金田一耕助の冒険

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金田一耕助 > 金田一耕助の冒険
金田一耕助の冒険
監督 大林宣彦
脚本 斎藤耕一
中野顕彰
原作 横溝正史
(「瞳の中の女」より)
製作 角川春樹
製作総指揮 元村武
出演者 古谷一行
田中邦衛
吉田日出子
坂上二郎
熊谷美由紀
江木俊夫
仲谷昇
音楽 小林克己
主題歌 センチメンタル・シティ・ロマンス
村岡雄治
撮影 木村大作
製作会社 角川春樹事務所
配給 東映
公開 日本の旗 1979年7月14日
上映時間 113分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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金田一耕助の冒険』(きんだいちこうすけのぼうけん)は、1979年公開の日本映画横溝正史の小説『瞳の中の女』の映画化で、大林宣彦監督、古谷一行主演。地方では『蘇える金狼』と2本立てで公開された[1]

なお、金田一耕助を主人公とする短編推理小説を集めた同名の短編集が、1975年に春陽堂文庫から、1976年に角川文庫から刊行されている。原作となった「瞳の中の女」はその収録作の一つである。

概要[編集]

盗まれた石膏像の頭部にまつわる連続殺人事件を金田一耕助の活躍で解決に導くミステリー・コメディ映画。角川映画による金田一耕助シリーズのひとつ。原作となった「瞳の中の女」は作品が解決しないで終わる。この事件をちゃんと解決させようというのが、本作の基本プロットである[1]

テレビ版『横溝正史シリーズI・II』(毎日放送映像京都+三船プロダクション+大映(京都)+東宝 1977-78年)で金田一を演じて好評だった古谷一行が主演を務め、原作者である横溝正史がセルフパロディを含む本人役、製作の角川春樹が団地の亭主、高木彬光が床屋の客、三船敏郎が11代目金田一耕助として出演している。

1978年暮、石上三登志責任編集の映画雑誌「映画宝庫」での石上とのリレー対談で、大林宣彦が当時既に悪評が高かった角川春樹を高評価してラブコールを送る[1]。角川がそれに応えて監督に、当時新進気鋭の大林を起用した[1]。角川はもとから黒澤映画のような大作と、アート系のローバジェット映画の両方をバランスよく作りたかったが、ビッグバジェットの方は撮ってくれても、ローバジェットの方は撮ってくれる人がいなかった[2]。角川はそれを黒木和雄長谷川和彦に撮って欲しかったが、「角川映画だけはやりません」などと言われ誰も撮ってくれなかった[2]。大林が手を挙げたので角川はとても喜んでいたという[2]。当時角川は10億だ、20億だと莫大な製作費を次ぎ込んで大作映画を撮っていて「角川春樹はうるさいプロデューサーだ」という噂で持ちきりだったが[2]、大林と角川は意気投合し、本作を大林初の角川映画として撮り、大林はその後1992年まで角川映画最多の6作品の監督を務める[1]。角川は「大金をかけて映画を作った」と批判されていることを認識していたため「お金をかけずに面白い映画を作ろう」と大林に持ちかけた[1]。プロデューサーの角川が原作者の横溝正史の家へトランクいっぱいの札束を運んできて、横溝が「さすが大作映画ですなあ」とトランク内を見ると中身は白紙を挟んだ贋の札束。すかさず横溝が「中身は薄いですなあ!」と言うシーンがあり、これは当時、誇大宣伝によって客は集めるものの、中身は薄いと言われ続けた角川映画のパロディであり、その批判精神を一番面白がったのは角川自身であった[3]。角川は「これまでやったことのない喜劇を、ぜひ一本作ってみたかった」「金田一シリーズの別冊付録であり、最後に番外編を一本やって区切りをつけたいと思った」大林は「角川春樹と大林宣彦に対する非難のすべてをギャグにしてやろうという、たいへん身も蓋もない、多少ネクラな悪ふざけをやってみよう」と本作を作ったと述べている[1]。当時の大林の作風であったシュールな特殊効果がふんだんに使われている。また、全編にわたって当時大ヒットしていた邦画洋画、過去の名画、CMや角川映画、歌謡曲などのパロディが盛り込まれており、日本初のパロディ映画といわれる[1]。 

その上、過去の金田一シリーズのセルフパロディ要素もあり、金田一シリーズのお約束である「人が次々と殺される」「複雑な因縁」「あまり役に立たない金田一」といった面を徹底的にパロディとして扱っている。ラストシーンでは、「金田一耕助は何故、被害者が増える前に事件を解決できないのか?」というミステリファンの長年の疑問に対して、金田一自らがその理由を熱弁するという異色なものとなっている。

東映洋画部の宣伝部員・野村正昭が「これでも映画か!」というキャッチフレーズを創案して「宣伝コピー監督賞」を受賞した[4]

本作は横溝ファンの間でも大林映画ファンの間でも評価は低く、無視されるか、貶されるかどちらかである[1]。 

あらすじ[編集]

今や映画に、テレビに、文庫本にと大ヒットを飛ばし、一躍日本の大スターと化した金田一耕助。盟友、等々力警部と共に今日もグラビアの撮影に励んでいた。しかし金田一の心は一向に満たされてはいなかった。何故なら、現代日本では金田一が最も欲する「おどろおどろしい殺人事件」は起こりようが無かったからだ。

そんなある日、金田一が病院坂を散歩していると、突如謎のローラースケート軍団に拉致されてしまう。その正体は近頃話題になっている美術品専門の窃盗団ポパイであり、女首領のマリアは金田一の大ファンであった。

それ故に、過去に金田一が関わった事件である「瞳の中の女」事件が、結局最後まで犯人がわからずじまいなのに納得がいかない様子だった。

マリアは当時、事件の重要参考物である「不二子像」(塑像作家 故灰田勝彦=歌手とは同名異人)の首の部分を持っており、それを元に事件を解決に導いて欲しいと要求するのだった。しぶしぶと数十年前の事件の調査を再開する金田一であったが…。

その他[編集]

  • 日本映画初の試みとしてつかこうへいが「ダイアローグ・ライター」としてクレジットされた[1]。脚本は斎藤耕一中野顕彰というベテランだが、つかが台詞の部分に手を入れたとされる。ハリウッド映画ではダイアローグ・ライターが確立されているが、日本ではそういう職業はこれまでなかった。画期的だという触れ込みであったが、この一作で終わった[1]タイトルバック和田誠で、後に角川映画の『麻雀放浪記』で監督デビューする。
  • ヒロイン・マリア役の熊谷美由紀は、たまたま大林と角川が雑誌『GORO』の篠山紀信激写シリーズで見て抜擢されたといわれる[5]。当時NHK朝ドラマー姉ちゃん』で人気者になっていた熊谷真実との姉妹スナップで、美由紀はまだ無名だった[5][6]。『金田一耕助の冒険』は、地方では『蘇える金狼』と2本立て公開され、このキャンペーンで熊谷美由紀は松田優作と初めて会った[5]
  • 田中邦衛は、大林がファンで常連になって欲しいと希望を持っていたが、大林ワールドに呆れ果て『八甲田山』のパロディのシーンで田中が「おれ、ついていけねえよ。皆、好きだなあ」と本音の呆れ声を出し、本編でもそのセリフを使った。大林は以降、田中に出演オファーを出す勇気がなかったという[7]
  • キネマ旬報ベストテン」では見事に1票も入らず、しかし読者投票では25位だった[1]
  • 2010年代にTOKYO-MXの日曜映画「角川映画特集」のミステリー映画の回に『悪霊島』『犬神家の一族』『天河伝説殺人事件』と共にラインナップされて放送された。
  • 羽田健太郎らが参加し、金田一の小説からインスピレーションを受けたイメージアルバム『金田一耕助の冒険』の「八つ墓村」が、「八つ馬鹿村」のシーンで使用されている(同アルバムは後に参加者が関わったアニメや特撮に引用されている)。

