トリック (推理小説)

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トリック (trick) は、主に犯罪行為を隠蔽するための、詭計・たくらみである。ここでは、推理小説などのミステリー作品で描かれるトリックについて述べる。

推理小説におけるトリック[編集]

推理小説において、トリックはことさら重要な意味を持つ要素である。それらの小説や映像作品などにおいて、それぞれの作品につき大概1つ以上のトリックが用いられている。

ここで言うトリックとは、主に作中の登場人物によって行なわれたもの(犯人が探偵に仕掛ける)を指すが、広い意味では著者や製作者がプロットや表現手法などにおいて読者や視聴者を騙すために用いたもの(著者が読者に仕掛ける)もトリックに含まれる。これらはしばしば、フェア・アンフェア論争の引き金になることもある。このように外部条件を利用する物はメタミステリとの関係付けが行なわれる。

代表的なトリックジャンル[編集]

物理トリック[編集]

機械的な仕組みを用いたトリック。最も基本的なトリックであり、これらを用いたり組み合わせることで、後述の密室トリックやアリバイトリックが作られたりする。

具体例

  • 弾丸を用いた射殺
  • で構成された密室
  • 時限殺人装置を使ったアリバイ作り
  • 遠隔殺人装置を使ったアリバイ作り

心理トリック[編集]

心理の盲点をついたトリック。その場にいない人物の名前を呼ぶ演技をするなどして、その場にいた別の人に名前を呼ばれた人物がいたと思い込ませることや、鉄道の乗務員や新聞・郵便配達員などのような、普通は意識に上りにくい人物による犯行、また、単独犯と思い込ませて複数犯、あるいはその逆など。物理トリックの対概念と言え、これもまた他のトリックを達成するための基本トリックとして用いられることが多い。

後述の叙述トリックも、著者が読者に仕掛けるという観点で心理トリックと言える。

密室トリック[編集]

死体が発見されるが、その場所への犯人の出入りが不可能に見えるというトリック。出入りができないことから密室と言う。必ずしも物理的密室であるとは限らず、逃走経路が常に監視下にあった場合や、障子や畳などで構成された部屋でそれらを損壊した跡がない場合など、一見すると脱出が不可能であるというものも含まれる。詳しくは密室殺人を参照。

推理小説でポピュラーなジャンルであり、世界最初の推理小説と言われるエドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人』も密室トリックを扱った作品である。しかし、20世紀前半の推理小説の黎明期において現実ではまず実現不可能な奇抜な物も含め、ほぼ出し尽くされてしまった感が否めず、後年はそれらを組み合わせたものが多い。また近年では、トリックそのものより「なぜわざわざ密室を構成したのか」という動機が問われることが多い。

詳細な分類は『三つの棺#密室講義』が詳しい。

アリバイトリック[編集]

存在しないアリバイを存在するかのように誤認させるトリック。時間的にあるいは場所的に犯行を行なうのが不可能であったということを偽装する。現実の犯罪でも、第三者に自身のアリバイを頼むことで偽装するということはしばしばあり、裁判でも争点となることがある。

基本的にアリバイとは事件そのものに関わる要素なので、多くの推理小説(ひいてはトリック)は必然的にアリバイが関わってくる。ここで特にアリバイトリックと呼ばれるものは、「犯人に犯行が不可能であったという証明」が重要視されるものを指し、(犯人が)犯人として仮定された場合に初めて効力を発揮するようなものを言う。つまり、「別人に罪を着せる」と言う犯人以外の他者に直接関わるような場合は当然、密室トリックのように「(始めから)誰にも犯行が不可能と思われる」と言うような場合なども、アリバイトリックとは呼ばれない。

トラベルミステリーで頻繁に用いられる「時刻表トリック」は、アリバイトリックの典型例と言える。

詳細な分類は「アリバイ#有栖川有栖のアリバイ講義」を参照。

一人二役トリック[編集]

犯人が別の人物を演じたり役割を担う一人二役で嫌疑を免れるトリック。犯人が装うのは被害者や第三者、あるいは故人や架空の人物など様々。広義には共犯者によるトリック(二人一役、共犯者が被害者に化けるなど)も含まれる。これらは古くは双子トリックが有名であるが、マジックやトリックの基礎ということもあり、簡単に見破られることなどからあまり多用されない。一部では、『十角館の殺人』のような、叙述トリックとして利用されている。

具体的な分類は『類別トリック集成#第一:犯人(または被害者)の人間に関するトリック』が詳しい。また、『類別トリック集成』では最も頻度の高いトリックジャンルとされている。また横溝正史は「密室」「顔の無い死体」と並んで「一人二役」を推理小説の三大トリックとしている。

