変更されることの多い、原作で1ページ未満の金田一が病床の犯人・美也子と対決するシーンを解決編の形で再現している点を評価するファンも多い。
  • 里村典子の他にも、野村荘吉・田治見おきさ・井川浅枝・井川兼吉・片岡吉蔵らが省略されている[注 12]。また、1977年の映画版と同様に、英泉と辰弥の実父・亀井陽一が同一人物であるという設定はない。
  • 辰弥の母・鶴子は寺田虎造と結婚していない。そのため、母子共に井川姓のままである。
  • 原作とは異なって落武者虐殺に反対した人物がいたと設定されており、それが辰弥の実父・亀井陽一の先祖・亀井氏であることが金田一の口から語られている。
  • 等々力警部や磯川警部および日和警部の代役である橘署長が転勤という形で登場し、金田一に協力する。
  • 1977年の映画版と1978年のテレビドラマ版のような、辰弥と美也子の鍾乳洞での争いはない。
  • 美也子に煽られて村民が暴徒と化して鍾乳洞の奥に辰弥を追いつめるが、落人の怨霊を見た直後、落盤により暴徒79名全員が亡くなった。この二次災害による犠牲者を含めれば、美也子の犯行による犠牲者の総数は、それまでに殺害した8名と彼女自身も含め88名になる。
  • 原作とは異なり、落盤から4日後に辰弥は母が遺してくれた父の描いた地図を頼りに自力で鍾乳洞を脱出した。
  • 2016年12月3日には「SMAPグラフィティ」の一環として、『土曜ワイド』で再放送された。
フジテレビ系列 金曜エンタテイメント
前番組 番組名 次番組
封印された「拉致」
海に消えた真実
~母・寺越友枝 愛の戦い41年~
(2004.9.24)
八つ墓村(2004年版)
(本放送)
(2004.10.1)
フジテレビ 土曜ワイド(SMAPグラフィティ)
八つ墓村(2004年版)
(再放送)
(2016.12.3)

2019年版[編集]

八つ墓村
ジャンル テレビドラマ
原作 横溝正史
脚本 喜安浩平
吉田照幸
演出 吉田照幸
出演者 吉岡秀隆
村上虹郎
真木よう子
蓮佛美沙子
佐藤玲
音尾琢真
小市慢太郎
國村隼
国・地域 日本の旗 日本
言語 日本語
製作
制作統括 村松秀
西村崇
大谷直哉
放送
放送チャンネル NHK BSプレミアム
放送国・地域 日本の旗 日本
放送期間 2019年10月12日
放送時間 土曜 21:00 - 22:59
放送枠 スーパープレミアム
放送分 119分
回数 1
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スーパープレミアム『八つ墓村』のタイトルで、NHK BSプレミアムの「スーパープレミアム」枠で2019年10月12日の21時から22時59分に放送予定[4][5]。主演は吉岡秀隆[6]

キャスト
主要人物
その他
スタッフ

舞台[編集]

2008年版[編集]

2008年12月10日から12月14日、劇団ヘロヘロQカムパニー、前進座劇場

キャスト
その他
  • ほぼ原作に忠実に舞台化された作品。原作通りにラストで典子が辰弥の子を宿し、希望を感じさせる締めくくりとなっている。

ラジオドラマ[編集]

1952年版[編集]

灰色の部屋 八つ墓村』は、1952年7月2日から7月23日までNHKラジオ第2放送で放送された。全4回。

キャスト

1996年版[編集]

1996年7月15日から11月11日までTBSラジオで放送された。全18回。

キャスト

関連ドラマ[編集]

TRICK2 「六つ墓村」(2002年テレビ朝日
エピソード1(第1話 - 第3話前半)
村の名前、名前は六つ墓村、侍の関係性など『八つ墓村』を題材とした作品だが同一ではない。

漫画[編集]