ギャグ・パロディ注[編集]

  • 蒸気機関車

 現在も運転を続ける大井川鐵道の旧国鉄C11形蒸気機関車227号機を撮影したもの。
 大林宣彦はドキュメンタリー映画『すばらしい蒸気機関車』(1970年/高林陽一監督)、『最後の蒸気機関車』(1973年/同監督)で音楽を担当しており、機関車には造詣が深い。
 この列車の中は「昭和20年代」という設定で、乗務員や乗客も当時の風俗で登場している。 

  • 備前一宮駅

 岡山県・吉備線の一駅。始発は総社駅。金田一耕助はさらに岡山駅から東京に向かう過程にある。
 映画『悪魔の手毬唄』(1977年/市川崑監督)のラストシーンが「総社」駅で、そこから物語が本作に繋がっているように見える構成になっている。

  • 古谷一行

 東映製作の本作は、本来、同社製作の『悪魔が来りて笛を吹く』(1979年/斎藤光正監督)で金田一耕助を演じた西田敏行が主演する予定だった。西田のスケジュールの都合でそれが叶わず、テレビシリーズで耕助役だった古谷にオファーが回ってきたが、結果的に古谷が映画で耕助を演じた唯一の作品となった。

  • パズルを解く列車の女学生

 演じているのは檀ふみ。大林宣彦が檀一雄に『花筐』の映画化を申し入れていた関係で、縁があった。当時25歳だったが、慶応大学を数年に渡って留年中で、実際に女子大生であった。
 大林映画には『HOUSE ハウス』『瞳の中の訪問者』(1977年)に続く出演。
 またTV版『横溝正史シリーズ/悪魔が来りて笛を吹く』(1977年/TBS)では、ヒロインの椿美禰子を演じている。 

  • 「CROSSWORD PUZZLE by CHESTERTON」

 「チェスタートン」はブラウン神父シリーズの作者、ギルバート・キース・チェスタートンから。
 チェスタートンのある有名なミステリーのトリックは、アガサ・クリスティーや、横溝正史ほかの有名なミステリーのトリックに流用されている。

  • 「あの有名な、言語学者の」

 金田一耕助と金田一京助(1882~1971)を間違えている。ただし、金田一耕助の名前は京助から取られたものであり、出身も同じく東北ということになっている。

  • 「インディアン・ライラック(百日紅)」「取るに足らぬ男です」

 原作『百日紅の下にて』のラストでの、金田一耕助自身の台詞から。金田一耕助は、この事件を解決後に獄門島に向かう。 

  • オープニング・タイトル

 和田誠によるアニメーション。同じくオープニングとエンディングがアニメーションだった、ブレイク・エドワーズ監督の『ピンク・パンサー(クルーゾー警部)』シリーズ(1963~)を意識した演出。
 金田一耕助がストップモーションの連続のような中抜き作画で歩いてくるのは、『犬神家の一族』(1976年/市川崑監督)で、野々宮珠代(島田陽子)を沈むボートから救う金田一耕助(石坂浩二)のシーンを、ストップモーションの連続写真で処理していたことへのオマージュ。市川崑ファンである和田誠は、そのシーンを「意味がなくて印象的」と評価している。ただし市川崑自身は「テンポを速めるため」とその意図を説明している。リメイク版『犬神家の一族』(2006年)では、当該のシーンは普通の撮影になっている。
 和田誠は、『真説金田一耕助』(1977年/角川書店)のイラストを担当した時には金田一耕助の風貌を映画版の石坂浩二を基に描いていたが、今回の映画と文庫版二分冊の『金田一耕助の冒険』(1979年/角川文庫)のカバーでは古谷一行をモデルに描き直している。等々力警部のモデルは田中邦衛。

  • フケ

 原作にもある、耕助が頭を掻いて撒き散らす頭皮のカス。市川崑の金田一映画シリーズでは、この癖が特に強調されていた。

  • 蝙蝠・鍾乳洞・落武者

 『八つ墓村』から。

  • 日本刀

 『本陣殺人事件』の凶器。

  • 等々力警部

 フルネームは等々力大志。警視庁捜査一課勤務。金田一耕助の東京での相棒。東京到着から、時代は現代(1979年)になる。
 劇中で、等々力警部は金田一耕助のことをしばしば「耕助ちゃん」「耕ちゃん」と親しげに呼ぶが、原作で彼を「耕さん」などと親しげに呼ぶのは、パトロンの久保銀造、風間俊六、Y先生(横溝正史)らごく近親者に限られていて、等々力は終始一貫して「金田一さん」「金田一先生」と呼んでいる。
 田中邦衛は、横溝正史原作映画には松竹版『八つ墓村』(1977年/野村芳太郎監督)の尼子の落武者役に続く出演。 

  • 「岡山の磯川さん」

 岡山県警の磯川常次郎警部のこと。金田一耕助とは、デビュー作『本陣殺人事件』以来、岡山で起きた事件の多くでコンビを組んだ。
 等々力警部とは原作『悪魔が来りて笛を吹く』で交信がある他、作者死去のため、書かれないまま構想のみに終わった『千社札殺人事件』で、両警部が協力して事件に当たる予定だった。

  • 「そうじゃ、そうじゃ」

 総社駅にひっかけた駄洒落。
 映画『悪魔の手毬唄』のラストで、耕助(石坂浩二)が磯川警部(若山富三郎)に問いかけた言葉に、駅名で「そうじゃ」と答えているように見えることを踏まえている。『悪魔の手毬唄』は、原作の設定は昭和30年だが、映画では昭和27年に変更されている。

  • 「映画でも本でも、これで当たるんなら結構なこっちゃないですか」

 1979年の映画公開の時点で、角川文庫の横溝正史作品は67点を数え、4000万部を突破している。
 ただし、横溝正史ブームは東宝製作のシリーズが『病院坂の首縊りの家』(1979年/市川崑監督)で一旦終了、一段落しており、この後の映画化は『悪霊島』(1981年/篠田正浩監督)、『八つ墓村』(1996年/市川崑監督)、『犬神家の一族〈リメイク版〉』(2006年/市川崑監督)の三本しかなく、いずれもはかばかしい興行収入を挙げられずに終わった。

  • フォトスタジオでの耕助と等々力のポーズ

 『明日に向って撃て!』(1969年/ジョージ・ロイ・ヒル監督)のポール・ニューマンとロバート・レッドフォードのポーズから。
 この写真撮影は、本映画の宣伝ポスターに使用されたものを撮影しているという設定。実際にこのポーズには「アサッテに向かって撃て!」というキャッチコピーが付けられていた。後にDVDのパッケージにも使用されている。
 この写真撮影シーン(映画のラスト近くでのシーンも含めて)には、実際の映画スタッフや映画評論家ら(キャスト表参照)が数多くカメオ出演している。カメラマンの姫田真佐久は、本作でネタにされた『人間の証明』(1977年/佐藤純彌監督)、『野性の証明』(1978年/佐藤純彌監督)の撮影監督を、木村大作は『八甲田山』(1977年/森谷司郎監督)、『聖職の碑』(1978年/森谷司郎監督)の撮影監督を務めている。

  • 「また恐ろしい偶然が重なりそうだなんつうんじゃないでしょうね」

 『犬神家の一族』(1976年/市川崑監督)での犬神助清「恐ろしい偶然が重なったんだ」、耕助「全ては偶然の集積でした」という台詞を踏まえたもの。

  • 耕助と等々力の背後の泥棒

 警官や刑事の背後でも堂々と泥棒を働くギャグは、サイレント喜劇以来のギャグの定番。キーストン・コップスやチャップリンの初期作品にも頻繁に見られる。
 本作の前年公開の『ラトルズ 四人もアイドル(オール・ユー・ニード・イズ・キャッシュ~金こそすべて)』にも同様のギャグがあった。