死体損壊トリック(顔のない死体)[編集]

死体に何らかの加工を施すことで事実誤認を招かせるトリック。被害者の死体を損壊させることで、死因や身元を隠蔽する、あるいは死体運搬手段の簡素化などいわゆるバラバラ殺人を含む。また、フィクションとしては、被害者を別人だと誤認させる、特に犯人が自分自身を被害者であると見せかけるために別の人間を殺害する、などの例がよくある。具体的な方法としては、死体の顔を潰す、首を切断して隠す、焼死体にするなどで、顔からの身元判明を阻もうとする例が多く、この場合に特に「顔の無い死体」と呼ばれる。

しかし、指紋鑑定DNA鑑定といった新しい捜査手法の発達によって死体損壊トリックその物に強い制限がかかり、もっぱらそのような捜査手法が排除できるクローズド・サークルで用いられることが多い。また近年では、例えば見立て殺人において損壊させた意図を隠すためにそれを行なった、といった、死体損壊トリックそのものを別のトリックによって覆い隠すというような例が多い。

「顔の無い死体」の例は古くからあり、江戸川乱歩は紀元前からあると指摘している。具体的にはヘロドトスが『歴史』(紀元前5世紀頃)に記述した「ランプシニトス」 (紀元前12世紀古代エジプトファラオであったラムセス3世に比定) の話と、これに影響を受けたと見られるパウサニアスの記録(紀元前2世紀頃)を挙げている[1]。また横溝正史は「密室」「一人二役」と共に推理小説の三大トリックとしている。

叙述トリック[編集]

小説という形式自体が持つ暗黙の前提や、偏見を利用したトリック。典型的な例としては、前提条件として記述される文章は、地の文や形式において無批判に鵜呑みにしてもいいという認識を逆手にとったものが多い。登場人物の話し方や名前で性別や年齢を誤認させる、作中作(劇中劇)を交える、無断で章ごと(時には段落ごと)の時系列を変えることで誤認させるなどがある。

映像作品においても、上記のように無断で時系列を交える、劇中劇を交える、その作品の形式を逆に利用する(倒叙物と見せかけて真犯人が別にいる、など)などがしばしば用いられる。

推理小説の歴史では、アガサ・クリスティの『アクロイド殺し』を巡って大きなフェア・アンフェア論争が起こったのが有名である。広義の意味でこの作品が叙述トリックの元祖というわけではないが、この騒動によって叙述トリックが推理小説の1ジャンルとして認知されるようになった。

基本的に、著者が読者に仕掛けるトリックを指すものではあるが、作中に登場した捜査資料・手記といった文章を直接的に明示すること(他の探偵の捜査記録等を原文のまま全部引用するというような様式)によって、作中の探偵と読者が同一の手がかりを得るという、本格推理小説の要請と叙述トリックの面白みを問題なく両立させたものもある。

英語には叙述トリックに対する直接の訳語はなく、「信頼できない語り手」という単語が同義語として使われる。詳しくは信頼できない語り手も参照。

トリックの分類法[編集]

トリックの分類法としては、日本では江戸川乱歩の評論文『類別トリック集成』が有名である。また、密室トリックの分類法ではジョン・ディクスン・カーの長編小説『三つの棺』での「密室講義」が有名であり、先の『類別トリック集成』もこれの影響を受けて書かれた。

もっとも、これらの成立年代は古く、当時と見ても必ずしも完璧な分類法ではなかったという点に留意が必要である。これらを改良した分類法もあるが(天城一二階堂黎人の密室トリック分類など)、基本的に個人研究による分類に留まるため、広く知られるものは非常に少ない。

トリックにまつわる暗黙の了解[編集]

ミステリにおけるトリックには、作者と読者の間に暗黙の了解がある。これを破った作品は、読者からの反発を受けることになる。これを成文化したものでは「ノックスの十戒」「ヴァン・ダインの二十則」などが有名。一方で、あまり一般的でない科学技術がトリックに利用される『探偵ガリレオ』のように、意図的に暗黙の了解を破った作品も多数存在する。

  • トリックの真相を見破れるだけの情報が、作中に盛り込まれていること。
  • 現実的に不可能であるなど、トリックに破綻がないこと。
  • 秘密の抜け穴などで、トリックを成立させない。
  • 世間においてあまり一般的ではない科学技術を駆使したトリックは使用しない。

参考文献[編集]

出典[編集]

  1. ^ 江戸川乱歩「顔のない死体」『続・幻影城』収録

関連項目[編集]