本作品の漫画との関係は横溝正史#経歴および金田一耕助#漫画化作品に譲る。

  • 八つ墓村 :『週刊少年マガジン』、1968年10月13日に連載開始、作画:影丸譲也、出版社:講談社
    • 少年誌で初めて取り上げられた劇画による金田一耕助シリーズの第1作目。影丸はその後、1979年に『悪魔が来りて笛を吹く』、2006年に『霧の別荘の惨劇』(原作『霧の別荘』)を発表。
  • 八つ墓村:作画:つのだじろう秋田書店(絶版)
  • 八つ墓村:作画:掛布しげを、チャンスコミック社(雑誌掲載後未刊行)
  • 八つ墓村:作画:JETあすかコミックス角川書店
    • 被害者1人が減らされている。また、鍾乳洞で辰弥を絞殺しようとした美也子を、春代が最後の力を振り絞って櫛で首をかき切って倒し、愛する辰弥を救って息絶えた。さらには、辰弥は亀井陽一という男性の息子であることを慎太郎ら田治見家の人間は全員知っており、辰弥と典子は結ばれて子供が宿るという原作の結びつきも削除された。亀井陽一が英泉と同一人物という設定も削除され、美也子は財産目当ての悪女として描かれたため、慎太郎も自身に都合がいいかもしれないという認識しか美也子にはない。
  • 八つ墓村:作画:長尾文子、秋田書店

CD[編集]

  • CD 八つ墓村:CDブック、角川書店、1996年
  • 八つ墓村:東宝映画『八つ墓村』オリジナル・サウンドトラック

ゲーム[編集]

関連イベント[編集]

本作は幽霊が登場しないため1977年の松竹映画版の内容を再現している。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 『鍾乳洞殺人事件』はD・K・ウィップル (Kenneth Duane Whipple) が1934年に著した長編推理作品で、『横溝正史翻訳コレクション 鐘乳洞殺人事件/二輪馬車の秘密―昭和ミステリ秘宝』(扶桑社文庫)に収載されている。
  2. ^ このときの受賞作は、水谷準の『ある決闘』と江戸川乱歩の『幻影城』であった[2]
  3. ^ 1位から5位までの作品は、1.『獄門島』、2.『本陣殺人事件』、3.『犬神家の一族』、4.『悪魔の手毬唄』、5.本作品。
  4. ^ 他の横溝作品では、『獄門島』が1位、『本陣殺人事件』が7位、『悪魔の手毬唄』が42位、『蝶々殺人事件』が69位に選出されている。
  5. ^ 他の横溝作品では、『獄門島』が1位、『本陣殺人事件』が10位、『犬神家の一族』が39位、『悪魔の手毬唄』が75位に選出されている。
  6. ^ 鳥取県岡山県の県境にある山中の寒村。作品中で金田一は「この向こう」の鬼首村(おにこうべむら)からの帰りに八つ墓村に立ち寄ったと説明され、前作『夜歩く』との連続性が示唆されている。
  7. ^ 鬼首村と書いておにこうべ村と読むと、『夜歩く』と『悪魔の手毬唄』に記されている。鬼首村は『夜歩く』と『悪魔の手毬唄』の舞台として登場するが、『夜歩く』の鬼首村は八つ墓村と同じく岡山県と鳥取県の県境、『悪魔の手毬唄』の鬼首村は岡山県と兵庫県の県境と位置が異なっており、それぞれ同名の別の村である。ただし、角川文庫版では第3章に上記2作品をまとめて参照させる作者註がついている
  8. ^ 柳川慶子は当時、劇団「雲」のメンバーだった。
  9. ^ 内田稔は当時、劇団「雲」のメンバーだった。
  10. ^ 池広一夫大映の出身。その後、テレビに転じ、テレビドラマの監督や脚本を務めている。
  11. ^ 内田朝雄大映の出身。池広の監督作品にも多数出演している。
  12. ^ ただし、片岡吉蔵に関しては序盤の32人殺しのシーンにてそれと思われる人物が登場しており、田治見おきさも32人殺しの説明の際に名前だけ登場している。

出典[編集]

  1. ^ 真説 金田一耕助』(横溝正史著・角川文庫1979年) 「八つ墓村考 III」を参照。
  2. ^ 1952年 第5回 日本推理作家協会賞 日本推理作家協会公式サイト参照。
  3. ^ 真説 金田一耕助』(横溝正史著・角川文庫、1979年) 「私のベスト10」を参照。
  4. ^ 『八つ墓村』キャスト発表第2弾&放送日決定!”. NHKドラマ. ドラマトピックス. 日本放送協会 (2019年8月1日). 2019年8月3日閲覧。
  5. ^ “吉岡秀隆主演『八つ墓村』10・12放送決定 キャスト発表第2弾”. ORICON NEWS (oricon ME). (2019年8月1日). https://www.oricon.co.jp/news/2141451/full/ 2019年8月2日閲覧。 
  6. ^ “金田一シリーズ第3弾!吉岡秀隆演じる金田一耕助が再び!”. NHK PR. (2019年2月6日). https://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=17689 2019年2月6日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]