  • ゴジラ

 美術館の中に、ロダンの「考える人」のポーズを取るゴジラ像がある。この時期、『メカゴジラの逆襲』(1975年/本多猪四郎監督)を最後に、シリーズは休眠中だった。復活するのは『ゴジラ』(1984年/橋本幸治監督)まで待たなければならない。
 大林宣彦は、本多猪四郎を映画の師とリスペクトしていて、自作『漂流教室』(1987年)、『異人たちとの夏』(1988年)では俳優として出演を請うている。また『水の旅人 侍KIDS』(1993年)には遺影として出演させている。

  • マリア

 ヒロイン・マリアの名前は、『ウエスト・サイド物語』(1961年)のシャーク団リーダー・ベルナルドの妹(演:ナタリー・ウッド)、および『サウンド・オブ・ミュージック』(1965年)の元修道女でトラップ家の家庭教師(演:ジュリー・アンドリュース)から取られている。どちらの映画も、監督はロバート・ワイズ。
 熊谷美由紀のヒロイン起用は、ダイアローグ・ライターのつかこうへいの引きによるもの。当時つかは美由紀の姉の熊谷真実と恋愛関係にあった(後、結婚および離婚)。

  • 美術品窃盗団ポパイ

 「ポパイ」はアメリカのカートゥーンからだが、1976年よりマガジンハウスから発刊されている男性向けファッション雑誌の名称でもある。
 メンバーが白塗りの顔に種々のペイントを施しているのは、ロック・バンド「KISS」の真似。

  • リムジン

 強奪した自動車で次々に強盗を繰り返すのは『俺たちに明日はない』(1967年/アーサー・ペン監督)から。

  • ホッケーマスク

 今、本作を観ると、『13日の金曜日』シリーズの真似だろうと思われそうだが、殺人鬼ジェイソン・ボーヒーズがホッケーマスクをかぶるようになったのは『13日の金曜日PART3』(1982年/スティーヴ・マイナー監督)以降なので、本作の方が先。パロディではない。

  • 中央署

 中央署が登場するたびに解体されてどんどんボロボロになっていくのは、シリーズものコメディ、シットコムによくあるルーティーン(繰り返し)・ギャグ。
 小林信彦『唐獅子株式会社』シリーズ(1977年~)では、須磨義輝が飼っているブルドッグが、登場するたびにどんどん悲惨な状況になっていく。ちなみに小林信彦は、本作をパロディ映画になっていないと酷評した。

  • 「デカが角刈りにサングラス」

 刑事ドラマ『大都会』(1976~1979年/日本テレビ)での黒岩頼介(渡哲也)のスタイル。これは後続の『西部警察』(1979~1984年/テレビ朝日)大門圭介にも受け継がれた。
 等々力警部は文句を付けているが、後のシーンでは、自身、サングラスをかけている。

  • 「おまけに太陽見りゃあ吠えたがる」

 刑事ドラマ『太陽にほえろ!』(1972~1986年/日本テレビ)のタイトルから。 

  • 街のドラキュラ

 吸血鬼ドラキュラは、大林監督にとって重要なモチーフで、デビュー前の自主映画作家だった時代に、16mフィルムで『EMOTION 伝説の午後 いつか見たドラキュラ』(1966年)を撮っている。これは後に劇場公開もされた。
 ドラキュラを演じた岸田森は、『呪いの館 血を吸う眼』(1971年/山本迪夫監督)、『血を吸う薔薇』(1974年/山本迪夫監督)で和製ドラキュラを演じ、さらには『ドラキュラ都へ行く』(1979年/スタン・ドラゴッティ監督)ではジョージ・ハミルトンの吹き替えを担当、晩年には『もんもんドラエティ』(1981年/テレビ東京)で「本物の」ドラキュラ役を演じたほどで、映画ファンにはドラキュラのイメージが浸透していた。大林作品には、最晩年、『火曜サスペンス劇場/可愛い悪魔』(1982年/日本テレビ)にカメオ出演している。
 また『横溝正史シリーズII/夜歩く』(1978年)では蜂谷小市に扮した。角川映画には『蘇える金狼』(1979年/村川透監督)に石井役、『戦国自衛隊』(1979年/斎藤光正監督)に直江文吾役、『白昼の死角』(1979年/村川透監督)に隅田光一役で、立て続けに出演している。
 花嫁役は、大林宣彦監督の商業デビュー作『HOUSE ハウス』(1977年)でスウィートを演じた宮子昌代。

  • 「菊人形、ほら逆さ吊り、口にほら漏斗、出してやってくれよ、みつくろって適当に」

 それぞれ『犬神家の一族』『獄門島』『悪魔の手毬唄』の殺害方法。

  • 三本指の手首

 『本陣殺人事件』および『悪魔が来りて笛を吹く』には、指が二本欠けた「三本指の男」が登場している。
 手首の石膏像を海から釣り上げた釣人を演じているのは、ATG版『本陣殺人事件』(1975年)を監督した高林陽一。『本陣』の音楽を担当したのも大林宣彦である。大林映画には、他に『ねらわれた学園』(1981年)、『時をかける少女』(1983年)、『廃市』(1983年)にカメオ出演している。

  • 「ぼくねえ、テレビもやったんですよ」

 『横溝正史シリーズ』(1977年「Ⅰ」、1978年「Ⅱ」/TBS)のこと。全9作。古谷一行は更に『名探偵・金田一耕助シリーズ』(1983~2005年/TBS)で、32本に渡り金田一耕助を演じた。

  • 「例のアメリカ旅行の話、どうなったんですか」

 金田一耕助は、1973年、最後の事件とされる『病院坂の首縊りの家』のラストで、アメリカに失踪している。映画『病院坂の首縊りの家』(1979年/市川崑監督)にも同様の描写がある。

  • 「一、二、三、四、三四郎」

 富田常雄『姿三四郎』から。映画としては、黒澤明監督『姿三四郎』(1943年)他、六度(続編含む)映画化されている。本作の撮影監督の木村大作は、1977年版の『姿三四郎』(岡本喜八監督)で撮影監督を担当している。
 下駄をクローズアップしているのは、黒澤明が下駄の描写で時間経過を表現していたことに対するオマージュ。

  • 「病院坂」「市川病院すぐそば」

 『病院坂の首縊りの家』から。「市川」は映画版の監督の市川崑のこと。

  • 「昔、アメリカにいた頃に」

 『本陣殺人事件』に、戦前、十代の頃、渡米して放浪、カレッジに通っていたなどの描写がある。

  • 集団が通り過ぎた後は…

 しっちゃかめっちゃかになる描写は、これもサイレント喜劇の定番ギャグから。
 『キートンのセブン・チャンス』(1925年/バスター・キートン監督)では、キートンが花嫁集団に追い回されるシークエンスで、このギャグが繰り返される。

  • 「『金田一耕助の冒険』、これ、ぼくの短編集ね」

 角川文庫からは、「~の中の女」シリーズ11作を収録した一冊本として、杉本一文の描く金田一耕助の表紙で1976年7月に刊行されていたが、本作の映画化に合わせて二分冊され、表紙も古谷一行をモデルにした和田誠の絵に差し替えられ、1979年6月に刊行された。現在はいずれも絶版であるが、電子書籍で読むことが可能である。 

  • 『瞳の中の女』「まあ、たいへんあいまいな事件で申し訳ありませんが、ひとつぐらいこんな話があってもいいじゃないですか」

 正確には「ひとつくらいこんな話もいいではありませんか」。金田一耕助が、事件の最後に真相を横溝先生に語る、というのが「~の中の女」の大方の枠組みで、これも実際に耕助が先生に向かって言った言葉。
 『瞳の中の女』は、金田一耕助の事件簿中、唯一の未解決事件ということになってはいるが、それは被疑者が死亡ないしは失踪してしまっているためで、一応の結末は示されている。

  • 「ぼくよりいい男だな、こりゃ」

 美術品窃盗団のアジトで上映されているのは『三つ首塔』(1956年/松田定次監督)。映っているのは初代・金田一耕助役の片岡千恵蔵。映画で石坂浩二が、テレビで古谷一行が原作通りの和服の耕助を演じるまで、耕助役の俳優は全て洋装だった。

  • 不二子像

 原作『瞳の中の女』に登場する川崎不二子の石膏像。映画では「灰田不二子」と表記されているが、原作では灰田とは密通関係にあるだけで、正妻ではない。
 石膏像のモデルになっているのは山口百恵。山口(と三浦友和)と大林監督とは、一連のグリコのCMで縁があり、前作『ふりむけば愛』(1978年)でも二人が主演している。
 彫像が実在人物にそっくりなのは、『おしゃれ泥棒』(1966年/ウィリアム・ワイラー監督)に出てくる贋作のヴィーナス像がオードリー・ヘップバーンにそっくりに作られているのが元ネタ。

  • A MOVIE

 大林監督の映画の冒頭に冠されることが多いタイトル。

  • 瞳の中の訪問者

 原作『瞳の中の女』に登場する実質上の主人公・記憶喪失者の杉田弘。演じた峰岸徹は、『BLACK JACK 瞳の中の訪問者』(1977年)の登場人物・風間史郎のままの姿で出演。音楽も同映画のBGMが掛かる。
 『瞳の中の訪問者』では、彼がヒロインの瞳の中に映っているが、本作では彼の瞳の中に女の顔が浮かんでいる設定で、立場が逆転している。
 事件のキーパーソンであるにもかかわらず、この後、映画には全く出てこない。

  • 灰田邸

 『瞳の中の女』の事件の場所となったアトリエ。原作では吉祥寺にあるという設定。主人の名前は原作では「灰田太三」だが、映画では「灰田勝彦」と、実在の歌手と同名になっている。

  • 金田一耕助(11代目)と等々力警部

 頭を掻くが薄ら禿なのは、前述の耕助の癖から。
 等々力警部の「ようしっ、わからぬか!」は市川崑の金田一耕助シリーズで警部役を務めた加藤武の「ようしっ、わかった!」のもじり。
 劇中映画『瞳の中の女』は、本作で横溝正史の原作を使用した唯一のシーンだが、耕助と等々力警部が杉田弘を追うのは、彼が記憶を取り戻した後のことで、本来ならこのシーンに登場するのはおかしい。
 三船敏郎と三橋達也の特別出演は、製作に三船プロを擁したための角川春樹の戦略によるもの。同様に三船プロ制作のドラマ『横溝正史シリーズII/迷路荘の惨劇』(1978年)にも三橋は篠崎慎吾役で出演していた。

  • 「話がピーマン」

 当時の流行語。「話の中身が何もない」の意味。本作の翌年には『ピーマン80』(居作昌果監督)という映画も公開されている。 

  • 「『スターログ?』 知らねえな」

 アメリカのSF映画雑誌の日本版。映画公開の一年前の1978年に発刊、1987年に休刊。

  • 「『バラエティ』どうしたの? 『バラエティ』」

 角川書店発行のサブ・カルチャー雑誌。1977年発刊、1986年休刊。角川三人娘をフィーチャーすることに多く紙面が割かれていた。

  • 『蘇える金狼』

 大藪春彦原作、村川透監督、松田優作主演の角川映画(1979年)。本作の併映だった。

  • アデランス

 風に飛ばされた耕助の帽子を捕まえたのは南たかし。1970年代、アデランスのCMに長らく出演していた。
 これは、朝丘雪路が風に帽子を飛ばされてしまい、それを女の子連れの南に受け止めてもらって、「アデランスって、素敵ですわね(突風でも飛ばないから)」と視聴者に向かって微笑むバージョンを元ネタにしている。

  • 「金田一さん、あなたの推理は間違っている」

 佐藤友之著『金田一耕助さん・あなたの推理は間違いだらけ!(一集・二集)』(1978年/青年書館)のこと。いわゆる便乗本。横溝作品のミスを重箱の隅をつつくようにあげつらう内容で、高木彬光の他、藤本泉や栗本薫も痛烈に批判している。

  • 高木先生

 高木彬光(1920年~1995年)本人。推理作家。『刺青殺人事件』(1948年)でデビュー、同作は日本探偵作家クラブ賞を受賞した。名探偵神津恭介、大前田英策、弁護士百谷泉一郎、検事霧島三郎、検事近松茂道(グズ茂)、名探偵墨野隴人など、数多くの名探偵を生んだ。角川書店は、横溝正史フェアの後、森村誠一フェア、続いて高木彬光フェアを開催している。代表作『白昼の死角』(1979年/村川透監督)が角川映画として映画化された。

  • 「ところで神津恭介君…」

 映画公開当時、神津恭介シリーズは、新作があまり発表されていなかった。それには理由があったことが、後年、高木の著書によって明かされることになる。

  • 「浩二さん? いや、耕助ですが。ルリ子さんですって? 違いますね!」

 東宝の市川崑監督版で金田一耕助を演じていた石坂浩二のこと。「ルリ子」は浅丘ルリ子で、当時の石坂浩二の妻。

  • 「泥棒は芸術家だが、探偵は批評家に過ぎない」

 G.K.チェスタートン『ブラウン神父の童心』第一話「青い十字架」中の台詞「犯罪者は独創的な天才だが、探偵はそれに対する批評家にすぎない」に基づく。近年は『名探偵コナン』で怪盗キッドが同様の台詞を口にしている。

  • 「ピピポポピピポポ」

 『スターウォーズ』シリーズ(1977年~)のR2D2の音真似。
 耕助の隣人を演じる志穂美悦子は、東映版『スターウォーズ』である『宇宙からのメッセ―ジ』(1978年/深作欣二監督)で、原典のレイア姫に当たるエメラリーダ姫を演じた。
 大林映画には『瞳の中の訪問者』に続く出演。同作では片平なぎさと共にヌードになることを大林監督から要請されているが断っている。志穂美はこの後、『転校生』に、角川映画には『蒲田行進曲』(1982年/深作欣二監督)に本人役、『里見八犬伝』(1983年/深作欣二監督)に犬阪毛野役、『二代目はクリスチャン』(1985年/井筒和幸監督)にシスター今日子役で出演し、常連となっている。また、本作、『蒲田』、『二代目』、『熱海殺人事件』(1986年/高橋和男監督)の水野朋子役と、つかこうへい映画の常連とも言える。

  • 「先生、先生」

 耕助を慕う少女を演じているのは、同年の映画『悪魔が来りて笛を吹く』(斎藤光正監督)で椿美禰子を演じた斉藤とも子。BGMにも山本邦山の同テーマが使用されている。

  • 「Maxim」

 大林宣彦監督による、AGF・マキシムコーヒーのCMが元ネタ。当時、大林宣彦は数多くの海外スターを起用したCMを撮っており、これもカーク・ダグラスがカップを指でチンと鳴らすのが定番のシリーズになっていた。

  • たね

 『悪魔が来りて笛を吹く』に登場する、椿家の女中と同名。灰田邸の外見も映画版の椿邸に似せている。
 たねは、原作では脇役だが、映画版で演じた二木てるみには重要な役割が担わされていた。本作では名前が共通しているだけで、特に関連はない。
 園芸ばさみを持っている姿は『バーニング』(トニー・メイラム監督)の殺人鬼クロプシー(バンボロ)を連想ざせるが、こちらは1981年の映画なので、元ネタではない。
 演者は樹木希林。横溝正史原作作品への出演は、ドラマ『火曜日の女/いとこ同士(原作『三つ首塔』/1972年/日本テレビ)』の佐竹かほる役以来。大林映画にはこの後、『転校生』(1982年)に斉藤直子役、『さびしんぼう』(1985年)に雨野テルエ役で出演している。

  • 明智小十郎

 演者は東千代之介(1926年~2000年)。東映時代劇の黄金期を支えた美男スター俳優で、喋り口調も時代劇そのまま。BGMにも東映時代劇の象徴とも言える『元禄花見踊』が使用されている。
 名前は江戸川乱歩が創造した名探偵・明智小五郎から取られている。
 小川亜沙美が演じる小十郎の愛人・綾香の名前は、『白昼の死角』の鶴岡七郎の愛人・綾香から。映画では島田陽子(『犬神家の一族』のヒロインでもある)が、テレビドラマ版では浜木綿子が演じていた。

  • 「キスミー」「カネボウよ」「フォー・ビューティフル・ヒューマン・ライフ!」

 「Kiss Me」は伊勢半の化粧品ブランド、「カネボウ」も同様(現在はトリニティ・インベストメントに吸収合併)。小十郎が本来の意味で「Kiss Me」と言ったのに対して、愛人の綾香が化粧品名と勘違いしたという、すれ違いギャグ。「Kanebo,For Beautiful Human Life」は当時のカネボウのキャッチフレーズだった。また「キスミー」は『人間の証明』にも登場する有名な台詞。

  • 「遅かりしよな」

 歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』での塩冶判官(浅野内匠頭)の台詞「遅かりし由良助」から。大星由良之助(大石内蔵助)が主君の切腹の場に駆けつけるのが遅れたため。史実としては、内蔵助は内匠頭の切腹時には赤穂にいて、主君と対面していない。映画化も歌舞伎から離れているものが多いため、この台詞を内匠頭が口にする作品は少ない。

  • 「夢じゃ、夢じゃ夢じゃ! 夢でござる!」

 映画『柳生一族の陰謀』(1978年/深作欣二監督)での、柳生但馬守宗矩(萬屋錦之介)の台詞から。但馬守が実際に手にした首は、徳川家光(松方弘樹)のもの。もちろんそのような史実はない。

  • 「でかしたぞ、萬屋!」

 坂上二郎の役名は「石田五右衛門」(石川五右衛門のもじり)であって、「萬屋」は故売屋としての屋号という設定。
 長らく沈滞していた時代劇を復興させたとして『柳生一族の陰謀』の評価は高く、萬屋錦之介に対して旧友の千代之介がエールを送っていると取れる台詞。

  • 「今度ねえ、緑ヶ丘に緑ヶ丘荘ってアパートを見つけたんですよ」

 金田一耕助が緑ヶ丘荘に引っ越したのは、原作シリーズでは昭和32年という設定。それまでは親友・風間俊六の愛人節子が経営する、大森の割烹旅館「松月」に居候していた。
 映画『悪魔が来りて笛を吹く』には俊六(梅宮辰夫)、節子(名前は敏江と変更、正妻となっている/浜木綿子)が登場している。

  • 下駄屋

 看板に「ゲッタウェイ」とあるのは、映画『ゲッタウェイ』(1972年/サム・ペキンパー監督)から。スティーブ・マックィーン主演のアクション映画で、もちろん下駄屋は出てこない。
 下駄屋を演じているのは、美術監督の薩谷和夫。大林映画の美術を一手に引き受けていただけでなく、こうしたチョイ役出演も多い。『HOUSE ハウス』(1977年)では「靴屋のおじさん」役で出演していて、今回と同じ役だと判断してよい。

  • 金田一耕助の独身を守る会

 当時実在していた、女性中心の金田一耕助ファンクラブ。名探偵のファンクラブとしては日本初で、原作者の横溝正史に、「金田一耕助を結婚させないでください」という嘆願書を送るなどの活動をしていた。

  • 「まさに羨望のRX-7」

 MAZDA・サバンナRX-7のパロディ。BGMは上條恒彦。

  • 「何のために鳥取から出てきたんですか」

 鳥取出身の小野ヤスシの持ちネタ。

  • 明智の秘書・高木

 名前は明智小五郎の探偵助手・小林少年から。チャイナ服におさげをしているのは、『燃えよドラゴン』(1973年/ロバート・クローズ、ブルース・リー監督)に始まる日本でのカンフー映画の流行の影響。映画公開時にはやや下火となっていたが、同時期公開のジャッキー・チェン主演『ドランク・モンキー 酔拳』(1979年/袁和平監督)で再ブームを巻き起こすことになる。
 演じている草野大悟は、横溝正史原作作品では、ドラマ『火曜日の女/いとこ同士(原作『三つ首塔』)』(1972年/日本テレビ)に鬼頭庄七役で、『横溝正史シリーズ/本陣殺人事件』(1977年)には三本指の男役で、また角川映画『白昼の死角』(1979年)では色川貢役で出演している。

  • 今泉(老人ホーム経営者)

 演じている伊豆肇は、『横溝正史シリーズII/迷路荘の惨劇』(1978年)では天坊邦武役で、『高木彬光シリーズ/白昼の死角』(1979年)では米村産業・大谷役で出演している。さらに『金田一耕助の冒険』の原作となった『~の中の女』シリーズをドラマ化し、金田一耕助を初めてTVに登場させた『月曜日の秘密』(1957年/日本テレビ)では、脚本を担当していた。

  • 明智文江

 名前は明智小五郎の夫人・文代から。
 演じている吉田日出子は、後年、東宝版『八つ墓村』(1996年/市川崑監督)で、郵便局長の「ひで」役を演じた。

  • 「上手(ジョーズ)ですねえ、いいですよ」

 合唱に合わせて、サメが現れる。映画『ジョーズ』(1975年/スティーブン・スピルバーグ監督)に引っ掛けた駄洒落。

  • 「とんでとんで」「とんでもない!」

 円広志の1978年のヒット曲『夢想花』のサビのフレーズに引っ掛けた駄洒落。ピアノを演奏している音楽教師の世田役は、これも大林映画の常連音楽監督の宮崎尚志。

  • スーパーマンション

 空をスーパーマンが飛んでいる。本作公開の前年の1978年に、映画『スーパーマン』(リチャード・ドナー監督)がリメイクされて大ヒットしたばかりだった。

  • 「薔薇は君より美しい」

 「君は薔薇より美しい」がさかさまになっている。元のフレーズは、カネボウ化粧品イフGのCMソングから。歌手は布施明で、このCMのキャンペーンがきっかけとなって、布施はCMに出演していたオリビア・ハッセーと結婚した(その後、離婚)。

  • 「乙女の動悸がムネムネしてますの」

 「ドキがムネムネ」は元々はトニー谷のギャグ。近年では『クレヨンしんちゃん』で野原しんのすけがきれいなおねいさんに出逢ったときに多用している。
 文江がバストをさらけ出した時に掛かるBGMは、アーケードゲーム「スペースインベーダー」(株式会社タイトー)の発射音および爆発音。1978年以来、社会現象と言えるほどの大ブームとなっていた。

  • 「このコーヒーはスパルタカスのとっつぁんもお飲みになってるの」

 映画『スパルタカス』(1960年/スタンリー・キューブリック監督)の主演は、前述したMAXIMのCMのカーク・ダグラス。

  • 「私が二度目なものですから」

 原作『瞳の中の女』の設定に基づいたセリフ。

  • 「オー、ノー!」

 斧による惨殺は、映画『犬神家の一族』の殺害方法。
 ドアを開けると風が吹き、花弁が舞う演出は、大林映画の定番。『瞳の中の訪問者』では、ブラック・ジャック(宍戸錠)が登場するたびに部屋の中であるにもかかわらず風が吹き込んでくる。『花筐/HANAGATAMI』(2017年)では、吉良(長塚圭史)の退場シーンで盛大な花吹雪が舞っている。

  • 「山の吊り橋ゃ、どなたが通る」「…犯人が歌っちゃってるよ。いいのかよ、あんなのが犯人で。俺は許せないよ」

 文江が歌っているのは『山の吊橋』(1959年/作詞:横井弘/作曲:吉田矢健治/歌:春日八郎)。犯人らしくない犯人に刑事が怒りを覚えるのは、つかこうへい『熱海殺人事件』(1973年)の木村伝兵衛(くわえ煙草伝兵衛)の台詞から。

  • 「等々力さんの名前はまだないんですねえ」

 床に星型のプレートが埋め込まれているのは、ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームを模したもの。磯川警部のプレートはあるが、等々力警部はまだ顕彰されていないということ。

  • 「耕助ちゃん、そのうち、日比谷の空に妖しく輝く星、それ見たらおいらだと思って」

 ドラマ『ウルトラセブン/第49話 史上最大の侵略 後編』(1968年/TBS)のモロボシ・ダンの台詞「西の空に、明けの明星が輝く頃、一つの光が宇宙へ飛んでいく。それが僕なんだよ」から。

  • 「別にねえ、狼が長生きするって意味じゃないんですよ、ただあれはキャッチフレーズなの。しつっこい人だなあ、豚じゃなくブスだって!」

 『白昼の死角』(1979年/村川透監督)のキャッチコピー「狼は生きろ、豚は死ね」を踏まえた台詞(さらに元ネタとなっているのは、石原慎太郎が1960年に発表した戯曲『狼生きろ、豚は死ね』)。ブスを罵倒するのは、つかこうへい『熱海殺人事件』(1973年)にも見られる。
 「八甲商事」は映画『八甲田山』(1977年/森谷司郎監督)から。
 夏八木勲(当時は夏木勲)は本作のシナリオには「隅田光一」とクレジットされて出演しているが、『白昼の死角』で隅田を演じていたのは岸田森で、夏八木は主役の「鶴岡七郎」役であった(ドラマ版で鶴岡を演じたのは渡瀬恒彦)。夏八木は『八つ墓村』(1977年)では尼子の落武者・義孝役で、『悪魔が来りて笛を吹く』(1979年)では等々力警部役で出演している。
 赤座美代子が演じている藤井たか子は、同じく『白昼の死角』に登場する鶴岡の妻で、映画版では丘みつ子が、ドラマ版では森下愛子が演じていた。

  • 『欲望の街』(ダウン・タウン・ブギウギ・バンド)

 『白昼の死角』の主題歌。テレビドラマ版『白昼の死角』でも主題歌として使用された。
 「コレラが発生した」と、サラ金大王(佐藤蛾次郎)たちが乱入して隅田たちを追い出すのは、同映画のある詐欺事件の導入部のパロディ。最後に彼らが並んで哄笑するシーンは、同映画のCMのパロディ。

  • ディスコで歌う少年歌手

 歌っているのは原田潤。ドラマ『熱中時代』(1978年/日本テレビ)の主題歌『ぼくの先生はフィーバー』でデビュー。この後のディスコシーンも含めて、映画『サタデー・ナイト・フィーバー』(1977年/監督:ジョン・バダム)で「フィーバー」が流行語になったことを踏まえたパロディ。

  • 「あの首は、今度殺される人のところに必ずあるわよ」

 ある秘密の物品が転々とする過程で、死体が次々と現れるパターンは、ダシール・ハメット『マルタの鷹』(1930年)が確立したサスペンス・ミステリーのスタイル。映画化作品としては、ハンフリー・ボガート主演の『マルタの鷹』(1941年/ジョン・ヒューストン監督)が最も有名。
 本邦でも、ウィリアム・アイリッシュ原作の『ああ爆弾』(1964年/岡本喜八監督)がこのパターンの応用・変形となっている。

  • 「大きくなったなあ」「だって、あれから2年だもん」

 「下駄屋の娘」役は大林監督の実子・大林千茱萸。彼女が『HOUSE ハウス」の原案者としてデビューしたのが2年前、小学校6年生・12歳の時だった。同作では、やはり薩谷和夫と親子役で「靴屋の女の子」として出演もしていることを踏まえた台詞。
 大林映画の多くは、妻の大林恭子がプロデューサーを務め、娘の千茱萸がスタッフ・キャストとして参加するファミリー・ムービーの性格を持っている。
 しかし原作の金田一耕助は、ここで「家族っていいなあ」と述懐するような伴侶も子供も、生涯で全く持つことがなかった。

  • cocaine

 耕助の事務所のドアにあるロゴ。コカ・コーラのロゴに似せているが、実は「コカイン」。シャーロック・ホームズが「7%の溶液」中毒だったことが有名だが、耕助もアメリカ放浪時代に薬物中毒に陥っていたことが『本陣殺人事件』で語られている。
 ちなみに、コカ・コーラのコカはまさしくコカの葉を使用していたことに由来するが、1903年を境に禁止されたため、耕助がアメリカ時代に飲んだコカ・コーラにも、コカの成分は含まれていない。

  • 「たたりじゃ、たたりじゃ」「ぼく、八つ馬鹿村のバカ」

 松竹版『八つ墓村』のキャッチフレーズにも使われた「たたりじゃ」の台詞は、元々は登場人物の一人、「濃茶の尼」の台詞。高木が頭に懐中電灯を巻き付けているのは、同じく『八つ墓村』で、最初の32人殺しを行った田治見要蔵のスタイル。BGMには、イメージアルバム『金田一耕助の冒険 特別版』の羽田健太郎作曲のものが流用されている。

  • 古垣和哉

 原作短編集中の『柩の中の女』の登場人物。美術家。原作の下の名前は「敏雄」。原作には「三十七、八、色の青黒い神経質そうな人物」とある。
 演じる仲谷昇は、横溝正史原作作品では、ドラマ『火曜日の女/いとこ同士(原作『三つ首塔』/1972年)』に上野誠也役で、ドラマ『横溝正史シリーズ/獄門島』(1977年)に鬼頭与三松役で、『横溝正史シリーズII/迷路荘の惨劇』(1978年)に古舘辰人役で、映画『悪魔が来りて笛を吹く』(1979年)に椿英輔役で出演している。

  • 森友吉

 原作短編集中の『柩の中の女』の登場人物「森富士郎」と、『鞄の中の女』の登場人物「安井友吉」を合体させている。「森富士郎」は芸術家。「安井友吉」は酒屋の小僧。
 演じる山本麟一は『悪魔が来りて笛を吹く』(1979年)では目賀重亮役。

  • 片桐悟郎

 原作短編集中の『鞄の中の女』の登場人物。彫刻家。原作の下の名前は「梧郎」。原作には「親の遺産をたんまりもらって、道楽三昧に世を送ってる男」とある。

  • 「そのために不二子さんは湖に身を投げて自殺し」

 原作『瞳の中の女』の不二子は何者かによって殺害されており、状況が全く違う。他の原作から借りてきた登場人物の過去についても、経緯は全て原作を無視した映画オリジナルとなっている。

  • ライター式の燭台

 横溝正史の少年もの金田一耕助シリーズ『黄金の指紋』には「皇帝の燭台」が登場する。ここでは、盗まれた美術品の燭台を、耕助が文江の車のトランクで発見した、という流れ。

  • 「シャーロック・ホームズのファンですの」

 原作『金田一耕助の冒険』のタイトルは、アーサー・コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』にちなんで、中島河太郎が短編集を春陽堂文庫で編纂した時に付けたもの。
 老人ホームの老人Aを演じているのは大泉滉で、天眼鏡はホームズを象徴するアイテム。

  • 「昔々の映画監督」「どんな作品を?」「『HORSE ホース』ですの」「観てないな」

 老人ホームの老人Bを演じているのは大林宣彦監督自身。『HORSE ホース』は『HOUSE ハウス』(1977年)のこと。BGMにも『HOUSE』のテーマが掛かる。

  • 「空を見ろ! いい天気だ!」

 『スーパーマン』のキャッチフレーズ、「空を見ろ」「鳥だ」「飛行機だ」「あっ、スーパーマンだ」から。演じているのはCMプロデューサーの前川鴻。

  • 「少年少女たち、どきなさい」「これは面白くて為になる」

 『少年倶楽部』などを発行していた講談社が、戦前から標榜していたキャッチフレーズが「面白くて為になる」。
 横溝正史は、戦後改題された『少年クラブ』に、金田一耕助シリーズの少年もの『大迷宮』『金色の魔術師』『大宝窟』などを連載していたが、もちろん大人もののようなエロチック、グロテスクな死体は出てこない。

  • 「これは猥褻物だ。撤去します」

 逆さまの胴体は、『犬神家の一族』の第三の殺人方法。

  • 「お前の顔の方がよっぽど猥褻だ!」

 画家を演じた映画評論家の田山力哉は、批判も少なくなかった日活ロマンポルノに対して、全面肯定の立場を取り、終生、エロ表現の規制に反対し続けた。大林宣彦映画には、『ねらわれた学園』(1981年)にもカメオ出演している。また、市川崑の『犬神家の一族』について「市川崑の最もつまらない映画」と酷評していた。

  • 「お楽しみはこれからだ」

 世界初のトーキー映画と言われる『ジャズ・シンガー』(1927年/アラン・クロスランド監督)の名台詞。また、和田誠の名台詞を集めたエッセイシリーズのタイトルでもある。耕助と等々力が取っているポーズは『雨に唄えば』(1952年/ジーン・ケリー、スタンリー・ドーネン監督)から。

  • いしだあゆみ

 歌手、女優。映画公開当時は特に横溝正史作品との接点はなかったが、後に片岡鶴太郎主演版『悪魔の手毬唄』(1993年)で、青池リカを演じた。

  • 「お父さん、怖いよ」

 角川映画第三弾『野性の証明』(1978年/佐藤純彌監督)での長井頼子(薬師丸ひろ子)の台詞から。テレビCMでも広く流された。
 子供たちのリーダー・リカを演じているのは、ドラマ版『森村誠一シリーズII/野性の証明』(1979年/TBS)で長井頼子役だった三輪里香。角川春樹事務所の専属女優であったが、いわゆる「角川三人娘」の中に数えられることもなく、映画出演は本作のみである。

  • 「この子たちは私の命だ!」

 新田次郎原作、森谷司郎監督『聖職の碑』(1978年)での赤羽長重(鶴田浩二)の台詞から。

  • 「天は我々を見放した!」

 新田次郎原作、森谷司郎監督『八甲田山』(1977年)での神田大尉(北大路欣也)の台詞から。
 どちらも雪山での遭難を題材としているため、突然、吹雪が舞っている。五右エ門がいきなり服を脱いで裸になるのは、映画中、発狂して裸になって(矛盾脱衣)凍死する兵卒(原田君事)を模している。

  • 「NEVER GIVE UP」

 『野性の証明』および角川文庫・森村誠一フェアのキャッチコピー。

  • 「12代目金田一耕助」

 映画で金田一耕助を演じた、片岡千恵蔵(初代)、岡譲司(2代)、河津清三郎(3代)、池部良(4代)、高倉健(5代)、中尾彬(6代)、石坂浩二(7代)、渥美清(8代)、西田敏行(9代)、古谷一行(10代・本作)、三船敏郎(11代・本作)と数えての12代目。テレビドラマは含まない。実際の12代目は鹿賀丈史、13代目は豊川悦司となる。

  • 「悪女が来りて嘘を吐く」

 『悪魔が来りて笛を吹く』のもじり。

  • ディスコシーン

 直前の富士急ハイランドシーンのラストから、耕助と等々力が服を脱ぎ捨ててダンスするシーンまで、これも『サタデー・ナイト・フィーバー』のパロディ。

  • 「これが最後だ」「まだ終わりません!」

 映画『病院坂の首縊りの家』(1979年)のキャッチコピー。映画中では山内敏男役のあおい輝彦が生首になっている。
 当初、監督の市川崑は『病院坂』をシリーズ完結編とする意向だったが、その後さらに、『八つ墓村』(1997年)と『犬神家の一族(リメイク版)』(2006年)の二本を監督することになった。なお『金田一耕助の冒険』のテレビCMでも、この台詞を受けて、古谷一行が「まだまだ終わらないからね!」と明るく叫んでいた。

  • 『青い山脈』

 作詞は『人間の証明』中にも使用された『帽子』と同じ西条八十。作曲は服部良一。流れている歌声は藤山一郎のものではなく、奈良光枝。
 金田一耕助シリーズでは、時代背景を感じさせるために、たびたび当時の流行歌が流れるが、本作では「単に懐メロが流れている」という形にしかなっていない。なぜ流れているかも不明な、シュールなギャグである。
 ちなみに本作の脚本を担当した斎藤耕一は、後に『青い山脈'88』を監督した。

  • 「今度謎解きするとき呼んで。つじつま合わせが大変ですな」「それが生きがいなんです」

 横溝正史は『犬神家の一族』執筆時、あえて結末を考えずに書き始めたために、大変苦労している(角川文庫版初版解説より)。

  • 「ここに開かずの間があるでしょ! 開かずの間が!」

 原作『女王蜂』には、事件の鍵となる「開かずの間」が登場している。

  • 「あー、いやなもん見ちゃったな。不吉な夢だ」

 表情のカットを重ねて耕助の推理のひらめきを表現するのは、市川崑の金田一耕助シリーズの定番。

  • 「何というお姿に」「あまりにも薄すぎます」

 壁などに当たってぺしゃんこになるのは、ディズニーを初めとするカートゥーンのギャグの定番。最も初期の例は、1920年代のフライシャー兄弟の短編作品にまで遡れる。ハンナ&バーベラの『トムとジェリー』では、トムもジェリーもしょっちゅうペラペラになっていた。

  • 「ふりむけば愛」

 前述の『ふりむけば愛』(1978年)から。

  • 「そうか!」「分かった!?」

 前述の加藤武の台詞から。

  • 「何という偶然」

 前述の『犬神家の一族』の台詞から。

  • 変装

 マスクと服を剥いで正体を現す演出は、片岡千恵蔵主演『多羅尾伴内』シリーズ、後に『金田一耕助』シリーズにも取り入れられたスタイル。本作でも『三つ首塔』上映シーンに見られる。
 原作の耕助は、大人ものでは殆ど変装をしないが、『金色の魔術師』などの少年ものでたびたび変装を披露しているのは、映画からの逆輸入である。テレビドラマ『江戸川乱歩の美女』シリーズでも、天知茂の明智小五郎が毎回の見せ場にしていた。

  • 「名探偵登場」

 二―ル・サイモン脚本、ロバート・ムーア監督のミステリ映画のパロディ『名探偵登場』(1976年)から。ニック&ノーラ・チャールズ夫妻、サム・スペード、エルキュール・ポアロ、ミス・マープル、チャーリー・チャンという五大名探偵のパロディとなっている。名探偵とは言うものの、ろくに伏線も示さずに推理をすっ飛ばして真犯人を指摘するダメミステリーの典型として登場している。
 また、ハヤカワポケットミステリが1956年から発行しているミステリーアンソロジー『名探偵登場』シリーズから。

  • 「湖に君は身を投げた」

 なかにし礼作詞、村井邦彦作曲、ザ・テンプターズ歌唱『エメラルドの伝説』から。ボーカルの萩原健一は松竹版『八つ墓村』(1977年)で、主役の寺田辰也役を演じている。また作曲の村井邦彦は映画『悪魔の手毬唄』(1977年)でも作曲を担当。

  • 「おはんでございやす」「よーお!」

 「鬼首村」は「おにこべむら」と読む。映画『悪魔の手毬唄』(1977年)の舞台となる岡山県の山村で、仁礼家と由良家の二大勢力が対立している。
 「おはん」は、物語の途中途中に登場する謎の老婆。原作では「おりん」だが、同時期の映画『はなれ瞽女おりん』(1977年/篠田正浩監督)と被るためか「おはん」と変更された。市川崑は、後に吉永小百合主演で、宇野千代原作の『おはん』(1984年)を映画化している。
 おはんは既にこの世の人ではないので、これから先の物語は、全て冥界での出来事、という解釈も成り立つ。

 クライマックス、真犯人の指摘を名探偵が岸壁や岬で行うのは、松本清張原作、野村芳太郎監督『ゼロの焦点』(1961年)が嚆矢だが、本作当時は二時間ドラマで頻出して話題となるほどには定着していなかった。

  • スチールアニメーション

 耕助が坂道を転げ落ちるのをコマ撮りアニメーションで表現するのは、大林監督が自主映画時代から行っていた手法。商業映画デビュー『HOUSE ハウス』でも頻繁に行っている。

  • 「不二子さん」

 当時、吉田日出子は35歳で、20年前は15歳ということになってしまう。山口百恵は1979年当時、20歳。
 ある(主に死んだと思われていた)人物が変貌して別人として登場する例は、説話や草双紙に親しんでいた横溝正史が作中で好んで多用していた設定。しかし映像化された際には物語としては必然性がないために省略、原作が改変されることが多かった。原作の不二子は完全に殺害されており、死体も発見されているが、本作での彼女の再登場は、横溝正史の趣味を反映させたものと言える。

  • 『人間の証明のテーマ』

 「Mama,Do you remember」の歌詞は、西条八十の原詩『帽子』の「母さん、僕のあの帽子どうしたでせうね」を、歌うジョー山中が英語訳したもの。
 角川映画第二弾『人間の証明』(1977年/佐藤純彌監督)のテーマソングとして、CMでも頻繁に流された。

  • 「とってもデリッチュ」「昔のことは忘れましょうね」

 ハウス食品「デリッシュカレー」のCMから。映画『人間の証明』で八杉恭子を演じた岡田茉莉子は、1975年、同CMに出演していた。『人間の証明』で過去を清算しようとする女性を演じたのと、過去にカレーのCMに出ていたことを「忘れたい」という意味と、二重の意味が持たされている。
 岡田茉莉子は、横溝正史作品には『横溝正史シリーズII/女王蜂』(1978年)神尾秀子役、『金田一耕助の傑作推理/霧の山荘』紅葉照子役、『横溝正史傑作サスペンス・犬神家の一族』(1990年)犬神松子役で出演している。
 男の子役は、『人間の証明』の主題歌を歌ったジョー・山中の息子で、本編でも山中が演じたジョニー・ヘイワードの幼少時代を演じた山中光(山中ひかり)。『人間の証明』のポスターは彼のアップだった。

  • 「面白きこともなき世を面白く」

 高杉晋作の辞世と伝えられている句。晋作はこの上の句しか詠んでいない(下の句「すみなすものは心なりけり」は野村望東尼が付けた)

  • 角川春樹と横溝正史

 どちらも本人。横溝正史が障子を貼っているのは、映画『悪魔が来りて笛を吹く』の予告CM(現存していない)に出演して、障子を倒して登場していたから。「私はこんな映画にだけは出たくなかった」も、同映画のキャッチコピー「私はこの小説だけは映画にしたくなかった」(陰惨すぎるという意味)と本人が語っていたことを踏まえている。
 「大作並みですから」「中身は薄いですな」は、当時、大予算を掛けた『人間の証明』『野性の証明』が「大作だが中身は薄い」と批評家から酷評されて、賞レースから全く無視されていたことを自虐ギャグにしている。角川映画が各映画賞を制覇したのは『蒲田行進曲』(1982年/深作欣二監督)で、この時、角川春樹は歓喜したという。

  • 「結局、金田一がモタモタしてたからいけないんだよね」「みんな死んじまわなきゃ、推理できないもんね」

 金田一耕助の主要作品における殺人防御率が低いことは、ミステリファンの間ではよく揶揄される話題。しかし実際には他の名探偵で、連続殺人を未然に防げない探偵も少なくない。童謡殺人、見立て殺人を扱った作品は特にそうである。
 ちなみに、同じく見立て殺人を扱った横溝正史の『人形佐七捕物帳/羽子板娘』(1938年)では、人形佐七は見事、第三の事件を防いでいる。

  • 「同じ短編集だからって、それはないよな」

 前述の通り、本作の登場人物は『瞳の中の女』『柩の中の女』『鞄の中の女』と、それぞれが無関係で独立した作品から取られていて、無理やり一つの筋にまとめられたオリジナル作品になっている。そのため、原作で不二子を殺害し、杉田弘を昏倒させた真犯人が誰かは分からずじまいで、「原作の続きを映像化する」試みは全く為されておらず、事件は結局、未解決のままである。

  • 「読んだら見るな、見てから読むな」

 『人間の証明』(1977年)から始まった、角川文庫×角川映画のメディアミックスのキャッチコピー「読んでから見るか、見てから読むか」のもじり。

  • 「芸術は全てを美化する」

 ヨハン・ゲオルク・ズルツァ-『美しい諸芸術の一般理論』での「様々に教えられているような自然の曖昧な模倣にではなく、人間に必要なものすべてを美化することにこそ、美しい諸芸術の本質が求められねばならない」に基づく台詞。

  • 「だいたい事件ってのは、一から十まできっかり収まるところへ収まるってもんじゃないですよ、現実には~」

 この金田一耕助の長いモノローグは、ダイアローグ・ライターを担当したつかこうへいの代表作『熱海殺人事件』で、木村伝兵衛(くわえ煙草伝兵衛)部長刑事が、陳腐なブス殺しを「美しい殺人事件」に仕立て上げようとする心理を告白する台詞と共通している。この部分がつかのオリジナルであることを、つかが参加する前の準備稿シナリオを読んだモルモット吉田が確認している(『金田一耕助映像読本』より)

  • 浜辺の殺害現場

 耕助が死体の周りに飾っているのは、それぞれ、日本刀(『本陣殺人事件』)、釣鐘(『獄門島』)、逆さの足(『犬神家の一族』)、口に漏斗・大判小判(『悪魔の手毬唄』)、風鈴(『病院坂の首縊りの家』)。

  • エンディング

 主人公が一人孤独に道の彼方に消えていくのは、チャーリー・チャップリンが映画のラストで「放浪」を暗示するために行っていた手法(ただし『モダン・タイムス』だけはポーレット・ゴダードと二人、「幸福」を暗示して終わる)。
 後に市川崑のリメイク版『犬神家の一族』(2006年)のラストシーンも、全く同じショットで締めくくられた。

キャスト[編集]

スタッフ[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l 中川右介 「第四章 『復活の日』へ-一九七九年から八〇年」『角川映画 1976‐1986 日本を変えた10年』 角川マガジンズ2014年、96-97、106-115。ISBN 4-047-31905-8
  2. ^ a b c d 大林宣彦・中川右介 『大林宣彦の体験的仕事論 人生を豊かに生き抜くための哲学と技術』 PHP研究所2015年、260-265頁。ISBN 978-4569825939
  3. ^ 大林宣彦 『映画、この指とまれ』 徳間書店アニメージュ#レーベルアニメージュ文庫〉、1990年、77頁。ISBN -4-19-669627-9。
  4. ^ 大林宣彦 『映画、この指とまれ』 徳間書店アニメージュ#レーベルアニメージュ文庫〉、1990年、74頁。ISBN -4-19-669627-9。
  5. ^ a b c 大林宣彦/PSC監修 『大林宣彦ワールド 時を超えた少女たち』 近代映画社1998年、19頁。ISBN 4-7648-1865-5
  6. ^ 松田美由紀 プロフィール - office-saku
  7. ^ 大林宣彦 『映画、この指とまれ』 徳間書店アニメージュ#レーベルアニメージュ文庫〉、1990年、76頁。ISBN -4-19-669627-9。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]